ビッグマック指数って何?誰でも分かる仕組みと活用術

ビッグマック指数って何?誰でも分かる仕組みと活用術

ビッグマック指数って何?誰でも分かる仕組みと活用術

「割安な海外旅行先はどこだろう」。こんな疑問に答えてくれるのがビッグマック指数です。単純な指数ですが、円相場の先行きも示してくれるビッグマック指数の活用法をご紹介します。

ビッグマック指数で探るお得な海外旅行先と円相場の先行き

私の友人に格安な海外旅行先を見つける女性がいます。「インドネシアはまだ大丈夫だけどシンガポールはもうダメ。最悪はスイスね、絶対に行かないわ」旅行先の物価情勢をチェックし、巧みに「お得な国」を探し出してくる彼女。その判断基準が「ビッグマック指数」でした。

ビッグマック指数(The Big Mac Index:BMI)は、世界的な経済誌『エコノミスト』が、年に2回発表している経済指標です。ビッグマックは世界の多くの国で販売されていますが、材料や調理法などがほぼ共通で、基本的に同じ商品です。そこでビッグマックを基準にして、各国の物価水準や為替相場を比較しようというのがビッグマック指数なのです。

ビッグマック指数を見てみよう

2020年7月のビッグマック指数を見てみましょう。オリジナルは英語ですが、河内淳さんが制作されているサイト「世界経済のネタ帳」に、わかりやすい日本語版が掲載されているので、そちらを引用させて頂きます。

基準となるのはアメリカで、価格は5.71ドルです。「価格(円)」で示されているのは、その時の為替相場で換算した円での価格です。ビッグマックの日本での価格は390円で、調査時点のドル・円相場は1ドル=107円28銭でしたから、アメリカでビッグマックを食べようとすると613円支払うことになるわけです。

随分と高いですが、スイスはさらに高くて741円、一方フィリピンでは308円、インドネシアやマレーシアは250円ほどで、かなりお安くビッグマックが食べられることになります。

もちろん、ビッグマックがその国の物価全体を正確に示すものではありません。ビッグマックが、その国のなかでも「高級品」となっている場合は、高めに出る傾向があります。タイ(438円)などがその一例ですが、目安としては十分に役に立ちます。

海外旅行先を選ぶ場合、ビッグマック指数のランキングの高い国ほど割高で、低い国ほどより安く旅行や買い物ができると考えられるのです。

表1:ビッグマック指数ランキング※2020年7月時点のデータ(1ドル=107.28円)出典 河内淳「世界のネタ帳」
表1:ビッグマック指数ランキング※2020年7月時点のデータ(1ドル=107.28円)出典 河内淳「世界のネタ帳」

ランキングの低下が進む日本

知人の女性もビッグマック指数を利用して、海外旅行先を選んでいるというわけですが、昔に比べて「お得な国」が減ってきていると嘆いています。

日本のビッグマック指数のランキングは、年々低下しています。2000年のランキングでは日本は第5位でした。この時、日本のビッグマック価格は294円、一方アメリカ8位で2.51ドルでした。この時の為替相場は106円でしたから、アメリカで食べるビッグマックは266円だったことになります。これならアメリカ旅行は、お得感が強かったことでしょう。

しかし、日本の今のランキングは25位で、アメリカは4位。日本人にとってアメリカでの買い物は割高になってしまいました。フィリピン(39位・308円)やインドネシア(48位・253円)、マレーシア(49位・251円)などはお得感が残っていますが、ランキング上位のオーストラリア(10位・491円)やユーロ圏(8位・513円)などは、日本人が来訪しても物価が高く感じ、買い物をする気がしないかもしれません。

こうした状況は日本人旅行者にとっては残念ですが、日本を訪れる外国人たちにとってはチャンスです。日本よりランキングが上の国にとっては、日本がお得な海外旅行先になっているのです。近年、海外からの観光客が急増し、インバウンド需要が高まっていますが、その一因となっているのが、日本の物価が安く感じられているからで、ビッグマック指数はそれを示しているのです。

同じ商品なら同じ価格のはずが

しかし、同じビッグマックなのに、なぜ価格差が生じているのでしょうか。同じ物なら価格も同じであるはずです。自由な売買ができて、価格の情報が十分提供されている状態であれば、同じ物の価格は同じ価格で取り引きされるという「一物一価の法則」が作用するからです。

今、ある駅前に「東口店」と「西口店」の2つのマクドナルドがあるとします。もし、「東口店」のビッグマックが500円、「西口店」が300円だったら、「東口店」でビッグマックを買おうとする人はいないでしょうし、「西口店」でビッグマックを仕入れて、「東口店」に来た人に「400円でどうですか?」となどと売りつけて「値ざや」を稼ぐことも可能です。結局、二つの店のビッグマックは、同じ価格に収束してゆくことになります。これが「一物一価の法則」なのです。

「一物一価の法則」は、国境を越えても通用すると考えられています。輸送費用や関税などを無視できるとすれば、マクドナルドの「アメリカ店」でも「日本店」でも、ビッグマックの価格は同じになるはずです。

これを実現するのが為替相場です。アメリカのビッグマックが割高なら、日本のビッグマックを買おうとするアメリカ人が出てきます。これはビッグマックの「輸入」で、購入代金を支払うために、ドルを円に替えるアメリカ人が増えます。一方、日本からはアメリカでビッグマックを売ろうという「輸出」が活発になり、売上代金のドルを円に替える動きが強まります。この結果、外国為替市場で円買い・ドル売りが増えて、為替相場は円高・ドル安に動いてゆくことになります。

では、どこまで動いてゆくのでしょうか。それは、日米のビッグマック価格が同じになる水準までです。その時の為替相場は(390円÷5.71ドル=)68円30銭です。これなら日米のビッグマック価格が同じになり、「一物一価の法則」が成立することになります。

この時の為替相場の水準は、「購買力平価」(Purchasing Power Parity:略してPPP)」と呼ばれています。スウェーデンの経済学者グスタフ・カッセルが提唱した考え方で、関税や非関税障壁などが存在せず、自由な貿易が行われていれば、為替相場は自動的に購買力平価の水準に収束して行き、各国の価格差も解消されるというわけです。これによって、駅前のマクドナルドと同じく、「アメリカ店」でも「日本店」ビッグマックの価格は同じになるというわけです。

価格差を生む為替相場のゆがみ

しかし、ビッグマック指数に見られるように、実際のビッグマック価格は、国によってまちまちです。「お得な国」と「割高な国」が存在し、「一物一価の法則」は成立していないのです。

その理由は、現実の為替相場が購買力平価から乖離して、歪んだままだからです。その度合いが示されているのが表1の項目にある「BMI(パーセント)」です。これは現実の為替相場が購買力平価からどのくらい乖離しているかを示すもので、ビッグマック指数といえばこれを指し示すことが多いようです。

ランキングトップのスイスのBMIは+20.94パーセント。これは購買力平価よりも為替相場が2割も過大評価されていて、これがスイスでのビッグマック価格を割高にしていると考えられます。

これに対して日本のBMIは-36.33パーセントです。これは円相場が本来の水準である購買力平価に比べて、3割以上も過小評価されていることを意味します。円が本来の実力を発揮できずにいる結果、スイスやアメリカでビッグマックを食べようとすると、割高になってしまっているわけです。

実際には輸送費も関税も影響しますし、様々な経済要因も作用しますから、為替相場と購買力平価が完全に一致することはありません。しかし、為替相場には、「一物一価の法則」が成立する購買力平価に近づこうという力が作用し続けます。現在の為替相場には、円高圧力が潜んでいるのです。

今でこそ過小評価されている円相場ですが、将来的には猛烈な円高になる可能性があります。その目標となるのが購買力平価の68円30銭。それを示しているのが、ビッグマック指数なのです。

円高になれば海外旅行者には得になりますが、輸出依存度の高い日本経済にとっては大きな打撃となります。購買力平価(※ビッグマック指数をもとに計算した場合)から大きく乖離している現在の為替相場ですが、その根底にある円高圧力は、日本経済にとって不気味な存在です。ビッグマック指数が示す円相場の過小評価が是正され始めた時、日本経済は猛烈な円高に巻き込まれる恐れがあるのです。

ビッグマック指数を定期的にチェックしよう

コロナ禍で海外旅行ができない知人の女性は、ビッグマック指数が示す将来の円高を期待して、お金を貯めておくと話しています。しかし、今の状況が悪いわけではありません。日本のビッグマック指数ランキングが低いということは、日本の物価が低いということにほかなりません。ビッグマックを617円で食べているアメリカ人にとって、390円で食べられる日本人はうらやましい限りなのです。

ビッグマック指数で見る限り、日本は先進国のなかでも物価が安い国になっています。「老後は生活費の安い東南アジアで暮らしたい」という人も少なくありませんが、そのメリットは薄れつつあります。日本は物価の面でも暮らしやすい国になってきているということを、ビッグマック指数は教えてくれるのです。

ビッグマック指数は、毎年7月と12月に発表されています。エコノミスト誌のHPでも見られますし、そのニュースを伝える日本のメディアもあります。ぜひ定期的にチェックして、海外旅行のみならず、ビジネスや投資などでも活用してみてください。

ライタープロフィール
玉手 義朗
玉手 義朗
1958年生まれ エコノミスト 東京銀行(現・三菱UFJ銀行)や外資系銀行で、外国為替ディーラーやエコノミストとして活躍。1992年にTBSテレビに転職し、経済部デスク、CS放送「ニュースバード」経済キャスターなどを歴任。著書に「円相場の内幕」(集英社)、「経済入門」(ダイヤモンド社)、「あの天才がなぜ転落~伝説の12人に学ぶ失敗の本質」(日経BP)など。

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