「ITONAMI」が情報溢れる社会へデニムに込めて届ける思いとは。沼の人vol.10

「ITONAMI」が情報溢れる社会へデニムに込めて届ける思いとは。沼の人vol.10

「ITONAMI」が情報溢れる社会へデニムに込めて届ける思いとは。沼の人vol.10

趣味や嗜好にドハマリしていることを指す「沼」。沼にハマった方々を紹介する、沼の人シリーズ第10回は「デニム沼」にスポットをあてます。デニムにハマり、ついには自分たちのブランドを立ち上げた「ITONAMI」共同代表の2人にお話を伺いました。

そもそも沼とは

何かに夢中になっていることを表現する言葉として使われるようになった「沼」。沼の対象は、モノや人、芸術などジャンルを問いません。「沼にハマった人=沼の住人」は、ハマったモノや体験に惜しみなく金銭を投じることも多々。まさしく「愛の投資」です。

そんな沼に魅了されている方々にインタビューする「沼の人」シリーズ。第10回に登場するのはデニムの沼にハマった山脇耀平(やまわき・ようへい)さんと島田舜介(しまだ・しゅんすけ)さん。

日本を代表するデニム生産地、岡山の工場で職人の「ものづくり魂」に感銘を受け、クラウドファンディングで設立資金を募り「EVERY DENIM」を立ち上げます。さらに宿泊施設「DENIM HOSTEL float」をオープンし、2020年にはブランドを「ITONAMI」へリニューアル。デニムを基軸に活動の幅を拡大しています。2人の人生を変えたデニムの魅力や、デニムを通して伝えたい思いについてお聞きしました。

愛着を持って物を大切にするライフスタイルへの憧れ

幼少期から体が大きかった山脇さん・島田さん兄弟が、「丈夫な服」として愛用していたのがデニム。ファッションのお手本は父親で、その父親からお下がりにもらったデニムを履いていたそうです。

「父はアメカジが好きで、ファッション雑誌をよく読んでいました。僕もパラパラと見ながら、子どもながらにデニムや革製品をカッコイイと思っていました。父がリビングでブーツの手入れをしている光景が好きで、今でも覚えています」(島田さん)

愛着を持って物を大切にするライフスタイルへの憧れ

自分が好きな物を、手入れをしながら大事に使い続けるというライフスタイルが、自然と備わる環境で育ったお2人。大学生になると、アルバイトで貯めたお金で憧れのデニムを手に入れるようになります。

「バイト代で、自由に使えるお金がいきなりできるじゃないですか。インポートの4万円くらいするデニムを買ってしまうなど、なり振り構わずでしたね(笑)。そんな買い方をする若者はめずらしかったみたいで、ショップの方は僕が大学生と知って驚いていました。いろいろな洋服を買ってコーディネートしたいというより、とっておきのデニムでビシッと決めたい。30代の落ち着いた年齢になって買うようなデニムを履いて、背伸びをしたい気持ちがあったかもしれませんね」(山脇さん)

デニムが特別な存在だったのは、弟の島田さんも同じです。

「兄と同じように、大学時代から自分が好きなデニムを買っていました。4万円くらいのデニムも買いましたが、2万円くらいのデニムが多かったかな。買ったらずっとそのデニムを履いて、クタクタになったら新しいデニムを買うサイクル。体型が変わると買うサイクルが短くなりますが(笑)」(島田さん)

兄弟にとって、デニムはファッションツールであるとともに、父親から受け継いだ「好きな物を大切に使う」という価値観を体現するものでした。

愛着を持って物を大切にするライフスタイルへの憧れ

「ものづくりの真髄」に触れデニム沼人生へ

2人がデニム沼にさらにハマっていくきっかけになったのが、国産デニムの発祥地である岡山のデニム工場見学。岡山のデニム工場は、海外の有名ブランドの製品も手がけるなど、クオリティの高さが評価されています。

「岡山の大学に進学していたので、デニム工場を訪れる機会がありました。加工工場で職人さんが海外ブランドのデニムにダメージを加えている作業がカッコ良かった!1ミリ単位にこだわり、魂を込めるようにデニムを作る職人さんの姿にも感銘を受けました。同じようにデニム好きの兄を誘って、次々と工場見学をし、そこで働く方々を取材してウェブで発信し始めたんです」(島田さん)

「ものづくりの真髄」に触れデニム沼人生へ

幼い頃から大好きだったデニムの生産工場を訪れ、「ものづくり」にこだわる職人たちの静かで熱い想いに触れたことが兄弟の人生を決定づけます。

デニムの生産は、工程ごとに工場がわかれる分業生産。例えば、岡山にある備前焼の窯元ではそこで作られる陶器を購入することができますが、分業生産されるデニムは工場で見た製品をその場で購入することはできません。何段階も工程を経て、それぞれのショップに並びます。このように生産現場と消費者の距離が離れているのがデニムの特徴でもあります。

「職人さんの話を聞けば聞くほど、『職人の想いがこもったデニム』をお客さまに直接届けたいという気持ちが沸々とわいてきました。それなら自分たちでブランドを作ろうと、クラウドファンディングで資金を募り『EVERY DENIM』を立ち上げました」(島田さん)

2回のクラウドファンディングで飛び立った「EVERY DENIM」

2015年に現役大学生が立ち上げたデニムブランド「EVERY DENIM」は、世界最高峰の技術を持つ職人と消費者をつなぐブランドとして注目されます。クラウドファンディングで設立資金を募ると、目標金額の88万円に対し200万円を超える支援金が集まりました。

「EVERY DENIM」は店舗を持たず、全国各地のゲストハウスなどに足を運び自分たちのデニムを販売するスタイルを取りました。届けたい想いがお客さまに伝わる手応えを感じながら、2人のデニム愛はさらに深まっていきます。

自分たちの活動をもっと広げたいと、2回目のクラウドファンディングに挑戦。デニムづくりの現場である工場の雰囲気を車に詰め込み、「移動型販売」をするためのキャラバンの購入資金を募ったところ、目標金額の2倍以上の支援金が集まり1年半かけて全国47都道府県を巡る旅へ。

2回のクラウドファンディングで飛び立った「EVERY DENIM」

島田さんは、知っていることが少なかったからこそ、勢いでやれたと当時を振り返ります。「兄弟でがむしゃらにやっていました。平日は大学に行き、週末夜行バスでデニムの販売に行ったり、キャンピングカーを買って全国を回ろうなんて今は思わないかな(笑)。もう少し考えて行動するようになりました」と笑みを浮かべます。

山脇さんは、キャンピンングカーでの旅やイベントで販売をする中で、旅先で出会った人やお客さまに毎日のように自分たちの想いや活動を語り、デニムに触れたときの反応を見ることができる貴重なときだったと話します。

「当時の『EVERY DENIM』の特徴は、自分たちが魅せられたデニムを直接お客さまに届けるスタイル。どこで誰の手で作られたかを語ることで、遠い場所で生産されたデニムではなくストーリーを宿したデニムとして、特別な一着になっていく。それを実感したことが、その後の活動の根底を成しています」(山脇さん)

2回のクラウドファンディングで飛び立った「EVERY DENIM」

デニムブランドがホステルをオープン。そこから見えた景色

47都道府県を巡り、キャンピングカーによる移動型販売を終えた2人は、2019年に倉敷市の瀬戸内海を望む地に宿泊施設「DENIM HOSTEL float」をオープンします。なぜ、宿泊施設なのでしょうか?

「次は店舗を持つのが一般的な展開と思いますが、僕たちは違いました。キャンピングカーで全国を回り、僕たちを支援してくださる方々や物づくりをしている職人さんと出会い、じっくり話をする時間を過ごしてきたので、店舗だけのコミュニケーションでは物足りなさを感じたんです。そんなときに、物件に巡り合いました」(島田さん)

「DENIM HOSTEL float」は、デニムを基調としたホステルにアパレル、カフェが備わった複合施設。店舗と比較しても、お客さまの滞在時間が長くなり「EVERY DENIM」の世界観の中に身を置いてもらうことができます。とはいえ、全く経験がない業態に参入した2人に苦労はつきませんでした。

デニムブランドがホステルをオープン。そこから見えた景色
瀬戸内海を一望できる客室。壁はデニムの藍色に塗られている。

「予約をどこから受けるかもわかりませんでした。デニムをサイト直販でやっていたので、宿泊予約も公式サイトでと思っていたら、宿泊予約は予約サイト経由の方が良いと知ったり…またまた勢いでスタートした感じでした(笑)」(島田さん)

オープンした翌年、新型コロナウイルス感染症が拡大。宿泊客の足が遠のく中、事務所にしてしまおうかと悩んだこともあります。

しかし、都市部にないロケーションゆえ、早い段階から人混みを避けたワーケーション需要があり、客足が戻ります。開業当初の予想と違っていたのは、デニムをきっかけに選ばれたのではなく、瀬戸内海の眺望を求めて予約するお客さまが多かったことです。

「僕たちの活動や製品に関心がある方々と接することが多かったので新鮮でした。『海を見たい』『自然に触れたい』という理由で出会ったお客さまに、僕たちの想いを伝える接点が新たにできました」(山脇さん)

宿泊を通じて製品をどう知ってもらうか、知恵を絞る中で思いついたのが、宿泊客に滞在中、デニムを試着してもらうサービスです。

デニムブランドがホステルをオープン。そこから見えた景色

「ディナー前や外出時に、お客さまと製品について自然にコミュニケーションをとることができます。お客さまも様々なシーンで試着することで、購入後の具体的なイメージを持つことができる。ショップにいるときと違い、販売員の視線を気にせず部屋で冷静に検討することもできますし」(山脇さん)

直接販売していたときとはまた違うお客さまとの出会い。そして、2人にとって大きな変化だったのが、「DENIM HOSTEL float」のオープンにあたり、兄弟だけではなく、新たにメンバーが加わり、組織として活動するようになったことです。

「EVERY DENIM」から「ITONAMI」へ

山脇さんは「DENIM HOSTEL float」のオープンが「大きなターニングポイントだった」と語ります。

「自分たちが直接販売しなくてもお客さまが増えていく状態になり、それまで兄弟で駆け抜けてきた『EVERY DENIM』というブランドがちょっとずれてきているように感じたんです。兄弟だけではなくメンバーでやっていくというタイミングでもあったので、新しく自分たちの想いを込めたブランドにリニューアルすることにしました」

2020年、5年間活動を続けた「EVERY DENIM」は「ITONAMI」に生まれ変わります。

「EVERY DENIM」から「ITONAMI」へ

「ITONAMI」というブランド名には「営み」「糸―波」「意to波」という意味が込められています。ロゴは拠点となる地から見える、瀬戸大橋をモチーフにデザインされました。

「これまで応援してくださった方々の顔を思い出すと、名前を変えるのは勇気がいる決断でした。しかし、デニムが好きで好きで兄とやってきた活動を見直して、これからの事業をしっかり考えるきっかけになったと思います」(島田さん)

山脇さんは、情報が溢れる社会にいることで「自分が好きな物を見つけづらくなっている」と言います。デニムの作り手に魅せられてブランドを立ち上げ、お客さまに直接良さを語ってきた自身の活動と照らし合わせ、自分の好きを見つけることへの想いを語ります。

「他人が何を言おうが、自分はこれが大事だと言い切れる物を持つのはカッコイイじゃないですか。『ITONAMI』という名前に込めた『意to波』という想いのように、個人の意思を大切にして、その想いが波のように周囲に広がる活動を展開したいですね」(山脇さん)

「ITONAMI」が構想するデニムから広がる世界

職人が作るデニムを販売する活動から、デニムの販売を通じて「愛着を持って使い続けるアイテムを持つ」という、価値観を伝える活動に展開しています。

例えば、「ITONAMI」が手がける「服のたね」というプロジェクトでは、参加者に自宅で種から栽培してもらった綿をオーガニックコットンとブレンドして製品を作ります。自分が育てた綿からできる服を身に着けることで、日常では意識することがない、原料から服への生産背景に思いを巡らすことができます。

「ITONAMI」が構想するデニムから広がる世界
「服のたね」から生まれたブラックスウェット。参加者それぞれが育てた綿を、紡績工場で世界中のオーガニックコットンとブレンドして糸にし、吊り編み機で独特の風合いを持つニットにしている。

また「FUKKOKU」というプロジェクトは、全国各地から不要になったデニムを回収して部品などを取り外し、粉砕して糸を作り、新しい製品に復活させる取り組みです。

「どちらの取り組みも社会問題や環境問題の解決が目的というより『楽しそう』『やってみたい』というライトな感覚で参加できます。しかし、プロジェクトを通して、自分が育てた綿が入っている製品を手にしたり、不要となったデニムがどう処理されて製品に甦るかを知ることで、『自分ごと』として製品を取り巻く問題に関心を持つきっかけになればと思います。僕たちらしい取り組みだと思います」(島田さん)

大量生産・大量消費が問題となっているアパレル業界の中で、「ITONAMI」が果たすべき役割を聞いてみました。

「デニム業界は分業で成立している工業製品なので、ユーザーに届くまでに作り手の熱が少しずつ失われてしまいます。分業制によるメリットはあるので、一概に悪だとは言えませんし、原料を育てて製品にするまで、一人の生産者が担うのは難しい。そのように長いサプライチェーンが前提となる中で、どうやって作り手の熱量をお客さまに伝え、お客さまに実感を持ってもらえるかを考えていきたいです」(山脇さん)

「大量生産・大量消費などの問題を悪として、そういう製品を買うのはやめましょうという方向に導くのもちょっと違うと思っています。そもそも問題が大きすぎて、身近に感じられないのではないでしょうか。難しく考えて生活するのは快適でないですよね。ダメだからではなく、楽しく取り組んだ結果、問題解決につながるという流れをいかに作れるかだと思います。お客さまにデニムを届ける動線の中で、そんなプロジェクトを仕掛けていきたいです」(島田さん)

「ITONAMI」が構想するデニムから広がる世界

最後に、「デニムとはどんな存在ですか?」の問いに、山脇さんは「兄弟のように味わいが増すもの」、島田さんは「物を大切にする心を教えてくれたもの」と答えてくれました。

デニムの沼にハマったお2人のデニム愛は深まるばかり。デニムを起点にまだまだ大きな波が起きそうです。

・本コンテンツは執筆時点(2023年2月)の情報に基づき作成しております。

この人に聞きました
山脇 耀平さん、島田 舜介さん
山脇 耀平さん、島田 舜介さん
2015年の大学在学中にデニムブランド「EVERY DENIM」を立ち上げ。瀬戸内地域のデニム工場と直接連携し、オリジナル製品の企画販売を行う。2018年にはクラウドファンディングで資金を集め、47都道府県を旅する移動販売を実施。近年ではデニム回収再生プロジェクト「FUKKOKU」や服の完成を1年かけて一緒に楽しむ「服のたね」など、完成品を買うだけではなく、一般の方が服づくりに関わる取り組みを行っている。
ライタープロフィール
小林 純子
小林 純子
フリーランスライター/キャリアコンサルタント
日系客室乗務員(CA)として勤務した後、大手監査法人でCO2排出量の審査やCSRコンサルタント業務に携わる。CA時代に培った接客マナーと、監査法人時代のビジネス知識、またキャリアコンサルタントの傾聴スキルでインタビュー記事を中心に幅広く執筆活動を行う。一児の母として、教育問題にも関心が高い。旅行と本が読める場所をこよなく愛する。

小林 純子の記事一覧はこちら

RECOMMEND
オススメ情報

RANKING
ランキング