リスキリングとは?

リスキリングとは「新しい職業に就くために、あるいは今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」と定義されています(出典:経済産業省 / リクルートワークス研究所)。ビジネスにおける急激な環境変化に対応するためには、スキルの習得が必要不可欠であるという考え方に基づいています。
環境変化の代表的な例としてあげられるのが「DX(デジタルトランスフォーメーション)」です。DXは単なるIT化とは異なり、大掛かりなビジネスモデル変革を表す概念であるため、推進していくうえでは従来の技術や経験、知識では対応できない場面も多くなります。
例えば、DXが推進され、工場での商品製造作業がロボットに置き換えられた場合、これまで作業を担当していた従業員の業務はなくなります。同時に、そのロボットのシステムを構築する業務が発生するはずです。しかし、製造に携わっていた従業員が、急にロボットのシステム構築を担当するのは簡単ではないでしょう。このように、仕事の進め方が大幅に変わるとされる職業においては、特にリスキリングによって新たなスキルを習得する重要性が高くなるのです。
リスキリングが注目されている理由

リスキリングという用語が世界的に注目されるようになったきっかけは、2020年に行われた世界経済フォーラム(ダボス会議)です。会議では、第四次産業革命に伴う技術変化に対応するため、「2030年までに世界で10億人をリスキリングする」ことが宣言され、大きな話題となりました。
第四次産業革命とは、AIやIoT、ビッグデータなどを活用した技術革新のこと。ダボス会議のなかでは「第四次産業革命によって数年で8,000万件もの仕事が消失する。しかし、その一方で9,700万件もの新たな仕事が生まれる」という予想がなされ、業務に必要な知識やスキルが更新されるスピードが速まるなか、その変化についていく必要性が訴えられています。
また、国内にあっても、同時期に経済産業省から「人材版伊藤レポート」が公表され、その中で「リスキル・学び直し」が人材戦略の主要なテーマとしてあげられました。
こうした流れにおいて、企業や個人においてもリスキリングに対する関心は日増しに高まっているといえるでしょう。
スキルアップ、リカレント教育、アンラーニングとの違い

リスキリングの概念を正確につかむために、ここでは、比較されやすい代表的な用語として、「スキルアップ」と「リカレント教育」、「アンラーニング」との違いについて見ていきましょう。
スキルアップとの違い
ビジネスの場面におけるスキルアップとは、研修や独学などを通して仕事に対する能力を向上させることを指します。現在の職種において、延長線上にあるさらに高度な業務をこなせるようになることや関連する職能を身に着け対応できる業務を広げるのが目的です。
一方、リスキリングはDXなどに伴って大幅に仕様が変わる職業に適応するために、新たな知識やスキルを習得することであり、これまでの知識などは生かしつつ、新しい職業や職種に就くことを目的としています。
リカレント教育との違い
リカレント教育とは、必要なタイミングで大学や専門学校などで教育を受け直してから、また仕事へ戻るというサイクルを示す言葉です。学びのタイミングで一度仕事を離れるのが特徴であり、業務と並行しながら新しい知識やスキルを学ぶリスキリングとはこの点が大きく異なります。
また、厳密にいえば、両者は学ぶ対象にも違いがあります。リカレント教育では個人が自らの意思で選択した分野を学習するのに対し、リスキリングでは、企業が主体となり仕事上必要となる実践的なスキルを身につけるのが特徴です。
アンラーニングとの違い
アンラーニングとは、「学習棄却」や「学びほぐし」とも言われ、既存の概念やルーティンを捨て、新しいスタイルを取り入れることを指します。ビジネス環境の変化に合わせて不要になったスキルや知識を捨て、代わりに新しいものを取り込んでいくのがアンラーニングの目的です。
アンラーニングとリスキリング、どちらも新しいスキルを取り込む点は共通しているものの、アンラーニングは不要になったものを見直し、棄却していくところに主眼を置いているのが特徴です。それに対して、リスキリングは必ずしも古いものを捨てる必要はなく、既存のスキルや知識が土台となるケースも少なくありません。
スキルアップ、リカレント教育、アンラーニング、そしてリスキリングは、新しい知識やスキルを取得するという点は、共通しています。しかし、第四次産業革命によってビジネスにおけるデジタル・IT化が進んでいる状況では、変化に対応するために新たなスキルや知識を習得する「リスキリング」が重要だと考えられます。
リスキリングのメリット

リスキリングには企業と個人のどちらにとってもメリットがあります。ここでは、主な効果を3つに分けて解説します。
雇用の継続と人手不足解消
企業からすれば、社内の人材に対してリスキリングを実施することで、採用コストを大幅に削減できる効果があります。
専門的な人材が必要になったとき、短期のプロジェクトであれば外部から人材を採用したり、一時的に外注したりすることも可能です。
しかし、ビジネスモデルや環境の変化に対応するためには、場合によって長期にわたる取り組みが求められることもあります。長期的なプロジェクトともなれば、外部から専門的なスキルを持った人材を採用した場合の採用コストや人件費の負担は大きくなります。
既存の社内人材を活用し、じっくりとリスキリングを続けていく方が、高いコストパフォーマンスにつながるケースも多いのです。ビジネスモデルの変化に合わせ、従業員に離職を求める必要もありません。従業員個人からすれば、雇用の不安を感じることなく、社内にいながら新しい可能性を模索できたり、前向きなキャリア形成が行えたりするのがメリットとなります。
業務の効率化につながる
社内にITのスキルや技術を身につけた人材が増えれば、業務が大幅に効率化され、人為的なミスも減らすことができます。幅広い人員を対象にリスキリングを行えれば、情報共有や管理もITを使って合理化し、捻出できた時間や余剰人員を新たな業務に充てることが可能です。
エンゲージメント向上につながる
業務の効率化によって生産性が向上すれば、無理なく労働時間を短縮したり、待遇を改善したりすることも可能になります。企業が主体となってリスキリングを行うことで、従業員は新たな知識やスキルを学ぶ機会を手にするでしょう。その結果として、組織全体のスキルが向上し、従業員の待遇が良くなり、将来のキャリアに良い影響を与えることができれば、従業員のエンゲージメント向上につながります。従業員個人の待遇が良くなり、将来も良くなっていくという好循環が期待できるのです。
リスキリングの課題と注意点

リスキリングを推進するうえでは、いくつか意識しておかなければならない注意点があります。ここでは、事前に確認しておくべきポイントとして、想定される主な課題と注意点を見ていきましょう。
効果が出るまで時間がかかる
リスキリングの効果が具体的な成果につながるまでには、ある程度の時間が必要です。中長期的な計画と取り組みが求められるため、対応するための時間とコストを捻出できるかどうかが企業にとって大きな課題となります。
とりわけ中小企業においてはリスキリングに必要な余力を生み出すのが難しく、重要性は理解していても実行できないといったケースが少なくありません。経営者自身がリスキリングを行いながら、必要なスキルや重要性を明確化し、従業員に対して効率的に学びの機会を提供できるかどうかが大きな課題となります。
学べる環境の整備が必要
リスキリングを継続させるためには、企業が主体となって環境づくりを行う必要があります。まずは従業員に対してリスキリングの必要性を丁寧に伝え、良好な協力体制を構築していくことが大切です。
また、リスキリングによってどのような展望が開けていくのかを明示し、個々の従業員の不安や希望に合わせた対応をしていく必要があります。そのうえで、リスキリングに取り組む従業員に対して何らかのインセンティブや業務時間内で学べる仕組みを設けるなど、企業側から積極的に環境を整えていくことも重要です。
スキルが身についたか検証が必要
リスキリングの取り組みを浸透させるためには、成果を可視化できる仕組みを整えることも大切です。学びによってスキルがどの程度定着しているのかを検証し、定期的に評価を行いながら、取り組みの改善を繰り返す必要があるでしょう。
また、明確かつ公平な評価基準を設ければ、リスキリングに対する従業員のモチベーションも自然と向上していきます。必要に応じてAIを用いたスキルデータベースやスキルマップも活用しながら、求められるスキルをできるだけ具体化し、正確な効果測定を続けることが重要です。
省庁や企業の動き

最後に、リスキリングに対する省庁や企業の具体的な動きを見ていきましょう。
デジタル人材プラットフォーム「マナビDX」
「マナビDX」とは、経済産業省が開設したデジタル人材育成のためのポータルサイトです。デジタルスキルを学べるコンテンツが紹介されているとともに、どのようなスキルを身につけるべきかを示した「DXリテラシー標準」も掲載されています。
第四次産業革命スキル習得講座認定制度
ITやデータサイエンスを中心とした分野において、高度な専門性を身に付けるための専門的・実践的な教育訓練講座を経済産業大臣が認定する制度です。認定された講座のなかでも、さらに専門実践教育訓練として厚生労働大臣から指定を受けたものについては、各種助成金や給付金の対象となります。
商社におけるDX研修の事例
国内においても、大企業を中心にリスキリングへの取り組みが広がりつつあります。1,000人を対象にAIを基礎から学べるオンライン研修を行った住友商事や、AIを扱うための実践講座「デジチャレ」を応募制で104人(2022年3月末)に対して行った丸紅など、企業が主体的に取り組む事例が着実に増えています。
日本リスキリングコンソーシアム
国や地方自治体、民間企業などが一体となってリスキリングに取り組む「日本リスキリングコンソーシアム」では、様々な企業によるトレーニングプログラムの提供や、就職支援、副業・フリーランス・アルバイトなどの幅広い就業機会の提供など、全国の人々がリスキリングを実施できる環境をつくり出しています。
時代の変化に対応するために
ITを中心とした技術革新により、現代のビジネスシーンを取り巻く環境は急激な進展を見せています。既存の知識やスキルだけは対応できない業務内容の変化に備える必要があり、リスキリングは企業における最重要課題の一つといっても過言ではありません。
リスキリングの目的や方法、想定される課題などを踏まえて、自社や個人でどのような取り組みが行えるのかを検討してみると良いでしょう。
ライタープロフィール

不動産・マネー・人事労務・知財法務の分野で強みを持つウェブコンテンツ制作会社を12年間経営、代表者兼ライター。同社ではビジネス系の書籍の編集・出版プロデュースにもあたっている。日本大学法学部卒、社会人学生として慶應義塾大学に在学中。著書に『ザ・ウェブライティング』(ゴマブックス)、FP資格取得。データサイエンス・AI分野を修得中。
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