岡本さんの創作活動の源泉を探る散歩
「創造力」とは、新しいものを作り出すスキルのこと。また、イチから新しいものを作るだけでなく、既存のアイデアにひと工夫加えたり、かけあわせたりすることで、新しい価値を発見することも創造力の一つとされています。
この「創造力」は、アーティストだけでなく、仕事における新たな価値を生み出すために、ビジネスパーソンにも必要だと考えられるようになってきました。そういった新しいものを生み出すための素材やヒントに気づくには、どのような視点が必要になるのでしょうか?
2022年3月に『水上バス浅草行き』を上梓した歌人・岡本真帆さんは、日々を過ごす中で記憶や心に残っていることを短歌にされているそうです。そんな岡本さんは普段、日常をどのようにとらえて創作活動をされているのでしょうか。短歌を作り始めたきっかけや前後での変化、日常の中で意識していることなどをお伺いします。
また、今回は岡本さんの創作活動の源泉を探るために代々木上原を散歩する中で、目にとまった風景や感じたことなどから短歌を読んでいただきました。代々木上原は岡本さんが大学を卒業し、社会人になって初めて住んだ街。短歌を作り始める以前の、社会人になった当初の記憶が残る場所だと言います。
短歌を始めてからの、日常のまなざしの変化

――岡本さんが短歌を始めたのは、社会人になってからだと伺いました。短歌に興味を持ち始めたきっかけはなんだったのでしょうか?
岡本:興味を持ち始めたのは、大学生のときです。大学の図書館で、雑誌『ダ・ヴィンチ』に掲載されていた、穂村弘さんの『短歌ください』という連載を読んだことがきっかけでした。ただ、当時はそれを読む側として楽しんでいたんです。
短歌という形にこだわらず、なにかを表現したい気持ちはありました。当時はSNS上で、短い文章でいかに表現するかにも凝っていて、短歌にも興味はあったんだと思います。でも、『短歌ください』に掲載されている公募された短歌が良すぎて、自分にはできないと決めつけていたんですね。少し嫉妬して、雑誌を読むのをやめた時期もありました。

――そこから、自ら創作活動を始めたきっかけはなんだったのでしょうか?
岡本:社会人になって仕事をする中で、言葉との距離感が縮まり、また、短い言葉に対するハードルが下がっていったんです。新卒で入社した会社では、広告のコピーライターをしていました。「今の自分ならできるかも」と思ったのが、社会人3年目のときでした。
気持ちの変化として大きかったのが、笹井宏之さんの『えーえんとくちから』と、木下龍也さんの『つむじ風ここにあります』を読んだことです。どちらも口語体で作られた短歌で、こういう言葉で表現することなら自分でもできるかもしれないな、と。
――短歌を始めてから、興味関心や日々意識を向ける対象物などに変化はありましたか?
岡本:短歌を作り始める前後で、自分の興味関心や意識を向ける対象物は変わっていないと思います。けれど、目にしたものをとらえたときの意識は変わったかもしれません。日常の中で、「これは短歌にできそうだな」という感覚はあります。

岡本:例えばさっき、男の人が犬を抱っこしながら撫でているのを見かけて。その手の動きが特徴的だったので、「ギターを弾くように犬を撫でているな」と(笑)。そういう発見をするようになりましたね。その撫でられている犬が飼い主の顔を舐めていたので、「あ、ギターが舐めている」というような。それを短歌にできないかなと思ったり。
そういった日々を過ごす中で目に留まったものや心に残っていることをメモに箇条書きで記して、後で創作の時間を取って短歌にしています。さっきの出来事であれば、「犬をギターを弾くように撫でる」とメモしておいて、後からそれをどうやって面白くできるかなと考えるんです。

自分が自然とやりたくなるように
――新しいことを始めようとしても、継続が難しいと感じている方も多いと思います。岡本さんが短歌を続けることができた理由などはあるのでしょうか?
岡本:私はすごく怠惰なので、そんな自分でも続けられるようにと環境作りや習慣化などの工夫はしています。まず短歌を始めたときに、SNSで短歌用のアカウントを作り、短歌を作っている人たちをフォローしました。タイムラインを見ると、他の方が作品を投稿していたり、文学フリマ(文学作品展示即売会)やコンビニのネットプリントなどを通して新作を発表したりしているのが目に入ってきて。他の方の活動を見ていると、刺激を受けて自分もやりたいなと思うんですよね。そうやって、自分の意思だけで頑張って続けていくのではなく、自然とやりたくなるようにというのは意識しています。
あとは、短歌を作るタイミングを決めるようにしています。私は始業前の朝の2時間は短歌に使うと決めていて。とりあえず机に座って作ろうとしてみるんです。短歌にならず短文のメモだけで終わることもあるのですが、3、4日続けているうちに形になってきたり、その時間に考えていたことが基点になって別のアイデアを思いついたり。
忙しいときは2時間フルに使えず、たった5分だけ走り書きをして終わってしまうこともあるのですが、「そういう日もあるよな〜」とあんまり自分を責めないようにして、ハードルはなるべく下げるようにしています。5分でも、10分でも、短くてもいいからできる範囲で少しずつ積み重ねるのが大切なんじゃないかなって思います。

――忙しいと、創作活動だけでなく、日常に意識を向けるのが難しいときもあるかと思います。なにか工夫されていることはありますか?

岡本:なるべく、五感を意識するようにはしています。芝生の匂いとか、日が落ちて涼しくなってきた空気が肌に触れるひんやりした感じとか、あとはその空気とコーヒーの温度差とか。今流れてきた迷子センターの放送もそうですが、そういう音や匂い、温度などを感じて覚えておくと、情景とかそのとき考えていたことが思い出しやすくなるような気がして。私が短歌を作るうえで大事にしていることです。

岡本: 目の前や過去のできごとから「これって短歌にできるかも」と思いつくのは、電車に乗っているときや歩いているときが多いですね。移動中に思いつきやすいのは、自分を俯瞰しているからだと思います。
コロナ禍で通勤がなくなり、在宅勤務になって初めて、通勤って身体にも心にも良かったんだなぁと感じました。体を動かすことが、日常を振り返ったり思い出したりするきっかけになっていたんです。
だから今は、散歩をする時間を取ってみたり、創作の新しいアプローチ方法として漫画や映画などの作品から短歌を作るのを試みたり。他ジャンルの作品がきっかけで自分の実体験の記憶が呼び起こされることも多く、色々試しています。
歌集を出してから、短歌を作る機会もかなり増えて、おそらく今がこれまでで一番歌を作っている時期なんじゃないかなと思います。第一歌集の短歌とはまた違った雰囲気の短歌も作っているので、この先も新しいチャレンジを重ねながら色んな歌を作っていきたいですね。

散歩の中で見た景色を短歌に落とし込む
最後に、お散歩で得た気づきから岡本さんに短歌を詠んでいただきました。また、どんなことを見て、そして考えながら詠まれたのか、感想を執筆いただきました。
連作:代々木公園
木漏れ日のコンクリートを無意識に探す川面によく似てるから
じゃかじゃんと楽器を鳴らすような手で撫でれば舐めて答える楽器
二人用シートをみなで分け合えば秋空までも味方のようで
指先で感じた熱が舌先じゃ思ったよりも弱かったこと
夕方の胸に迷子のアナウンス 誰もが帰れない家を持つ
光とか緑の場所に集まって思い出したい生きていること
岡本:会社員になりたての頃、初めて住んだ東京の街が代々木上原でした。ほとんど内見をせずに勢いで決めてしまった新築のワンルーム。当時は朝から夜まで働いていて、終電やタクシーで帰ることもしばしば。人間らしい生活を取り戻すように、週末はよく代々木公園までを散歩していたことを思い出します。
久々に歩いた代々木上原の町並みは、当時から変わっているところもありほんの少し寂しさがありましたが、歩いているうちに暮らしていた頃の記憶がたくさん蘇ってきてなんとも楽しいお散歩になりました。久々の代々木公園。新卒の頃の自分の休日を思い出して懐かしくなりました。

散歩している中での、ささやかな気づきや感覚を短歌にしてくださった岡本さん。普段は、移動時間や何かしながらの短時間で、目にしたものや感じたことを短歌に落とし込んでいます。何気なく意識を向けることで、日常から短歌の作品が生まれる一方で、日常の中で気づきを得ることが難しいという方も多いかもしれません。
日常の感覚を研ぎ澄ませるには?
新しいものを生み出すための素材やヒントに気づくきっかけを作り、「創造力」を回復するための方法の一つとして、「アーティストデート」というものがあります。「アーティストデート」は、書籍『ずっとやりたかったことを、やりなさい。』(著:ジュリア・キャメロン 、 和訳:菅 靖彦)で紹介されています。
やり方はシンプルで、週に1回2時間程度、自分のやりたかったことを一人で実行する時間を持つだけ。「自分のやりたいこと」なので、具体的に何をするかは自由です。書籍には、アーティストデートはかける『お金』ではなく『時間』が大切だと記されています。下記にアーティストデートの実践例をあげています。
〈アーティストデートの実践例〉
・映画を見る
・公園で本を読む
・家具屋さんに行く
・アートギャラリーに行く
・陶芸のレッスンを受ける
・料理教室に行く
・キャンプをする
・いつもと反対方向の電車に乗る
・散歩しながら写真を撮る
日々仕事などで忙しいと、休日は疲れているからと結局何もせずに終わってしまうことも多いかもしれません。もちろん体を休ませることも大切ですが、こうした時間を意図的に設けることで、やりたいと思ったことを実際に行動に移すきっかけになることはもちろん、そこで新たな発見を得るきっかけになるのです。

また、書籍には「モーニングページ」という手法についても記されています。「モーニングページ」は毎朝、ノート3ページほど、自分の思いのままにつづるというもの。何か特別なことを記す必要はなく、昨日自分がやったことや、それに対して思ったこと、今自分が感じていることなどを自由に書き記していきます。そうすることで、自分が今何を考え、必要としているかを知ることができるそう。
「モーニング ページ」によって自分自身のこと、仕事や将来、日常生活などについて考えていることを発散することができ、「アーティストデート」によって日常を洞察し、新たな発見を得ることができる、双方向性を持つものなのだとか。
「創作活動のため」など、それを何かにいかすことができるかにかかわらず、まずはメモを取る習慣をつくることが自分の内面や周囲に目を向け、気づきを得るきっかけになるのかもしれません。
日々の気づきを大切にしてみよう
自分の意識を外へ向け、日常から自然と気づきを得るようになることはなかなか難しいもの。毎日10分メモを取ってみることや、1週間に一度自分のやりたいことをやってみるなど、意識的に習慣を作り出すことから始めてみることが、そのきっかけになるかもしれません。
自分の住んでいた街の、よく行っていた場所や気になっていたお店に行ってみたり、公園でピクニックをしてみたり…。実行に移しやすいことから、気軽に始めてみるのはいかがでしょうか。
参考文献:『ずっとやりたかったことを、やりなさい。』(著:ジュリア・キャメロン 、 和訳:菅 靖彦)
この人に聞きました

1989年生まれ。高知県・四万十川のほとりで育ち、大学進学を機に上京。卒業後は広告会社のコピーライターとして働くかたわら、作歌を開始。2022年3月に第一歌集「水上バス浅草行き」を上梓。
ライタープロフィール
