そもそも沼とは
何かに夢中になっていることを表現する言葉として使われるようになった「沼」。沼の対象は、モノや人、芸術などジャンルを問いません。「沼にハマった人=沼の住人」は、ハマったモノや体験に惜しみなく金銭を投じることも多々。まさしく「愛の投資」です。
そんな沼に魅了されている方々にインタビューする「沼の人」シリーズ。第9回に登場するのは、「塊根植物」の沼にハマった横町健さん。塊根植物を扱うショップ「BOTANIZE(ボタナイズ)」だけでなく、カフェのオーナーでもあり、アパレルやアート作品のプロデューサーとしても活躍する横町さんに、塊根植物が持つ魅惑の世界についてお聞きしました。
ぽってりしたフォルムに魅了されて

「塊根(かいこん)植物」をご存知でしょうか。大きな括りでいうと、サボテンやアロエに代表される多肉植物の一種。その中でも、水分や養分をたっぷり溜め込んで肥大化し、樽状になった茎や根を持つ植物を塊根植物といい、「コーデックス」の名で呼ばれることもあります。原産地は、主としてアフリカ・中東・中南米などの乾燥地帯。
見ようによってはグロテスクながら、なんとなくぽってりしてかわいいのが特徴で、「キモかわいい」などと形容される独特のフォルムが、インテリアとしても人気です。この一風変わった植物にすっかり魅了されてしまったのが、現在、都内に塊根植物を中心に扱うショップ「BOTANIZE」とカフェの計7店舗を運営する横町健さん。沼にハマったきっかけは、植物好きの知人の家で目にした“ひと株”でした。
「フォルムにひと目で惹かれて、その“株”を知人に譲ってもらい、自分のオフィスに持ち帰りました。すぐにネットで塊根植物について調べまくり、日本で買えるものを一気に買い漁ったんです。なんせハマり症なもので(笑)」
こう朗らかに語る横町さん。オフィスは続々到着する塊根植物にあっという間に占領されることになりました。
「当時のスタッフは、『何が始まったんだ?』って思っていたでしょうね(笑)。すぐにバルコニー付きの物件を見つけてオフィスを移転したのですが、そこもすぐに植物で埋まってしまい…」
そんな事態を収拾するきっかけとなったのは、横町さんがSNSにアップした塊根植物の写真。植物を趣味とする人たちの間に広まり、横町さんのもとに「売ってください」というリクエストが届くようになります。あっという間に100万円程度を売り上げた横町さんは、これはビジネスにできると感じ、2014年にはECサイトを立ちあげました。
蘇った小学生時代の楽しいサボテン収集の記憶

実は、このドハマリには伏線がありました。それは、横町さんが小学生だった頃のこと。
「趣味で盆栽をやっていた父に連れられて通った園芸店で、サボテンにハマったんです。最初は父にねだって買ってもらっていたのですが、そのうち、月500円程度のお小遣いも、お手伝いをするともらえる手間賃もすべて注ぎ込むようになって。僕の部屋はあっという間にサボテンだらけ(笑)」
集めるだけでなく、種子から発芽させて生育させる「実生(みしょう)」も成功させていたというから驚きです。中学生になった頃にはサボテン収集からは卒業したそうですが、横町少年のサボテンだらけの部屋が、実に数十年後の沼につながっていたのです。
「知人の家で出合った“ひと株”は、枝先にトゲをもつ『パキポディウム・カクチペス』という種類。サボテンに似てるなと思ったら、子供の頃、必死になって集めていた楽しい日々を思い出して、どうしても『あれをもう一度やりたい!』という気持ちになっちゃったんですよね」
とはいえ、子供の沼と大人の沼は大違い。なんといっても投じる資金が異なります。
「大人になってからの沼は、ハマり方が激しいかもしれません。なにせお金のリミッターが外れているわけですから(笑)。僕が塊根植物に出合った2013年当時は、カフェ事業が軌道に乗って時間にもお金にもゆとりが出てきた頃。そのお金はすべて植物に注ぎ込みました」
2016年には、塊根植物を扱う実店舗「BOTANIZE」を東京・代官山にオープン。横町さんは、塊根植物ブームの火付け役としても注目を集める存在となっていったのです。
塊根植物のハマり方には傾向がある?

横町さんによれば、塊根植物にハマる人がたどる典型的な「道」があるそうです。初めての塊根植物に選ぶ人が多いのが、育てやすく値段も手頃なパキポディウム属。これは塊根植物の代表ともいえるものです。また、美しい球型の「ユーフォルビア・オベサ」もビギナーに人気だそう。
「塊根植物には夏型と冬型があり、たいていまず夏型にハマります。ただ、春から夏にかけて葉をつける夏型は秋になると徐々に落葉、その姿のまま冬を越すため、そこで寂しくなって、冬に葉をつける冬型のものを求めて駆け込んでくるお客さんが少なくありません」
横町さんはそう語り、いたずらっ子のような笑みを浮かべます。さらに…
「お客さんを見ていると、次に来店されるときには、きっとこれが欲しくなっているだろうなというのが分かるので、用意しておくんです」と、再びにっこり。自らも辿った道だからこそ分かることなのでしょう。

より形の良いもの、より珍しいものを求めて
沼の住人は、目が肥えるにつれ、形の良いものを求めるようにもなります。塊根植物の魅力は「なんといってもそのフォルム」だそうで、いかに根や茎の部分が丸くぽってりしているかが「形の良いもの」の基準とされ、その“株”の価値を決めるそう。
同時に、希少なものへの関心も強まります。通常、株は1つですが、2つは「ダブルヘッド」といわれ、価値が高くなります。3つの株をもつ「トリプルヘッド」にもなると、沼の住人にとっては垂涎のシロモノ。

こうして数千円の小さい鉢からスタートした興味は、より形の良いもの、希少なものへと移っていきます。それはつまり、より高い投資が必要になるということ。希少なものの中には1株40万円もするモノもあるとか。
一方で、「資金を注ぎ込まなくても塊根植物は楽しめる」と横町さんはいいます。
「塊根植物の原産地は乾燥地ですから、水のやりすぎや日光不足によって、枯れたり、枝が間延びする『徒長(とちょう)』と呼ばれる状態になったりします。そこをいかに調整して、根や茎の部分が丸い形に引き締まった、いわゆる『詰まった株』にするかがポイント。成長はものすごくゆっくりですが、育てる楽しみは大きいです」
土に還る鉢や廃棄商品を使ったぬいぐるみなどSDGsも意識

なんともいえない魅惑の塊根植物。さらには、植える「鉢」、土の表面に敷く「化粧砂」などとのマッチングも楽しみの一つだそう。陶器作家が手がけたスタイリッシュな鉢や、その鉢に合う黒い化粧砂などが並ぶBOTANIZEの店内も、塊根植物をインテリアとして楽しむ感覚にあふれた空間です。今後、鉢を並べる棚も製品化する予定だとか。
「鉢の着せ替えなどは、ファッションを楽しむ感覚ですね」
こう語るように、塊根植物は、アパレル業界と相性の良いものでもありました。横町さんは、名だたるアパレルブランドとのコラボレーションも次々と手掛け、イベントやアイテムを展開。いずれも評判を呼び、塊根植物の知名度アップにひと役買っています。さらに、今、注力しているのは、サステナブルな取り組みです。最近、開発・販売を始めたのが、土に還るプラスチック製の鉢。
「一般的に使われているプラスチック製の鉢は土に戻らず、廃棄時の課題を抱えています。趣味にする人が多いからこそ、これからはSDGsを踏まえた取り組みも積極的に行っていきたい。アパレルブランドから廃棄予定の不良品を無料で譲り受け、それを分解して『ぬいぐるみ』に再利用するプロジェクトも進めています」
この先めざしているのは、「植物を売らない植物屋さん」なんだとか。「いずれは、生きている植物ではなく、塊根植物関連のぬいぐるみやフィギュア、アート作品などを扱う植物屋さんになりたい」と語る横町さんは、既にNFT(ノン・ファンジブル・トークン)も展開しています。塊根植物沼の先には、まだまだ“別の沼”があるようです。
NFTについては、こちらの記事でも詳しく紹介しています。
NFTで注目が高まるデジタルアート。楽しみながら投資できる「アート投資」の世界とは
あふれる好奇心で新しい沼にハマっていく

インタビュー中に、「今、集めているものがこれです」と見せてくれたスマートフォンの画面には、オレンジがかった赤色の模様が鮮やかな壺が。西ドイツのとある陶器メーカーが約60年前に生産していたシリーズだそう。
「60年前にこんなかっこいいデザインがあったなんて、すごくないですか?」と、情熱ほとばしる横町さんのお話は止まりません。海外から続々届く木箱を開けると、中から次々と壺が出てきます。こんな事態にスタッフは面食らっているようですが、塊根植物のイベントや自社のECサイトで販売し始めると、これまた大きな反響を呼んでいるのだとか。
沼にハマる思考でキャリアを築いてきた
これからも、思いもよらぬ沼にハマっていきそうな横町さん。それも人並み外れてどっぷりと。それは、これまでのキャリアからも十分想像がつきます。
横町さんがカフェを開店しようと決めたのは、居酒屋でアルバイトをしていた学生時代でした。常連さんが9割という店で、ほぼすべての常連さんの名前とファーストドリンクを暗記。姿が見えた瞬間にオーダーを通し、座った瞬間におしぼりとドリンクを出していたとか。これでお客さんに気に入られないはずがありません。横町さんは、お店のオーナーに「売上を倍にするから給料を倍に」と直談判し、翌月、売上倍増を成し遂げます。
「このときでしたね。人に雇われるのではなく、自分で事業をしようと決めたのは」
こう振り返る横町さんですが、本当にすごいのはここから。食事も内装も洗練されたドッグカフェの開業を心に決めた横町さんは、そこから10年かけて準備を始めます。まずは掛け持ちで和食とイタリアンの店で修行。その後、カフェで働きながら、自ら店を設計するために専門学校に通って設計とデザインを学びました。仕上げとして、コンサルタント会社に就職し、人材と組織のつくり方を学びます。良い物件を見極めるため、不動産屋とのコネクションもつくりました。こうしてカフェ1号店をオープン。その後、着々と店舗を増やし、今に至ります。
何かを突き詰めれば、そこから何かが開けていく

横町さんには、リミッターというものはないのでしょうか。
「解除している意識もないので、リミッターは最初から僕にはついていないのかもしれません(笑)。何かを突き詰めれば、そこから何か開けるでしょう?逆にいえば、そうしなければ見えてこないものがあるということだと思います」
横町さんは、経営するカフェの厨房には一切入りません。ただし、アドバイスや指示は的確にできている自負があるといいます。それは全部自分で学んできたからです。10年間の準備はすべて、自らの言葉に説得力を持たせるためのものになっているとのこと。
「塊根植物に関しても、突き詰めていなければ仕事にはなっていなかったでしょう。とことん好きになったものであれば、純粋に『これが良いよ』と人にすすめられる。このリアルさと説得力は、突き詰めないと得られないものだと思いますね」
世間には、好きなことは仕事にしないという考え方もあるけれど——こんな無粋な投げかけに、横町さんはきっぱりこう返してくれました。
「僕の考えは全く逆です。好きなことを仕事にできるのはすごく幸せなこと。僕は今幸せです」
なんとも晴れやかな笑顔の横町さん。沼を楽しむオーラが全開です。もしかしたら近い将来、別の「沼の人」としてこのシリーズに再登場することがあるかもしれません。
この人にきいてみた

1973年、東京都生まれ。2008年、内装デザインを手掛ける株式会社anea designを設立し、anea cafeオープン。現在都内5店舗を営業する。2016年には塊根植物を中心に扱うショップ「BOTANIZE」をオープン、現在は都内2店舗を営業。国内の若手アーティストを支援するなど、クリエイター、プロデューサーとしても注目を集める。10年来の趣味であるブラジリアン柔術は茶帯。
ライタープロフィール
