日本人の「歯」の事情

まずは日本における「歯」の事情を見ていきましょう。厚生労働省が2016年に行った「歯科疾患実態調査」によると、1人あたりの歯の平均本数は以下のように推移しています。なお、人間の歯の標準本数は28本です(親知らずを除く)。
・歯の平均本数(本)
年齢 | 男 | 女 | 総数 |
---|---|---|---|
40~44歳 | 28.0 | 28.0 | 28.0 |
45~49歳 | 27.6 | 27.6 | 27.6 |
50~54歳 | 25.8 | 26.8 | 26.4 |
55~59歳 | 24.5 | 25.9 | 25.3 |
60~64歳 | 23.7 | 24.0 | 23.9 |
65~69歳 | 21.5 | 21.7 | 21.6 |
70~74歳 | 18.6 | 20.7 | 19.7 |
75~79歳 | 18.5 | 17.6 | 18.0 |
80~84歳 | 15.1 | 15.5 | 15.3 |
85~歳 | 12.0 | 9.5 | 10.7 |
参考:厚生労働省「平成28年 歯科疾患実態調査結果の概要」
この統計から、40代から年齢とともに歯の本数が減少していることが分かります。
また、50歳以上では全部床義歯(ぜんぶしぎょうし:総入れ歯)装着者、部分床義歯(部分入れ歯)装着者、ブリッジ(失った歯の両側の歯をつかって、橋を架けるように一塊のつながった義歯を入れる方法)装着者の割合が年齢とともに上昇しています。
・補綴物(ほてつぶつ:歯に入れる詰め物や被せ物、入れ歯など)の装着の有無と各補綴物の装着者の割合(パーセント)
年齢 | ブリッジ装着者 | 部分床義歯装着者 | 全部床義歯装着者 |
---|---|---|---|
40〜44歳 | 16.1 | 1.2 | — |
45〜49歳 | 20.3 | 1.5 | — |
50〜54歳 | 34.4 | 6.3 | 0.9 |
55〜59歳 | 46.9 | 10.6 | 1.6 |
60〜64歳 | 46.7 | 18.8 | 4.0 |
65〜69歳 | 50.9 | 31.0 | 8.9 |
70〜74歳 | 47.9 | 38.2 | 14.7 |
75〜79歳 | 45.5 | 41.7 | 20.1 |
80〜84歳 | 45.1 | 42.4 | 31.3 |
85歳以上 | 36.8 | 46.3 | 46.3 |
参考:厚生労働省「平成28年 歯科疾患実態調査結果の概要」
なぜ、高齢者ほど歯を失ってしまうのでしょうか?小宮山先生によると、その原因のほとんどは、歯周病や虫歯の悪化によるものだといいます。特に歯周病は症状を感じにくいため、気づいたときには悪化していて、抜かざるを得ないというケースが多いそうです。
「ただし、『8020(ハチ・マル・二イ・マル)運動』が提唱されたことで、ひと昔前よりも歯の健康に対する国民の意識が変化しているのも事実です。そのため、ご自身の歯を残せる高齢者はこれから増えていくでしょう」
8020運動とは、1989年から厚生省(当時)と日本歯科医師会が提唱している「80歳になっても自分の歯を20本以上保とう」という運動のこと。自分の歯が20本以上あれば、ほとんどの食べ物を噛み砕くことができるため、自分の食べたいものを食べられるだけでなく、健康的な食生活にもつながるのです。
歯を失った場合の主な治療とは?

歯を失ってしまった場合、どのような治療を行えば良いのでしょうか? 治療法としては大きく分けると「入れ歯」「ブリッジ」「インプラント」の3種類があります。それぞれの治療方法や特徴、メリット・デメリットなどを見ていきましょう。
入れ歯
入れ歯には「総入れ歯」と「部分入れ歯」の2種類があります。総入れ歯は、上顎もしくは下顎のすべての歯を失った場合に用いる「歯茎全体を覆う義歯」のこと。部分入れ歯は、部分的に歯を失った場合に用いる「失った歯に近接した歯に金属製の装置で取り付ける義歯」のことです。
メリット
・比較的短期間で治療が終わる
・公的医療保険が適用される(使用する材料によっては適用外となる場合もある)
・自分で取り外してケア(清掃)ができる
・健康な歯を削る必要がない(部分入れ歯の場合)
デメリット
・食べ物によっては咀嚼しにくいことがある
・汚れが付着しやすく、虫歯や歯周病、口臭などの原因になりやすい
・舌が金属部分に触れると違和感を覚えることがある
・取り外す頻度によっては壊れやすい
・歯の位置によっては歯茎や骨に負担を掛けやすい(部分入れ歯の場合)
・歯の位置によっては金属部分が目立ってしまう(部分入れ歯の場合)
ブリッジ

ブリッジは、失った歯の両側の歯をつかって、橋を架けるように一塊のつながった義歯を入れる方法で、失った歯の両側にある歯が健康であることが前提になります。
メリット
・比較的短期間で治療が終わる
・公的医療保険が適用される(素材やカバーする歯の本数などの条件によっては適用外になる場合もある)
・入れ歯よりも噛んだときの違和感が少ない
・入れ歯よりも見た目が自然
デメリット
・土台とする両側の健全な歯を削る必要がある
・自分で付けたり外したりできないため、ケア(清掃)が行き届かない可能性がある
・ブリッジと歯茎の間などに汚れがたまりやすく、虫歯や歯周病を引き起こしやすくなる
インプラント

インプラントは、顎の骨に純チタンやチタン合金製などのインプラント(人工歯根)を埋め込み、それを土台にして義歯を被せる治療です。インプラントを埋め込んだ状態で数ヵ月間、顎の骨とインプラントが結合するのを待ち、再び歯肉を切開して義歯を装着する方法が一般的です。
メリット
・違和感がほとんどなく、食べ物をしっかり噛むことができる
・自分の歯と見た目がほとんど変わらない
・健康な歯を削る必要がない
・適切な治療とメンテナンスを行えば、長期間に渡って安定した状態を得られやすい
デメリット
・公的医療保険適用外のため治療費が高額(歯科医院によって異なる。小宮山先生によると1本当たり40〜80万円が相場)
・治療期間が長い(小宮山先生によると下顎は約3ヵ月間、上顎は5〜6ヵ月間が目安)
・人工歯根を埋めるため、外科的な手術を伴う
インプラント治療で期待できること・注意すべきこと

自分の歯と同じように食べ物を噛むことができるのが、インプラントの大きな魅力。小宮山先生によると、咀嚼は全身の健康を保つことにつながるといいます。噛むことで顎の骨に刺激を与え、脳への血流量も増えるため、咀嚼には認知症を予防する効果も期待できるのです。
一方で小宮山先生は、インプラントはすべての患者さんにベストな治療法というわけではなく、また、不適切な誘導が行われる可能性もあるため、注意が必要ともいいます。
「従来の入れ歯やブリッジで十分な方もいらっしゃいます。『あなたの治療法はインプラントしかありません』といわれても鵜呑みにするのではなく、できるだけ多くの情報を集め、十分納得したうえで治療を受けるべきです」
歯の治療においても、一般的な病気の診断と同じように、セカンドオピニオン、サードオピニオンを受けることが有効です。インプラント治療は、保険適用外で治療費が高額なことからも、様々な専門家の意見を聞き、自分の希望を伝え、後悔することのないように判断しましょう。
生涯、元気な歯を保つ方法は?

新しい技術が次々と登場している歯科医療。しかしながら「自分の歯を残すことが最も望ましい」と小宮山先生は強調します。日々のケアをどれだけできるかどうかで、生涯残せる歯の本数が変わってくるそうです。ここでは、小宮山先生が実践し推奨する、正しい歯のケアをご紹介します。
1.洗口液で1分間ブクブクうがい
洗口液を10ccほど口に含み、1分間うがいをします。これにより歯に粘り付いた汚れが浮きあがり、取りやすくなり、剥がれた汚れの再付着を防ぐこともできます。洗口液は抗菌性のあるものを選ぶと良いでしょう。
2.歯間ブラシ・デンタルフロスで歯と歯の間の汚れを取り除く
歯ブラシの毛先では届かない歯と歯の間の汚れもしっかり取り除きます。成人の虫歯や歯周病の原因となるのは、この歯と歯の間の汚れであることが多いとされています。歯間ブラシや、歯と歯の間をケアする糸状のデンタルフロスはフッ素加工されていることも多いため、虫歯や歯周病の予防効果も期待できます。
3.ゆっくり5分間歯磨き
歯ブラシにフッ素入りの歯磨きペーストを2センチメートルほど付けて、丁寧にブラッシングします。5分間行うことでしっかり清掃できるうえに、フッ素の効果を得られやすくなります。ここでは途中で吐き出さないのがポイント。小宮山先生によると、歯磨きペーストはフッ素の濃度が「1,450ppm」と表記されているものを選ぶのが良いそうです。
4.舌ブラシで舌の汚れを取る
力を入れずに優しく、舌の上を後ろから前へと5回ほど舌ブラシをスライドさせます。舌ブラシがない場合は歯ブラシでもOK。舌は痛みを感じやすいので、ゆっくりと痛くない程度に行うと良いでしょう。
5.少しの水で3回すすぎうがい
フッ素を残すため、最後のすすぎは3回程度を目安に、少量の水で行いましょう。
健康な歯を保つには定期的な検診が大切
小宮山先生が推奨する歯の磨き方は、虫歯や歯周病を防げるだけでなく、歯石が付きにくくなるというメリットもあります。この方法を毎日実践している小宮山先生は御年77歳ですが、28本すべての歯をお持ちとのこと。いかに日々のケアが重要かということを伺い知ることができます。
また、歯を失わないためには、悪くなってから歯科医院に駆け込むのではなく、普段から定期的に検診を受けておくことが大切です。小宮山先生が推奨する頻度は「半年に一度」。一方で、虫歯になりやすい、歯周病になりやすい、あるいは噛み合わせの悪い人は「3ヵ月に一度」の検診が理想的です。
食事だけでなく、会話、運動などあらゆる日常生活を楽しむ要となる歯の健康。生涯にわたり毎日を豊かに過ごすためにも、歯の大切さと丁寧なケアを改めて意識してみてはいかがでしょうか。
この人に聞きました

1971年東京歯科大学卒業。1976年東京歯科大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)、東京歯科大学助手。1977年東京歯科大学講師。1980~1983年スウェーデン・イェーテボリ大学歯学部、医学部にて、現代デンタルインプラントの父と呼ばれた故ブローネマルク教授に師事。帰国後、日本歯科医療にインプラント治療を紹介。1990年、東京歯科大学助教授。同年ブローネマルク・オッセオインテグレイション・センター開設。日本におけるインプラント治療の第一人者として知られる。
ライタープロフィール

メーカー、ITベンチャーを経てフリーライターとして活動。雑誌、書籍、ウェブ、フリーペーパーなどメディア全般を制作。ライフスタイル、旅、金融、教育など幅広い分野で取材・執筆を行う。共同著書に『いちばん美しい季節に行きたい 日本の絶景365日』『いちばん美しい季節に行きたい 世界の絶景365日』(パイインターナショナル)
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