未経験からの社長就任も?価値ある中小企業を承継する「スモールM&A」とは

未経験からの社長就任も?価値ある中小企業を承継する「スモールM&A」とは

未経験からの社長就任も?価値ある中小企業を承継する「スモールM&A」とは

経営者の高齢化や少子化といった要因が重なり、多くの中小企業が後継者不足に悩まされています。そのような中小企業を主な対象として、後継者不足によって生じる廃業や伝統工芸の衰退などを防ぐことが期待される「スモールM&A」について解説します。

後継者がいないために、廃業を選ぶ中小企業も多い

後継者がいないために、廃業を選ぶ中小企業も多い

少子高齢化が進む中、中小企業の後継者不足が深刻な問題になっています。日本政策金融公庫が行った2019年の調査によると、後継者が決まっている中小企業は全体の12.5パーセント。現経営者に事業承継の意向はあるものの後継者が決まっていない「未定企業」は22.0パーセントとなっています。また、将来的に廃業を予定している「廃業予定企業」は全体の半数を超える52.6パーセント。この廃業予定企業の内、後継者不足が理由のケースは29.0パーセントになります。つまり、「会社を継ぐ人がいない」と悩んでいる経営者が非常に多いのです。

ただし、事業承継の支援機関「東京都 事業承継・引継ぎ支援センター」の統括責任者を務める吉田亨さんは、「中小企業の後継者不足は、ここ数年に始まった話ではない」といいます。

2006年に「事業承継ガイドライン」が公表されて以降、全国に支援センターができたり、補助制度が策定されたりと様々な取り組みが行われてきました。そのような国の取り組みもあり、潜在的であった企業の後継者不足が広く認知されるようになったのです。

さらに吉田さんは、「中小企業の後継者不足の背景には、経営者の高齢化があります。当センターに来られる相談者の傾向や、70歳以上の方が増加していることを踏まえると、今がまさに企業経営のバトンをつなぐ世代交代のタイミングだろう」ともいいます。

後継者不足が深刻な業種とは?

多くの中小企業が後継者不足の問題を抱えていますが、後継者の不在率の高さは業種によってバラつきがみられます。顕著なのが建設業や旅館などのサービス業です。吉田さんによると、家族経営が多い業種であることも不在率の高さに影響しているようです。

しかし、不在率が高いからといってその業種に需要がないわけではありません。温泉宿や農場といった地域に根差した事業、海外からの需要が高い伝統工芸のように、ある程度の需要があり黒字経営も見込めるにもかかわらず、後継者不在のためにやむを得ず廃業を選ぶ中小企業が少なくないのです。

応援したい企業があるなら、個人でも事業を継ぐことができる

応援したい企業があるなら、個人でも事業を継ぐことができる

中小企業では、子供や親族に事業を承継する「同族経営」が多く見られました。しかし、吉田さんによると、親族の中に後継者がいない場合は、事業を未来につなぐために、第三者への承継を決断する経営者が増加しているといいます。別法人によるM&Aや社員の内部昇格、第三者を招き入れる外部招聘だけでなく、個人によるM&Aのケースもあるそうです。

スモールM&Aは、個人でも事業継承できる可能性が高い?

一般的にM&Aとは、2つ以上の企業をまとめたり、法人または個人が企業を譲渡・承継したりすることをいいます。大掛かりなイメージがありますが、最近では、第三者である個人でも企業を承継できる可能性が高い、スモールM&Aと呼ばれる小規模のものが盛んになっています。

政府も国をあげて事業承継の促進に取り組んでおり、2019年には、中小企業庁が「第三者承継支援総合パッケージ」を発表しました。その中で、中小企業のM&Aによる事業承継が年間4,000件弱(個人・法人の合算)に留まっている現状から、10年間で60万者(年間6万者)の第三者承継を増やすとする目標を立てています。

国や自治体による第三者承継のサポート

国や自治体による第三者承継のサポート

「廃業」は一つの企業が消えるだけでなく、地域における雇用や伝統技術の衰退、取引のあった企業や個人事業主の経営難などにつながる可能性があります。そこで、国や自治体は様々な支援策を講じ、価値ある中小企業を存続させるために働きかけています。

中小企業庁による「事業承継・引継ぎ補助金」

経営革新事業(事業承継やM&Aを契機に行う経営革新)、専門家活用事業(M&Aに関して専門家に相談するなどの費用)、廃業・再チャレンジ事業(新事業のための廃業、新事業への挑戦)の3つを柱にした補助制度です。

スモールM&Aにおいては、専門家活用事業によってM&Aを支援したり仲介したりする業者への手数料や、対象企業の事業リスクや財務状況などの調査に係る費用、M&Aについての疑問や不安を専門家に相談する費用などが、かかった費用の3分の2(最大600万円)まで補助されます。

中小企業庁による「経営資源集約化税制」

認定を受けた経営力向上計画に従って行われた、一定の設備投資について即時償却または税額控除の適用を受けられる「設備投資減税(中小企業経営強化税制)」と、第三者が株式譲渡で会社を承継した場合において、準備金として積み立てた資金や手数料などの内、最大70パーセントを同事業年度に損金算入できる「準備金の積立(中小企業事業再編投資損失準備金)」の、大きく2つに分類されます。

前者は企業力の強化および生産性向上に有効で、後者は承継後に発覚する簿外債務などのリスクを税制面から支援するものです。

その他の補助制度

この他、事業承継計画実施に係る設備資金や運転資金に充てられる日本政策金融公庫の「事業承継・集約・活性化支援資金」、M&Aに係る委託費を補助する長野県飯島町の「第三者事業承継支援補助金」のように様々な補助制度があります。

個人が企業を承継するメリット、デメリット

個人が企業を承継するメリット、デメリット

考えられるメリットとは

ゼロからの起業の場合、一般的には、初期の投資費用や軌道に乗る(収益化)までの時間にある程度の余裕が必要となります。一方、必要な設備や取引先、顧客なども承継できる事業承継の場合、初期費用をある程度抑えてスタートできることが多く、早い段階での収益化と投資金額の回収が期待できます。

また、譲渡前の経営基盤を引き継ぐこともできるため、人員や設備などといった社内の経営資源を確保しやすいこともメリットの一つです。そのため、組織の代表などを勤めた経験がない方にとっても、起業に比べ、スタートに際してのハードルは低くなるでしょう。

例えば、吉田さんが務める支援センターには、代表経験などのない50歳〜60歳くらいの方が、定年後の将来を見据えて、それまでのキャリアをいかせるような事業を継ぐことはできないか相談に来ることがあるといいます。また、成約に至るケースは稀ですが、20代の若い未経験者が相談に来ることもあるそうです。

さらに吉田さんは、「個人承継ならではの柔軟さも武器になる」といいます。多くの決定権が経営者個人にあるため、機動性と柔軟性を発揮しやすいのです。

企業を承継するデメリット

デメリットやリスクとなり得るのが金銭的な問題です。金融機関への借入金返済が滞ったときに、経営者の個人財産を処分して返済に充てる「経営者保証」はもちろん、承継前には分からなかった負債などもあるかもしれません。大きな金銭的リスクを個人で負わなければならないのです。

2014年から適用されている、全国銀行協会と日本商工会議所が定めた「経営者保証に関するガイドライン」によって、経営者保証のない融資も増えつつあります。とはいえ、現時点では、金銭的リスクが個人による事業承継を妨げる一要素であることに変わりはありません。

第三者承継の流れ、承継前に知っておくべきこと

第三者承継の流れ、承継前に知っておくべきこと

事業承継の第一歩はマッチングです。会社を承継したい人と譲りたい人が巡り合って交渉スタートとなります。事業承継のマッチングをサポートする組織やサービスとしては、公的機関が運営する事業承継・引継ぎ支援センターやM&Aの仲介企業、近年はスモールビジネスを中心に需要が高まっているM&Aプラットフォームなどがあります。

第三者承継のプロセス

個人が事業承継する場合の一般的なプロセスの概要は以下になります。

1.承継(譲渡)を望んでいる企業を探し、承継計画を策定する
2.承継の意思を伝え、話がまとまれば基本条件を文書で締結する(=基本合意)
3.承継予定企業の価値の検討およびリスクの調査、事業計画の策定などを行う
4.譲渡価格など最終的な条件を交渉して最終合意の上、契約を締結

譲渡価格が最も大きなポイントになりそうですが、吉田さんは「現経営者が事業承継を望む最大の理由は、取引先や従業員への責任から。だからこそ、信頼のおける相手でないと譲渡したがらないことが多いのです。そのため、譲渡価格だけでなく、人柄や従業員との相性、熱意を重視される方が多い印象」だといいます。

第三者承継の現状

現状、スモールM&A市場は売り手市場です。例えば、吉田さんが勤める支援センターの譲りたい人(売り手)と承継したい人(買い手)の比率は「4対6」。では、そのような中で買い手が理想の企業と巡り合うために大切なことは何でしょうか。

「事業承継は承継することがゴールではなく、承継した事業をどう発展させていくのかが重要です。そのため、明確なビジョンを持って企業探しをすることが大切。企業経営には責任や苦労も伴うからこそ、責任感や熱意を持って向き合える業種や企業を探すべきでしょう」と吉田さんはアドバイスします。

事業承継の未来

「質の高い技術を守るため」「伝統文化を未来につなぐため」第三者承継の重要性が認知されつつあります。国や自治体の積極的な支援が、さらに手厚くなる可能性も考えられます。働き方の価値観が多様化する昨今、個人が事業を承継する可能性も十分考えられるスモールM&Aの注目度は、今後ますます高まっていくでしょう。

この人に聞きました

吉田亨さん
東京都 事業承継・引継ぎ支援センター統括責任者。事業承継を喫緊の課題とした国の方針により、全国47都道府県に設置されている事業承継・引継ぎ支援センター。東京都の支援センターは、2011年11月に国からの委託を受けて東京商工会議所に設置された。2021年7月より統括責任者を務める。

ライタープロフィール
山本 杏奈
山本 杏奈
金融機関勤務を経て、フリーライター/編集者に転身。現在は企業パンフレットや商業誌の執筆・編集、採用ページのブランディング、ウェブ媒体のディレクションなど、幅広く担当している。

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