酒づくりの今昔。これからの酒づくり。
日本酒の起源は、某人気アニメでも有名となった「口嚼ノ酒(くちかみのさけ)」と言われています。
蒸し米を口の中で噛みくだき、澱粉(でんぷん)をブドウ糖に変化させ壷に集めて、そこに自然界に浮遊する酵母菌が付着することでアルコールが生まれます。その後、酒造を家業とする者が出てきても、地元だけで愛されていたため「酒」とか「あそこ(屋号)の酒」というように呼ばれていました。
時代は移り江戸時代になると、海運を利用して各地の銘酒が江戸で消費されるようになります。これによって日本酒に銘柄名がつき、酒造が免許制になり、商標権のようなものが整備されました。同時にその頃、現在の酒づくりの方法のベースができたと伝えられています。

現在、国内に日本酒の酒蔵は免許所持ベースだと1500棟強存在します。その中で実際に製造しているのは1200ほどです。昭和30年代、40年代をピークに清酒の製造量、消費量、酒蔵の数はすべて減少の一途をたどっています。
しかし、競争がより激しくなったこと、また醸造技術が発達したことで、以前に比べて品質は格段に向上し、「日本酒史上もっともどの日本酒もおいしい時代」と多くの業界関係者がささやくほどです。
実は酒づくりのベースや仕組みは前述の通り、江戸時代から変わりません。
では近代になり、何が変わったのでしょう。
1.木の道具からホーローやステンレス製へ
2.より安全に醸造できる「酵母菌」「麹菌」の開発
3.酒米(日本酒醸造用米)の品質向上
4.自動製麹(せいぎく)機、冷蔵庫など機械の導入
先人が積み重ねてきた知恵と経験を基に、より安全に、より健康に日本酒をつくるための支えになる技術開発が進んでいます。
しかし「利用可能になった」というだけで、あえて木の道具を使い続けたり、蔵に棲みついた菌に頼ったり、酒蔵によって作り方は様々です。導入される「機械」というのも、酒造の知識なしにボタン一つで日本酒が完成するものなど存在しません。

酒蔵見学だけではない!地方の見どころ
酒蔵に行くと、想像以上に「手づくり」で人手を使って手間ひまかけて酒づくりをおこなっていることが分かります。それは兵庫や京都、愛知の大手企業も同様です。工程の多くを機械が担うことがあっても、すべてを全自動でつくることはできません。
筆者自身、以前訪れた東北の酒蔵で、酒造歴60年弱という杜氏(とうじ、製造責任者)が「僕らは酒づくりをしてるんじゃない。菌が酒をつくるのをお手伝いさせてもらってるんだ」と話していました。まだ化学では解明しきれていない未知数でミステリアスな世界なのです。
そのため蔵によって、考え方や手法は様々です。蔵見学のときには、技術的、化学的なことよりも作る人たちの想いに触れてみると良いでしょう。
そして「どんな酒をつくりたいか」が酒蔵によって違います。フレッシュで若々しい酒を届ける蔵もあれば、じっくりと熟成させてコクが出てからでないと出荷しない蔵もあります。
現代になり市場が世界に広がったことで様相はやや変わりましたが、現地を訪れて地元の食事を食べながら地酒を飲むと「だからこういう味なのか」と納得することが多いものです。
冬が長く酒の消費量が多い、醤油が甘い、保存食が多く塩気のある食事に偏っていた…など、各地には特性があります。「郷に入っては郷に従え」の精神で、ぜひ現地に宿泊して体験してみてください。
かつて栄えていた城下町で城主に献上するため、また町人向けに酒づくりをしていたところも多く残っています。日本酒を通じて、その土地の歴史に触れることも貴重な経験になるでしょう。

酒蔵を訪れる際の注意事項
酒蔵見学は、あくまでも酒造の合間にご厚意でさせていただくことです。自分の働くオフィスや自宅に客人が来ているところを想像してください。
残念ながら一部の非常識な方のせいで、酒蔵見学を中止する酒蔵も多くあります。実際の酒づくり現場にお邪魔すること、事務など別の仕事に従事する人の手を止めて説明をしてくださる方への配慮と思いやりが必要になります。酒蔵ツーリズム(外部サイト)では各社ごとの注意事項も記載されていますので、ぜひご確認ください。
見学可能時期の確認
酒づくりは「寒造り」といって冬の寒い時期(10月~3月)におこなうのが一般的です。また12月~1月のもっとも寒い時期には「全国新酒鑑評会」というコンペティションに出品する酒や、高級品である「純米大吟醸」「大吟醸」の特別な酒をつくるところも多くなっています。そのため、この時期だけ酒蔵見学をストップしている場合もあります。必ず事前に確認や予約をすることが大切です。
食事への配慮
酒蔵に行くときには、納豆、みかん、ヨーグルトや漬物などの発酵食品を控えてください。一週間ほど断つのが望ましいですが、最低限でも前日から食べないほうが良いでしょう。特に納豆菌は生物界の中でもたいへん生命力が強く、酒づくりをする杜氏や蔵人の多くは冬場に食べることを自ら禁じています。
危険な場所であるという認識
指示された場所以外には立ち入らないようにしましょう。例えば酒を搾る前の「もろみ」は発酵しており、タンク内はガスで充満しています。誤って落下すれば命はありません。それ以外にも見学を目的としていない製造現場がほとんどのため、足場が悪い場所が多数あります。泥酔で訪れる、などということはくれぐれもないように。
写真を撮る場合には必ず確認を
企業秘密などがある可能性もあります。必ず確認をとりましょう。
売店で日本酒やグッズなどを購入することをオススメします
必須ではありませんが、無料や数百円で蔵見学を受け入れている酒蔵が多くあります。せっかく製造現場を身近に見たお酒ですから、帰りがけには購入して帰りたいものです。
国内消費に相対する輸出の増加。日本の文化を守り継ぐ

「日本酒ブーム」といわれて久しいですが、国内の消費は低下の一途をたどっています。アルコール離れ、低アルコール志向など、様々な理由があるでしょう。
しかし実は、製造量と売上高の減少率は必ずしも一致していません。これは、より高品質な「特定名称酒」と呼ばれる「純米酒」「純米吟醸酒」「純米大吟醸酒」「大吟醸酒」といった、少し高価格帯のものが数字を伸ばしているからです。
日本酒そのものの品質の向上や健康志向による日本食ブームの影響で、日本酒の輸出は増加し興味を示す国も増えています。 日本酒はアルコール飲料であると同時に、日本の大切な文化です。文化、宗教、行事、食生活と寄り添って歩んできました。
文化は一度失うとまた同じように取り戻すことができません。「日本ならでは」というアイデンティティはわたしたち日本人の手によって守っていきたいものです。酒蔵を訪れて、伝統の蓄積を肌で感じてみてください。
※ 20歳未満の方の飲酒は法律で禁じられています。
ライタープロフィール

日本酒ライター/コラムニスト/蔵人/日本酒講師/フリーランス女将。北海道出身。 「とっておきの1本をみつける感動を多くの人に」という想いのもと全国の酒蔵を巡り、日本酒の魅力を発信する様々な活動に尽力している。Webや雑誌での記事執筆、カルチャースクールのセミナーや講演、酒蔵での酒づくり、各地の酒場での女将業など、場所と手段を超えて日本酒のおいしさと、地域文化の魅力を伝えている。
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