愛するものに投資を惜しまない。沼の人vol.7「若手俳優」編

愛するものに投資を惜しまない。沼の人vol.7「若手俳優」編

愛するものに投資を惜しまない。沼の人vol.7「若手俳優」編

趣味や嗜好にドハマリすることを指す「沼」。沼にハマった方々を紹介する、沼の人シリーズ第7回目は、ある日たまたま舞台を鑑賞したことをきっかけに「若手俳優沼」にハマった横川良明(よこがわ・よしあき)さんにその魅力を教えてもらいます。

そもそも沼とは?

何かに夢中になるという意味で使われる「沼」という言葉。漫画やアニメ、舞台、文具、書籍と夢中になれるものならなんでも沼の対象です。また、沼にハマった人(沼に住む人)は、愛の投資という意味で、商品や体験に惜しみなく金銭を投じることもあります。

そんな沼に住む人が愛するものには、どのような魅力があるのでしょうか。このシリーズでは、沼に魅了されている理由を教えてもらいます。

第7回は、30歳を越えた頃に出会った若手俳優から人生の癒やしをもらい、“沼った”という横川良明さんに若手俳優沼の魅力を語ってもらいました。

推し俳優を応援できる「課金ポイント」が多いのが若手俳優沼のミソ

推し俳優を応援できる「課金ポイント」が多いのが若手俳優沼のミソ

沼った瞬間に体質が変化した

現在、横川さんはフリーライターとして演劇やドラマ、映画などエンタメ系記事を執筆。同時にイケメン俳優好きとして、若手俳優沼の住民でもあります。ただ、沼の住民だからエンタメ系のライターになったわけではないそうです。

「元々営業職として働いていたのですが、企画書や提案書などの文章を上司やクライアントからよく評価してもらっていたことがきっかけで、ライターへ転向しました。しばらくは企業取材などをしてビジネス系の記事を書いていたのですが、どうせだったら自分が書きたいものを書こうと、好きだったエンタメ系の仕事を選んで記事を書くようになりました」

そうして記事執筆のため、リサーチの一環として演劇を見に行く機会が増えたという横川さん。ただ、まだその頃はあくまで仕事の延長線上として足を運んでいて、特定の俳優の写真集やブロマイドを個人的な興味から購入するほどではなかったそうです。

ではどのようにして、若手俳優沼にハマっていったのでしょうか。

「たまたまある舞台を見たときに、急に沼りました。シャンパンの栓がポンッ!と抜けたように急に体質が変わった感じ。『今あそこに立っている俳優の姿、めちゃくちゃ輝いてる!自分が浄化される!』と思ってしまって。もう劇場に入る前と出るときで景色が全部変わったように感じました」

それから、いわゆる「推し」になった俳優が出演する舞台はすべてチケットを予約。ファンクラブ加入や写真集の購入など、推しの俳優を応援するつもりでお金を使っていったそうです。

「僕は『推し体質』なんだと思います。好きな作品や俳優を色んな人に知って欲しい。そのために課金して応援するのが楽しいんです」

以前は週5日で飲みに行くのがあたり前だった外食の習慣を見直し、食費は大幅に削減。一方で、推しに使うチケット代やグッズ代はどんどん増えていったそうです。

推す対象が若手俳優だからこそ沼る「推し体質」

推し俳優を直接取材したり、推し俳優が出演する作品の記事を執筆したりすることも珍しくないという横川さんですが、「ただ自分が会いたい」という個人的な感情で仕事を選んでいるわけではないといいます。

「伝わりづらいかもしれませんが、僕は推しの寮母のような立ち位置にいるつもりで応援しています。ご飯を作ったり、洗濯したり、生活の手伝いをしたりして、最後は卒業して遠くに行くのを見守るような。『何か恩返しをしてほしい』というわけではないんです。ただ推しを遠くで支えたい。誰かを応援するのが好きな『推し体質』ですね」

テレビなどで見かける俳優と異なり、舞台などへ直接出向かないと目にする機会が少ない舞台俳優に対しては、特に横川さんの「応援したい」という気持ちが強くなるそうです。

「有名俳優の中にももちろん好きな方がいて、お金を払って支えることができるチャンスがあればお金を払います。でも有名企業のスポンサーがついていることも多いし、彼らはもう十分に成功している。僕が応援しなくても大丈夫だとも思えるんです。だからこそ、まだこれからの若手俳優を応援することが楽しいんです」

今後成功する可能性を秘めた俳優が、少しずつ人気を獲得していくことが何よりも嬉しい。「自分が育てたような感覚ですか?」と尋ねると、横川さんは即座に否定しました。

「育てた、なんておこがましいので絶対にいわないです。彼らが成功したとしたら、それはまぎれもなく本人の努力によるもの。オタクにできることなんて何もありません。ただ、踏み台の一つにしてくださいねという感じ。背中についた推しの足跡をよすがに余生を生きる感覚です」

「寮母」のような立場から推しを見守り、応援する横川さんの献身さが伺えます。

推しの売上を伸ばす応援スタイル

推しの売上を伸ばす応援スタイル

若手俳優を推しても、見返りは特に求めない

舞台を中心に活動する若手俳優と、テレビや映画などの映像作品をメインに出演する俳優とでは、応援できるシーンが異なります。どちらが上か下か、あるいは良しあしでもなく、映像作品を中心に活躍する俳優を応援するとなると、横川さんいわく推しのためにお金を使える機会が単純に少ないのだとか。

「テレビはつければ自宅で見られますし、映画も2,000円ほどで済む。一方で舞台の俳優は、舞台を一回見に行くのに1万円程度はかかる世界なので、ハードルは決して低くはない。いい方を変えれば、その分、応援するうえでの気合いもぐっとあがります」

推しのためにお金を使うが、何か見返りを求めているわけではない。端から見ると献身的とも映るそんなオタクは、決してマイノリティではないと横川さんはいいます。

ただ、そこまでの熱意でお金を支出したとしても、若手俳優がいつまでも芸能界で活動するとは限りません。

「若手俳優沼って賭けごとのような感じもしています。有名になって活躍してくれればとても嬉しいですが、若手俳優も当然一人の人間ですから、俳優業以外にやりたいことができるかもしれないし、ある日引退することもある」

「いつまでその姿を見られるか分からない、みたいなところも含めて推すのが楽しい」のだと横川さんは話します。

横川さんが感じる「ファン」と「推す」の違いはお金の使い方

見返りを求めず、オタクとして俳優を推す横川さんは、「ファン」とは異なる応援の仕方をしていると自覚しているそうです。

「どちらが偉いとかでは決してありませんが、応援の仕方によって『ファン』と『推す』の違いが出てくると考えています。あくまでも僕の価値観の話ですが、ふわっとテレビなどで見て好感を持っている分には『ファン』、100円でもいいので相手のためにお金を払うのが『推す』だと思っています」

推し俳優がイメージキャラクターとして宣伝するお菓子や飲料などは、味ではなくその俳優を基準に買う。俳優が関係する商品の売上が伸びることで、他の商品や企業から起用されたり、新たな作品への出演が決まったりする可能性があるため、関連商品への課金が応援となる。

このような支出を伴う応援の仕方こそが、横川さんは「推す」という行為だと考えているそうです。

ではなぜ、このような購買行動に裏付けされた応援スタイルになったのでしょうか。尋ねると、背景には、幼少期から間近に見ていたお姉さんの影響がありました。

「僕が13歳くらいの頃、4歳上の姉はアイドルグループが好きで、コンサートや雑誌などにお金を使う光景を日常的に見ていました。姉の姿を通じて、推しの出演する番組を見るだけではなく、関わる商品やグッズなどの売上へ貢献することが推すということなんだって、無意識のうちに感じていたと思います」

当時中学生だった横川さんは、お姉さんの影響で好きな俳優もいましたが、お小遣いからでは多くのお金を使えなかったため、自身の基準では「これでは推しているといえない」と感じていたようです。

「お財布の事情は人それぞれ。ですから、お金を払うことが正義といっているわけではありません。ただ、推しも霞を食べて生きているわけではない。ドライないい方になりますが、ある程度の商品価値を示せなければ、芸能活動を継続していくのが困難なのも事実です。金額の大小なんてどうでもいいんです。多くお金を出した方がより愛が深いなんてことも絶対にない。だけど、少額でも相手にお金を使うことは「推している」以上は重要なことなのかな、と僕は考えています」

現在、横川さんは若手俳優オタクとして推し俳優を応援するための支出が増え、舞台の公演後には俳優のブロマイドを「通行料」として必ず購入するようになりました。

「推しの顔を眺めていたいという気持ちもありますが、ブロマイドの売上が俳優の人気のバロメーターになるのが興行の世界。ならば、自分がその数字の一つになりたいという気持ちでブロマイドは購入しています。それに推しを見て癒やされるなんて、これ以上ない極楽ルート。その『通行料』を払っていると思えば納得です」

また、応援した相手から何かが返ってくるという期待でお金を使うわけではない、「消費を楽しむ行為として『推す』っていうことがあっていいんじゃないかな」と横川さんはいいます。

オタクになればなるほど仕事の幅が広がる

オタクになればなるほど仕事の幅が広がる

趣味としてはもちろん、エンタメ系のライターとしても舞台鑑賞の機会が多い横川さん。まずは手元にある舞台のチケットを基準にスケジュールを埋めていき、推しが出演する公演は特に優先する。そこから、観賞した作品や俳優に関わる記事の執筆に取り組む。そうすると、推しに対する熱量がそのまま仕事に直結するといいます。

「ものすごい自転車操業だけど、一応回し続けていける感じがします。例えば去年だったらタイドラマ(タイ王国で製作されたテレビドラマ)の沼にハマり、毎週感想をあるメディアに掲載させてもらうこともありました。僕は何か楽しいことが増えると、書ける記事の幅が広がって、仕事も増えていくんです」

そして、仕事として記事を書くときに横川さんが大切にしているのが「純粋に好きな気持ち」です。

「例えばある作品について原稿を書いている瞬間は『このコンテンツが一番好き!』くらいの熱量を持っています。ですから、好きな物はどんどん増えていきますし、反対に自分の嗜好の傾向もはっきりしていく。そうした特別好きなジャンルでの、高い熱量を持った発信ができることは、ライターとしての僕の武器だと考えています」

実際に、趣味としてハマったドラマの感想がSNS上で話題を呼び、番組の制作側から原稿執筆の依頼が来たこともあったそうです。

ただ、依頼されることは嬉しいものの、「仕事のための熱意」になると、純然たる好きな気持ちは冷めてしまい、結果的に書けなくなるそうです。あくまでも自分の好きな気持ちを重視しているわけです。

「楽しい」を増やしていくことがライフワーク

「楽しい」を増やしていくことがライフワーク

営業職として会社に勤めていた時代は、忙しさからストレスも多かったそうです。しかし、ライターとして活動し始め、後に推しと出会ったことが日々の癒やしとなり、セルフマネジメントにつながりました。

「人生楽しくないことの方が圧倒的に多いし、しんどくなることの方が多い。だからこそ、そういうときに一時避難でも良いから、癒やしになる楽しいことを増やしていきたい。これが僕のライフワークです」

横川さんにとっての「若手俳優沼」のように、日々の癒やしとなる糧を得ることは、自分の人生をコントロールするためにも重要だといえそうです。

この人に聞きました
横川 良明さん
横川 良明さん
ライター。1983年生まれ。大阪府出身。演劇、ドラマ、映画などエンタメを軸に取材・執筆。自著に『人類にとって「推し」とは何なのか、イケメン俳優オタクの僕が本気出して考えてみた』(サンマーク出版)、『役者たちの現在地』(KADOKAWA)がある。プロフィール写真撮影は岩田えり。
ライタープロフィール
浅井 いずみ
浅井 いずみ
編集者・ライター。ペロンパワークス・プロダクション所属。漫画・アニメ・映画などポップからサブカルチャーまで幅広いエンタメ分野の記事執筆・コンテンツ制作に携わる。

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