愛するものに投資を惜しまない。沼の人vol.6「ロードバイク」編

愛するものに投資を惜しまない。沼の人vol.6「ロードバイク」編

愛するものに投資を惜しまない。沼の人vol.6「ロードバイク」編

趣味や嗜好にドハマリすることを指す「沼」。沼にハマった方々を紹介する、沼の人シリーズ第6回目は「ロードバイク沼」にスポットをあてます。39歳でミニベロ(小径車)に出合ったことで自転車にハマり沼の住民となった中山順司さんに、お話を伺いました。

そもそも沼とは?

何かに夢中になるという意味で使われる「沼」という言葉。最近、耳にする機会が多くなりました。漫画やアニメ、舞台、文具、書籍と夢中になれるものならなんでも沼の対象です。また、沼にハマった人(沼に住む人)は、愛の投資という意味で、商品や体験に惜しみなく金銭を投じることもあります。

そんな沼に住む人が愛するものには、どのような魅力があるのでしょうか。このシリーズでは、沼に魅了された理由を教えてもらいます。

第6回は、42歳でロードバイクを始め、「生涯自転車を楽しみ続けたい」と強く思うほど沼にハマった中山順司(なかやま・じゅんじ)さんに、ロードバイク沼の魅力を語ってもらいました。

健康維持のために始めた自転車がライフワークになっていく

健康維持のために始めた自転車がライフワークになっていく

そもそも中山さんが自転車を始めたきっかけは、39歳まで趣味として続けていたサッカーを辞めたことだったそうです。

「膝のケガの心配もあって引退を決めました。ただ運動を完全に辞めるのは避けたくて、買い物や通勤など、日常で足にもなるミニベロに乗り始めました。自転車なら膝にかかる負担も大きくないだろうと、当初は軽い気持ちでしたよ」

転車なら膝にかかる負担も大きくないだろうと、当初は軽い気持ちでしたよ

ミニベロとは、タイヤのサイズが20インチ以下の小径自転車のこと。ミニベロに乗り始める際もロードバイクのことは知っていましたが、「ロードバイク=本格的なスポーツ」というような印象があり、選択肢から外していたそうです。

「ミニベロに乗り始めて半年くらい経った頃、パーツが交換できるということを知りました。自転車ショップで『軽量化できて乗り心地が変わりますよ』と勧められて、シートポスト(サドルの高さを調整する棒)を交換したんですよ。最初は疑心暗鬼でとりあえず買って試してみたんですが、これが思いのほか変化があって、楽しくて」

「シートポストを一つ変えただけで、確かに以前とは乗り心地が違っている。」これがのちのちロードバイク沼にハマる起点となったようです。

「でも私は、サイクリングはしてもレースに出場するわけではありません。ですので、5秒や10秒タイムを縮めるとか、もっというと乗り心地を追求するのが目的でもないんですよ。じゃあ何が、というと一番の楽しみはカスタマイズです」

自転車は自分で全部のネジを外し、あらゆる箇所のパーツ交換が可能な、比較的手軽にカスタマイズができる乗り物。シートポスト以外にもホイールやタイヤ、チェーンを軽い製品に交換していくうちに、交換自体が楽しみになっていったと中山さんはいいます。

100万円以上のロードバイクも高いとは思わない

自転車ショップで新しいアイテムが発売されるたびに、購入する機会が増加していきました。すると初めてミニベロを買ってから1年半ほど経つ頃には、これ以上交換する箇所がないと感じるほどの乗り心地になるまで、車体はカスタマイズされていたそうです。

そしてミニベロの購入から約2年後、自分で自転車のカスタマイズを重ねる楽しさにハマった中山さんはついに「自転車好きが最終的に行き着く」ともいわれるロードバイクを購入。買い換えを経た現在では、ミニベロ1台とロードバイク2台を所有しています。

「現在所有するロードバイクは、片方は110万円、一方は80万円と、合計すると軽自動車並みの金額です。どちらも購入時に好みの本体とパーツをプラモデルのように選んでオーダーしています。パーツにこだわりだすと、金額にキリがないんですよね」

所有する110万円(定価ベース)のロードバイク
所有する110万円(定価ベース)のロードバイク
所有する80万円(定価ベース)のロードバイク
所有する80万円(定価ベース)のロードバイク

もともと中山さんは沼にハマるほどの趣味がなく、服や日用品にもこだわりがないため、生活の中で何かにお金をかける機会が少なかったそうです。沼にハマる前は2,000円程度のシートポストを購入するのにも、「これで何が変わるんだろう」と抵抗があったとか。

それが今では、沼の住人以外の方に自転車の金額の話をすると、「この自転車にそんな金額をかけているの?」と驚かれることもあるそうです。

「趣味ってこういうものだと思いました。例えば鞄が好きな人でしたら、鞄に10万円を出したりすると思いますし。でも、人と話したときにギャップがあると気付きました。『お金かけすぎだよね…』って自覚ももちろんあるのですが、それと同時に、沼にハマって心地良いとも感じています」

ロードバイクを購入し、本格的に沼にハマっていった中山さん。徐々に日常生活にも変化が起きたそうです。

日常のすべてが沼中心へと変化した

沼がお金の価値基準を一新させた

中山さんのミニベロ(手前)、奥様のミニベロ(奥)
奥様のミニベロ(手前)、中山さんのミニベロ(奥)

自転車を始める前にやっていたサッカーは、基本的にシューズとボールがあればできる。あとは仲間との付き合いや遠征でお金がかかる程度で、それほど大きな出費はありませんでした。その後、自転車を始めてから趣味への出費が増えていくうちに中山さんの中では、経済的な価値観の変化があったそうです。

「例えば、個人的にこだわりがない外食ではラーメン1杯900円を高いと感じるんです。でも自転車になると、0が一つ増えても購入をためらうことはない。サッカーをやっていた頃はなかった感覚ですが、ロードバイク沼にハマってからは自転車パーツの9,000円を『安い』と思ってしまう金銭感覚の変化がありました。出費は増えましたけど、ロードバイクが楽しくてもっと早く出会いたかった、自転車ありがとうって思っています」

自転車にお金をかけるようになった中山さんは、「出費は増えたけど人生が豊かになった」と話します。

ロードバイクに乗り続ける体力作りの修行を始める

買い足したミニベロ(今は売却済み)
買い足したミニベロ(今は売却済み)

中山さんがロードバイク沼に落ちてから変わったのは、経済面の価値観だけではありませんでした。

週末に朝から晩まで丸一日、同じ体勢で自転車に乗っていると、身体に痛みが出てくることがあるそうです。そのため平日にはスイミングに行ったり、毎晩ストレッチを行う習慣を作ったりと、ロードバイクに乗り続けるために身体のコンディションを意識するようになりました。

「私は水泳が苦手ですので楽しいとは思えないのですが、自転車に一生乗り続けるための修行としてやっています。身体を壊して自転車に乗れなくなるのが嫌なので、得意ではないことも頑張れるんです」

とにかく自転車に乗り続けたいという気持ちは、健康面や生活サイクルにも良い影響を与えているのかもしれませんね。

自転車はいつも見えるところに置くように

自転車はいつも見えるところに置くように
屋内に置いているロードバイク

また、中山さんが自転車を楽しむのは、屋外で乗っているときだけではありません。普段中山さんは、所有する3台の自転車を家の中に置いて、鑑賞用としても大切に管理しているそうです。

「パソコンを屋外に置かないのと同じです。大切な物を外に置いておくなんて、何かあったらと思うと不安ですから。テレビの横とベッドの横という生活動線の中に置いて、『かっこいいなぁ』って時々見惚れているんです」

自転車はいつも見えるところに置くように
布団の横には愛車が置いてある

また、外出時も大前提は「ロードバイクと一緒に生活する」という生活哲学に基づくそうです。

「出かけるときも、自分が行きたい目的地に行くというより、自転車と一緒に出かけることが目的です。だから、『行ったことのない場所にこいつ(ロードバイク)と出かけてみたい』『電車や飛行機に乗せて知らない土地に行ってみたい』とか」

そしてロードバイクと過ごす時間をどうやって捻出するかを日々考えていた中山さんは、自分で楽しむアクティビティとしてだけではなく、自転車の初心者に向けた情報発信を始めるまでに至ります。

ロードバイクのことを考え続けたくて情報発信も

タイヤ交換している様子
タイヤ交換している様子

中山さんは、2012年から自転車の情報発信を行うブログを更新し続けています。初心者目線での自転車本体や交換パーツの紹介、自身のカスタマイズの記録など内容は多岐にわたります。

「初めは、初心者に向けた情報が世の中に少ないなと感じていました。自転車雑誌などはありますが、ある程度知識のある人向けのものが多い。ロードバイクはスポーツの中でもメジャーとはいい難いジャンルだと思いますし、全く知識のない初心者が情報を探すのは結構大変だったんです」

中山さんは、ロードバイクの知名度の低さを解消して、ロードバイクの楽しさに多くの人が触れて欲しいと願っていました。10年近く更新するブログ用の話題を探すことも、ロードバイク沼の楽しみ方の一つだといいます。

「ネタや構成を考えるのは大変ではあります。でも、記事を書くために仕事前の時間を充てるとか、そうやってずっと自転車のことを考えていたいんです。ロードバイクに乗ったりカスタマイズしたりするだけでなく、地図を見たときに『これってロードバイクで行ったらどのルートが選べるかな?』と移動とも関連づけて考える。つまりロードバイクがライフワークになっているんですよね」

ロードバイクは年齢層が高い方までライフワークにしていることが多いスポーツだと話す中山さん。沼にハマっているのはどんな方なのでしょうか?

沼に落ちるのに年齢は関係ない

ロードバイク沼の年齢層が特に高いのには、自転車自体のコストがかかる点や一人で楽しめるといった理由があるようです。

「まず肌感でのメイン層は40~55歳。年齢を重ねた男性のスポーツという側面はあるかもしれません。先ほども触れましたが、ロードバイクはサッカーとかと比べるとコストがかかります。他にも歳を重ねていくと、ライフステージにおいて結婚や育児があり、友達を遊びに誘うタイミングが難しかったりする。それで一人で楽しめるスポーツとしてロードバイクがちょうど良かったりするんです」

30歳を超えてからロードバイクに出合う人は、多いといいます。その後、40歳くらいにどハマりする。さらに50歳くらいなると今度は、好みや追求する方向が枝分かれしていくようです。

「ロードバイク沼には、様々なタイプの人がいます。マウンテンバイクみたいなごつい自転車を極めたり、レース用の速い自転車を追求したり。他にも山用か街用かで素材が変わる。人それぞれ好きな素材のタイプが違います」

タイヤの太さや本体の素材による重量など、自転車のパーツごとに山や街など向いているレギュレーションが異なるのだとか。そのため、年齢を重ねるごとに好みに合わせた素材の追求が進むわけです。

さらに好みや方向性の広さの他にも、年齢層も幅広いのがロードバイク沼。中山さんは「80歳の方もいますし、どんな沼でも年齢は関係ない」といいます。

沼にハマること自体が喜びに

群馬県の赤城山にて
群馬県の赤城山にて

「最大の楽しみはカスタマイズそのもの」と話す中山さんですが、ミニベロからロードバイクへと沼っていった背景には、自分でカスタマイズを重ねた自転車をこいで感じる速度感や心地良さという大きな存在があったと話します。

「ランナーズハイと同じように、こぎ続けるとアドレナリンがとにかく出ている感じ。そしてこいでいる間はずっとその感覚を味わい続けられる。自分の足で走ったり、車に乗ったりするのとは違う速度感に高揚するんです」

自転車を始めるまでは何かにハマることはありませんでした。それが、カスタマイズの楽しさを知ったことから沼にハマり、ロードバイクをこぎ続けるための体力の向上をはかったり、日常の合間に自転車のことを考える時間を捻出したりと、生涯をともにしたいと思える趣味と出合えたことに、中山さんは大きな喜びを得たそうです。

既存の価値観、さらには年齢や体力にとらわれなくても、新しい趣味を始めることや、これまで持たなかった価値観と出合うことは可能なのかもしれませんね。

この人に聞きました
中山順司さん
中山順司さん
ロードバイクをこよなく愛するおっさんブロガー。ブログ「サイクルガジェット(外部サイト)」を運営。‟徹底的&圧倒的なユーザー目線で情熱的に情報発信する”ことがモットー。ローディ(ロードバイクに乗ることを楽しむ人)の方はもちろん、これからロードバイクを始めようかとお考えの方が、「こんなコンテンツを読みたかった!」とヒザを打って喜ぶ記事をつくります。
twitter: @Cycle_Gadget
ライタープロフィール
浅井 いずみ
浅井 いずみ
編集者・ライター。ペロンパワークス・プロダクション所属。漫画・アニメ・映画などポップからサブカルチャーまで幅広いエンタメ分野の記事執筆・コンテンツ制作に携わる。

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