愛するものに投資を惜しまない。沼の人vol.5「着物」編

愛するものに投資を惜しまない。沼の人vol.5「着物」編

愛するものに投資を惜しまない。沼の人vol.5「着物」編

着物は成人式や卒業式など、特別な日だけ着るものと思っていませんか?シリーズ5回目は、洋服と合わせることで「毎日着物を着ている」というKaEri(かえり)さんに、着物沼の魅力を聞きました。

そもそも沼とは?

何かに夢中になるという意味で使われる「沼」という言葉。最近、耳にする機会が多くなりました。漫画やアニメ、舞台、文具、書籍と夢中になれるものならなんでも沼の対象です。

また、沼にハマった人(沼に住む人)は、愛の投資という意味で、商品や体験に惜しみなく金銭を投じることもあります。

そんな沼に住む人が愛するものには、どのような魅力があるのでしょうか。このシリーズでは、沼に魅了されている理由を教えてもらいます。

成人式では惹かれなかった着物。それが毎日の普段着に。

これまでの着物のイメージが覆った瞬間

これまでの着物のイメージが覆った瞬間

KaEriさんが着物に興味を持ったのは、小学校の卒業式のとき。落ち着いた雰囲気の袴姿で登場した先生を見て、「自分も着てみたい!」と思ったのが着物との出合いでした。しかし、着る機会はなかなかなかったそうです。

「人生で着物を着る場面って限られていますよね。卒業式や入学式、それから成人式ぐらい。でも、きらびやかな着物で着飾る感じに、私はぜんぜん興味を持てなかったんです。私が憧れたのは、レトロ感のあるカジュアルな着物(長着)だったので」

結局、成人式に参加することもなく、写真撮影もしなかったKaEriさんが着物を初めて着ることになったのは、大学の卒業式です。

「成人式でイメージしていた着物と違って、シルエットや柄が落ち着いた雰囲気で大正時代を思わせるレトロな着物に袴を着けたときに、やっと憧れが叶った。うれしくて、やっぱり着物が好きなんだと感じました。でも、今みたいに日常で着るほどの執着はなかったんです」

大学卒業後は、写真スタジオへ就職。七五三などで家族写真を撮影するとき、着物に触れる機会はあったと言います。

しかし、それでも着物への興味が湧くことはなく、「大人の着物のイメージはきっちりした感じだよね」と思う程度だったそうです。

「撮影のとき、子供はかわいい柄の着物を着ている。でも大人の着物は礼儀正しく、型にはまった感じなんだなあって」

着物に触れる機会があったものの、自身で着物を着てみようと思うほどには興味を持つことがなかったKaEriさん。日常で着物を着ると決意したのは、写真スタジオ退職後にラジオ放送局に勤めていたときのこと。たまたま見かけたゲストの着物姿に魅了されたそうです。

「普段着っぽいシャツの上に、オレンジ色のチェック柄の着物を来たゲストの方がいらっしゃったんです。それを見て『着物ってこんなに自由に組み合わせて良いんだ』と、これまでの着物のイメージがガラッと覆されたんです。同時に、『自分は何で本当に好きな服装をしていないんだろう』と後悔しました」

ちょうどこの頃、SNSで見かけた洋服と着物を合わせる「和洋折衷コーディネート」に惹かれ始めていたこともあり、ついに着物を日常に取り入れようと決断したKaEriさん。自分で最初に着付けしたのは、祖母から譲ってもらった着物でした。

初めて自分で着付けた着物で外出したときのKaEriさん。裄丈や身丈は工夫次第で着こなせる
初めて自分で着付けた着物で外出したときのKaEriさん。裄丈や身丈は工夫次第で着こなせる

「『最初は、亡くなった祖母から譲ってもらった着物でスタートを切りたい!』と思っていたんです。ただ祖母から譲り受けた着物は裄丈(ゆきたけ:首の付け根から肩を通り、袖先までの長さのこと)がすごく短かったのですが、工夫して着ました。思い出が詰まったものを、こうやって受け継いで着られる。それも着物の魅力の一つなんだろうなと思います」

「毎日着物を着てきます」と職場で宣言

「毎日着物を着てきます」と職場で宣言
職場でのKaEriさん

日常生活で、もっと自由に服装を楽しみたい。そこでKaEriさんは、職場で「毎日着物を着る!」宣言をしたそうです。

「毎日着るとなると、あまりに高価なものではレパートリーを充実させることはできない。そこでまずは、比較的値段がお手頃な中古の着物を扱う着物屋へ行きました。けど、何をどう選べば良いか分からないし、お店の人に聞いてもさっぱり。

でも2軒目のお店で、『着物の知識がない』って店員さんに素直に伝えたら、すごく丁寧に説明してくれたんです。かわいい着物を見つけたと思ったら『それは着物の下に着る襦袢(じゅばん)ですよ』って優しく教えてくれるやり取りもありました。店員さんのおかげで、私が着たかった『和洋折衷コーディネート』を前提に、着物を選ぶことができました」

初めてお迎えした着物
初めてお迎えした着物

着物選びを無事終えたKaEriさんは、さっそく着物姿で出勤します。

「着物を普段着にするって珍しいことですよね。職場からの反応でも『七五三か!』『卒業式か!』ってツッコまれました。自己満足ですから、受け入れてもらおうという気持ちも特にはなかったんですよね。でも、毎日『今日も着物です!』ってSNSへ投稿していくうちに周囲の人たちは慣れてくれました(笑)」

その後、着物で出勤することが日常になると、周囲で着物仲間が増えていったそうです。『興味はあったけどこれまで着る機会がなかった』と話す同僚までも、KaEriさんを通じて着物を使ったコーディネートを始めるようになったとか。

「同僚と『そのコーデかわいいね!一緒に写真撮ろう!』って、一緒に盛り上がる機会が増えました。私が初めてリサイクル着物屋さんに話を聞いてもらって後押ししてもらったのと同じように、もともと着物に興味を持っていた人の背中を押せたことが、すごくうれしくて」

「お店を持ちたい」と思い立って実行するほどに沼る

毎日「和洋折衷コーディネート」で過ごすようになってから1年ほど経つと、次にKaEriさんは、着物を販売するお店を開きたいと思うようになったそうです。

「『お店をやろう』と思ったのは、『沼にいるな』と感じたタイミングです。コーディネートをSNSへ投稿するようになり、『どこで買っていますか?』と聞かれる機会が増えてきた時期でした。

私が住む関西ならお店を紹介しやすいんですが、遠方の方だとあまり参考にはならない。でもネット通販なら遠方の人にも届けられますよね。それなら、自分でお店を開きたいと思ったんです」

販売するにあたり、古物商の資格取得や仕入れ先の調査などを開始。どこから着物を仕入れるか、価格設定はどうすべきか、知識ゼロの状態から、利用していたリサイクル着物屋を参考に準備を整えていきました。

そして、お店を持つと決心してから半年という速さで開店。SNSのフォロワーを中心に、KaEriさんのお店で着物を購入する人は瞬く間に増えていきました。

KaEriさんが実践している和洋折衷コーディネートを紹介!

コーディネート1:着物にスカートを組み合わせる

コーディネート1:着物にスカートを組み合わせる
お気に入りの羽織とスカートの和洋折衷コーディネート

「私が特に憧れていた和洋折衷コーディネートは、着物や羽織にスカートを合わせる方法でした。変わった着方だし、最初はスカートと合わせるのになかなか勇気が入りました。

でもやっぱり試したいと思い、思い切ってスカートと合わせてみたんです。そしたら、案外誰もスカートを着ていると気づかなくて。普段着としてすんなり溶け込めたのは、自分でも発見でした」

KaEriさんが実践する着物とスカートのコーディネートは、これだけではありません。着物をパレオ風に腰に巻くコーディネートも、SNSのフォロワーや同僚から好評だったと言います。

コーディネート1:着物にスカートを組み合わせる

「スカートとの組み合わせは帯を使う必要もないので、楽に着こなせる。ぱっと見では着物を着ているように見えないので、初めての人でも取り入れてもらえそうですよね」

コーディネート2:ジーンズと組み合わせてよりカジュアルに

コーディネート2:ジーンズと組み合わせてよりカジュアルに

KaEriさんが着物と組み合わせるのは、スカートだけではありません。ジーンズと組み合わせたり、浴衣の身丈をあげて洋服の上に羽織ったりと、よりカジュアルな着こなしを模索しています。

「私は日常でラフに着たい。だから、着やすい方法を模索しています。人によっては『それはマナー違反だ』という考えもあるかもしれませんが、自分は『着物は自由に着てもいい』と考えています。自由な着方を提案することで、もっと着物に興味を持ってくれる人が増えて欲しいんです」

SNSのフォロワーには着物に興味を持ちながらも「普段着としては着ない」という方も多く、アンケートをとってみたこともあるそうです。

「『洗えない』『着ていく場所が分からない』と感じている方が多いみたいです。実際、正絹(しょうけん)物だと自分では洗えないし、クリーニング代も高い。新しいものを買った方が安い場合もあります。それに『着物はきっちり着なきゃいけない』と、自分自身でハードルをあげている方もいるのかもしれません」

現代では比較的、着物は高級なものとして考えられていますが、かつての日本では普段着として着るものも多くありました。KaEriさんはビギナーの方に向けて、「例えば、普段着の上に羽織を着ることから始めてみてはどうですか」と提案します。

「リサイクル着物だったら、羽織も数百円程度で迎えることができる場合も多いです。それに、帯は手持ちのベルトで充分。洋服の普段着よりも安く済むかもしれません。管理だって、ささっと畳んでオープンラックにしまっています。オープンラックだと柄も見えてかわいいんです」

コーディネート2:ジーンズと組み合わせてよりカジュアルに
着物をオープンラックで収納

コーディネート3:着物と相性抜群のベレー帽

着物と日常の洋服を馴染ませるアイテムとして、KaEriさんがおすすめするのが帽子の活用です。

KaEriさんの春夏用のお気に入り帽子コレクション
KaEriさんの春夏用のお気に入り帽子コレクション

「特に洋服だと合わせ方が分からなかったベレー帽が、着物だとすごく合うんです。『着物だったら、ベレー帽でしょ!』ってくらい気に入っています」

KaEriさんだけでなく、着物沼の住民には帽子やヘアアクセサリーを持つ方は多いと言います。洋服では付けることが少ないヘッドドレスや大きなヘアアクセサリーも、着物だと大胆にコーディネートしやすいようです。

「安くても楽しめる」が美学

着物の上限は5,000円以内

着物の上限は5,000円以内

一般的に、着物は高価なイメージがあります。また「沼=たくさんのお金をかける人」と捉えられることも少なくありませんが、KaEriさんは予算の上限を一着5,000円に決めているそうです。

「最初に着物を購入したリサイクル着物屋さんでは、どの商品もだいたい5,000円以内で購入できたんです。なので個人的に買い物をするときは、『こんなかわいい着物が5,000円なんだ!』というあのときの衝撃が、今でもずっと基準になっています」

沼にハマる最初の段階で、予算の基準を見つけたKaEriさん。おかげで見境なく出費することを回避できているそうです。

また、着物と合わせる洋服も元々持っていたものか、新品ではなく古着屋で購入。一点一点の購入費を抑えることができるので、組み合わせの数を増やすことができます。

本当に好きなものだからこそ、しっかりと価格をみて選ぶ行為も大切にしたい。「価格が安くても、こんなに楽しめるんだぞというのが、私の美学になっています」とKaEriさんは話します。

リサイクル着物だからこそ大胆に扱える

リサイクル着物だからこそ大胆に扱える

着物は手入れや管理が大変なイメージを持つ方も多いでしょう。しかしリサイクル着物が出品される骨董市などでは、一着一着丁寧に梱包されて出品されているとは限りません。スーパーのタイムセールなどで見かける「詰め放題」方式で、着物の販売が行われることもあるとか。

「山積みになっている着物から、気になるアイテムを引っ張り出して、ポリ袋一杯に詰め込むこともありますよ。組み合わせを楽しむのが好きなので、できるだけアイテム数を揃えたいんですよね」とKaEriさんは笑顔を見せます。

「私にとって着物は毎日カジュアルに身につけるものであり、沼と日常が近いんです。購入した品物は気に入ったものばかりなので、とことん着倒します」

着物の場合、一つの布地から一つの着物しか作ることができません。そのため、似たような柄でも同じ着物は二つとして存在しないそうです。そんな、すべてが一点物であるレアリティにも、強い魅力を感じると言います。

「一点物の着物は、つまり自分だけのもの。ほかの方が持つ着物も、この世に一つだけだと考えると、見ているだけでわくわくします。さらに、ほかのアイテムとの組み合わせや着こなし方も人それぞれ。自分が持っていた羽織の復刻版を、ワンピースにリメイクしたコーディネートと出合ったときは、本当にびっくりしました」

沼にハマると人生が潤う

今でこそ、自分でお店を開くほど着物に沼るKaEriさん。着物沼の住人になる前には、なんとかしてハマれるものを探していた時期があったそうです。

「高校生時代は、よくアニメや声優のイベントに通っていました。でも大学に入学してから社会人になってもイベントには行かなくなり、ふと思ったんです。アニメにハマっていた高校時代は毎日が楽しかったなって。そんな過去に気づいてから10年間、色々なものに手を出して、とにかくハマれるものを必死に探していました。でもどれものめり込むことはできなくて…」

だからこそ、子供の頃に「着てみたい」と憧れた袴姿を日常に取り込んで落ちた着物沼は楽しいと話します。

「自分でお店をやりだすくらい、今はもっと広めていきたいと思うし、本当に楽しい。もちろんハマっていない人と比べるとお金もかかるだろうし、浪費に見えるかもしれない。でも私にとってこれは浪費じゃなくて、自分の人生を豊かにするための投資なんです。人生を彩るものがあるから、豊かになると思います」

この人に聞いてみた
KaEriさん
KaEriさん
【着物を 気楽に 楽しく 日常に!】をモットーに着物×洋服 の和洋折衷コーデの提案をする和洋折衷コーディネーターとして活動中。袴を着ているように見える 着物(羽織)×スカートのコーデが大好き!インスタグラム、ツイッター等のSNS、YouTube、ラジオパーソナリティーとして発信しています。また「こんなコーデしてみたい!でもどこで着物を買ったらいいか分からない!」と言う声を多数頂き、2020年夏より着物のネット販売も開始。
ライタープロフィール
浅井 いずみ
浅井 いずみ
編集者・ライター。ペロンパワークス・プロダクション所属。漫画・アニメ・映画などポップからサブカルチャーまで幅広いエンタメ分野の記事執筆・コンテンツ制作に携わる。

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