相続法改正のポイント6つ

今回の相続法改正は、約40年ぶりの大幅な改正です。現代社会の相続の実態に合わせた改正も多く、相続の制度がより使いやすく改正されています。ここでは相続法の改正事項のうち、特に重要なポイント6つについて解説していきましょう。
1.遺言書の一部がPCで作成可能に
民法上定められている遺言書の方式には、いくつか種類があります。このうち、遺言をする本人一人で作成できる遺言書を「自筆証書遺言」といいます。多くの人が最初に検討する遺言書でしょう。
自筆証書遺言が有効とされるための要件は、厳格に法で定められています。具体的には、遺言書の本文、遺言書の作成年月日、遺言者の氏名は、いずれも遺言者本人が自筆し、押印する必要があります。したがって、遺言書の本文をパソコンで作成したものは無効となります。これは、相続法改正によっても変更はありません。
今回の相続法改正で変更されたのは、遺言書に添付する財産目録の作成方法です。自筆証書遺言には、遺言の対象である個々の財産を一覧にした財産目録を添付します。以前は、財産目録についても遺言書の本文と同様に、遺言者本人が自筆で記載しなければなりませんでしたが、今回の相続法改正により、財産目録に限っては自筆ではなくパソコンなどで作成することが可能となりました。
2.預貯金の払戻制度の創設
被相続人が亡くなると、葬儀費用や、生前に住んでいた家の光熱費や家賃、医療費などを、すぐに相続人が支払わなければならないことがあります。しかし、これまでは、亡くなった人の預貯金は遺産分割が終了しない限り、相続人の一部が勝手に引き出すことはできませんでした。
今回の相続法改正では、遺産分割の終了前であっても、相続人が預貯金の一部の払い戻しを受けることができる制度が新設されました。払い戻しを受けられる金額は、相続開始時点の亡くなった人の預貯金残高に1/3を掛け、さらに相続人の法定相続割合を掛けた額です。なお、150万円が上限となっています。
これにより、必要に応じて、各相続人が亡くなった人の預貯金口座からお金を引き出すことができるようになりました。ただし、預貯金の払い戻しを受けた相続人は遺産を先に受領したことになるため、払い戻しを受けた後に相続放棄ができなくなることがあります。したがって、相続放棄を検討している場合は注意が必要です。
3.長男の妻も財産の取得が可能に
長男の妻が義理の親の介護をしている場合、義理の親が亡くなったら、長男は子供としての立場から親の遺産を相続することができます。一方、介護をしていた妻は、義理の親との関係では法定相続人ではありません。そのため、これまでは遺言でもない限り、義理の親の遺産を相続することはできませんでした。
そういった「相続人ではないが療養看護に努めた親族の貢献」を評価するために、相続法改正によって特別寄与料という制度が新設されました。特別寄与料が請求できるのは、亡くなった人の相続人ではない親族です。親族ではない第三者が献身的に介護をしたとしても、特別寄与料の請求はできません。
また、特別寄与料を請求するためには、療養介護等が無償であり、介護したことによって、亡くなった人の財産維持や増加へ特別の寄与をしたことが必要です。なお、特別寄与料はあくまでも金銭の請求に限られます。亡くなった人が所有していた不動産など現物の引き渡しを、特別寄与料として請求することはできません。
4.配偶者はそのまま自宅に住めるように
夫婦の一方が亡くなった場合に、残された配偶者が自宅に住み続けることができるようにするため、配偶者居住権が新設されました。改正以前は、配偶者が財産分与によって、引き続き自宅に住むことができなくなる可能性がありました。
配偶者居住権は、長期居住権と短期居住権の2種類が定められています。
長期居住権は、遺産分割や遺言において、配偶者に居住権を与えることが定められた場合に発生する権利です。長期居住権が認められた場合、配偶者は自身が死亡するまでの間、無償で自宅に住み続けることができます。
短期居住権は、配偶者の一方が亡くなり相続が開始した時点で、残された配偶者が自宅に無償で居住していた場合に、残された配偶者が一定期間に限って無償で自宅に住み続けることができる権利です。
長期居住権と異なり、遺言や遺産分割で定められることは要件ではありません。
短期居住権に基づき、自宅に住むことのできる期間は原則として、相続開始時から遺産分割により自宅を相続する者が確定した日までの間です。ただし、確定する日が相続開始日から6ヵ月を経過する日より前に到来する場合には、6ヵ月が経過した日までとなります。つまり、相続開始日から最低6ヵ月は居住権が保証されるということです。
なお、長期居住権がある場合には、短期居住権は認められません。要するに、短期居住権とは長期居住権が認められない場合でも「残された配偶者が直ちに出て行かなくても良い」とする制度です。
5.婚姻関係20年以上の夫婦の自宅贈与は遺産分割対象外に
以前は、夫婦間で自宅を生前に贈与したり、遺言で贈与したりする場合には、遺産が先に渡されたものとして扱われました。これを特別受益といいます。特別受益とされる場合、自宅の贈与を受けた配偶者が受け取る遺産は、遺産分割協議において、自宅の贈与に相当する分が減額されることになります。
そうすると、配偶者のために自宅を残そうとしても、意味がなくなってしまいます。今回の相続法改正では、婚姻期間が20年以上の夫婦間での自宅の贈与に限り、特別受益として扱う必要がないことになりました。
この結果、遺産分割において自宅贈与分を減額されなくなり、残された配偶者が受け取る遺産はこれまでよりも増えます。つまり、この改正によって、残された配偶者の生活の安定が図られることとなったのです。
6.自筆証書遺言の保管制度の創設
これまで自筆証書遺言は、公証役場で保管される公正証書遺言などとは異なり、遺言者本人に保管が委ねられていました。そのため、遺言者本人が自宅で保管したり子供に預けたりと紛失や改ざんのリスクがあったことを受け、自筆証書遺言を法務局で保管する制度が創設されました。
具体的には、遺言者が死亡した後、相続人は法務局に遺言が保管されているかを照会し、保管されている場合には、法務局から遺言の内容を記載した証明書の交付を受けることができます。
また、相続人の一部に対して、自筆証書遺言の内容を記載した証明書を交付した場合や、遺言書を閲覧させた場合には、ほかの相続人は法務局から、遺言書を保管している事実を知らされる仕組みになっています。
なお、自筆証書遺言は遺言者が亡くなった後に、家庭裁判所の検認という手続を経る必要があります。これは、遺言書の改ざんなどを防止することを目的とした手続ですが、法務局で保管していた自筆証書遺言については不要とされています。
遺言書作成のポイント

遺言書を作成する際には、法律で定められた様式を守る必要があります。民法上、有効とされている遺言書の方式のうち、比較的よく利用されるものは「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」です。自筆証書遺言の法務局保管を利用する際に注意しなければならないのは、法務局は遺言書の内容を確認してくれるわけではないということです。
法務局が確認するのは、自筆証書遺言が有効となるための形式を満たしていることと、遺言書が本人の意思で作成されたことです。このため、遺言書の記載内容に関しては、自分自身で調べるか弁護士などの専門家に相談して作成する必要があります。
また、自筆証書遺言の法務局保管の制度を利用すると、公正証書遺言の作成と同程度の手間がかかります。このため、以前から確実性の高い遺言書として扱われてきた公正証書遺言を利用すれば足りることも多いでしょう。
相続について把握しておくことのメリット

残念ながら、人がいつ亡くなるかは誰にも分からないものです。今日は元気だとしても安心できるわけではありません。相続が突然発生したとき、遺言書がなかったり、相続人が相続に関するルールを知らなかったりすると、相続争いにつながってしまう可能性があります。
「骨肉の争い」と表現されるように、相続争いは長期化しやすく、またその後の親族関係に大きな影を落とすことも多くあります。このようなリスクを避けるためにも、普段から相続について把握しておくことが大切です。
ライタープロフィール

松浦綜合法律事務所代表弁護士。京都大学法学部、一橋大学法科大学院出身。東京弁護士会所属(登録番号49705)。法律事務所や大手不動産会社での勤務経験を経て独立。不動産に関する法律相談への対応や、不動産が関わる相続・離婚事件等に注力している。松浦綜合法律事務所ウェブサイト(外部サイト)
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