人生を一緒に歩いていける一生もののアイテムとは
がむしゃらに走り続けてきて、はたと立ち止まる。さて、この先自分はどんな人生を歩んでいくんだろう――。こう考える50代男性は多いのではないでしょうか。
前編では、50代を迎えた山本さんの仕事観への変化や生き方についてお聞きしました。後編となる今回は、人生100年時代、折り返し地点のこれからもずっと使い続けられる''一生もの''について語っていただきます。
一生ものなんてない!? 本当に長く使える''相棒''とは

――万物は移り変わります。それと同じで、50代の仕事やライフスタイルも変化を続けていきます。そんななかにあっても、身に付けているモノでいつも変わらない''相棒''がいるのは心強いことかもしれません。言うなれば「人生の相棒」「伴走者」。ファッションの世界で、「一生もの」になるアイテムはあるのでしょうか。
山本さん(以下:山本):ファッション誌でよく見る''一生もの''というフレーズがあります。ただ、これは''嘘''なんですよ。
――え、嘘ついていたんですか?
山本:いや、ストレートに言い過ぎたかもしれませんね。正確を期すなら、一生使えるファッションアイテムは''極めて少ない''というべきでしょうか。
何十年も着られるコートやスーツ、シャツなんてありません。当然傷んできますし、自分の体形が変わってしまい、着られなくなることもあるからです。
――確かにそうですよね。服が繊維である以上、汗や摩耗で傷んでくるのは仕方がありません。
山本:そんな前提を踏まえたうえであげるなら、『時計』『靴」は『一生もの』と言えるでしょうか。
【一生もの①】2〜3代と受け継げる機械式時計

山本:今腕に付けているのは、手巻きの機械式時計で3針のものです。数ある時計のデザインで最もスタンダートなものですが、100年前に作られた腕時計と比べてみても顔つきや機能で大きな違いがありません。
時計って、それぐらい完成されたジャンルなんです。これ以上変わる必要がないぐらい、完成されている。時代の変化でデザインが古びてしまうことは少ないですし、長く付きあえる、良いものを買えば''一生もの''にもなりえます。
選ぶときのアドバイスを差しあげるなら、一つあります。それはケースが大きすぎず、適度に薄いものがいいということです。
腕時計の世界で「デカ厚時計」という呼び方があります。ケースが大きく、ぶ厚いもので、高級機械式時計の世界で一時期ブームにもなりました。ただしこれは、スーツの袖に収まりきらないですし、相手に威圧感を与えてしまうかもしれません。時計は時間が分かれば良いわけですから、それを満たしたうえで、控えめかつ上品なものを選んで欲しいと思います。
機械式時計は、中の部品が不具合を起こしてもメーカーに持ちこめば修理をしてくれます。長く使えるので、2代、3代にわたって、受け継いでいくこともできます。50代にもなれば、子供が成人している方もいるでしょう。子供に、長く相棒として使ってきた時計を譲る、というのは人生の愉しみかもしれません。
実は私にも、35年間ずっと使っている時計があります。老舗ブランドが作った手巻き機械式のパイロットウォッチです。娘から既に予約が入っていて、『お父さんがつけなくなったら譲ってね』と言われています。愛着のある腕時計ですが、きっと譲るんでしょうね(笑)
〜腕時計にまつわる小話〜
父が子に機械式時計を託すシーンは、映画や小説というフィクションの世界で数えきれないほど描かれてきました。物語の中で、重要な伏線を託された時計はたくさんあります。映画「パルプ・フィクション」の金時計しかり、「インターステラー」では時空を超えて父娘をつなぐアイテムとして描かれました。
【一生もの②】エイジングを楽しむ革製品

山本:革靴もまた、一生ものになりえます。革製品には「エイジング」という言葉があります。日本語に直すと「経年変化」。
長く履いていけば、履きシワも入ってきますし、革の表情も変わってきます。色味の変化もあります。長く使うことで自分に馴染み、ともに年を重ねていく''相棒''となります。足は体形ほどは変化しないという利点があり、一度合うものを選べば、長く付き合っていけます。
そうはいっても、履いていれば靴は傷みます。特にソールの部分は消耗を免れません。ですから、靴底を交換できるつくりであることが必須の条件でしょう。その際、「グッドイヤーウェルト製法」で作られた革靴を選べば良いと思います。この製法であれば、靴底全体を修理することが可能です。
革製品なので、履かないときは木製のシューツリーに入れることも大事です。型崩れを防げますし、湿気を取ることで靴の中をドライに保つこともできます。1度履いたら、3日は休ませましょう。朝から大雨の日は、靴底が革でできたものは履かない方が良いのですが、不意の雨で濡れてしまうことはあるでしょう。濡れて帰宅したら、靴の中に新聞紙を入れたり、下に敷いてあげるなどしてカビが生えないようにしてください。
アッパーのお手入れは、ケア用品を買えば自分でも十分できます。ただ、自分でやると、ついクリームを塗りすぎてしまい、革の通気性を損なってしまうこともあります。その際は、靴磨き屋さんに持ちこんでみるのもいいでしょう。
そしてデザイン。これは腕時計と同様に、スタンダードであることが大事です。仕事の場面で履くことを想定すると、選ぶべきデザインはいくつもありません。まず、紐靴であること。次につま先が丸くもとがってもいないものであること。妙にとがったものは論外です。
これを踏まえた上で、革靴の外見はつま先に横一文字の縫い目が入っている『ストレートチップ』か、トゥに縫い目や飾りがない『プレーントゥ』。そして、つま先や側面に穴飾りが付いている『ウイングチップ』。あるいは、紐靴ではなく留め金でとめるタイプの『モンクストラップ』でしたら、スタンダードと言えるでしょう。
靴に限らず、バッグなどのレザーアイテムでもエイジングを愉しめます。使い手によって表情が変わり、手入れを欠かさないことでともにときを刻んでいけるレザーアイテムは、あなたの一生ものになるかもしれません。
〜革磨きにまつわる小話〜
様々なルーティンで知られている元野球選手のイチロー。試合後のロッカールームで必ず行っていたのが、グラブの手入れです。道具に対する並々ならぬこだわりと愛情、そしてその手入れの際中に自身のプレーを振り返り、また明日へ臨む。そんな姿勢は、スポーツ選手のみならず、ビジネスマンや社会で戦っている50代の方々にも通じるかもしれません。文字通り、土台となる革靴ともこのような付き合いがしたいものです。
【一生もの③】若い頃に憧れたクルマ

山本:最後に一つ、変化球を投げます。50代で買う一生もの。私なら「クルマ」を買います。
今、多くの方がクルマを買う時に「リセールバリューの良いクルマがいい」とおっしゃいますよね。要するに売ったときの値段が落ちない、高値転売がきくもの、です。
これは私の意見ではありますが、これはいただけないなぁと思うんです。初めから転売を視野に入れた買い方ですし、一生ものとは正反対ですよ。
私はこう言いたいですね。「みなさん、もう50代なんだから自分の気に入ったもの、好きなものを買いましょう。買っていいんですよ」と。仮に手放すことになったとしても、値段がつかなくったって構わないじゃないですか。
私自身は30代のとき、アメリカのビンテージカーを買ったことがあります。映画『男と女』(1966年)に出てくるクルマで、「カッコいいなあ。大人になったらこんなのに乗りたいなぁ」と憧れ続けて、30代になって買ったわけです。
実はこのクルマ、キャロル・シェルビーという人がデザインに関与しているんです。シェルビーは最近公開された映画『フォードvsフェラーリ』(2019年)の主人公でもあります。彼のデザインしたクルマは、小さくて洗練されたデザインだったんですね。
7、8年はそのクルマに乗って出版社に通勤していました。ある日エンストして泣く泣く手放してしまいましたが、あのクルマのことは今も気になっています。ずっと記憶に残るモノ、それを一生ものとするのもあり、なのではないでしょうか。
〜クルマにまつわる小話〜
SF映画やマンガなどの世界ではよく見られる''空飛ぶクルマ''が現実になるかもしれません。世界各国で実用実験が行われており、日本でも経済産業省がロードマップを取りまとめ、2030年代から実用化を拡大させていく方針です。かつて夢見ていた男のロマンが実現するのもすぐそこまで来ています。
カッコいい50代であるために

――子育てが一段落し、仕事も新しいフェーズに入る。余裕もできます。50代だからそれを選べるということですよね。であれば、迷わず選んで欲しい。若い世代から見たときに、大人が人生を楽しんでいるのは大事なことですよね。「そうか、将来自分たちもこうやっていいんだ」と、一つの指針になりますから。
山本:私が若かったころ。まだ20代で若手だったころ、カッコいい先輩がたくさんいました。あれから何十年か経った今、どうでしょう。
私もすっかり先輩たちと同じ年になりましたが、かつての自分が憧れたような大人になれただろうかと自問自答します。50代はお金と時間に余裕が生まれ始める人生の充実期なんです。率先してカッコ良くいていただきたい。
自由闊達な大人が減ってしまったら、きっと社会が閉塞してしまうでしょう。これからの社会がどうなるかは分かりませんが、若者が夢を見られる、人生を楽しめる社会であって欲しいです。そのためにも、自由闊達な50代として歩んでいきたいですね。
目まぐるしく移ろいゆく時代の流れに逆らうことはできません。ときには、そのスピードに疲れてしまうこともあるでしょう。
だからこそ、そこにあるだけでふと立ち止まって自分を見つめ直せる''一生もの''を、手に入れてみてはいかがでしょうか。
(インタビュー・文:岡本俊浩 人物撮影:YUKO CHIBA 編集:サムライト株式会社)
この人に聞きました

服飾ジャーナリスト。1963年、岡山県生まれ。2019年に自らの「ヤマモトカンパニー」を設立し、代表を務めている。早稲田大学卒業後、「メンズクラブ」(婦人画報社、のちハースト婦人画報社)「GQジャパン」(コンデナスト・ジャパン)などを経て、2008年に「アエラスタイルマガジン」(朝日新聞出版)を創刊。現在は同誌エグゼクティブエディター兼ウェブ編集長。ファッションに関する編集や執筆の他、ビジネスマンや就活生にスーツの着こなしを指南する「服育」アドバイザーとしても活動中。単著に『仕事ができる人は、小さめのスーツを着ている。』(クロスメディア・パブリッシング)がある。
ライタープロフィール

50代からの充実した人生を送るための、これからの暮らしとおかねの情報をお届けします。
50代から考える これからの暮らしとおかねのはなし編集部の記事一覧はこちら