大人の嗜み 古美術入門

大人の嗜み 古美術入門

大人の嗜み 古美術入門

近年、ビジネスの世界でも美意識を養うことの大切さがクローズアップされるようになってきました。中でも歴史や文化も併せて学べる「古美術」を、教養として嗜む人が増えています。今回は、初心者のための古美術の楽しみ方を専門家に教えていただきました。

知的世界を広げてくれる古美術との出会い

お話をうかがったのは、東京・日本橋の東洋古陶磁専門店「浦上蒼穹堂(うらがみそうきゅうどう)」の創業者で代表取締役の浦上 満(うらがみ みつる)さん。古美術のコレクターだった父の影響で幼少期から古美術に親しんで育った浦上さんは、大学卒業後に大手古美術商での修行を経て、1979年に浦上蒼穹堂を創業。以来、40年以上にわたって古美術商として活躍する傍ら、古美術の魅力を若い世代に伝える活動にも力を入れてきました。

―古美術の魅力はどんなところにあるのでしょうか?
浦上満さん(以下、浦上):数百年、物によっては数千年以上の時を超えてなお、ゆるぎない美しさを私たちに見せてくれるところではないでしょうか。たとえば、この唐三彩の馬を見てください。唐時代(紀元618年~907年)の中国で権力者の墓の副葬品として作られたものですが、1300年という時を超えてなお、まったく古さを感じさせませんよね。むしろ、みずみずしく美しい。堂々として気品さえ感じさせる馬の姿を見ていると、豊かで平和だった唐時代の雰囲気が伝わってくるようです。作品そのものの美のみならず、それが作られた時代の文化や世情、そしてその作り手までに想いを馳せられるのが、古美術の魅力。一つの美術品との出会いがきっかけで、知的世界も大きく広がっていくのです。

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唐三彩の馬。中国・唐時代(618年~907年)の雰囲気を今に伝える

―確かに1000年以上も前に作られたとは思えないですね。
浦上:本物の美は、時を超えるのです。そして美術品はすべて人間によって作られたものですから、古美術のすごさというのは、人間のすごさでもあるわけです。ただ、当時は作り手が作品にサインするなんてことはありませんから、古美術品の多くは、作り手の名前すらわからないものばかりです。その名もなき作り手の息遣いが、今、たしかに私たちに伝わっていますよね。人種や時空を超えてなお、私たちに人間の素晴らしさを伝えてくれるという意味でも、古美術を学ぶことは、大きな意義があるといえるのではないでしょうか。

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浦上蒼穹堂 代表取締役 浦上 満 氏

古美術を楽しむコツ1 自分の「好き」を大切に

―私たち日本人は美術を楽しむのが不得手だともいわれますが・・・・・・?
浦上:決してそんなことはありません。本来、私たち日本人の生活では、美術品は身近な存在でした。戦前までは一般家庭でも「床の間」のある家が多くて、そこに掛け軸や壺を飾ったり、代々家に伝わる節句の人形を飾ったりして楽しんだものです。もちろん、一般家庭にあるものですから、特に高価なものではない場合がほとんどですが、自分が美しいと思うもの、良いと思うものを家に飾って楽しむ習慣を、私たち日本人は持っていたのです。

ところが、戦後に住宅事情が大きく変わって、床の間のある家や、代々伝わる品物を収納しておくスペース(蔵や物置など)のある住宅が減り、結果として、自宅で気軽に美術品を楽しむ習慣が失われつつあります。しかし、その気になれば一人暮らしのマンションでも美術品を楽しむことはできます。特に古美術は小さな壺や花入れ、皿など、掌(たなごころ=手のひら)サイズで楽しめるものも多いので、無理なく飾って愛でることができますよね。

それに日本人は美術品を使うことにも長けています。たとえば、ヨーロッパでは古い陶磁器はあくまでも飾って楽しむものですが、日本人はお茶やお酒を飲む茶碗や酒器、花をいける壺や瓶などを実際に使うことによって、美術品とより親しい関係を築いてきました。

私も店でお客様にお茶をお出しするときには、江戸時代の湯呑を使っていますし、自宅では古い皿や鉢を食卓に上らせることもあります。そうすることで、普段の何気ないティータイムや食事が、なんとも心豊かなものになるのです。

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明時代・万暦年間(1573年~1620年)官窯青花人物文皿

―古美術は難しい印象があって、何をどう選べば良いのか、分からない人も多いのではないでしょうか?
浦上:難しく考える必要はありません。古美術との出会いは、恋人との出会いと同じで、自分が直感的に「好き」だと思う気持ちを大切にすればよいのです。なぜなら、いくら値段が高くても好きになれない、なじめないものを飾っても楽しめませんよね。値段が安いものでもよいし、有名な人が作ったものでなくともよいのです。
ただ、どんなものでも「贋作」はよろしくありません。なぜなら、贋作には必ず誰かの「悪意」が働いているからです。悪意のこもったものを身近に置いておくのは、嫌ですよね。要するに、本物でかつ一定のレベル以上のものを選ぶことが大切だと思います。

もちろん、初心者の方には真贋を見極めるのが難しいでしょう。自信がない人は、買う店を見定めることをおすすめします。信用できる店を選ぶコツは、できるだけ専門性のある店を選ぶこと。一口に古美術店と言っても、店ごとにメインに扱っているものが異なります。例えば、私の店では主に中国、朝鮮半島、日本の古陶磁を扱っています。これが私の専門分野だからです。もう50年近くこの分野を学び、多くの名品を見たり扱ったりしてきたので、まず真贋を見誤ることはありません。同じように日本画メインの店には日本画専門の店主が、茶道具メインの店には茶道具専門の店主がいますので、良い店では贋作は扱っていないはずです。

古美術を楽しむコツ2 身の丈で楽しむ

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白磁有蓋万年壺。唐時代(618年~907年)

―やはり値段が高いもののほうが価値は高いのでしょうか?
浦上:たしかに品質が高くて希少なものは、値段が高くなります。ただ、値段の高いものだけが良いわけでなく、値段が手頃でも良いものはたくさんあります。先程も申し上げたとおり、値段の高低で価値を決めず、自分の「好き」という気持ちを大切に選んでください。

それと、初めはあまり無理をしないこと。「日常をちょっと豊かに」という気持ちで入ると、ゆったり楽しめます。予算を決めて、その範囲内で好きなものを選ぶのもよいでしょう。

古美術を楽しむコツ3 店頭で手触りや重み、佇まいを確かめる

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―最近はインターネットで購入する人も増えているようですね?
浦上:そうですね。でも私は、実際に店舗に足を運んで品物を見て触ってから、購入してほしいと思っています。というのも、古美術品の本当の魅力は写真だけでは分からないからです。実際に目で見たときの存在感、正面からだけでなく横や後ろから見たときの表情、手に持ったときの手触りや重みが味わえるのは、店舗ならでは。上質な古美術品は、なんともいえない「気」のようなものを発しています。皆さんもぜひ店舗で、その「気」を感じてみてください。

それに、店舗では店の人にあれこれと質問して教えてもらえるというメリットもあります。「店に入ったら買わなければいけない」と誤解している方もいらっしゃいますが、そんなことはありません。古美術との出会いは一期一会ですから、一目惚れした商品をすぐに購入する人もいますが、考えに考えて、何度目かの来店で購入される方もいます。遠慮せずに、店に入り、店主と話をしてみてください。商品そのものの説明だけでなく、古美術品の扱い方や持ち方、豆知識なども教えてもらえるかもしれません。

古美術を楽しむコツ4 リターンを過剰に期待しない

―投資目的で古美術を買う人も多いと聞きます。実際、リターンが期待できるケースもあるのですか?
浦上:多くの中国人のように、初めから投資目的で購入される方もいますし、特に投資を意識していなかったのに、結果的に購入時よりも値段が上がって売却益を得られる人もいます。もちろん、逆に購入時より値段が下がってしまうケースもあります。特にいわゆる「流行りもの」はブームが過ぎ去ると値が落ちてしまうこともあります。大切なお金で購入するわけですから、資産価値があるほうが良いに決まっています。

元来日本では、古美術品を投資目的で購入することを良しとしない風潮がありましたが、考えてみると、これほどお得な「投資」はないかもしれません。たとえば100万円のちゃんとした壺を買ったとしましょう。その壺を10年間毎日愛でて楽しんでも、価値がゼロになることは絶対にありませんし、10年後に価値が上がっていることもよくあります。楽しみながら、利益も入ってくるわけです。

ただし、やはり美術品は本来、自分の生活を豊かに楽しむためのもの。リターンを期待しすぎると、美術品本来の楽しみは味わえなくなってしまうように思います。

古美術を楽しむコツ5 自分の言葉で魅力を語る

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―海外では、古美術について知っておくとビジネスの世界でも評価が上がるといわれています。何故でしょうか?
浦上:海外ではいわゆるエリートといわれる人ほど、美術への造詣が深く、古美術をコレクションしている人も多いですね。私の店にも大手グローバル企業のトップの方がお越しになることがありますが、実に幅広い知識をもっていらっしゃいますし、何より美術をリスペクトする気持ちがおありです。美術に造詣が深い人は「仕事一辺倒ではなく、豊かな教養を持っている人」と高く評価される上、共通の興味関心をもつ人との繋がりがビジネスチャンスに発展する可能性もあるようです。

また、ビジネスを取り巻く環境がグローバル化・複雑化する中、世界共通の価値である「美」を解する心を持つ人が組織内で高く評価されるケースも、増えているといわれています。中でも古美術は国境を越えて市場があり、世界各国にファンがいますから、世界共通の「話題」になり得ます。実際、たまたまパーティーなどで同席した人に美術の話をしたら、話が弾んでビジネスチャンスにつながる・・・・・・ということもあるそうです。私自身も古美術に親しんだおかげで、日本はもちろん世界各国にたくさんの顧客や友人ができました。ビジネスにも古美術の知識を役立てたいと思うのであれば、少なくとも自分の好きな分野については自分の言葉で語れるようにしておくことをおすすめします。その会話がきっかけで、思いがけない出会いやビジネスに発展するかもしれません。

以上、色々と古美術の楽しみ方を述べてきましたが、古美術の魅力を知るには、実際にお気に入りの作品と一緒に暮らしてみるのが一番の近道です。前述のとおり、古美術を愛でるのに特別な知識は必要ありません。予算内で買える好きな一品を探しに、ぜひ古美術店を訪れてみてください。思いがけぬ出会いが、皆さんを待っているかもしれません。

取材協力:浦上蒼穹堂
トップ画像:朝鮮古陶磁 三島暦手鉢(李朝初期、15世紀~16世紀)

この人に聞きました
浦上蒼穹堂 代表取締役 浦上 満 さん
浦上蒼穹堂 代表取締役 浦上 満 さん
幼少の頃より、コレクターであった父、浦上敏朗(山口県立萩美術館・浦上記念館 名誉館長)の影響で古美術に親しみ、大学卒業後、繭山龍泉堂での修行を経て1979年に浦上蒼穹堂を創業。以来、数々の展覧会を企画開催。また、日本の美術商として初めて1997年から11年間ニューヨークで「インターナショナル・アジア・アート・フェア」に出店し、ベッティングコミッティー(鑑定委員)も務めた。専門は東洋古陶磁だが、浮世絵への造詣も深く、世界一の北斎漫画コレクターとしても知られる。現在、東京美術倶楽部常務取締役及び東洋陶磁学会監事、国際浮世絵学会常任理事を務める。著書に「古美術商にまなぶ 中国・朝鮮古陶磁の見かた、選びかた」(淡交社)、「北斎漫画入門」(文春新書)など。
浦上蒼穹堂(外部サイト)
ライタープロフィール
相山 華子
相山 華子
慶應義塾大学卒業後、民放テレビ局の報道部記者を経てフリーランスのライターに。雑誌や企業誌、ウェブサイトなどで主にインタビュー記事を手掛ける。

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