ジビエ、その奥深き世界

ジビエ、その奥深き世界

ジビエ、その奥深き世界

2010年に入った頃からでしょうか、レストランのメニューなどでジビエ料理を見ることが増えました。改めて、ジビエとはどのような肉のことを指すのでしょうか?今回はジビエの特徴やジビエを扱うお店が増えた背景など、奥深きジビエの世界へご案内します。

狩猟の「獲物」として味わう特別な肉

ジビエはフランス語で「獲物」を指す「gibier」に由来する言葉です。1990年代に入り、レストランだけでなく気軽なビストロなど、日本でフランス料理が食べられる店が増えるに連れて、一部の食通の人たちの間では、ジビエは冬ならではの食材として認識されるようになりました。

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シカ肉

なぜ冬なのかというと、ジビエは冬の狩猟期間だけに獲られる野生の鳥獣の肉だからです。狩猟で得た天然の肉は、かつては自分の領地で狩猟ができるような貴族の人たちの特別な食べ物でした。時代が進み、フランス料理の食材として広く扱われるようになり、日本人もジビエ料理を食べるようになったというわけです。
もっとも、野生の鳥獣の肉自体は古くから日本でも食べられていました。イノシシ肉を使うボタン鍋、シカ肉を使うモミジ鍋などが、その代表例です。
江戸時代では、肉食は禁忌とされていましたが、植物の名前をつけることで“肉ではない”ということにしてしまい、結構堂々と食べられていたようです。また、信州では鹿食免(かじきめん)という神行を諏訪神社から授かった人には狩猟が特別に許されており、獲物を食べることも許されていました。
現在、日本では11月15日〜2月15日が狩猟解禁で、ジビエのシーズンです。

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ボタン鍋

ちなみにジビエは、英語でgame(ゲーム)と言います。狩猟というゲームでつかまえた獣の肉だから、というのがこの呼び名の由来です。理由を知らないと、意外に感じる人も多いのではないでしょうか。

ジビエにはどんな動物の肉があるの?

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キジ

ジビエとしてよく知られているお肉といえば、シカやイノシシをはじめ、野ウサギ、山鳩、真鴨、キジ、キジバト、雷鳥、ヤマシギ、ツキノワグマ、ヒグマなど。フランスではハクビシンもジビエとして食卓にのぼることがあります。
ジビエのお肉の魅力はなんと言っても、力強く野性味あふれた味。脂肪が少なく、高たんぱく質で低カロリー、ビタミン、鉄分、亜鉛の含有率が高いので、健康に気を遣う人にも人気があります。さらにはお肉以外の部分、骨や皮、内臓、血液にいたるまで活用でき、廃棄となる部分が少ないのもジビエの特徴です。骨でダシをとると旨味たっぷりのスープが作れますし、ペットフードや飼料としての活用例も報告されています。

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骨も利用価値が高い

日本のジビエ事情

日本でジビエを語るときに無視できない問題として、イノシシやシカ、サルやカラスなど野生鳥獣による被害の増加があります。農作物や樹木、貴重な高山植物を食べ荒らしたり、線路や道路に入り込んで事故を起こしたり・・・・・・野生鳥獣によるニュースを目にすることも少なくありません。ピーク時の2010年度は、その被害額は239億円にものぼりました。

鳥獣による被害が増えている原因としては、狩猟者の高齢化や減少、過疎化や高齢化におる耕作放棄地の増加による野生鳥獣の生息地の拡大などが挙げられます。こうした事態を受け、野生鳥獣の捕獲に取り組む地方公共団体が増え、捕獲された鳥獣の肉を食品として販売する動きが活発になってきたのです。
法制度も順次整備され、2014年には厚生労働省による「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)」、2016年に「鳥獣被害防止特措法」が一部改正され、ジビエ利用について明記されました。こういった活動が功を成してか、2017年度には野生鳥獣による農作物被害額は164億円まで減少しました。
また、2018年には流通量の多いシカとイノシシについて、安全安心を担保する目的で農林水産省が「国産ジビエ認証制度」を制定。衛生管理など審査基準を満たしている施設を認証し、出荷されるお肉については「国産ジビエ認証マーク」が貼られるようになりました。
日本でジビエが積極的に食べられるようになったのには、上記のような日本ならではの背景があることも大きいのです。
とはいえ、日本でジビエの消費量を増やすには、まだまだ課題が残っています。
まずは、認知度。随分知られるようになったものの、それでもまだジビエは一般的に知られているとはいえません。「食べたことがない」という人も、まだまだたくさんいるため、自治体や業界団体が主体となって、イベントや加工品の開発販売、飲食店に向けのセミナーや料理提案をして、裾野を広げる努力が続けられています。

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シカ肉のソーセージ

衛生面での課題

もうひとつ、ジビエ消費がさらに躍進するための課題は、衛生管理です。生産から私たちの口に届くまで、ジビエは牛や豚などの家畜肉とは違った流通経路を通りますが、家畜肉と比べて圧倒的に量が少ないこともあり、許可を持つ処理加工施設や卸問屋が十分とはいえません。また、狩猟の現場や処理加工施設で徹底した適切な処理がまだまだ十分でない場合もあります。
生食の場合、寄生虫の感染や長官出血性大腸菌、E型肝炎などの食中毒のリスクがあるので、しっかりと加熱調理することが求められます。

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ここでは、飲食店や食品加工施設における衛生管理の徹底がポイントとなります。使うジビエ肉については、必ず食肉処理業の許可を受けた施設から仕入れなければなりません。“猟師直送”などとうたったネット販売の利用、知り合いからの直接仕入れ、自分で捕獲し解体することは絶対にあってはいけないのです。
仕入れるときは、いつどこで誰が捕獲し、どのように解体処理をしたかというトレーサビリティ、獣毛や金属などの異物の付着がないか、対策をしっかりしている施設であるかの確認が必要です。

そして、加工するにしろ調理するにしろ、必ず加熱処理を行う必要があります。具体的には肉の中心温度が感染予防可能な温度とされる75℃で1分以上、75℃以下の場合はそれと同等の効力が得られるよう調理時間を長くします。

もっとも一般消費者としての私たちは、自分でジビエ肉を買って調理する機会は少ないでしょう。ほとんどの場合は飲食店や加工食品としてジビエを食べます。処理や加熱の詳細な方法まではチェックできないにしても、きちんと衛生管理をしているお店を選んで、安全安心なジビエを味わいたいものです。

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まとめ

まだ課題はあるものの、日本でもジビエ料理が食べられる店が増えており、なかには看板料理として掲げる飲食店もあります。美味しいだけでなく鳥獣被害の問題の解決にもつながるジビエ、皆さんも上手に食生活に取り入れてみてください。

ライタープロフィール
羽根 則子
羽根 則子
大学卒業後、出版編集プロダクション、広告制作会社勤務を経て、渡英。2001年帰国後、フリーランスのダイレクター、編集者、ライターとして、出版、広告、ウェブメディアにおいて、企画、構成、編集、執筆などを行う。とりわけ食の分野においては、専門誌や書籍などに深く携わり、手がけた書籍多数。ライフワークはイギリスの食。近著に『増補改訂 イギリス菓子図鑑』。

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