厳しい環境の中で子供たちに伝えた刺繍の技術が
ある夏の日、代々木公園で開かれたイベント会場のブースに並ぶ、赤、青、緑など鮮やかな雑貨の数々。カラフルなポーチや、手織り生地を使ったトートバッグ、民族衣装をアレンジしたアクセサリー、足裏にピースマークの刺繍が入ったピースベアなどの素朴で魅力的な商品を手に取る人たちは、その感触を楽しみ、誰がどのように作っているのかをスタッフに尋ねています。これらはいずれも、アジアの女性たちが手仕事で作り、クラフトエイドが販売する商品です。
シャンティは厳しい環境におかれた子供たちのためにアジア各地で小学校の建設、図書室の設置や、移動図書館活動を行うなどの教育文化支援事業を行う公益社団法人です。
クラフトエイドの事業は、シャンティが1985年にタイの東北部にあったラオスからの難民が暮らす「バンビナイ難民キャンプ」に教育支援活動で入ったところから始まりました。

©橋本裕貴 写真提供:クラフトエイド
山岳民族であるモン族が暮らすその難民キャンプでは、シャンティが作った小さな図書館に毎日、子供たちが遊びに来るようになりましたが、多くの子供がその手に刺しかけの刺繍布を持っていました。モン族の女性たちは、手刺繍で自分たちの衣装などを作っていて、難民となった厳しい環境の中でも子供たちに刺繍の技術を伝えていたため、子供たちはそれを持って、図書館にやってきていたのです。
その刺繍は驚くほど美しく、作った人たちの体温や、作っている場所の空気や光などがそのまま感じられるようでした。当時のスタッフはその商品を購入して日本で販売し、その収益を使って支援を続けていきたいと考えました。これがクラフトエイドの活動の始まりでした。
クラフトエイドが考えるフェアトレード
しかし、いざ本格的に日本で販売しようとすると、現地の土産物屋や市場で販売しているものを、そのまま日本で売ることには限界がありました。例えばバッグを作るとすれば、その中にポケットをつける、そのポケットも名刺が入るものにしたり、最近ではスマートフォンが入るものにしたりと、日本人に合った仕様にする必要がありました。そこで、クラフトエイドはボランティアのデザイナーなどに手伝ってもらい、現地で技術指導をしながら商品作りを行うことになりました。

©橋本裕貴 写真提供:クラフトエイド
英語ができる現地NGOのスタッフ達とやりとりをしながら商品を作るのですが、日本と異なる環境で生活している生産者側に意図を伝えることは簡単ではありません。農繁期には生産が止まり、納期通りに商品が入ってこないなどの問題も起こります。
それでもクラフトエイドは「フェアトレード」を、「現地の生活、伝統や文化を守りながら、1回だけでなく、長期で、そして正当な賃金で行うものだ」と定義づけているため、押し付けにならないように配慮をしながら、ものづくりを進めてきたのです。
35年にわたる物語
商品の主な作り手は、タイやラオスで暮らす山岳少数民族でした。シャンティの活動が広がるなかで、クラフトエイドもカンボジア、アフガニスタン、ミャンマーに活動を展開していきました。
彼らが支援を始めた1980年代後半には、女性ができる仕事は刺繍など手仕事しかありませんでしたが、国や地域によって彼女たちを取り巻く環境も大きく変わってきています。
例えばタイでは経済発展により、女性たちも都会へ出稼ぎに行くなど選択肢が増え、商品の作り手たちが減少しています。
一方、アフガニスタンやラオスでは、生活が厳しく、クラフトエイドでの収入が生活に直結しているという人たちもいます。アフガニスタンは内戦などで負傷した男性が働けなくなり失業率も高く、女性が手仕事で家を支えているという現実もあります。


また、村で家族と一緒に暮らしながら、手仕事をして、自分たちの伝統を守りたい、と考えている女性も多く、そういった人たちが生産を支えている地域もあります。例えば、冒頭にある図書館に遊びに来ていたモン族の子供たちも、今ではお母さんになって、商品を作っています。35年間にわたる物語が続いているのです。
地域により、人により、思いは様々ですが、女性たちの思いが商品を生み出し、それが彼女たちの生活を支えています。そしてまた、それをクラフトエイドが支えているのです。

©橋本裕貴 写真提供:クラフトエイド
クラフトエイドのスタッフは毎年、現地を訪問するときには、日本人向けに制作したカタログや、イベントなどで実際に買っていただいたお客さまの様子を撮った写真を持参します。生産者たちは自分たちの商品が喜ばれていることを実感して、それはまた彼女たちのモチベーションにもなっているようです。
見て、触れて、感じてから買って欲しい


こうした商品は、クラフトエイドのオンラインストアのほかに、関東を中心とした百貨店での期間限定の催事や、全国で行われる各種イベントなどで販売されています。
クラフトエイドの商品は、それぞれの民族や地域により色遣いが違い、商品のバリエーションやデザインの広がりがあることが特長です。そして何より手仕事なので、商品それぞれに作り手さんごとの個性が反映されている面白さがあり、手作りだからこその魅力にあふれています。
だからこそ、クラフトエイドのスタッフたちは、実際に見て、触れて、感じてから商品を買って欲しいと考えています。実際、事務所に買いに行って良いですか、と連絡をして、来訪する方も少なくないと言います。事前連絡をしたうえでなら、事務所でも商品を買うことができるそうなので、ご興味のある方はお問い合わせをしてみてはいかがでしょうか。

©橋本裕貴 写真提供:クラフトエイド
「最終的には現地の作り手やNGOが自立して、自分たちだけで事業を行うようになることが一番だと考えています。もちろん、そうなったら寂しいかもしれませんが、NGOの最終目的は、自分たちが関わる必要がないくらいに人々が豊かになることですからね」
ライタープロフィール

大学卒業後、大手新聞社勤務を経て、ロイター・ニュース・アンド・メディア・ジャパン株式会社にてアドソリューション・クリエイターとして勤務(2013年6月~2019年2月)。現在はフリーランスライターとして幅広い分野で執筆中。
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