世界のパンが食べられるパン屋さんに恵まれた日本
私たちの食事にすっかりあたり前となったパン。夜の主食はごはんという方も、朝やお昼、はたまたおやつはパン、という方も少なくないでしょう。パンはパン屋さんだけでなく、コンビニでも買えますし、オンラインで取り寄せることも可能です。
パン屋を表す言葉も、英語のベーカリーだけでなく、フランス語のブーランジェリー、ドイツ語のベッカライなどが見られるようになり、本格派を謳うところも増えました。実際に現地で学んだパン職人がお店をオープンすることも少なくありません。
フランスのパンあれこれ
そんな中、よく見るのはフランス系のパン屋さん。代表的なパンにバゲットやクロワッサンがあり、これらはすっかりおなじみになりました。かつてはフランスパンと呼んでいましたが、今ではバゲットという言い方もかなり浸透しました。
ほかにも、直訳すると“田舎パン”となるパン・ド・カンパーニュや、かのマリー・アントワネットの発言「パンがなければお菓子を食べればいいのに」のお菓子に該当するブリオッシュなど、シンプルなものから甘くてリッチな味わいのものまで様々です。
フランスパンの特徴の一つが、その焼き色です。フランスのパンや焼き菓子は概して焼き色をしっかりつける傾向にあります。決して焦げてしまったわけではないので、お間違えのないように。

健康志向で人気上昇のドイツパン
昨今のヘルシー志向を受けて注目を浴びているのが、ドイツパンです。白い小麦粉を使ったものもありますが、ライ麦を使い、しっかりとした味わいが楽しめるものが少なくありません。俗に「黒パン」と称されるパンで、主にドイツ北部で作られています。大きく焼いて、夕食時に薄切りにして食べるのが一般的。パンは日持ちしないと思いがちですが、こういうどっしりとしたパンは日持ちします。
ブレーツェルやポピーシードやゴマをまぶした小型パンのカイザーゼンメルもドイツパンに数えられ、これらは朝食用のパン。大きさによって何となく棲み分けができているのも、おもしろいですね。
近年、日本でもクリスマスのお菓子としておなじみとなったシュトレンも、ドイツではパン屋さんの定番です。

イギリスパンはイギリスのパンにあらず
イギリスではトーストを食べる習慣があります。上部がふっくらと山形に膨らんだパンを日本では「イギリスパン」と呼ぶことから、このパンがイギリスにあると思われがちですが、イギリスパンはイギリスには存在しません。
イギリスでトーストやサンドイッチで使われるパンは、大きさは日本の「イギリスパン」より小さめで、厚さも8枚切りをさらに薄くしたくらいのものです。さらに、まったく異なるのが食感。日本の食パンのように、ふわふわ、もちもち、ではなく、キメが粗く、ザラッとした食感があり、味わいもあっさりしています。
イギリスの人にとってこのパンは、日本人にとっての「白ごはん」のような存在で、ジャムやマーマレードは塗るというよりも載せるといってもいいほど、たっぷりとつけて食べます。
このトーストやサンドイッチ用のパンは、小麦粉を使う白いパンが主流でしたが、昨今は健康志向もあって、全粒粉やライ麦などを使ったパンの需要が大きく増えています。
イングリッシュマフィンやスコーンもイギリスのパンの部類に入れられますが、日本ではイギリスのスコーンとアメリカのスコーンが混在しています。イギリスのスコーンは食事として食べることは稀で、お茶菓子という認識。日本のコーヒーショップなどで販売され、朝食に食べたりするスコーンは、アメリカタイプのスコーンです。

レストランでよく見るイタリアのパン
日本では、イタリア料理店やカフェで出されることが多いのが、イタリアのパン。大きくて平たい形に焼いて、カットしたフォカッチャは、イタリア料理店でよくお目見えするパンで、油脂にオリーブオイルを使うのが特徴です。
ほかにもおつまみのように出てくる、細長いスティック状でクラッカーのようなガリガリ食感が美味しいグリッシーニも、イタリアを代表するパンです。
イタリアのカフェやバールで提供される、ホットサンドイッチ、パニーニもイタリアらしいパンの食べ方です。

次に流行るパンは?
アメリカ合衆国のパンとして筆頭に上がるのは、元は東欧系ユダヤ人の日常食であったベーグルがあります。日本では専門店が点在するほど人気がありますね。
コーンブレッドや、アイシングたっぷりのシナモンロール、カップケーキをひと回り大きくしたようなマフィンもアメリカらしいパンといえるでしょう。
インドのナン、地中海沿岸でおなじみのピタ(パン)、中央アメリカで食べられる薄焼きパンのトルティーヤ、中国の蒸しパンで日本の饅頭のルーツとされる饅頭(マントウ)などは、パン屋さんのラインナップで見ることは少なく、料理店や冷凍食品で見ることが多いですね。
また、知られざるパン大国としてトルコの存在も見逃せません。頭に積んで練り歩く姿が名物となっているシミット(ごまパン)、コッペパンのようなメキエッキなど、なぜか日本人の口には懐かしく感じる味わいのトルコのパンは、これからの注目株かもしれません。

ここで一つ、トリヴィアをご紹介します。小型パイといった、バターをたっぷり使うパン「デニッシュ」は日本独自の呼び方で、「デンマークの」という意味です。パンの世界はこのタイプのパンはヴィエノワズリーといい、 意味は「ウィーン風の」。デンマークかウィーンか、その呼称の違いもおもしろいですね。

知っていると役立つ、パンの用語
さて、パンの情報を扱っている記事をみると、独自の用語を目にして「???」となったことはありませんか。
よく見る言葉をいくつか説明します。これらの言葉を知っておくと、パンの材料や種類などを知るのに役立ちます。
・クラスト……皮、表皮のこと。パンの外側の焼き色がついた部分で、食パンでいうと耳に該当します。
・クラム……パンの中身。内側のやわらかい部分。
・クープ……パンの表面に入れる切れ目のこと。火の通りをよくすると同時に、そのパンの表情となります。バゲットやパン・ド・カンパーニュで見られます。
・リーン(系)……ごくシンプルな材料で作るパンのことで、バゲットやライ麦パンなどがその代表です。
・リッチ(系)……基本的な粉や水などに加え、バター、砂糖、卵などの材料をたっぷり使うパンのこと。クロワッサンやデニッシュ、ブリオッシュなどがそうです。
・ハード(系)……文字どおり、クラストがかたくバリバリしたパンのことで、バゲットなどリーン(系)のパンの多くがそうです。
・ルヴァン……基本的にパンは発酵食品なので、膨らませるための材料を加えます。ルヴァンはその一種で、直訳すると“発酵種”。具体的には、ライ麦や小麦粉に水を加え、乳酸菌などと共に育てた自然酵母のことです。自然の力を利用する伝統的な種で、これを使って作ったパンは、パン・オ・ルヴァンと呼ばれ、独特の酸味ともっちりとした食感、奥深い味わいが特徴です。

まとめ
奥深いパンの世界をほんの一部だけ紹介しましたが、いかがでしたか?ここでは紹介しきれませんでしたが、例えば日本でアンパンが生まれたように、外国から伝わったパンが独自の進化を遂げているケースも少なくありません。もし海外旅行に行く機会があったら、ぜひ町のパン屋さんやスーパーを覗いて、パンを味見してみてくださいね。思わぬ発見があるかもしれません。
ライタープロフィール

大学卒業後、出版編集プロダクション、広告制作会社勤務を経て、渡英。2001年帰国後、フリーランスのダイレクター、編集者、ライターとして、出版、広告、ウェブメデイアにおいて、企画、構成、編集、執筆などを行う。とりわけ食の分野においては、専門誌や書籍などに深く携わり、手がけた書籍多数。ライフワークはイギリスの食。近著に『増補改訂 イギリス菓子図鑑』。
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