愛するものに投資を惜しまない。沼の人vol.8「クリームソーダ」編

愛するものに投資を惜しまない。沼の人vol.8「クリームソーダ」編

愛するものに投資を惜しまない。沼の人vol.8「クリームソーダ」編

趣味や嗜好にドハマリすることを指す「沼」。沼にハマった方を紹介する沼の人シリーズ、第8回は「クリームソーダ」沼です。好きなクリームソーダと旅を掛け合わせ、旅するクリームソーダ職人として活躍するtsunekawaさんに、その魅力を聞きました。

そもそも沼とは

何かに夢中になるという意味で使われる「沼」という言葉。漫画や舞台、文具、着物、自転車と夢中になれるものならなんでも沼の対象です。また、沼にハマった人(沼に住む人)は、愛の投資という意味で、商品や体験に惜しみなく金銭を投じることもあります。

そんな沼に住む人が愛するものには、どのような魅力があるのでしょうか。このシリーズでは、沼にハマった人にインタビュー。第8回に登場するtsunekawaさんがハマったのは、「クリームソーダ」の沼。たっぷり氷の入った脚つきのグラスに注がれる緑色のソーダ水の上に、バニラアイスとさくらんぼが載った、あの飲み物です。

SNSのフォロワー数18万人!見る人を虜にする幻想的なクリームソーダ

SNSのフォロワー数18万人!見る人を虜にする幻想的なクリームソーダ

クリームソーダは20世紀はじめに銀座で生まれ、文豪や文化人たちに愛される大正モダンの象徴ともいえる存在となりました。当時は高価な嗜好品でしたが、全国各地に喫茶店ができると、庶民の間にも憧れの飲み物として徐々に広まりました。時は経ち、ここ数年は、写真映えする可愛らしさとレトロブームも相まって、若い人を中心にちょっとしたブームとなっています。SNSでハッシュタグ検索すると、目にも鮮やかなクリームソーダの写真が並びます。

tsunekawaさんも、自身が撮影したクリームソーダの写真や動画を発信する一人。SNSのフォロワー数は18万人に迫り、レシピ本を既に3冊も出しているほど。さらに、全国各地を飛び回り、器やシロップの種類を調整しながら唯一無二の一杯を作り出す、旅するクリームソーダ職人でもあります。そんなtsunekawaさんのクリームソーダは、グラスの中のグラデーションが美しく、木漏れ日や夕暮れの海の色に溶け込む姿は、まさに幻想的です。

クリームソーダを旅や写真と掛け合わせたら好きな世界観に

クリームソーダを旅や写真と掛け合わせたら好きな世界観に
旅先(鎌倉)で初めて作ったクリームソーダ

服飾関係の仕事に携わり、写真撮影を趣味にしていたtsunekawaさんが、クリームソーダを作るようになったのは2017年頃のこと。喫茶店好きがこうじて、友人たちとクリームソーダを作ってみたときに、創作魂に火がつきました。

「そのときは、ブルーハワイのシロップでクリームソーダを作って。『うわぁ~、めちゃくちゃキレイ!』って、グラスの中の世界に魅了されちゃったんです。真っ青な空や深い海に引き込まれた気分になりました。シロップもスパイスやフルーツを使って自作できるし、濃度を調整すれば意外と多彩に表現できる。僕の好きな雰囲気や空間を描くことができるかもって思ったんです」

色彩鮮やかでコーディネートの自由度が高いクリームソーダは、これまで自身が撮ってきたレトロ感のある写真がかもし出す空気感とも、相性の良さを感じました。それからというもの、時間があればクリームソーダのオリジナルレシピを編み出したり、友人たちと集まってはフルーツいっぱいのクリームソーダを作ったり。作品をSNSに投稿するたび、フォロワーも増えていきました。

そんなtsunekawaさんが、大好きな「旅」とクリームソーダを結びつけるのに、時間はかかりませんでした。

「もともと、いろんなところに出かけて、『きれいだな』と思う瞬間を写真に収めていたんです。服飾の仕事でロケ撮影に慣れていたこともあり、クリームソーダの撮影もその延長上というか、自然に旅先で作るようになりました」

初めての「旅するクリームソーダ」は、ふと思い立って出かけた鎌倉の海辺で撮影したもの。太陽が西に傾く時間をねらい、ベースのソーダは地域限定の鎌倉サイダーをそのまま使いました。ほぼ無色のソーダ水にうすい黄金色の光が差し込むと、背景の波の泡と一体化。真っ赤なドレンチェリー(サクランボの砂糖漬け)は、まさに沈む夕日のようです。

ノスタルジックなセンスを培った祖父母とのモーニング

ノスタルジックなセンスを培った祖父母とのモーニング

どうしてtsunekawaさんは、クリームソーダの世界に魅了されたのか。その始まりは、幼少期の体験にあるといいます。

「出身地の愛知県には、モーニングの習慣があるんですよね。一宮市発祥の文化で、喫茶店が朝早くから店を開けて、コーヒーと一緒にトーストなどを出してくれる。近所の人がやって来て、朝ごはんを食べながらおしゃべりしたり、新聞を読んだりして過ごすんです」

おばあちゃん・おじいちゃん子だったtsunekawa少年は、週末の度に近所に住む祖父母の家へ。お泊りした翌日、近くの喫茶店のモーニングに連れて行ってもらうのが定番のコースでした。

「そのときいつも頼んでもらったのが、クリームソーダ。キラキラしたエメラルド色がきれいで、アイスクリームやさくらんぼまでついている。氷にアイスとソーダが接した部分の、シャリシャリしたところなんかもおいしい。ニコニコ顔のおばあちゃんとおじいちゃんに見守られながら、クリームソーダを飲むのが楽しみな時間でした」

中高生になると、さすがに毎週とまではいかなくなるものの、それでも祖父母の家に泊まったときは、モーニングとクリームソーダは外せない組み合わせだったといいます。

「だから、クリームソーダを作るときは、ワクワクした週末の朝を思い出すんですよね。グラスの中でカラカラと鳴る氷や、ソーダの緑にバニラアイスのアイボリー、チェリーの赤が、子どもの頃まで一気に時間を巻き戻してくれるんです」

また、祖父母の家と喫茶店は、感性を築く場所にもなりました。

「なんとなくノスタルジックなものや、今の時代にはない要素に惹かれるというか。僕の部屋も、古い和室をリノベーションして、アンティークの家具で揃えるなど自分好みにアレンジして暮らしています。おじいちゃんやおばあちゃんも、いわゆる骨董品が好きだったんですよね。そのせいか、旅に出ても地元のリサイクルショップに、ついつい入ってしまう。掘り出し物を見つけるのが楽しくって」

培った感性と、これまで買い揃えてきた小物や食器類が役立ち、クリームソーダを作って撮影を始めたときも、「グラスを揃えなきゃ、スプーンを買わなくちゃ」といったことは少なく、既に家にあるもので賄えたようです。

クリームソーダを飲み終えるまでのドラマは人生そのもの

クリームソーダを飲み終えるまでのドラマは人生そのもの

それにしても、情景に馴染む美しいクリームソーダの数々。いったいどのようにして撮影されるのでしょうか。

「まず出かける前に、インターネットで色んな場所を検索します。心を揺さぶられる自然の景色とか古民家とか、気分があがるのがポイント。あとは、都市部から少し離れた場所のことが多いですね」

撮影となると、カメラにグラス、小皿にスプーン、それからシロップやチェリーなどの材料も持ち込む必要があります。

「グラスは2種類くらいに絞り込むし、何となくですが撮りたいイメージもできているから、シロップもいくつも持っていく必要はありません。サイダーやバニラアイス、ロックアイスは現地で調達できるから、そんなに負担ではないですよ。最初の鎌倉のときみたいに、ご当地ソーダを使うことも多いです」

現地に着いたら観光を兼ねて撮影場所を散策。写真を撮りながらベストスポットを探します。海や湖などの水辺の近くから、稲が青々と伸びる田んぼのそば、古民家の縁側や宿の客室にラウンジまで、画になるところはすべて候補地だといいます。また、撮影する時間も重要な要素。美しい一瞬のためなら、早起きをして出かけるのも厭いません。

「少し前も、同じ部屋に泊まった友達に、『目が覚めたら隣にいない!』ってビックリされましたね。そのときは一人で行きましたけど、友達に撮影を手伝ってもらうこともあります」

シロップでサイダーの色や濃さを調整し、グラスや小皿をファインダーに収まるようにセットしたら、ここからは時間との闘い。ロックアイスをグラス一杯に詰めて、やさしくサイダーを注ぎます。丸くすくったアイスを載せ、チェリーを飾ったらできあがり。基本的には、アイスが溶けないうちに素早く撮影し終える必要があります。

「あと、自分が信条としているのは、食べて飲みきるまでがクリームソーダだということ。作って、眺めて、愛でて、撮影して、ソーダで喉を潤して、アイスを口の中で溶かして、香りや味を堪能したら、頃合いを見計らってかき混ぜて飲む。こんなにもイベントが詰まっている飲みものって、他にないかもしれないですよね。クリームソーダが紡ぐストーリーは、そのまま人生にもあてはまる気がする。だからいろんな人を魅了するんじゃないでしょうか」

地方の心地の良さに気づいた出張型喫茶プロジェクト

地方の心地の良さに気づいた出張型喫茶プロジェクト
旅する喫茶

クリームソーダが好き、旅が好き、写真を撮るのが好きと、好きなものを集めて始まったクリームソーダ職人の道。ここ数年は、もう一つの“好き”である喫茶店も加わり、友人と一緒に「旅する喫茶」に取り組んでいます。

旅する喫茶は、各地の古民家や集会所、カフェなどを借りて開く、出張形式の喫茶店プロジェクト。こだわりのスパイスカレーの横に並ぶのはもちろん、クリームソーダです。SNSで予約を受け付けるとあっという間に満員御礼になる、人気のイベントです。

「カレーもソーダも旬のご当地食材を使った、限定メニューにこだわっています。場所もなるべく辺鄙というか、ちょっとアクセスが不便なところを選ぶようにしています。移動の時間も喫茶で過ごすひとときも、懐かしさの中にある非日常感を味わって欲しいですね。お客さまにとって、思い出深い1日になればいいな。今は、『うちの街に来てください』とオファーを受けることも増えてきました」

旅する喫茶を始めて、地方に住む人の素朴な人柄や地元のおいしい食材に触れる機会が増え、tsunekawaさん自身もいろんな発見があったといいます。

「都市部の便利さと住み心地の良さは、必ずしも比例しないと思うようになりました。地方は、都市部のような物理的利便性が低い反面、人の温かみや距離の近さ、自然の色や音や匂いに季節の移ろいみたいなものが残っている感じがします。いつか移住するのも良いのかな、なんて思うこともありますよ」

ただ、tsunekawaさんの田舎暮らしは、もう少し先のことになりそう。というのも、2021年に会社を立ちあげ、東京・高円寺に常設店「旅する喫茶」を構えたからです。いつか喫茶店をやりたいとうっすら思っていたことが、クリームソーダをきっかけに現実のものとなりました。

好きなことから始めたことだから、とことん楽しみたい

好きなことから始めたことだから、とことん楽しみたい
tsunekawaさん

クリームソーダの沼にハマって、時間の使い方をより意識するようになり、また、経営者としての視点も大切にするようになったとtsunekawaさんは話します。

「まず働き方が変わりましたよね。服飾の仕事も続けていますが、今は旅する喫茶やクリームソーダ関連の仕事の方に比重を置いています。その関係で、映像制作や音楽の仕事のご依頼も増えて、クリエイティブの領域や幅が確実に広がりました。でもお金の使い方については、部屋の電気はこまめに消すし、好きなもののために節約するみたいな部分は変わっていない気がします」

時間については、プライベートの過ごし方を今まで以上に考えるようになったといいます。

「仕事の性質上、ONとOFFの境界があいまいになりがち。だからこそ、家に帰ってから寝るまでの時間を、無駄に消費したくないと思うようになりました。読みたかった本に没頭したり、お気に入りのグラスでお茶を飲んだり。意識的にリフレッシュしています」

さらに十数人のスタッフを抱える経営者となったことから、もう一つ大切にしていることがあります。

「スタッフには、とことん楽しんで欲しい。もちろん、ハプニングは起こるし、課題も尽きないんだけど。でも、自分たちの好きなことでお客さまも喜んでくれて、自分たちも楽しく働けるのなら最高じゃないですか。考えたことや感じたことを気軽に言い合えるとか、言っても大丈夫な心理的安全性が担保されているとか。コミュニケーションし合える雰囲気づくりはいちばん気を遣っていますね」

tsunekawaさんは、SNSにアップした1枚のクリームソーダの写真から始まって、“好き”を形にしてきました。これからも、やりたいことはあるのでしょうか。

「やりたいことはクリームソーダに関することなら、なんでも(笑)。例えば、ご当地ソーダを作ってみたいです。これまで各地の食材とコラボレーションしてきたけれど、まだまだ僕らが出会っていない逸品とのケミストリーが生まれたら面白いですよね。あとは、喫茶店が好きだから、拠点づくりに興味があります。喧騒から離れて、その場所だけの時間が流れる特別な空間。メニューにはもちろん、クリームソーダは外せません」

この先もまだまだ沼にハマり続けるtsunekawaさん。これからも、密度の高い時間を過ごしていくようです。

この人にきいてみた
tsunekawaさん
tsunekawaさん
クリームソーダ職人・写真家。デザイナーとして服飾ブランドを運営しながら、独学でクリームソーダ作りを始める。SNSへ投稿された数々の美しいクリームソーダの写真が多くの人々の支持を集め、日本初となるクリームソーダのレシピ本や旅のエッセイ本を合計3冊出版。東京・高円寺に拠点を持つ「旅する喫茶」の店主を務めながら、日本全国を巡り地元の食材を使った喫茶巡業活動も行う。
ライタープロフィール
たなべ やすこ
たなべ やすこ
ライター・編集者。塾講師、学習教材編集、広報誌編集などを経て2016年に独立し、現在に至る。働くこと・学ぶこと・考えることをテーマに、インタビュー記事を中心に執筆。話し手・届け手・読み手の「健やかな生きざま」に、ほんの少しでもお役に立てたら、という気持ちで毎日書いています。管理栄養士所持者ですが、ただの食いしん坊です。

たなべ やすこの記事一覧はこちら

RECOMMEND
オススメ情報

RANKING
ランキング