様々な体験と情報収集が「好き」を見つけるきっかけに

数多くの有名店での勤務を経て、2019年にパン屋として独立した國吉健太さん。創業までの道のりやパン屋を営む中で感じること、環境問題、ローカルビジネスについて綴られたnote(文章や写真などを投稿できるメディアプラットフォーム)での発信をきっかけに、多くの人たちの共感を呼んでいます。
自分が納得した食材だけを厳選し、添加物や薬品を極力使わずに「噛みしめて美味しいパン」を作ることをめざす國吉さんは、昔ながらの製法や手間ひまかけて作られた食材を大切に使い、フードロスなど食の問題にも身近なところから取り組んでいます。
偶然出会った「パン作り」に魅せられて
そんなこだわりのパン作りで知られる國吉さんですが、もともとは動物の飼育や水族館での仕事に興味を持っていました。その準備のためにアルバイトをしている中で偶然出会ったのが「パン作り」でした。
パン作りに興味を持った國吉さんはまず、百貨店などにも出店している大手ベーカリーブランド「ドンク」に入社、パン作りを基礎から学び、食べ歩きなどをしながらパンへの理解を深めていきます。
ターニングポイントになった恩師との出会い
そんなとき、出会ったのが大阪の有名店「シュクレクール」。実際に店に足を運び食べたパンが美味しかった、というのもありますが、何より心惹かれたのはシェフの想いが綴られたブログだったといいます。
そのブログを読んでシェフの人柄に触れたことをきっかけに、シュクレクールの門を叩きました。後に心の師匠として目標となる人物に出会ったことがターニングポイントになり、パン屋創業への夢も膨らんでいったのです。
シュクレクールではパン作りの技術だけではなく、食に関わる者としての考え方、そして後の國吉さんの活動にもつながる「作り手の人柄や想いの発信」の大切さを学んだといいます。
この頃には、パン屋を開業したいと決意していた國吉さんは、パン以外で他店と差別化できる強みを持ちたいと、フレンチの名店「レストラン オギノ」へ。ここでは、本格的な手作りの食肉加工(シャルキュトリー)をじっくりと学び、修業すること2年。準備が整ったと感じた國吉さんは、満を持してパン屋創業へと踏み切りました。
店舗開業の夢と現実。「好き」だけでは開業できない

実際に店舗開業したいと思い、まず始めたのは店を出す場所探し。
街の大きさや自宅からの通いやすさ、将来性などを考慮して決めたのが現在の場所です。街と自然がほどよく調和し、國吉さんが好きなアニメーション映画の舞台にも通じるような坂があることなど、フィーリングも大切にしたのだそう。インターネットの情報だけに頼らず、車を走らせたり、不動産屋や現地を自分の足でまわったりしながら地道に物件探しをしました。
その甲斐もあり、理想的な物件と出会い、現在のcasse-têteがある千葉県木更津市に店を構えることに。物件が決まってからは、保健所や税務署、融資関係など、様々な申請書類の提出や、内装の打ち合わせ、機材、道具の調達、備品のリストアップや電気・水道・ガスの契約など、次から次にやるべきことが押し寄せてくる怒涛の日々が続きます。
また、國吉さんによるとパン屋は飲食業の中でも初期投資が多く必要な業種なのだそう。自己資金の準備の他、金融機関から融資を受けるために必要な創業計画書の作成も大切な作業です。創業の動機やコンセプト、理念、ターゲット、セールスポイント、取り扱う商品などを決め、書類として提出する作業にも多くの時間を割きます。
オープンの3ヵ月ほど前からこれらの作成だけでなく過去の源泉徴収票、事業計画書、機材や内装の見積もりなど必要な書類をかき集める日々。晴れて資金の目処がたったのは、それから約1ヵ月後でした。
さらに、運転資金の不安を少しでも払拭したいと、國吉さんの想いに共感した人や活動を応援してくれる人から資金を募る「クラウドファンディング」にも挑戦。出資してくれた支援者へのお礼である「リターン」を考えたり、掲載するための文章の手直しをしたりと、クラウドファンディングを開始するまでの準備にも時間がかかりました。
國吉さんは、メディアプラットフォームなどでリターンのリクエストを募るなど、忙しい毎日の合間をぬって発信を強化し、ファンを増やしていきました。その結果、支援総額は「633,500円」と多くの人たちからの想いが集まったのです。
國吉さんは「書類の作成や機材の準備など同時進行ですべてを完璧にやっていくのは難しい。準備は早めに取りかかり、とにかくトライ&エラーで覚えていくしかない。そして税理士さんなどそれぞれの分野で頼れる人を見つけることも、スムーズに準備するためには大切」だといいます。
長い道のりを経て、いよいよオープンへ

開業に向けて多忙を極める日々の中でも、お店を出す場所選びだけでなく、自身のこだわりである「食材選び」にも余念がありませんでした。全国各地の生産者のもとに足を運んではその魅力に触れ、小麦、塩など一つひとつの素材をできる限り厳選しました。
スタート地点に立つまでに多くのハードルがありましたが、それと同時に達成感や楽しさを感じる日々。開業に向けてやるべき数多くのことを乗り越え、ついにcasse-têteをオープンしたのです。
パン屋開業の充実感と苦難の日々

店のこだわりとして掲げるのは、「きちんとしている」と感じられる自身が納得できる食材を使いながら、長年心に持ち続けていたフードロスなど「食の問題」への取り組みも「自然に」続けていくこと。自分で店の方向性を決められることに、しがらみのなさ、そして自由の素晴らしさを感じていました。
また、お客さまとの直のコミュニケーションや、やりたいと思ったことをすぐに店やパンに反映できるフットワークの軽さも、個人店だからこそできる大きな魅力だといいます。そしてお客さまの反応は自分だけではなく、家族にも直に感じてもらうことができ、一緒に喜んでくれたことは、幸せを感じる出来事だったそうです。
こうした充実感がある一方で、店を営む中では苦労もあります。
1日15、16時間労働になることもあたり前の中で、家族との時間もしっかりとれるよう働き方の見直しを考える日々。また、世の中の状況や天候など、自分ではコントロールできない部分で売上が安定しないことも、精神的なストレスになります。創業後も、理想と現実のバランスをどうとるか、試行錯誤が続きました。

最近では、売上の安定とフードロスを減らすための取り組みとして、パンの通販を開始。中でも、生産量を調節して販売していても、どうしても売れ残ってしまうパンを冷凍でランダムに送る「もったいないセット」が好評です。
パンを捨てずにいかす道を得たことだけでなく、遠方の人たちにcasse-têteのパンを知ってもらうきっかけにもなっているのだそう。さらにもったいないセットの売上の5パーセントはバングラデシュの食糧支援に寄付を行うなど、パンを通して世界の問題にも向き合っています。
これから「店舗開業したい」人たちへ

自分が届けたいと思う美味しいパンを作るためには、資金調達は切っても切り離せません。夢を現実にするためには、資金や固定費・変動費など、費用面の現実をしっかりと見つめてシミュレーションし、一つひとつ対処していくことが、店舗開業では大切だと國吉さんはいいます。
そのうえで、自分のオリジナリティを出していくためのコンセプトを考える、という順番がおすすめなのだそう。
店を出すと決めたら最初から飛ばしていけ!
國吉さんの場合は、中長期的な計画に必要な知識は自分で調べ、それでも分からないときには銀行に相談したり、店舗開業の基礎知識を開業塾で学んだりして準備を進めていきました。
「とにかく店を出すと決めたら、最初から飛ばしていけ!」
これが、実際にパン屋を創業した國吉さんのアドバイス。開業直前は、何もできないほど忙しくなるため、手順をしっかりと踏みながら事前準備を着実に進めていくこと。そして開業後に本業に専念するためにも、助けを求められる専門家とつながったり事務作業などを効率的にできる術を身に付けたりしておくことは、「好き」を仕事にするための重要な鍵となる、そう國吉さんは教えてくれました。
「パン」を通して食の問題に向き合いながら自分を表現したい

これからの夢を聞くと、國吉さんは「材料や製造方法など、日々の微調整で自分が『美味しい』と思えるよう改良して、思い描くパンのクオリティに近づけていくこと、そしてこれからもフードロスなど食の問題に身近なところから取り組んでいきたい」といいます。
國吉さんは、売上をしっかりとあげ、好きなことを続けられる余裕のある暮らしと、様々な人たちが来てくれる店作りの両立を目標にしています。
そのために、強化したいと考えていることの一つが「発信」です。発信により店のことをより深く知ってもらい、想いを伝えたい。現在、SNSをはじめ、メディアプラットフォームに創業までの道のりや、パン屋を営む日々を綴っています。
その原点となっているのが、シュクレクールで出会った恩師の信念であり、師匠が作る味です。
「恩師の生み出した味や見せてくれたかっこいい背中など、その記憶があればいつでも原点に戻ることができるし、方向性に迷ったときのやる、やらないの指針となってブレない心でいることができるんです」と國吉さん。
自身の様々な体験や経験を通して情報を集めながら「自分が本当に好きなこと」を探した先に「パン職人として開業」という生き方がありました。しかし、パン屋創業の夢を叶えた今も、まだスタートラインに立ったに過ぎないと國吉さんはいいます。
「パンという形で自分を表現していきたい」
身近な人たちや環境を大切にし、現実を見つめながらしっかりと地に足をつけて歩む。國吉さんは、自分で行く先を決めてめざせる幸せを感じながら、喜びだけでなく苦難にも立ち向かっています。パンを通じて食に真っ直ぐに向き合う國吉さんの夢は、casse-têteとともに、これからも続いていくのです。
この人に聞きました

2003年9月「ドンク」に入社しパン作りの基礎を学ぶ。その後大阪「シュクレクール」に入店、職人としての軸となる経験を経て東京「レストラン オギノ」へ。食肉加工部門でシャルキュトリーの基礎を学んだ後、いくつかの店での経験を経て独立。2019年、千葉県木更津市にパン屋casse-tête(カステット)をオープン。パン職人として思い描くパン作りを追求する傍ら、食育や環境問題、食の問題などに向き合い発信を続ける。
casse-tête ウェブサイト(外部サイト)
ライタープロフィール

1980年生まれ。福岡を拠点とするフリーライター・ Naomi.Sping代表。インテリア、住宅関連・ライフスタイル系を中心に企業サイトやWEBマガジンなど紙・WEB媒体で記事を執筆。また、企業・商品・スポット・人物などにフォーカスした取材記事や、企業カタログ・製品紹介などのコピーライティング作成など文章を通して「想いを伝える」お手伝いをする。
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