移動式本屋『BOOK TRUCK』とは

水色のバンにたくさんの本を詰め込んで、町中にふらりと現れる移動式の本屋さん。それが『BOOK TRUCK』です。関東を中心に公園や駅前、商業施設や野外イベント会場など様々な場所に出店。いつも500冊から800冊ほどの本を、車内や路上に並べて販売しています。
行き先に合わせてラインナップや店構えが変わるのがBOOK TRUCKの特徴。例えばカフェのイベントにはコーヒーの本を、浜辺が近ければ海の描写が描かれた本を持って行くこともあるそうです。ただ基本は三田さんの「この場所に訪れる人はこんな本が好きそう」という感覚を基に、お店に出す本を選んでいると言います。

三田さんは2012年、六本木のTSUTAYAや渋谷のShibuya Publishing & Booksellersといった店舗勤務を経てBOOK TRUCKを始めました。しかし、学生時代は本屋になる気は全くなく、もともとは公認会計士をめざしていたそうです。
なぜたどり着いたのが移動式本屋だったのか。お話を伺っているうちに三田さんの本に対する価値観やリアル店舗ならではの良さが見えてきました。
移動式本屋を始めたきっかけは本にハマったこと
BOOK TRUCKを始めた理由について三田さんに尋ねると「僕のような人でも気軽に本と出会える場所を作りたかったから」という答えが返ってきました。
「もともと全然本を読まないタイプだったんですよ。ただ、会計士の勉強ついでに読んだ金融経済小説がすごい面白くて。それから同じ作者さんの本を読みあさっているうち本全般に興味が湧いてきて、いつの間にか本が好きになっていました」
本の面白さに気づいた三田さんは「自分のようにあまり本を読んでこなかった人でも、もっとカジュアルに本と出会える場所があれば良いのに」と思ったそうです。
「本を読み始めた大学生の頃、その人にとっては知らないジャンルだけど読んでみたら好きになる本って実はたくさんあるはずなのに、既存の本屋や図書館だけではそういう知らない本との出会いに限界があるなと気づいたんです。だから、本と人とがもっとうまくマッチングできる本屋をやろうと思いました」
当初、三田さんが本と気軽に出会える場所として作ろうと考えていたのは、飲食もできて本もゆっくり読めるブックカフェでした。
「大学卒業後はブックカフェのノウハウを学ぶべく実店舗に勤めたのですが、自分のやろうと思っていたスタイルの本屋とか、品揃えの良い固定の店舗はもう十分にあると感じて、じゃあ今の社会に欠けている機能はなんだろうと考えるようになりました。
移動式本屋を思いついたのが2011年頃だったのですが、その頃はちょうど野外イベントが増え始めている時期で。また、オンラインで本を買うことが定着していたので、じゃあお客さんを待つのではなく、本の方からその本が好きそうな人へ向かっていくお店があっても良いのかもしれないって思いました。
本から人に近づいていくような普通とは逆のチャンネルを作れば、今までにない新しい出会いの形を提案できる、社会に足りないのはこれだと思って始めたのがBOOK TRUCKだったんです」
三田さんが感覚を頼りに本を選んでいるのにも、新しい出会いを作りたいという同様の理由があるそうです。
「この本を買った人はこっちの本も買っていますみたいな、客観的な情報から本を選んでおすすめする方法はコンピュータの方が得意ですよね。
一方で、この本が好きな人はこの本も好きそう、読んだことないジャンルだろうけれど絶対に気に入りそうみたいな、言語化が難しい感性での選び方は人だからこそできることだと思っていて。
欲しいものが分かっているなら検索した方が早いですけど、知らない世界や言葉は調べようがないじゃないですか。だから、自力では辿り着かなそうな意外性のある出会いを提案して、見知らぬ世界との接点になるといいなという思いでやっています」
リアル店舗で本を買うことの良さとは?

自分では出会えない本に出会える
BOOK TRUCKを経営しているなかで、実際に本を手に取れるリアル店舗だからこその良さを感じることがあるそうです。その一つが、三田さんがずっと大事にしている知らない本と出会えること。
「『山形にある東北芸術工科大学に出店しませんか?』と誘われたことがありまして。そのときは芸術系の大学なので少部数のZINEとか作品集を持って行ったんですけど、ものすごく売れたんですよ」
ZINEとは個人の趣味で作る雑誌のこと。文芸からアート、ファッションなど、多くのジャンルが存在します。ただ個人による出版物のため、基本的には発行部数が少なく、取扱のない店も多くあります。
「その日初めてZINEの存在を知った人や、なかにはそれほど欲しいと思っていなかったけれど、実際に手に取ってパラパラめくってみたら面白そうで買ったという人もいました。それって現物を手に取れる本屋でこそ起きた、本の魅力との出会いなのかなあって思います」
五感を使って本を選べる
また、五感を駆使して本を探せるのも実店舗ならでは体験。三田さん自身、視覚や嗅覚を頼りに本を探すこともあるそうです。
「CDのジャケット買いみたいに、表紙や佇まいでビビッときた本を選ぶこともあります。本の匂いもとても好きなんですね。好きな匂いがする本は内容も好みな場合が多いっていう話を良くするんです。半分冗談なんですけど、もう半分はあながち間違っているとも思っていなくて」
好みの本を調べてみると、同じ紙やインクを使っていることに気づくことも多いそうです。本の素材である紙やインクと、内容。2つの間にはどのような関係があると考えているのでしょうか?
「同じ紙やインクを使っている本は、編集者も同じということがあるんですよね。紙やインクを選んだり、表紙のデザインを決めたりする編集者さんと好きな価値観が似ているから、匂いやルックスで選んでも好みの本に出会う確率が高い気がしています。
そうやって直感で選んでみるみたいなことをすると、世界が広がることもあるでしょうね」
買い物中の楽しさはリアル店舗ならではの体験
三田さんがとくにリアル店舗で大切だと感じているのは、楽しく買い物をしている時間だそうです。
「オンラインの買い物って、やっぱりリアル店舗での買い物の楽しさにはなかなか勝てないな、と感じています」
買い物している時間自体を楽しいものにしたいという気持ちは、移動式本屋をやるときにも常に考えていると教えてくれました。
「その本を選んでいる時間自体が楽しければ、より気持ちも前向きになって本の魅力も最大限に刺さりやすいのかなって。
例えば、お祭りの焼きそばってなんか美味しいじゃないですか。あれってお祭りというシチュエーションのおかげで焼きそばの魅力が最大限発揮されているからだと思っていて。本の魅力も、同じように外的要因に左右されるなと。
BOOK TRUCKでも、出店場所や車に乗れるようにすることで、なるべく楽しんでもらえるようにアレンジをしていて。本が持っている魅力をなるべく大きな形で伝わるようにしていますね」

普段は本を売る側の三田さんですが、本を買う体験も好きだといいます。
「お金を出して、本というその世界を自分のものにする感じが好きでして。手に入れたぞっていう気持ちになって、待ちきれなくてカフェで読み始めてしまうという体験ができるのも、実際にお店に行って買う価値かなって」
また、お店までの移動時間や入場料など本を買うまでにかかるコストも、リアルな買い物を魅力的にする要因の一つだと感じているそうです。
「東京蚤の市っていうフリーマーケットがあるんですね。僕が出ていた頃は入場料が300円ほどだったのですが、みんなお金を払っている分なかなか帰らないんですよ。せっかくお金を払っているから、良い物を手に入れようと必死になって。
入場料を払うわけではないですが、本屋に行くためには外に出て移動する必要がありますよね。わざわざ外出するといった、本と出会うために払った対価みたいなものがあると、真剣に魅力をキャッチしようという気持ちにつながるんじゃないかなと思います」
普通の生活では出会わない本と人とを結びつけられる仕事

本屋にはリアル店舗ならではの良さがあると教えてくれた三田さん。そんな三田さんが考える、BOOK TRUCKの役割とは何なのでしょうか?
「既存の本屋では出会いづらい本と人とを結びつける、というのが本屋を始めたモチベーションの一つですね。
知らないジャンルへ導いてあげたり、あとは東北芸術工科大学のときみたいに売っている場所がなくて本を買えなかったという人と本を結びつけたり。「〇〇な本読みたいけど、買える場所が近くにない」という不足感を埋めていくことを大事にしています」
また、本との出会い方が工夫できるのもBOOK TRUCKを初めとしたリアル店舗の得意分野だそうです。
「本ってたくさんの魅力が折り重なってできていると思うんです。だから、どういう文脈で出会うか、どういった気持ちで読み始めるかでもその人が感じる面白さはきっと変わるはずです。
例えばコーヒー好きの人がコーヒーのイベントに訪れて、好きという気持ちが高まってるそのタイミングで、喫茶店が舞台の小説を読むと一番楽しんでもらえるんだろうなと思います。独特の出会い方をしたから魅力を感じ取れたり、あるいはコーヒーが出てくるシーンに注目するような別の見方ができたりしますよね。
そんな風に新しい魅力が発見できるのも、リアルなお店で買ってこその体験ですし、その人が新しい魅力を見つけられる動線を作るのが本屋の意味なのかなって考えてますね」
三田さんが今の若者に読んで欲しい本
最後に、三田さんに今の20代や大学生の方に読んで欲しい本を紹介してもらいました。
「ヤマザキOKコンピュータさんの『くそつまらない未来を変えられるかもしれない投資の話 (シリーズ3/4)』っていう本です。
タイトルに投資と入っているのですが、投資の手法とかについて書かれているわけではなく、普段の買い物も投資の一つという考えを紹介している本ですね」
上記の本では買い物一つとってもその企業やその商品を選ぶことが応援していることにつながる、ある種の投資だと解説しています。
「20代の方に紹介するなら価値観を揺さぶる本が良いのかなって思って、この本を選びました。いつも自分達がやっていることや考えていることが実は別の側面を持っていることに気づけるような本です。
というのも僕自身が、大学生のうちに自分の知らない世界とか価値観に触れていれば、生き方の選択肢も増えていたのかなって思っていて。将来について一番真剣に考える時代に出会えていたら良いなと」
既存の本屋ではなかなか出会えないような本と人とをマッチングさせる。出会いが不足している場所へ本を届けに行く。本から人に近づいていくBOOK TRUCKにはそんな三田さんの思いが込められています。知らない世界や気づけなかった本の魅力を発見できるのは、やはり本屋ならではなのかもしれません。
この人に聞きました

三田 修平
SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERSを経て、2012年に移動式本屋・BOOK TRUCKを始める。ほかにも飲食店や小売店のブックセレクトや、電子書籍ストア「Reader store」のサポート、雑誌・ウェブサイトでの連載など様々な形で本に関わる仕事を行う。
ライタープロフィール

主にマネー系コンテンツ、広告ツールを制作する株式会社ペロンパワークス・プロダクション所属。立教大学卒業後、SE系会社を経て2019年に入社。主にクレジットカードやテック関連のWEBコンテンツ制作や企画立案、紙媒体の編集業務に携わる。
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