リヴァプールのリーグ優勝に至るまでのビジネス面での足跡をたどった動画で人気を博したケニーさんと、トモさん。
ただ、ここに来るまでには人知れぬ苦労もあった。ケニーさんは現在に至るまでの挑戦をこう振り返る。
「日本でスポーツメディアを作ろうと、3年近くやってきたんです。これまでにスポーツメディアを作ったり、TwitterやInstagramでも色々と発信して、何度も失敗してきています。ただ、そうしたTwitterやInstagramの発信のなかでも、動画はすごくエンゲージメントが良かったので。『やはり、動画は世のなかのニーズあるんだ』と感じて、YouTubeで動画を作ってみようと思い立ち、サッカーが好きだったトモに相談に乗ってもらいながら、一緒にYouTube向けの動画を作ることになりました」

失敗と改善を繰り返して「辛抱強く」継続することが成功への道?
失敗をしては改善を試みて……。その姿勢は、リヴァプールのオーナーであるFSGとも通じる部分があるのかもしれない。長期的な計画で、「辛抱強く」続けたことが成功への道を作ってくれた。
「プレミアリーグ・トークショー」というチャンネルに最初の動画を投稿したのが、昨年11月末のこと。そこからの数ヵ月間は低空飛行が続いていた。
「当時は再生数が数十回しかないことも多くて、『この動画は100回再生されたぞ!』と喜んでいたくらいで(笑)3月まで登録者数は300人くらいしかいなかったんです」
ただ、面白いコンテンツはいずれ発見される。
そこから先のチャンネルの認知度と人気の伸びはめざましいものがある。2020年4月にはチャンネル登録者数が1万3千人を超え、今では5万人にせまる勢いだ。チャンネル内の動画の総再生数は既に900万回を超えた。
その間には外出をせずに自宅で時間を過ごしたり、仕事をする人が増えたことによる恩恵を受けたと、彼らは分析している。
ただ、そうした世相に左右されただけではないだろう。また、「プレゼンの経験はけっこうある」というケニーさんのキャリアだけがチャンネルを面白くしている要因ではない。
彼らのチャンネルには間違いなく、情熱がある。
リヴァプールについてはもちろん、イングランドのサッカーについて、分かりやすく語るのと同時に、その語り口や言葉には熱がこもっている。だから、見る人の感情を揺さぶるのだ。
ケニーさんの情熱の源泉 スポーツの力
その情熱の源泉は、ケニーさんの体験とも関係している。
日本で生まれ、オーストラリアで育った彼は、自身のアイデンティティはオーストラリアで形成されたと考えている。18年前にリヴァプールに興味を持つきっかけの一つは、当時のオーストラリアのスターであるハリー・キューウェルという選手がリヴァプールに入団したことにあった。その後、アメリカやイギリスに住んだ経験のあるケニーさんは、世界中の色々な国で暮らしてきたからこそ現代の日本に危機感を覚えて、未来の日本を元気にしたいと考えるようになった。
「海外に30年弱住んだ僕は、一時期、日本でサラリーマンをしていました。毎朝、満員電車に乗っていると、元気がなさそうに通勤する人が多くて、『このままではマズいな』と思いました。そのときに、自分に何ができるのかを考えました。自分はスポーツからエネルギーをもらっているのだから、スポーツの情熱と感動を届けて日本を元気にすることをミッションにしたいなと思うようになりました」

語り口に熱を帯びているのは、ケニーさんがそれだけのパワーをスポーツから受けているからなのだ。
その想いを共有しているトモさんは、今後の展開についてこう話す。
「今はサッカーのプレミアリーグについて話していますけど、サッカーだけでも、欧州各国、南米、MLS、もちろんJリーグもありますし。 なにより魅力があるのはスポーツ全般で、サッカーだけではないとも思っています。いつになるか分からないですけど、あらゆるスポーツの中にある楽しさや感動をいろいろな面から届けられるようにしていきたいです。 届けられるようには語弊がありましたね。僕がただのファンとしてスポーツの中にあるいろいろな楽しさや感動を見たいし、味わいたいだけです。 もちろん視聴者の方に僕と一緒に『楽しんで』もらえれば、とっても嬉しいなと思います。」
『楽しんでもらいたい』という想いがあるから、仮にFSGのトップに立つジョン・ヘンリーに会える機会がやってきたとしても、プロ顔負けのインタビューをしようなどとは考えていない。
ケニーさんは強調する。
「僕はプロとしてのインタビューの経験もないですし、解説者やサッカーのエキスパートを目指したいとは思っていませんから。知識を提供するというよりも、エンターテインメントを提供するという方がしっくりきます。あくまでもファンですから、インタビューをするよりも、リヴァプールを成功に導いた感謝を伝えに行くとか、お中元をあげにいくとか(笑)。そのほうが我々らしいと思っています」
「プレミアリーグ・トークショー」のチャンネルの概要欄にはこう書いてある。
「サッカーの知識がなくても楽しめ元気が出る、それと同時にちょいちょい知識も勉強できる」
それこそが、彼らのめざすところだ。
ケニーさんは最近の日本でしばしば語られる「にわかファン」という言葉が、あまり好きになれないという。例えば、日本に住むリヴァプールの熱狂的なファンがいて、その人が「自分は『にわかファン』とは違う! 10年以上もリヴァプールを追いかけているんだ」と力説したとする。
それでも、リヴァプールの街には祖父から孫まで親子三代でリヴァプールを愛するファンもいる。そうした人たちからみれば、どんな日本のファンでも「にわかファン」となってしまう。だから、誰が「にわか」で、誰が「コア」なファンなのかは関係ない。知識があろうがなかろうが、関係ない。
サッカーやスポーツから元気をもらえるようなチャンネルを作りたいとケニーさんたちは考えている。

漠然と見るだけではなく、視聴者が元気をもらえるようなチャンネルこそが、未来に求められるスポーツコンテンツの理想形なのかもしれない。
これから彼らのチャンネルがさらに有名になり、ファンを増やしたとしても、彼らは初めて見た人から長年にわたって見てくれた人までを温かく迎え入れるようなコンテンツを作り続けていくはずだ。
この人に聞きました

ケニー:リバプール一筋18年、東京生まれオーストラリア育ち、ロンドンとサンフランシスコ経由して今は東京にいます。子育てと動画編集に埋もれる毎日を送っています。/トモ:キャンプとサウナ大好き。ちょいちょいゴルフの話題にも熱がこもります。
ライタープロフィール

2009年1月にドイツへ移住し、ドイツを中心にヨーロッパで取材をしてきた。Bリーグの開幕した2016年9月より、拠点を再び日本に移す。以降は2ヵ月に1回以上のペースでヨーロッパに出張し、『Number』などに記事を執筆。サッカーW杯は2010年の南アフリカ大会から現地取材中。内田篤人との共著に「淡々黙々。」、著書に「千葉ジェッツふなばし 熱い熱いDNA」、「海賊をプロデュース」。岡崎慎司選手による著書「鈍足バンザイ」の構成も手がけた。
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