移住者として、移住先で”家をもらった”夫婦
彼は、岐阜県と長野県で2拠点生活を営む白石達史(しらいし・たつふみ)さん。岐阜県の飛騨にある古民家を無償で譲り受け、奥様の実果さんと二人でセルフリノベーションを施しながら暮らしています。
二拠点生活という言葉が浸透し、さらに新型コロナ感染症の拡大で都会以外にも居場所を求める人々が増えるなかで、彼らの暮らしは理想の生活に見えるでしょう。白石夫妻を「幸運なふたり」と見る人もいるかもしれません。

しかし、当の白石さんは「家をもらうということは、その地域に入って関係性を作っていくという覚悟の現れ。誰でも家をもらえる訳ではないと思う」と語ります。
その背景には、日本の空き家問題と、移住者として「地域に入っていく」楽しみがありました。白石さんに、「未来の家のもらい方」について聞いていきます。
【この記事で想像できる未来】
理想:
ゆかりのない土地で、自分たちの暮らしを作りたい。自分たちで家の資産価値をあげていきたい。
実現:
地域に入る覚悟をしたら、「家」をもらえた。無理のないリノベで、価値をあげることができた。
もしかしたらの未来:
「家をもらう」選択が、地域の空き家問題を解決し、大きな可能性になる未来。
プロフィール
白石達史さん
岐阜県飛騨市と、長野県諏訪市の2拠点で生活するフリーの編集者。飛騨エリアでイベント運営や冊子の企画・編集など幅広い分野で活動する一方、諏訪では、古材や古道具の販売を行うショップ「リビルディングセンタージャパン」の運営に携わる。飛騨に移住して3年目の2013年に現在の家を譲り受け、妻の実果さんとともに暮らす。
「朽ちていく家」に待ったをかけた
立山連峰を遠くに臨む、飛騨古川の町。東京から新幹線と在来線を乗り継いで約5時間の豪雪地帯に、木造の古い街並みが残されています。林業の盛んな地域と宮大工たちが作り出した町をさらに離れ、自然のなかへ。山あいの小さな集落に彼の家はありました。

――白石さん、家をもらったって本当ですか!? 正直、信じがたいお話だなと思います。
白石:本当ですよ。長い間、誰も住んでいなかった古民家を大家さんから譲り受けました。
――想像していたより大きくて立派な家でした。「もらった」と言っていたから、もっと小さいのかと。
白石:そうでしょう。2階建てで、だいたい270平米くらい。庭にもちょっとした栽培スペースがあるんです。春にはキャベツを育てたりしますよ。
――こちらにはいつから住んでいるんですか?
白石:7年ほど前ですね。今でこそ家のなかも片付いていますが、ここにはじめて訪れたときは、こんな状態じゃなかった。窓ガラスは割れているし、床は朽ちて、室内を動物がうろついていて。僕たちが譲り受けるまで長い間、誰も住んでいなかったんです。

――そんなに酷い状態だったんですね。とはいえ、この広い土地と家を、よく譲り受けることができましたね。譲り受けるとはつまり、無償で?
白石:そうですね。運も良かったんです。当時この建物は、取り壊しがほぼ決まっていましたから。ただ、取り壊すだけで約300万円ほどお金が必要になる。住む人も長い間いなくて、家主のおばあさんもそんな金額は出せない。息子さんも娘さんも家を受け継ぐ気がなかったんだとか。
そんな時に、家を探している僕らが来たんです。最初こそ「受け継がせてください」と伝えて、少しでもお金をお支払いするつもりだったんですが……「家を取り壊すのもお金かかるから。白石くんだったらあげるよ」と。
――誰かに無料であげるコストよりも、取り壊すコストが高いんですね。聞けば聞くほど奇跡の出会いのように思えます。
白石:うーん、意外と現実的かもしれませんよ。今、日本全国に空き家はおよそ846万戸(※)もあるといわれています。そのほとんどが、「管理し続ける人がいない」「潰すには大きなお金がかかる」という家。おそらく、日本中に「朽ちていく家を眺めているしかない」なんて大家さんがたくさんいると思います。
※「平成30年住宅・土地統計調査 住宅数概数集計結果」(総務省統計局)
――その時に、古民家に関心を持った若者が「受け継いでいきたい」といえば……?
「必ずもらえるはず」とはいえないですが、少なくとも、格安で譲ってくれるような事例はこの先増えていくのではないでしょうか。地域で持て余している空き家と、移住者たちの人柄がうまくマッチングすれば、そう非現実的な話でもないはず。
今のご時世、「マイホーム信仰」のような考え方は薄れてきているとは思いますが、やっぱり「家賃の発生しない家を持っている」のは強いですよね。賃貸物件にも良さはあるけれど、若い人たちが働いて得たお金の多くが「ただ住むため」に消えていってしまうのは切ない。固定費として毎月払う家賃がなければ、その分ほかの消費にお金を回せますしね。
無理のないリノベで、価値を上げていく
譲り受けてすぐに快適な暮らし……とはいかないのが、古民家の難しいところ。古い飛騨の暮らしに沿った家には、工夫して手を入れるべき点がいくつもありました。

――お話を聞く限り、当初は人が住めない状態だったと思います。そこから、どうやって今のような快適な暮らしに?
白石:最初は、ほとんど自分たちと友人の手でリノベーションをしていきました。「古民家を直して住む」という話を飛騨古川の町でしていると、交流のあった町の人もそのうち現場に遊びに来てくれたんです。近所のおじいさんが実は左官の腕が良くて手伝ってくれたりと、思わぬ反響がありましたね。
――家を直すことをきっかけに、地元の方との交流が生まれた。それに、いまどきの若い人たちにとって、古民家のリノベーションはちょっとした遊びでもありますね。反対に、古民家に住むうえでのデメリットは?
白石:やっぱり、冬がとても寒いんです。昔の暖房対策として古い囲炉裏があったんですが、それだけでは寒くて。暖房のために薪のストーブを入れたものの、これで家全体を温めるのには無理がある。
だからこそ、知恵を絞って工夫しました。たくさんある部屋のなかから日常生活に使う部屋を決めてしまって断熱性能を高め、空間をつないだ。すると、薪ストーブの熱だけでも生活空間を効率よく暖められたんです。

――いくつもの暖房器具を使って家全体を暖めるより、合理的ですね。
白石:でも、この形ができるまでは大変だったんですよ。2月に家を手に入れたあと、夏が終わる頃にはいろんな設備を整えるつもりが……いつの間にか冬がきて。
当時はキッチンの設備も間に合っていなくて、ガレージに一時的にシンクやコンロを置いて炊事していました。でも、ガレージといってもほぼ外ですから。雪の吹き込むなかで、凍えながら料理をしないといけない日もあったんです(笑)。ファンヒーターをつけても室温が7℃以上にならなくて、寒さで何もできませんでした。
――それでも、古民家に住むことは諦めなかったんですね。聞いた話だと、今でもリノベーションを少しずつ続けているとか?
白石:自分たちの手で家を改修していこうと決めた時に、一度に全部を直すのは無理だと分かって。それからは、第1期は電気系統、第2期はキッチン……みたいに数ヵ月ごとに100万円ずつくらい投資して、一部分ずつ理想の家を作っていきました。
――手間も時間もお金も、相当なコストがかかっていますよね。
白石:ただ、初期投資がほとんどありませんから。家を譲り受けた分、払わずにすんだお金をリノベーションにまわせました。さらに余った分、町で美味しい食事を食べたり、趣味のものを購入したりすることにもお金を費やすことができる。
そもそも僕は、「30年で資産価値がなくなってしまう家を、35年ローンで買う」という、いびつな構造にも違和感を感じていたんです。それなら、リノベーションで自分たちの家の価値を少しずつあげていきたいなと。

――通常は下がっていく一方の家の価値を、リノベーションで上げていく。面白い考え方ですね。
白石:どちらかといえば、欧米的な考え方かもしれません。アメリカでは家を投資の対象のように考えている部分があって、家の資産価値は自分たちであげていくもの。そのなかにDIYという選択肢もあります。
――家を自分好みにカスタマイズしていくなんて、一生モノの作品という感じがしますね。
白石:勘違いされやすいんですが、僕はこの家を終の住処にしたいわけでもないんです。
今の時点では、僕と妻が、この家を預かっているだけ。いつかまた、次の持ち主に家を渡す時期が来る、と。骨董品の考え方に近い。さらに、その家を改修して、自分たちの思う機能的で心地良いスタイルになるよう手を加えているだけなんです。
どうしてもここに住みたい!飛騨に移住したい!という人がいれば譲るかもしれません。その時は、「まだまだ手を加えられる場所はありますよ」と伝えて渡したいです。
家をもらえたのは、地域に入り込んだから

白石:でも、誰でもどの田舎でも「家がもらえる」とはいえません。僕が家をもらえたのも、町の人たちとの関係ができていたからだと。
――町の人との関係、というと?
白石:家をもらったのは、飛騨に移住して3年ほど暮らした後でした。その間、きちんと「その土地に入る」ための礼儀は通してきたと思います。集落の集まりには必ず顔を出すし、誘われたお酒の席もほとんど行って。そうして顔を覚えてもらって、この土地のあたり前のルールを知っていきました。
そして、結婚などを機に新しい家を探すタイミングで、僕らを気にかけてくれていた町の人に「あそこの古民家を見てみないか」と声をかけてもらったんです。
――前提として、町の人たちに知られていたから「家をもらう」という状況になったと。
白石:はい。僕の場合は3年間で積み重ねた町の方々との関係性のうえで、家を譲ってもらえた。家をもらうというのはただ「住む場所を手に入れる」ということではないんです。それは、地域に入っていくという覚悟の表れでもある。
だからこそ、仲良くなった人はふらっと遊びにきてくれるようにもなります。手伝ってくれた町の人が遊びにきたら必ず、「あそこの漆喰は俺が塗った」なんてほかの人に自慢していくんですよ。それを見ると余計に、この古民家は「みんなのもの」なんだなと。「家をもらう」という選択は、たくさんの可能性を秘めていると思いますね。
まとめ
住む家を「もらう」という選択肢は一見斬新ですが、空き家に悩む大家さんとお金のない移住者が相互に助かる仕組みにもなります。浮いたお金をリノベーションに回せば、その古民家の価値を上げていくこともできる。
そんな家を、町の人々との関係性ごと新しい世代に受け継ぐことも夢ではない。
「家をもらう」という未来の選択は、地域の空き家を宝物に変えるきっかけになるかもしれません。
ライタープロフィール

1993年生まれ、兵庫県宝塚市出身のライター兼編集者。関西の出版社で酒場取材に明け暮れたのち、ローカル取材に明け暮れるべく上京。店/外食文化/観光/地方/四方山話に関心があります
Twitter:https://twitter.com/inuiiii_(外部サイト)
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