プレミアリーグを30年ぶりに制したリヴァプール
リヴァプールFCがイングランドのプレミアリーグで30年ぶりに、国内王者に輝いた。頂点に登り詰められたのは、どんな理由があったのだろうか。
世界のサッカーを牽引するヨーロッパのなかでも、最も競争が激しいといわれているのがイングランドのプレミアリーグだ。ほとんどのヨーロッパ主要リーグでは、優勝する力があるのはせいぜい2~3チームだ。ドイツやイタリアのように、一つのチームが5年以上にわたって連覇しているようなリーグも少なくない。
しかし、イングランドは違う。この5年で優勝したのは4チームに及ぶ。競争の激しさは世界一。もちろん、売り上げは世界のサッカーリーグのなかでトップだ。それだけの売り上げがあるから、世界中から優秀な選手が集まってくる。
そんなリーグを制しただけでも偉業と呼べるのだが、リヴァプールはイングランド屈指の名門でありながら、国内リーグのタイトルから30年も離れていた。だからこそ、大きな話題となった。今年1月には、日本代表の南野拓実選手が加入して、日本での人気や注目度もうなぎ登りだ。
群雄割拠のリーグを制覇した要因はスポーツビジネスの手腕?
30年ぶりの優勝の要因は、いくつもある。選手たちの活躍や監督の手腕、ピッチのうえでの戦術面――。
ただ、日本ではあまり語られていないにもかかわらず、実は大きな役割を担っていたのが、オーナーであるフェンウェイ・スポーツ・グループ(以下、FSG)である。
FSGはアメリカのスポーツ投資会社だ。彼らはラウシュ・フェンウェイ・レーシングというレーシングチームや、アメリカの大リーグに属する野球チームのボストン・レッドソックスを所有している。2004年にレッドソックスを86年ぶりに優勝に導いたのも彼らが買収したあとのことだ。
FSGは2010年10月におよそ3億ポンド(約420億円)を支払い、リヴァプールを買収。当時は500億円以上の借金を抱え、破産寸前だったチームをそこから大きく成長させた。2019年にはヨーロッパのナンバーワンを決める大会であるチャンピオンズリーグに優勝。そして、前述の通り、今年はプレミアリーグを制した。
スポーツ面だけではなく、ビジネス面でも、彼らから学べるところは山ほどある。
そんなリヴァプールのビジネス面に着目し、FSGが何をしてきたのかにスポットをあてて紹介したYouTubeチャンネルが話題となった。それが「プレミアリーグ・トークショー」だ。今回は、そこで動画を制作、出演するケニーさんと、トモさんの2人に話を聞いた。
FSGのクラブ経営が熱い理由をケニーさん、トモさんに聞いた

ケニーさんは「リヴァプール一筋18年」という熱狂的なファンで、日本で生まれ、オーストラリアで育った。彼が英語で書かれた文献を徹底的に調べて、それを解説するのがこの動画の基本的なスタイルだ(リヴァプールの熱狂的なファンであるが、そのほかのチームや選手についても紹介している)。
その話を聞くのが、キャンプとサウナが大好きなトモさん。サッカーやスポーツに造詣が深いトモさんが、ケニーさんの解説に相づちを打ったり、補足するような形で話をふくらませる。それによって、視聴者の興味を惹きつけている。
ケニーさん「きちんとロマンを持っている人に買収されたのはすごく幸運だったなと思っています」
「僕らはあくまでもファンの立場で発信しています。インサイダー情報などは何も知りませんよ」
ケニーさんは自らの立場を明確にしつつ、こう語る。
「プレミアリーグの魅力について考えたとき、サッカーはそのなかの一つでしかないと思っていて。僕はヒューマンドラマやビジネスに興味を持っていました」
「サッカーが好きなのではなく、リヴァプールが好き」というケニーさんには、FSGのトップに立つジョン・ヘンリーにまつわる大好きなエピソードがある。
「リヴァプールを買収した日の夜に眠れなかったそうで、深夜の4時に(リヴァプールのホームスタジアムである)アンフィールドに一人で行き、芝生の上にバッと寝転がったらしいんですよ。『もしも、お金儲けのためだけに買っていたとしたら、夜が眠れないくらいドキドキするかな?』というのが勝手な僕の考えで。リヴァプールを買えたことにドキドキして、眠れないオーナー……。彼のように、きちんとロマンを持っている人に買収されたのはすごく幸運だったなと思っています」

どんな手段でも良いからチームの価値を上げて、それを転売して稼ぐことを目的にする投資家は確かに存在するかもしれない。でも、FSGはそうではなくて、かかわる人たちを幸せにすることを考えて、買収した。だからこそ、チームの価値を上げただけではなく、サッカーの成績も向上させられたのだ。
彼らが買収した際のチームの順位とクラブの価格(現在のものは推定)を比較すると以下のようになる。
リーグ順位:19位→1位
クラブの価値:約420億円→約1,750億円
なお、年間の売り上げはこの間におよそ3倍近くになった。
FSGが提示したわかりやすい3つの経営計画
ケニーさんたちの解説動画が分かりやすかったのは、理由がある。その一つが、FSGが買収してからおよそ半年がたったころに立てた3つの経営の計画を軸にして、分析、解説を行なっているためだ。分かりやすいから、視聴者は発見や学びを得られる。
動画内でケニーさんの話に耳を傾けるパートナーとなっているトモさんは、こう話す。
「なぜ動画が分かりやすいかですか?基本的に僕たちの動画はケニーが現地の記事などを調べて、僕に伝えたいところをしっかりまとめてくれていると思うので、何人か伝える人を経由した僕たちの動画が分かりやすいということは、おおもとのFSGが掲げたビジョン自体が相当分かりやすいということですよね。分かりやすい経営ビジョンって経営者のすごさと覚悟の深さを現していると僕個人はそこから感じるんです。だって、分かりやすいってことはみんなに理解されて、そのビジョンができているかできていないかを直に評価されるってことですからね。何が正解かわからないようなふわふわな経営ビジョンほど意味のないものはないと思います。僕の理解力が単純に足りないだけかもしれませんが……笑」

FSGは買収から半年間ほど様子をみて、入念にリサーチをしたうえで、以下のような3つのビジョンを掲げた。
1.フットボールの向上
2.ファン体験の向上
3.グローバルでの売上の向上
1.フットボールの向上 クロップ監督招へいと分業制
「1」について、成功の要因となったのは、ドイツ人のユルゲン・クロップという監督を連れてきたことだ。
クロップ監督はドイツのボルシア・ドルトムントというチームを優勝に導いた人物だ。そのときの主力には、日本代表としても長年活躍した香川真司などがいた。クロップがやってきたことでチームの戦術面は整理された。そして、多くの選手が彼の指導を受けることで、飛躍的な成長をとげていくことになった。
そんな名将を招へいし、伸びしろのある若い選手たちを獲得できたのは、FSGの組織改革が実を結んだから。
それまでのイングランドではあまりなじみのなかったSD(スポーツ・ディレクター)制度を設けたのだ。SDというのは、人事部門の責任者というイメージ。どのような選手がチームに必要なのかをリストアップして、実際の交渉の責任も負う。
かつては、監督がSDの仕事もかねて、選手編成の権限を持つというスタイルが一般的だった。ただ、サッカーのマーケットが昔とは比較にならないほど大きくなった現代では、チームの戦略や戦術を考える監督が、選手の獲得交渉まで担うというのは、仕事量が多くなりすぎて、現実的ではなくなってきている。
ちなみに、FSGがSD制を採用するにいたったきっかけの一つが、ドイツの名門バイエルン・ミュンヘンにある。今年8月23日に新たなヨーロッパ王者となったバイエルンは、長らくSD制を採用して、成功を収めてきた。ドイツのリーグの大半もバイエルンのモデルを踏襲しており、クロップがかつて指揮していたドルトムントも例外ではなかった。
ただ、お金を出せば、口を出したくなるのが人情だ。
ヨーロッパのクラブのなかには、金満オーナーが多額の資金を投じるかわりに、”素人の目線“から獲得する選手を決めることもある。
でも、FSGはそうはならなかった。ケニーさんはその理由をこう感じている。
「FSGは、スポーツやスポーツマーケティングの世界では(アメリカで)成功して、実績がある。でも、サッカーの部分では自分たちは未熟だということを理解していて、分かっていないところにはエキスパートを連れてこようと考えたからでしょうね。良い人たちを連れてきて、ハッピーにする。それこそがマネージメントであり、経営ですよね」
2.ファン体験の向上
「2」については、スタジアムに隣接する巨大名ファンショップを作ったことや、ファンの視点に立って愛のある記事を書いていた地元紙の記者を雇い入れたことなど、多岐にわたる。
なかでも大きかったのが、スタジアムの改修だった。リヴァプールのアンフィールド・スタジアムのかつての収容人数は5万人に満たなかった。そのため、長年のライバルで、7万人を越える観客を集めるマンチェスター・ユナイテッドとは1試合ごとに3億円近い売り上げの差があったという。これは長年の悩みの種だった。
実際、FSGが買収する前にはリヴァプール市内に新たなスタジアムを建設しようというプランも存在していた。ただ、資金難と行政の反対にあい、実現していなかった。
そうした経緯を踏まえて、FSGは既存のアンフィールドのスタンドを増築して、8,500席増やして54,000人が収容できるようにした。
これによりスタジアムを新築するより出費を抑えられただけではなく、長年の歴史を持つスタジアムを残したことで、伝統に誇りを持つファンの気持ちにも応えられることになった。
ただ、やることなすこと、全てがうまくいったわけではない。
「1」で紹介したSD制の採用前には、複数のスタッフの合議制によって選手の獲得を決める移籍委員会を作り、失敗したこともある。
あるいは、少ない座席数を補うためにチケットの価格をあげ、強く反対されたこともある。
ケニーさんは、そうした経緯からこう感じている。
「大きな失敗をして、学んで、レベルアップしている。プランAを採用して、そのあとに修正して、プランBを採用して、また修正して、みたいにチャレンジを恐れずに、修正しているところも成功している理由かなと思います」
そうした解説を聞いたトモさんは、こう補足する。
「いわゆる失敗を恐れず、何回もチャレンジするのが大事ってよくいいますけど。僕が勝手に思うもう一つ大事なことは、そういった成功するまでやる覚悟を決めると同時に、修正やチャレンジ的な行動を起こせる状態を成功まで続けていくことだと思うんです。資源や信頼が有限の中、成功にむけて効果的に、時に数多く修正できるように。時に素早くチャレンジできるように。その状態で成功する覚悟でやって、ダメだったら謝って次の手を。その繰り返しだと思います。なにもやらないとか、これしかできなかったとか言われると、もう夢も希望もないんですよね。いちファンの僕からしたら、んなわけないって思っちゃうんですよ笑。だからケニーの話を聞いてFSGの人たちはみんながチームの経営で大切なことをやっているな、うらやましいなという感覚になりました」

3.グローバルでの売上の向上
「3」については、スポンサーからの収入と、チームのオフィシャルグッズからの収入を合わせてコマーシャル収入と呼ぶが、この増加が顕著だ。
リヴァプールを買収したシーズンに約100億円だったものが、昨シーズンには約260億円に届くまでに増えた。
これはSNSなどの発展にともなって、世界中のファンにリーチできるようになったことや、ユニフォームの袖にもスポンサーのロゴを掲出できるようになったというリーグのルールの変化もある。
ただ、見逃せないのがユニフォームからのスポンサー収入の大幅な増加だ。サッカークラブのなかで最も露出が多いのがユニフォーム。だから、ユニフォームを製造しているメーカー(サプライヤー)との契約と、ユニフォームの胸に企業名や商品名を入れるスポンサーとの契約がクラブの未来を左右する。
この総額は、買収当時は年間約50億円だったが、昨シーズンまでに約125億円に増やした。
さらに、新シーズン(今年の9月に開幕予定)からはユニフォームサプライヤーが新たにナイキ社に変更となった。同社との契約には、成績に応じた様々なボーナス事項が含まれており、ユニフォームから得られるスポンサー収入が、最大で合計215億円程度にまで増える可能性がある。これはFSGの交渉の上手さでもあるし、買収から9年かけて築き上げてきたものの成果の表れでもある。
新たな可能性について、ケニーさんはファンとしての視点からこう話す。
「リヴァプールのユニフォームが全世界のナイキストアで買えることになるんですよ!僕はどれだけお金を使うことになるのか(笑)。FSGの手腕はすごいですけど『まだまだ進化する』と言っていますし、選手のコメントからもそれは感じています。まだコンプリートしていないというか、来年にはリーグ優勝だけではなくて、二冠とか三冠を成し遂げてほしいです」

リヴァプールの栄光について語るとき、ケニーさんの頭にはある言葉が思い浮かぶという。FSGのオファーを受けて監督に就任した際にクロップが残した言葉である。
『クリアなビジョンを持ち、辛抱強く取り組むことだ』
「FSGの仕事ぶりを見ていても、クロップの言葉がしっくり来ます。初めから明確なビジョンを持つ。そして、そのビジョンを実現するために、短期的にではなく、長期的な計画を立てて、コツコツやってきたということなのだと思います」
欧州チャンピオンに、イングランドでの優勝と、彼らが2年続けてタイトルを獲得した背景には、しっかりとした経営ビジョンを持ったFSGの存在があった。
未来に向けた明確なビジョンを掲げて、粘り強く、働く。あたり前のことを徹底して取り組む彼らの経営スタイルは、仕事をするものにとってお手本とすべきものである。
ケニーさんとトモさんによるFSGの功績を解説する動画がスッと頭に入るのは、リヴァプールの掲げた3つのビジョン自体が明確だから。そして、そうした明確なプランを、しっかりと実行したところにリヴァプールに歓喜をもたらした秘密があったのだ。
後編では、「プレミアリーグ・トークショー」というYouTubeチャンネルを運営するお二人の今後のプランについて話を聞きます。
この人に聞きました

ケニー:リバプール一筋18年、東京生まれオーストラリア育ち、ロンドンとサンフランシスコ経由して今は東京にいます。子育てと動画編集に埋もれる毎日を送っています。/トモ:キャンプとサウナ大好き。ちょいちょいゴルフの話題にも熱がこもります。
ライタープロフィール

2009年1月にドイツへ移住し、ドイツを中心にヨーロッパで取材をしてきた。Bリーグの開幕した2016年9月より、拠点を再び日本に移す。以降は2ヵ月に1回以上のペースでヨーロッパに出張し、『Number』などに記事を執筆。サッカーW杯は2010年の南アフリカ大会から現地取材中。内田篤人との共著に「淡々黙々。」、著書に「千葉ジェッツふなばし 熱い熱いDNA」、「海賊をプロデュース」。岡崎慎司選手による著書「鈍足バンザイ」の構成も手がけた。
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