海外出身クリエイターが描く日本
「日本の街並み」と聞いて、どんな風景を思い浮かべますか?
瓦屋根に石畳、武家屋敷、宿場町……それとも都会のビル群でしょうか。
「日本らしい街並みが失われ始めている」と警鐘を鳴らすのは、ポーランド出身のクリエイター、マテウシュ・ウルバノヴィチさん。新海誠監督の『君の名は。』では背景美術を担当し、日本の街並みをみずみずしく描きました。
日本のアニメ作品をつくりたいと思い、ポーランドの大学在学中に日本に訪れ、惚れ込んだというウルバノヴィチさんは2016年から自身の作品として、東京の古くて懐かしいお店を描いてインターネット上に公開。するとたちまち反響を呼び、2018年に作品集『東京店構え』、2019年に『東京夜行』を上梓しました。

海外出身クリエイターの目に映る日本の街並みのよさとは、どんなものでしょうか。
ウルバノヴィチさんが考える、「利益や効率ばかりを追い求めない、未来の街づくり」についてうかがいました。
【この記事で想像できる未来】
理想:
日本らしい街並みを残したい。
実現:
イラストを通して、日本の街並みを「良い」と感じる人が増えている。
もしかしたらの未来:
主体的に街をつくろうとする人が増える未来。
プロフィール
マテウシュ・ウルバノヴィチさん
ポーランド出身。フリーランスのクリエイター・イラストレーター。 手掛けるクリエイティブは、絵画、イラスト、アニメーション、コミック、動画など多岐に渡る。ポーランドの大学在学中に訪れた日本に惚れ込み、神戸芸術工科大学大学院に留学。修了後はアニメ製作会社コミックス・ウェーブ・フィルム入社。映画監督・新海誠氏のもとで、映画『君の名は。』など、数々の作品の背景美術を手がける。現在は独立して、個人でインターネットを中心に作品を公開、世界中に多くのファンを持つ。現在は、東京都で活動中。
東京は、建物同士の隙間にも営みを感じる街

――ポーランドご出身のウルバノヴィチさんが、日本に興味を持つようになったきっかけは?
ウルバノヴィチ:ポーランドと日本が共同で運営しているIT系の大学に通っていたとき、日本のアニメやマンガが好きな人たちの勧めで、20代で初めてアニメを観たんです。僕もこういう作品をつくりたいなと思い、一度、日本に行ってみようかなと。
夏休みに友達と一緒に東京や京都をまわってみたんですが、イラストやアニメで見るような景色が日常に溶け込んでいて感動しました。
――初めて訪れたときの東京のイメージはいかがでした?
ウルバノヴィチ:東京は……、初めて来たときには実はショッキングでした。
――ショッキング?
ウルバノヴィチ:僕が育った街だと、高い建物はあまりないし……。戦後につくられたコンクリートのブロックみたいな建物が並んでいる場所が多かったです。

ウルバノヴィチ:それに比べると、東京はカオス(笑)。いろんな形の建物があって、建物と建物の隙間を覗くと、エアコンの室外機があったり、植物が置かれていたり、ママチャリが置いてあったり。窓が開いているところからテレビの音が聞こえることもあります。カオスだけど、どんな隙間を覗いても誰かがいる、元気なところだなと思っていて。
――“建物の隙間”に人の営みがあると。
ウルバノヴィチ:そうですね。建物一つひとつが違うし、新陳代謝がすごく進んでいると感じます。海外では中古物件がほとんどで、メンテナンスしながら100年以上住むことが多いのですが、日本ではこの先の100年、この建物があるのかなーと思うくらい。でもなぜか分からないんだけど、僕が日本に住むイメージはできたんですよね。イラストの勉強を日本でできたらなと思いました。
――それでまずは神戸の大学に進まれたんですね。神戸はどんな街でしたか。
ウルバノヴィチ:日本で初めて住んだ場所としては良かったと思います。坂を上れば山、坂を下りたら港町、みたいな感じで、神戸はすごく分かりやすい街なんです。街は海からの風を受けていて、建物で遮られずに山が見えるし、ちょっと坂を上れば高いところから海も見える。
――情景が浮かびます。そこで、クリエイターとしての技術を学ばれたんですね。
ウルバノヴィチ:そうですね。もともとはアニメではなくマンガを描きたいと思っていたんですが、担当の先生に「きみのマンガはアニメっぽいから、アニメをつくってみなさい」といわれて、卒業制作はアニメにしました。
――その後、東京に出られたのは、就職のためですか?
ウルバノヴィチ:そうです。卒業制作のアニメを新海誠監督が観てくれて、「東京でアニメをつくらないか」と誘われたんです。それで東京のアニメスタジオに入社し、背景美術として4年半くらい働きました。その間に『君の名は。』を始めとした映画の背景を担当しました。
店構えが街の風景をつくる

――東京に出てからの生活はいかがでしたか。
ウルバノヴィチ:自分の生命力を東京に奪われているように感じる日々でした。まったく知り合いがいないなかで、毎日、東京という大きな街とぶつかり合っているようで。
会社のあった麹町のあたりに住まなくてはいけなかったのですが、オフィス街なので賃貸物件が少なくて、僕が住んでいたのもオフィスビルみたいな物件です。心休まる感じはあまりしませんでした。
――孤独感があった東京の生活のなかで、『東京店構え』を描かれたのは、どんな思いからですか?
ウルバノヴィチ:日本の街並みでユニークなのは、それぞれの建物が独立しているところ。僕の住んでいたポーランドを始め、ヨーロッパ、アメリカなどでは建物同士がくっついている場所が多いんです。
日本では小さなお店にはそれぞれキャラクターがあって、それらが集まって街並みをつくっていることに興味が湧きました。大きなショッピングモールのなかに入っているお店もデザインにこだわっていると思うんですが、「お店そのものが街の景観をつくっていること」が大事だと思うんです。
――お店が街のキャラクターをつくるともいえそうですね。
ウルバノヴィチ:そう思います。例えば、空いている土地にお店をつくるとしたら、どうデザインするか、どう売上をつくるかを考えますが、プラスして周りの街並みにどう影響するかも考えなくてはならないですよね。「商店街に馴染めるかな」というのもそうだし、「こういうお店を周りに3~4軒作ったら、この街のイメージがどう変わるのかな」という視点も重要で。
そういうことを考えたうえで、店主がこだわりを込めて表現したお店がすごく素敵で、可愛いと思ったんです。そんな店構えをコレクションしたくて、プライベートで描き始めました。
――描き溜めていくなかで、作品集の出版までになくなってしまったお店もあると聞きました。
ウルバノヴィチ:はい。できれば現役のお店をフィーチャーしたかったんですが、描いている最中に建物自体がなくなったのもあったし、営業停止したところもあって、「これは急がないとな」と思っていました。
高齢の方がやっていて次の世代の担い手がいなかったり、「ここに道路をつくりたいから」「マンションをつくりたいから」といった理由で取り壊されたお店もありました。東京の新陳代謝が早いから、ある程度しょうがないとは思ってるんですけど。

利益や効率だけがバリューじゃない
――新陳代謝の早い東京では、古いものが壊されていき、開発されてを繰り返しています。このまま進んでいったとき、日本の未来についてどう考えますか?
ウルバノヴィチ:僕は街づくりのエキスパートではないから、いちアーティストから見た感想ですが、東京って街並みがどんどん変わっていくけれど、どういう風に変わっていくかは、誰もコントロールしていないと思う。利益や効率に走っている気がするんですね。
今は、「家賃の高い、新しい高層マンションに住むことが成功」みたいになっているけれど、それが唯一のバリューではないという教育が必要だと思います。可愛いお店を作ったり、塾をやったりして、コミュニティを豊かにすることでも街のバリューをつくれるはずなんだから。
――ウルバノヴィチさんは、古いものの価値観や、デザインを大切にされています。なぜ新しいものより、古いものに魅力を感じるようになったんですか。
ウルバノヴィチ:ポーランドにいたころ、「なんで僕が住んでいる街には可愛いお城がないんだろう」と疑問に思っていたんです。第二次世界大戦でまるごとなくなった街もあり、跡地に建てられたのがグレーのブロックみたいな建物でした。つまらない街に思えてしまったし、失われたものがすごく残念だなと。
だから、東京の街が画一的に開発されてキャラクターがなくなることが、もったいないと思ってしまうんです。もちろん耐久性の問題もあるので、すべて残すことが正しいとはいいません。改装するときに古いお店の柱や扉をそのまま使ったり、看板を残したりと、歴史を大切にして欲しいんです。
ディストピアのような未来感

――2019年に出版されたイラスト作品集『東京夜行』では、いわゆる商業施設であったり、ビル街も描かれています。その心境の変化を少しうかがっても良いですか。
ウルバノヴィチ:僕は東京で苦手なところが多いんですが、そこに向き合うために描きました。スタジオジブリの宮崎駿さんは戦闘機や戦車が好きだけど、戦争には反対している。自分でその矛盾に向き合うため、戦争をテーマに『風立ちぬ』という作品を作ったわけですよね。
東京の都心にあるような建物って、描くと未来感やSF感みたいなものが出て、カッコイイんです。でも、僕から見たらディストピア感があった。良い方向に進んでいる文明なのかな、この街から希望や幸せが生まれてくる景色なのだろうかと思ってしまって。
――ウルバノヴィチさんなりの、東京という街への問いだったんですね。最後にひとつ、良いですか。それでも東京に住む理由って何なんでしょう。
ウルバノヴィチ:いくつかあるんだけど、ひとつは、店主の考えを表現している可愛いお店がたくさんあること。
もうひとつは、住んでいる人たちが良い人たちだし、志を持っているアーティストや知り合いがたくさんいること。アート面で元気なのは、東京の好きなところです。
おわりに

「外国人に街並みを見せたときに『日本だ』と分からないとしたら、その国らしさが失われているということだから、それはアウトです」
ウルバノヴィチさんは、外国からやってきたからこその視点で、日本らしい街並みがいかに魅力的かを伝えてくれました。私たちにとっては住み慣れた場所ですが、街並みに対して無頓着になっていたように思います。

野村総合研究所が2018年に発表したレポートによると、2033年には東京の空き家が30%を超えるという予測も出されています。ウルバノヴィチさんは、「空き家を活用する方法はないのだろうか」と続けます。
「『住むところがないから新しい建物をバンバン建てなきゃいけない』みたいなことは、そろそろなくなっていくと思うんです。誰も住んでいない住宅に手を加えたり、おじいちゃん、おばあちゃんがやっているお店を次の世代が継承したりして、問題を解決する方法を模索していく必要があると思います」
目先の利益や快適さにとらわれすぎず、既にあるものを生かすことで、街を未来につなげていく方法を考えるときがきているのかもしれません。
あなたが未来に残したい街並みはありますか?

ライタープロフィール

1986年生まれ。青森県八戸市出身(だけど実家は仙台に引っ越しました)。3人兄弟の真ん中、2人の男児の母。旅行会社、編集プロダクション、映像制作会社のOLを経て2011年に独立し、フリーライター/エディターに。関心分野は家族、子育て、地方など。2020年に地元・八戸へUターン予定。
https://twitter.com/ChihiroKurimoto(外部サイト)
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