PostPetの開発者が『風の谷のナウシカ』のメーヴェを飛ばすまで(後編)

PostPetの開発者が『風の谷のナウシカ』のメーヴェを飛ばすまで(後編)

PostPetの開発者が『風の谷のナウシカ』のメーヴェを飛ばすまで(後編)

前編で自分が本当に楽しいこと、やりたいことを追求してきたと語るメディアアーティストの八谷和彦氏。後編では、メーヴェという空想上の乗り物を現実に作るうえでの困難をどのように乗り越えたのか、また今後の展望についてお聞きしました。

OpenSkyプロジェクト始動

OpenSkyプロジェクト始動
M-02の製作はほぼ手作業で行われました。

OpenSkyとPostPetの繋がり

Gmailをはじめとしたメーラーの登場を機にPostPetは役割を終えていきます。2000年以降メーラーの普及とともにスパムメールの被害が頻出し、世間がメーラーに求めるのは精度の高いスパムフィルターへと変わりました。

当時の八谷氏はPostPetの開発やディレクションなどを行う「ペットワークス」を設立していましたが、少人数体制の同社ではGoogleのような大企業と競うのは難しいと判断しました。ソフトウェアの仕事に限界を感じていたこともあり、新たにやりたいことを模索し始めます。次は物理的な作品を作ってみたいという観点で考えた末、たどり着いたのが飛行機でした。

デジタルツールソフトウェアから飛行機へ。全く関連性がないように見える2つの活動ですが、八谷氏にとっては地続きのプロジェクトでした。

「共通点はどちらもニッチってところです。飛行機ってみんなが存在を知っているほど一般的な乗り物じゃないですか。でも日本では個人でオリジナルの飛行機を作っている人はほとんどいなくて、国産の飛行機や旅客機もありません。それが少し不思議というか面白いというか、飛行機って実はニッチな分野だなと思っていました。

具体的に作るなら1人乗りの飛行機が良いだろう。じゃあ、1人乗りの飛行機でみんなが欲しいと思うのは何かなって考えて、それでメーヴェを作ることにしました」

逆にPostPetのように量産して販売するといったプランは考えなかったそうです。

「例えば、小型車の開発や量産って工場とか人件費とか数百億レベルのお金がかかると思うんですけど、そういうことを小さな企業でやるのは無理がある。良くいわれることですが、試作と量産の間には大きな川があって簡単には渡れないんです。

ただ、一つなら自分でも作れるかな?と思いました。最初の自動車やコンピューターも手作りだったんです。飛行機もそう。新しい物って手作りで1個を作るところから始まるのではと考えています。実はそういう1点限りであれば作れるものは世の中にまだまだいっぱいあって、それを作るのが楽しい」

実現の可能性はゼロではない。しかし、メーヴェ開発の明確なプランがあるわけではありませんでした。

「計画性があってやっているというよりは、行き当たりばったりです。OpenSkyは当時ジェットエンジンの仕事をいくつかこなしている中で超小型ジェットエンジンの性能が向上していることが分かって、じゃあ飛行機を作れるのではと思って始めました。その時その時でやりたいこと、楽しいものを作っていった結果が今ですね」

予算不足や震災によるプロジェクトの中断

空想上の乗り物を現実に作る。メーヴェの実現には多くの壁がありました。

一番大きかったのは予算繰りの問題だったそうです。OpenSkyはPostPetや他社の仕事の売上から予算を捻出していましたが、費用は年々かさんでいきました。予算不足でプロジェクトが中断することも頻繁にあったようです。M-02やM-02Jの開発を一手に担当してくれていた開発会社ともお互いの負担を考慮した結果、M-02Jの完成半ばで別れる道を選びました。そうして、残りの作業は八谷氏が個人で行うことになりました。

しかし、予算不足に悩まされながらもスポンサーをつけることはありませんでした。

「国の補助金やスポンサーをつけないということは当初から決めていました。スポンサーをつけると納期を決め、それを厳守する必要性がでてくるじゃないですか。普通のプロダクトだったらそれで良いですが、航空機でそれは実は危ない。締め切りに間に合わせるためだけに開発を急げば墜落してしまう可能性が高くなってしまうし、墜落は命に関わる。準備が不十分になってしまうような事態だけは避けたかったんです」

安全面からM-02Jのテストパイロットは八谷氏が1人で行っていました。万全を期す必要がある計画だからこそ、他者の力を借りて行わないというルールを自分に課していたようです。OpenSkyプロジェクトを進めるにあたって八谷氏は、あくまでも自分のペースで進めることを大切にしていました。

また、380万円で購入したジェットエンジンが壊れるといったトラブルに見舞われることもありました。修理をしようにもフランスの製造メーカーが倒産していたことが発覚。製造メーカーでなければ修復は難しかったため、エンジンは放棄するしかありませんでした。しかし、八谷氏はそれを逆に好機と捉えて旧エンジンよりも性能の高いオランダの新製品を120万円で購入。トラブルがあったからこそプロジェクトが前進したという面もあったといいます。

そして、2011年の東日本大震災。

機体や工場に直接の被害はなかったものの、プロジェクトは一旦ストップしました。「今やるべき事はなんだろう」「メディアアーティストとしてできることは」。人々が本当に必要としているものを作りたいというこれまでもずっと共通していた思いを基に、八谷氏は作品制作とは違った活動を始めます。

当時八谷氏が行った取り組みの一つが、手作りガイガーカウンターの調整や正しい測定方法を学ぶワークショップ「ガイガーカウンターミーティング」です。2012年の夏頃まで、八谷氏は自身の活動を通じて被災地の支援を行いました。

そうして様々な問題やトラブルがあった間にも、OpenSkyの開発を完全に止めることはなかったそうです。気づけば制作期間は延べ10年以上の月日が経っており、結果的にかかった費用は9,000万円を超えていました。

「2020年の現時点では1億円は超えています。でも1億円って累計ではそんなに大きくないですよ。なにしろ期間が17年かかっているので1年単位でみれば数百万円ですし、全く新しい有人の航空機を作るプロジェクトとしてはむしろ格安です」

インタビュー中、八谷氏は予算などとくに気にしていない風に飄々と語りました。また、プロジェクトを中止しようという考えもなかったといいます。

「予算がないときは保留にして、別で稼いでから再開すれば良い。時間がないときは時間ができたときにちょこちょこやれば良い。色々な出来事があって何度も止まることはあったけれど、ある種趣味みたいなプロジェクトなので、完全になくすことは考えていませんでした」

予算や期限にとらわれることなくやりたいことを追求した結果、2013年についにメーヴェは実現しました。航空局に試験飛行の申請をしていたM-02Jが2013年7月に許可され、その後現実の空を飛んだことでOpenSkyは一旦のゴールを迎えます。

OpenSkyの今後の展望

OpenSkyの今後の展望

「夢の乗り物を作るというよりも、夢を実現できるという例を作りたかった。夢を夢じゃなくすってことですかね。いつか子どもたちが何かとんでもないものを作りたいと考えたときに、メーヴェを開発した僕みたいな人をネットで見つけて、じゃあ自分の夢も叶えられるはずだと背中を押すような作品をやりたいとずっと考えていました」

たとえ時間はかかっても諦めずに取り組めば、空想上の創造物でも現実に作ることができるという証明。このことを達成した八谷氏は、次はメーヴェに乗りたいという子どもたちの夢を叶えてあげる段階と語ります。

「量産は考えていないけれど、実はあと5〜10機くらいは欲しいなって思います。オリジナルが一機しかなかったら、僕が乗らなくなったら、もうこの機体に乗れる人がいなくなってしまうのってもったいないじゃないですか。それに飛行機って、丁寧に扱えば寿命がとても長い乗り物なんです。グライダーとかでも1970〜80年代に作られた機体に乗っている人もいるくらいずっと残しておけるから、メーヴェも複数作って残しておけたらなって思っています。

もしも複数機作れるとしたら、M-02Jで飛行するスクールも作りたいなと考えています。お金はかかるし採算が取れるかも分からないけれど、これは死ぬまでにやってみたいことの一つですね」

そもそもOpenSkyを通じて収益を得るということは考えていなかったといいます。メーヴェが完成した今も、機体で広告費を稼ぐつもりはないそうです。

「まだ自分のフライトスーツにロゴを書くらいなら良いですけどね。世の中、多くの人が採算取れるかとかリクープできるかをゴールにしすぎていると思います。多くの人は利益の出ない仕事を仕事じゃないと思っているかもしれないけれど、日本人のなかで数人くらいは、全然儲からない開発プロジェクトをしても良いのではないでしょうか。実は多くのクリエイティブな物は、元々は採算性から外れた発想から生まれてきているわけですから」

「次はロボットを作ってみたい」

「次はロボットを作ってみたい」
八谷氏(左)とPostPetのキャラクター「コモモ」のロボット(右)

取材中、八谷氏は構想中の大人を抱え上げてくれる「抱っこロボット」の資料の一部を見せてくれました。

「大人を高い高いしてくれるロボットが欲しいなって10年くらい前から思っています。赤ちゃんと親の関係をひくまでもなく、他者に身を委ねられる信頼関係の形って愛そのものじゃないですか。だから、大人を抱っこできる大型のロボットが作りたい」

また、PostPetのスマホ版も現在プロジェクトが進行中とのこと。

「コロナの影響で人と人が触れあうのが難しい世界になっちゃったわけじゃないですか。哺乳類って接触がないとつらい生き物だと思っていて、そのためか今、動画サイトで動物のコンテンツが盛り上がっている気がしています。前から動物を使った作品には興味があったけれど、一方でPostPetもまた復活させたいな、と考えていて」

昨今、社会の仕組みはめまぐるしく変化していきます。それは新しいビジネスチャンスであると同時に、自分たちが幸せに生きるために必要なのは何かを考え直す、良い機会なのではと八谷氏は話します。

「みんなが幸せについて考えたとき、今後はペットとか動物を求めるようになるのかもしれないと思っています。だからこそPostPetを動物と人間の関係という観点からちゃんと考えて作り直したいなと。抱っこロボットも、たとえ機械でも愛は感じられるのかもしれないから作ってみようと考えています。

アーティストって自分の作品を社会がどう感じるのかを、あまり意識していないところがあると思います。一方でマーケッターやエンジニアは実用性や売上といった観点にとらわれている節がありますよね。でもこれって両方ともちょっと極端だと考えていて、その中間にこそ豊かな選択肢があるはずです。まだまだ作られてない、でもみんなが心から欲しいモノが実は世の中にはたくさんあって、それを一個ずつ作っていくのが自分の仕事かなと考えています」

自分もほかの人も欲しいと思う作品。八谷氏の活動には常に他者の願いがありました。そしてOpenSkyにもただ物語のなかの乗り物を作ってみるのではなく、「夢を実現させるのは難しくない」という八谷氏自身のメッセージも込められています。漠然とした1億人ではなく自分が目の届く範囲にある3,000人が想う「あったら良いな」を実現させてきた八谷氏の創作物は、むしろニッチであるからこそ、今後も強く人を惹きつけていくのかもしれません。

この人に聞きました
メディアアーティスト 八谷和彦氏
メディアアーティスト
八谷和彦氏


九州芸術工科大学(現九州大学芸術工学部)画像設計学科卒業、コンサルティング会社勤務。その後(株)PetWORKsを設立し、現在にいたる。作品に《視聴覚交換マシン》や《ポストペット》などのコミュニケーションツールや、ジェットエンジン付きスケートボード《エアボード》やメーヴェの実機を作ってみるプロジェクト《オープンスカイ》などがあり、作品は機能をもった装置であることが多い。2010年10月より東京芸術大学美術学部先端芸術表現科准教授。
ライタープロフィール
笠木 渉太
笠木 渉太
主にマネー系コンテンツ、広告ツールを制作する株式会社ペロンパワークス・プロダクション所属。立教大学卒業後、SE系会社を経て2019年に入社。主にクレジットカードやテック関連のWEBコンテンツ制作や企画立案、紙媒体の編集業務に携わる。

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