PostPetの開発者が『風の谷のナウシカ』のメーヴェを飛ばすまで(前編)

PostPetの開発者が『風の谷のナウシカ』のメーヴェを飛ばすまで(前編)

PostPetの開発者が『風の谷のナウシカ』のメーヴェを飛ばすまで(前編)

メディアアーティストの八谷和彦氏は15年以上の年月をかけ『風の谷のナウシカ』に登場する飛行具「メーヴェ」の制作に取り組んできました。メールソフト「PostPet」の開発者でもあった八谷氏はなぜメーヴェの実現をめざしたのかお話を聞きました。

17年かけて実現させたメーヴェでの飛行

17年かけて実現させたメーヴェでの飛行
米国オシコシ「EAA AirVenture OshkoshEAA2019」でのテストフライトの様子。

「メーヴェ」とは著名なアニメ・漫画作品の『風の谷のナウシカ』で、主人公が操る飛行具です。ジブリファンだけでなく一般でも有名な自由を象徴する夢の乗り物であり、自由自在に大空を駆けるメーヴェの白い機体に憧れを抱いた読者の方もいるのではないでしょうか。

2003年、メディアアーティストの八谷氏はそんなメーヴェを夢で終わらせないために、飛行を目的としたプロジェクト「OpenSky」を始動しました。以来十数年にわたってプロジェクトは続いていきます。エンジン込みで制作費300万円をかけたラジコン模型に始まり、ゴムが縮む勢いを推力に利用する「M-02」の開発、そして2013年にはジェットエンジンを搭載した試作機「M-02J」が完成しました。

M-02Jは国内で何度もテストフライトを行っているほか、2019年にはアメリカのオシコシで開催された航空ショー「EAA AirVenture Oshkosh」にも出演を果たしています。

「EAA AirVenture Oshkosh2019」

M-02Jの完成、そして実際の飛行に成功して一旦のゴールを迎えたというOpenSky。そもそもなぜ架空の乗り物であったメーヴェの開発をこころざすことになったのかを尋ねると、八谷氏は「昔から、シンプルに自分がやるべきことを大切にしてきただけ」と飄々と話します。

メディアアーティストとしての八谷和彦

メディアアーティストとしての八谷和彦
オシコシでのフライトチームと撮影された写真。(写真中央が八谷氏)

学生時代からニッチで細い道を歩いていた

「なるべく本当にやりたいことや楽しいことが何なのか自分自身を見つめて、それが自分の時間を占めるのが幸せな人生を送るうえで大切だと思うんです。自分はそのことを実践しているだけです」

そう語る八谷氏は、これまでに見えている世界や聞こえている音を相手と交換する「視聴覚交換マシン(外部サイト)」、SF映画に登場する「エアボード(外部サイト)」など、メディアアーティストとして数々の作品を世に送り出してきました。

しかし、学生時代からメディアアーティストの道を歩んでいくと決めていたわけではありませんでした。

高校生までは器械体操に取り組み、その後は九州芸術工科大学に進学。一見すると脈絡が無いように思える道のりにはマイナーで競技人口の少ない、細い道を歩くのが好きという思いが一貫してあったそうです。

「例えば野球やサッカーみたいに競技人口が多いとどうしても競争が激しくなるでしょう。また団体競技は責任が分散されるというか、1人の努力でどうにかなる世界ではないですよね。その点、個人競技である器械体操は自分の頑張り次第で結果を変えられる。成果が個人に返ってくるのは職業として選んだアートにも共通していて、そういうところが性に合っていると感じていたんです」

もらった名刺を並べて楽しそうな方を選んで独立

大学卒業後は企業の中長期戦略の考案やロゴの刷新を請け負う、CI(コーポレートアイデンティティ)コンサルティング会社に就職。この業界を選んだのにもやはり「細い道を歩くのが好き」という理由があったそうです。

「大企業より小さな会社なら仕事の流れを俯瞰できるので、早く一人前になれるかなと思って。この会社員時代の経験はビジネスプランを作ること、つまり事業の総予算や経費見積もりなど、OpenSkyやほかの作品制作にとても役立っています」

一方で、会社員として働きながら1993年に視聴覚交換マシンでデビューを果たして以降、ときどき個展を開くなどメディアアーティストとしても活動をしていました。作品づくりに没頭するのは楽しい。しかし、会社に勤めながらいくつか作品を発表していくうちに、2つの生活を続けるのは徐々に体力的な制限を感じ、改めて自分の道をどうすべきか考えたそうです。

「人が全力で仕事できる期間というのは20代後半から30代半ばの10年くらいだという予感はあったんです。それに体力的な制約だけでなく、時間の使い方は幸福度に関係するという考えは当時から持っていて、それなら自分の全力を出せる時期を、なるべく好きなことを実現するための仕事として実践した方が、もっと幸せになれるのかなって思い始めたんです」

その後、メディアアーティストとしての独立を決断して7年間在籍した会社を退職します。最終的にはどのようなことが後押しとなったのでしょうか。

「サラリーマンとしてもらった名刺と、社外でアーティストとして活動しているときにもらった名刺、両方を机に並べてみたんです。『どちらの人と付き合っていきたいかな?』『どちらの世界に身を置きたいかな?』と改めて見比べてみて、面白そうだなと思ったのがやはり『アーティスト』の道だったんです。独立に対する意識のハードルとかはとくになく、ただ後悔しないように生きようという思いが強かったですね。あと、給料で貯めた貯金も多少はあったし」

どのような人と一緒にいるかでも仕事の楽しさは変わる。ここにも、楽しい時間で人生を満たしたいという八谷氏ならではの考えがあったようです。

PostPetの誕生

PostPetの誕生
実際のPostPetの画面。ペットがメールを届けに訪ねてきます。  © 2020 Sony Network Communications Inc.

独立後、サラリーマン時代の商品開発の経験を活かし、メディアアーティストとして商品を作ってみようと取り組んだのが「PostPet」でした。

知らない方に向けて説明すると、PostPetとはペットがメールを配達してくれたり、ペットの育成などができたりする電子メールクライアントです。インターネット黎明期の1997年に販売された後、累計出荷数1,500万枚という大ヒットを記録した同ソフトは多くのファンを生みました。読者の方のなかにも、過去にPostPetを利用していた方は多くいるのではないでしょうか(公式サービスは2010年終了)。

当時は現在のようにメールやメッセージツールなどが普及しておらず、メーラーも素っ気ないデザインの事務的な製品がほとんど。そこで八谷氏は「ペットがメールを届けてくれるサービスがあれば面白いだろう」と、PostPetの開発に着手しました。

「マーケットを全く意識していないわけではないけど、こういうニーズがあるからコレを作るという細かな戦略を立てていたわけではありません。この時も自分や自分の友達が使う前提で、『どういうメーラーだったら毎日使うか?』という視点で企画を進めていました」

自分が本当に楽しいこと、やりたいことを追求する。ただし八谷氏のスタンスがユニークなのは、だからといって個人の欲求を満たすためだけの作品や1人だけで完結する世界を作るわけではなく、周囲の人の反応をみて、きちんと手応えのある、身近な社会から求められているものを作るという点にあります。

例えば、社会的にどれくらいのニーズがあるかを考えるときには、自分のなかである基準を思い浮かべるそうです。

「1億人に受け入れられるものより、3,000人くらいはファンができるだろうというところにフォーカスして作っています。広く浅くではなく、どちらかというと狭く深く。極論、アートはお客さんが1人でも構わないという世界なんです。でも、それはさみしいし資金的にも失敗のリスクが高いので、世の中には少なくとも3,000人くらいはこれを好きな人がいるはず、とかを狙うことが多いんですね。

でも、自分が手応えを感じる範囲で3,000人のニーズを実感できるということは、結果的に日本全国に広げれば好きになってくれる人はもっといるだろうと思っているんです。ただ、最初から大きな規模は狙わない。ユーザー1人1人の姿が想像できる、それくらいの規模感の市場を意識しながらちょっとずつやるのが好きですね」

ただ利潤を追求する一般的なプロジェクトと比べると、3,000人という市場規模は大きいとはいえません。それでもPostPetが想定していた何倍もの人気を博したのは当初から大ヒットではなく、狭くて深いニーズに向けて作られたという理由もあるのかもしれません。そしてニッチな需要を満たし続ける八谷氏の活動は、この後のOpenSkyのヒントにもなりました。

後編では、メーヴェの開発に取り組み、実際に空を飛ぶまでの過程についてお聞きします。

この人に聞きました
メディアアーティスト 八谷和彦氏
メディアアーティスト
八谷和彦氏


九州芸術工科大学(現九州大学芸術工学部)画像設計学科卒業、コンサルティング会社勤務。その後(株)PetWORKsを設立し、現在にいたる。作品に《視聴覚交換マシン》や《ポストペット》などのコミュニケーションツールや、ジェットエンジン付きスケートボード《エアボード》やメーヴェの実機を作ってみるプロジェクト《オープンスカイ》などがあり、作品は機能をもった装置であることが多い。2010年10月より東京芸術大学美術学部先端芸術表現科准教授。
ライタープロフィール
笠木 渉太
笠木 渉太
主にマネー系コンテンツ、広告ツールを制作する株式会社ペロンパワークス・プロダクション所属。立教大学卒業後、SE系会社を経て2019年に入社。主にクレジットカードやテック関連のWEBコンテンツ制作や企画立案、紙媒体の編集業務に携わる。

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