皆さんは、つい応援したくなってしまう若者はいますか?
テレビに映るアイドルやアスリートだけではなく、例えば近所に住む少年や、行きつけの店でバイトをする少女が少しずつ成長していく姿を見て、心動かされた経験がある方は少なくないはず。
若者の成長に喜びを感じ、応援したくなる気持ちは、誰しも共通のものかもしれません。そして、そんな「応援したくなる若者」を日本全国で増やそうとしているのが、NPO法人「サンカクシャ」の荒井佑介さんです。
「社会参画」という言葉に由来する団体名「サンカクシャ」に象徴されているように、学校や社会に馴染めない若者に、居場所や大人との交流、働くための機会を提供している荒井さん。「貧困」や「孤立」といったネガティブな言葉で語られがちな社会課題に、「若者も大人も、一緒に楽しめる」ことを大切にしながら切り込むのは、いったいなぜなのでしょう?
サンカクシャが描く未来を知るために、荒井さんに話を聞きました。
【この記事で想像できる未来】
理想:
学校や社会に馴染めない若者が、楽しく自立できるようなコミュニティが各地に生まれている。
実現:
若者の居場所や社会参画の拠点を全国各地につくる。
もしかしたらの未来:
応援したくなってしまう若者に、あなたの街で出会える。
プロフィール
荒井佑介(あらい・ゆうすけ)さん
NPO法人サンカクシャ代表理事。1989年、埼玉県出身。大学時代に始めたホームレス支援をきっかけに、子どもの貧困問題に関わり始める。生活保護世帯を対象とする中学3年生の学習支援に長く関わっていたが、高校進学後、中退・妊娠出産、進路就職でつまづく子達を多く見たことから、NPO法人サンカクシャを立ち上げる。
若者の居場所となる「タマリバ」
――サンカクシャの運営するサンカクハウスの写真を拝見しましたが、漫画やボードゲームがたくさん置いてあって、友達の家に遊びに来たような感覚になりそうですね。
荒井:ありがとうございます。サンカクハウスのコンセプトは、まさに「友達の家のような場所」。若者たちが集まって、思い思いにくつろげる空間をつくっているんです。
今日はまだ若者たちは来てないですが、普段は週のうち平日2日と土日の計4日、10時から21時まで開いていて、昼食と夕食は無料で食べられるようにしています。
※現在は新型コロナ感染症対策として、オープンは週3日のみ。感染予防を徹底し、人数制限を設けて開催しながら、並行してオンラインでの対応も行なっています

――机には、iPadやキーボードも並んでいましたが。
荒井:若者が作業するためのものです。サンカクハウスはくつろぐだけじゃなく、パソコンを使った軽作業やチラシの封入など、サンカクシャが企業から請け負った仕事に若者がアルバイトとして取り組める場所でもあるんです。2階はくつろげるリビングですが、3階は作業スペースになっているんですよ。
――なるほど。「サンカクシャ」では居場所だけでなく、働くための機会も提供しているんですね。
荒井:そうですね。「サンカクシャ」の活動をあらためて説明すると、僕らは学校や社会に馴染めない15歳から25歳の若者が、社会で生きていくために経験値を獲得できる機会をつくっています。
僕たちは活動を主にふたつにわけています。一つは、若者が仲間と出会う居場所である「タマリバ」の運営。もう一つが、若者がなにかにチャレンジする機会をつくる「サンカク」です。
――それぞれについて詳しく聞かせてください。まず、「タマリバ」というのは?
荒井:まさに「サンカクハウス」がそうなんですが、若者が仲間たちと楽しく、自分の道を探していける場所です。
若者たちのなかには、家庭環境の問題などによって心を閉ざしていたり、働くことに対してポジティブなイメージが持てずに、自分の将来を諦めてしまう若者がいます。そうした若者は周りとの関係性が乏しくなってしまい、社会から取り残されたり、進学・就職でうまくいかなかったりすることが多いんです。
そうした若者の社会参画のためには、「仲間たちが、気が付くと集まっているようなたまり場」が重要なんですよね。そういう場があると、お互いが自然と支え合う関係性が生まれるんです。
なので「サンカクシャ」でも、気軽に話したり、ただ楽しい時間を共有したりできる場として「タマリバ」をつくりました。現在は豊島区の要町と文京区の本郷で、2つの拠点を運営しています。

――塾のように、勉強する場とはちょっと違うんですね。
荒井:僕は以前所属していたNPOでも子どもの学習支援に携わってきたんですが、つくづく思ったんです。勉強に対して抵抗感のある若者が大半だなと(笑)。
「タマリバ」では過ごし方は自由。テレビを観ても良いし、漫画を読んでも良いし、喋っていても良いし、料理をしても良い。「なにか好きなことをしても、なにもしなくても良い場」なんです。
若者の社会参画の機会を提供する「サンカク」
――では、もうひとつの活動である「サンカク」というのは?
荒井:「タマリバ」で過ごす若者は、自分の居場所ができるなかで、だんだんと進路について考えるようになるんです。そのタイミングでサンカクシャは働く機会の提供など、自立のためのサポートもします。それが「サンカク」です。
例えば、サンカクシャの取り組みに共感してくれた企業の方が、チラシの封入やデータ入力などのバイトを発注してくださるんです。そうした作業に、若者たちがサンカクハウスの3階にあるスペースで取り組んでいます。

――でも、くつろげるスペースがあったり遊ぶ仲間がいたりすると、仕事より遊ぶ方を選んでしまう気もするのですが。
荒井:それが不思議と、友達が隣で楽しそうにバイトをしている姿を見て「自分もやりたい」といい出すんですよ。もちろんくつろぐだけでもOKなんですけどね。潜在的には働きたい、人の役に立ちたいみたいな気持ちを持っていたり、進路のことを何か考えなくてはと思っているからなのかなと。
あとは、企業と連携して進路相談会や社会人と交流できるご飯会をたくさん開いているので、多様な大人に触れて刺激を受けることもできます。
――企業の皆さんも協力してくれているんですね。
荒井:そうですね。若者が活動する場所を安価で提供してくださったり、社会人との交流の機会をいただいたり、仕事をいただいたりと、様々な形で協力していただいています。
「サンカクハウス」の若者ってすごく真面目に働くので、「また仕事を頼みたい」っていってくださる方も多いんですよ。今は人手不足の時代っていわれますけど、「仲間と機会があれば、活躍できる若者がこんなにいるんだ!」って発見が、企業の方にはあるみたいですね。
15歳から25歳の若者に、サポートが届いていない

――これらの活動は、なぜ15歳から25歳を対象にしているんでしょう?
荒井:17歳以下の子どもの7人に1人が貧困(※)といわれるように、日本では「子どもの貧困」が課題です。でも実は、義務教育後の15歳から25歳の年代の若者も、大きな課題を抱えていると僕は思っているんです。
※出典:平成28年 国民生活基礎調査
というのも、義務教育の期間を終えると、途端にサポートが十分じゃなくなるんですよね。行政の支援も途切れてしまうし、地域の人たちからしても、思春期の若者は関わり方が難しい。なにか手を差し伸べても敬遠されてしまいがちで。
あとは本人も、15歳から25歳くらいだとまだ就職を真剣に考えていないことが多いんです。でも20代半ばを過ぎると、ブランクが長くなったり、年齢が高くなったりすることへの本人の焦りが大きくなっていく。なのに、そうなったときに就労支援機関のサポートが届かないんです。
――その結果、15歳から25歳の若者が孤立してしまいがちなんですね。
荒井:ええ。周囲のサポートがなくなった結果、若者は社会との接点を持てず、働くイメージを持てなくなってしまうことも問題だと思っています。
昔なら、近所のお兄ちゃんお姉ちゃんなど、身近にロールモデルがいて、「社会で働くってこういうことなんだ」っていうイメージが持てたはずです。でも、今の都市ではご近所の関係性が希薄になって、ロールモデルも持ちにくいと思うんですよね。
そうした背景もあって「サンカクシャ」では、15歳から25歳の若者を対象に、社会との接点をつくる活動をしているんです。
仲間と一緒に、社会とのつながりを取り戻す

――「サンカクハウス」には、何人くらいの若者たちが来ているんでしょう?
荒井:だいたい60人くらいで、その多くが学校や社会に馴染めない若者たちです。何度も訪れているのが30人くらいで、ほぼ毎日来る若者が10人ちょっといますね。
サンカクハウスのある豊島区内の若者が多いですけど、遠いところでは湘南や八王子から来る人もいますよ。もともとこの辺りに住んでいて、遠方に引っ越したけど、ここが気に入っているから通い続けてくれているんです。
――かなり遠くからも。どんな若者が多いですか?
荒井:ここに来る若者の多くが、新しい人間関係を作ることが苦手で、バイトを始めてもすぐ辞めてしまった経験があるんです。そういう経験があると、「自分は役に立たない人間なんだ」って、自信を失ってしまうんですよね。
あとは、働くことのイメージが湧かない若者も多いです。なかには「スーツを着てる人を見たことがない」っていう人もいますね。「さすがにそんなことはないだろう」って思いますけど(笑)。

荒井:実際には「働く」って、会社に勤めることだけがすべてじゃないですよね。けれど、なんとなく「自分は会社に勤めるイメージが湧かないから、働くことが向いていないんだ」と思ってしまって、働くことについて考えることを放棄してしまう若者も多いんです。
――そんな若者がサンカクハウスに通うと変わっていくんですか?
荒井:そうですね。ここでは安心できる仲間と一緒に楽しく働くことができるので、だんだんと「自分も働けるんだ」って自信がついてくるんです。
最初は人と話すだけで震えてしまうような若者が、友達の影響でチラシの封入のバイトを始めて、だんだんとほかの作業もできるようになって。「自分が働けるなんて思ってなかったけど、ようやく人の役に立てる人間になった気がする」って、めちゃくちゃ喜んでいたこともありました。
――それは大きな変化ですね。
荒井:はい。サンカクハウスにはフリーランスや経営者の大人も来て、若者たちと交流することも多いんです。そこから「世の中にはこんな働き方をしている人がいるんだ」って発見があるのは、若者にとって大きいんじゃないでしょうか。
「かわいそう」より「楽しい」と伝えたい
――「サンカクシャ」では「若者の経験値を上げる」という言葉を使っていますよね。「経験値」というのは?
荒井:「サンカクシャ」では、活動をロールプレイングゲームのように捉えているんです。「働くための訓練」っていうと楽しくなさそうじゃないですか。だからゲームみたいに、「経験値を上げる」っていっていて。
進路や就職のことを考えて、色々なことに取り組むっていうよりは、楽しいことをやっているうちに経験値が溜まって、気づいたら成長してた……というような流れをめざす方が、若者も積極的に参加したくなると思うんです。

――従来の「子どもの貧困」に対するアプローチとはずいぶん違うように思います。
荒井:あまり社会課題の色を出しすぎない方が良いと思ってるんです。例えば「貧困」とか「虐待」とか「孤立」みたいな言葉を、僕たちは使いたくない。
「孤立」なんていうと、すごく大変そうなイメージがあるじゃないですか。でも若者たちからすると、「孤立してる」って言わてもピンとこないわけですよ。彼ら・彼女らにとってはそれが日常なので、「別に孤立してないよ」って反応になるんです。
彼ら・彼女らに対して「孤立していてかわいそう」っていう態度をとったら、距離ができてしまう。僕らは支援者じゃなく、同じ目線で話すことを意識しています。そうすると、距離も縮まるんですよね。
それに僕らとしては、「支援」って言葉もあまり使いたくなくて。
――どうしてでしょう?
荒井:若者からすると「支援されることの重さ」があるんです。つまり「自分は支援されている」と思うと、どこかで「自分がダメな存在だから支援されているんだ」というメッセージを受け取ってしまう。
だからサンカクシャをサポートいただく方にも、「この若者に支援が必要なんですよ」という伝え方はしていません。そうではなくて、「若者が楽しい活動を始めるので、仲間になりませんか?」って伝えています。
大人も、「かわいそうな若者を支援している」というより、「若者と一緒に楽しい活動をしている」というイメージを持てたほうが、気持ちよく関わることができると思うんですよね。

荒井:みんなで楽しく活動をした結果、社会課題と呼ばれるものが気づいたら解決されていた……っていうアプローチが個人的にも好きです。なので、「かわいそうさ」ではなく「楽しさ」を伝えて、共感してくれる人の輪を広げていきたいんですよね。
若者が楽しく自立できるようなコミュニティをつくりたい
――最後に、荒井さんのめざす未来を教えてください。
荒井:若者が楽しく自立できるようなコミュニティが、日本各地にある状態をつくりたいですね。
仲間とのつながりができて、仕事ができて、応援してくれる人とも出会える。そんな場所が各地にあったら、学校や社会に馴染めない若者もその街で暮らしていけるはずなので。
そのために、これから拠点を広げていく予定です。今は東京の要町と本郷に拠点がありますが、7月には駒込にも新しい拠点がオープンしました。
駒込の拠点では居場所のほかに住居スペースも設けて、5人くらいは住めるようにします。フルタイムで働くのは難しい若者が、家賃3万円くらいで住んで、月に15万円くらい稼いで自立するモデルをつくれたらなと。
生活コストを下げつつ、居場所を持ち、仕事をして社会ともつながりを持つことができれば、月15万円の稼ぎでも結構豊かに生きていけるんじゃないのかな、と思っているんですよね。

荒井:あとは「サンカクシャ」のグループ会社をつくることも考えています。
――グループ会社を?
荒井:はい。「サンカクシャ」の活動に参加する若者って、一人で就職するのは難しいんですけど、ここにいる仲間と働けばめちゃくちゃ頑張るんですよ。だったら、会社をつくってしまっても良いかなと。
ウェブの広告運用や清掃の仕事など、共感してくださる経営者の方がお仕事をくれるので、それを請け負って、雇用を作っていく。若者が自分たちでやりたいっていい出せば、そのまま経営もやってもらっても良いと思っているんです。
――若者にとってもチャレンジですね。
荒井:僕も若者と、これまでやったことがないことにチャレンジするのが楽しいんですよね。みんながちょっと焦りながら、でも楽しそうな顔をしながら取り組んでいるのを見るのがなによりの喜びで。
「孤立した若者を支援する」というより、「一緒に仕事をつくっていく」方が楽しいじゃないですか。だからこれからサポートしてくださる方にも、「楽しいから一緒にやりましょう」って伝えたいですね。
ライタープロフィール

生き方編集者。生き方をテーマに、編集、執筆、ワークショップデザイン、キャリアカウンセリングに取り組む。関心領域はキャリア、ライフスタイル、ソーシャル、ローカル。関わっている取り組みは、「グリーンズ求人」「Proff Magazine」など。
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