課題の多い介護の未来を見据える
老後のこと、どれくらい想像できていますか?
公的年金以外にも老後資金は2,000万円必要だとか、人生100年時代で“長すぎる老後”になっていくだとか……。それ以前に、親の介護も必要になるかもしれない……。課題が山積みなのは分かっていても、介護について考えることを先送りにしている現役世代は少なくないはずです。
その間にも時は進んでいて、2025年は団塊世代が75歳以上の後期高齢者となる、大きな節目。日本が「超高齢化社会」へ突入する2025年問題は、あと5年後まで迫ってきている……!
人材不足や社会保障費の急増など、課題ばかりが目につく介護の現状を、20代・30代の若い人々を中心にポジティブに変えようとしているのが、株式会社Blanket代表取締役の秋本可愛(あきもと・かあい)さん。

次世代リーダーのコミュニティ「KAIGO LEADERS」の運営のほか、採用支援、人材育成、企業への研修、行政のプログラムなども行う、介護業界の若手経営者です。
秋本さんは、介護業界にいる人だけでなく、私たちも早くから介護に接点を持つことが、“人生を諦めないことにつながる”と話します。現役世代は何を考え、何を話し合っておけば良いのでしょうか。
【この記事で想像できる未来】
理想:
介護のマイナスなイメージをプラスに変えていく。
実現:
若きリーダーたちが活躍する社会に。
もしかしたらの未来:
早めに介護に関心や接点を持つことが、楽しい老後につながるかもしれない未来。
プロフィール
株式会社Blanket代表取締役
秋本可愛さん
日本最大級の介護に志を持つ若手のコミュニティ「KAIGO LEADERS」発起人。2013年、株式会社Join for Kaigoを設立。2020年5月、株式会社Blanketへ社名変更。厚生労働省の介護人材確保地域戦略会議に有識者として参加。第11回ロハスデザイン大賞2016ヒト部門準大賞受賞。2017年より東京都福祉人材対策推進機構の専門部会委員に就任。第10回若者力大賞受賞。
介護を“自分ごと化”することで人生の選択肢が増える

――介護についてポジティブなイメージを持てず、できればやりたくないと考えている人は多いと思います。現役世代でも介護を“自分ごと”として捉えることには何が必要でしょうか?
秋本:この領域にいる私ですら、自分の親の介護となると直視したくないので、気持ちは分かりますが……。まだ元気な親や、ましてや自分が介護される立場になるなんて、遠い未来のように感じるし、“老い”や“死”に目を背けたくなりますよね。でも、目をそらしていって急に当事者になったら、混乱したり、選択肢が限られたりすることがあるんです。
家族の介護が必要になったときに、相談先を知っておくとか、「まずは要介護認定を受ける」みたいな基本的な知識があるだけでも、その先の未来を描きやすい。
また、家族だけで背負うのではなく、専門的な介護が介入することで、「歩けなかった人が歩けるようになった」とか、「病気で寝たきりだった人が、温泉旅行に行けるまで回復した」といった例はあって。
――専門的な介護を受けることで、そんなに回復することもあるんですね。
秋本:はい。介護の領域って、「家庭のなかでなんとかしなければ」というイメージが根強いかもしれないですが、実は専門的な知識も必要なんです。
介護職というと、衰えていく人を支える、寄り添うイメージですよね。“衰える=可能性を諦める”と捉えられがちですが、その人の可能性を信じて関わることによって、その人自身の良さを引き出す専門職でもあるんです。適切に介護を受けると、人生を諦めなくても良くなるし、誰かの役に立ち続けられたり、挑戦し続けられたりする。
ですので、介護を“自分ごと”にできる人が増えるほど、家族や自分の人生を諦めなくてよくなるといえると思います。
どういう最期を迎えたいか、家族と話しておくことが大切

――介護では家族の存在も切り離せないと思いますが、家族の意向が本人の希望と違う場合もありそうですよね。
秋本:家族としては「長く生きて欲しい」という気持ちが強いケースが多いと感じます。本人に意向を聞けていれば良いのですが、認知症や寝たきりになると、なかなか難しい。だから家族の判断が尊重されるんです。
医療でも、介護でも、その方の安心・安全を重視して、その方の意向を制限せざるを得ない場合もある。でも、好きなものを食べられない、自由に動けないなかで、ただ生存期間を長くすることだけが本当に幸せなのか、問い直す時期に差し掛かっているように思います。
好きなものを食べて、好きなことをやるって、もちろんいろんなリスクがあるんですけど、自分の意思で選べるようになっていくと良いですよね。
――本人の意思を尊重するために、家族としてできることはどんなことでしょうか。
秋本:うーん……、日頃からどうありたいかを、家族でしっかり会話することですかね。
例えば、「どこで最期を迎えたいか」とか、「胃ろう(栄養を摂るためのチューブ)をつけるかつけないか」といった選択肢に直面することがあって。本人がどうしたいか、家族としてそうしたいか、あとはお金や物理的負担のことをふまえて話し合うと良いと思います。

――家族の介護という視点でいうと、介護離職などの課題もあります。家庭のなかで完結させようとするのではなく、専門的な介護を受けることの重要さをお話しいただきましたが、社会全体で介護を支えていくにはどうすれば良いでしょう?
秋本:家族だけで支えるのには限界がきていることに、みんな気づき始めていますよね。徐々に、介護離職の文脈で“企業のありかた”が問われてきていると感じます。
最近では大手の百貨店さんの依頼で、「介護と仕事の両立」をテーマにした社内向けのワークショップを行ったんですが、社員の一定数が介護していたり、これから介護するかもしれない人たちが働いていることに、企業も向き合い始めているんです。少子高齢化で人材が得にくい状況のなか、介護と直面する社員など仕事以外の側面にも配慮していく必要性が増していると思います。
――企業も介護離職を無視できなくなっているんですね。
秋本:そうですね。同時に、いろんな産業が福祉を無視できなくなってきているとも思います。例えば、ローソンが居宅介護支援事業所を併設したコンビニをオープンしたとか、車いすのままでも乗車可能な最新車の開発が進んだりとか。
育児でいうと、国会議員が育休をとったことがニュースになるなど、ポジティブに捉えられていますよね。でも、介護に関してはネガティブなことと捉えられていて。会社の理解が得辛いからと、親の介護をしていることを周囲に隠している人もいます。だからこそ、人材を大切にするために企業のありかたが変わっていくってことが、社会で介護を支えるための第一歩かもしれません。
リアルの熱量が自分を動かす

――秋本さんが介護される側になったときに、介護を取り巻く環境はどのように変わっていたら良いと思いますか?
秋本:介護が必要になる、ならないに関係なく、ずっと自分がやりたいことをやれる環境にいたいなと思っています。できることなら、すべての人が希望を語れる社会にしていきたいですし。
――そういった希望を語れない人も多い社会だと思うのですが、秋本さんは、明るい未来を信じて突き進んでいる人ですよね。その源泉には何があるのでしょうか。
秋本:私は……多分ふたつあって、「可愛」って名前からも分かるように、幼少期から可愛がられて育ってきたんです(笑)。そのおかげで、自分が存在していることそのものに価値があると信じられているからかもしれません。
もうひとつは、20歳のときに、いとこが亡くなっているんです。ちょうど20歳という就活の前のタイミングで、自分がなんのために生きるのか、どう未来を選択するかを考えるような時期でした。そんなときに、「自分もいつ死ぬか分からないんだな」と思いました。だから、やろうと決めたことには挑戦していきたいなって。
――とはいえ、介護というジャンルは解決すべきことが多いですよね。秋本さんが挑戦し続けられるのはなぜですか?
秋本:介護・福祉の領域に向き合っている先輩たちって、悔しいくらいにカッコ良いんですよ。そういう大人たちが“あたり前”をアップデートしてくれたというか。どう生きたいかという選択肢や想像力を豊かにしてくれたんです。
介護施設って「入りたくない場所」とされてきましたが、私たち若手でも住みたくなるような暮らしの環境を整えていて。今までのあたり前に疑問を持ったときに、新たな価値を提供している人が、カッコ良いなって思いますね。
――そういう、カッコ良い大人とはどうすれば出会えるでしょう。
秋本:今は出会いやすくなっていると思います。メディアのインタビューなどでも知るきっかけはありますが、知ったあとに気になる人の講演会に行くとか、今は難しい時期ではありますが足を運んで会いにいくのが良いのかなと。メディアで知って心を動かされることはあるけど、リアルで会った時の熱量に触れることが、自分を動かす原動力になるんです。
まとめ

現役世代と高齢者は、しばしば対立しているように感じることがあります。でも、相手を理解できないものとして諦めてしまうと、老後に良いイメージを持てないし、不満を溜めてしまう……。社会の閉塞感は、未来への希望を持てないことも大きな要因ではないかと思います。
自分と立場の違う人と意見が食い違ったとき、秋本さんは「判断を保留することを意識している」と話していました。
「自分に不利益を被ると、相手を否定したくなっちゃうと思うんですけど、そうなった瞬間に、相手の主張の背景が見えなくなってしまう。主張の背景が見えたときに、分かり合えたりとか、共感できたりするポイントがあるように感じます」
老後についてイメージするためには、調べること、話し合っていくこと。そして、高齢者の抱える事情や背景を想像してみることが大切なのかもしれません。それが、諦めない人生を、最後まで生きるためのヒントにつながっているはず。
ライタープロフィール

1986年生まれ。青森県八戸市出身(だけど実家は仙台に引っ越しました)。3人兄弟の真ん中、2人の男児の母。旅行会社、編集プロダクション、映像制作会社のOLを経て2011年に独立し、フリーライター/エディターに。関心分野は家族、子育て、地方など。2020年に地元・八戸へUターン予定。
https://twitter.com/ChihiroKurimoto(外部サイト)
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