ある休日の昼下がり。ふらっと訪れたカフェで、ノートにかじりつくようにしてなにかを描いている男性がいるのに気づく。ちらっとのぞいてみると、ノートには1面真っ黒になるまで、びっしりと数字らしきものが描き込まれている。
見慣れない様子に驚いてしまい、なんとなく視線をそらす……。
これは想像上の一場面です。でも、こうして一風変わった行動をする人を「なんとなく避けてしまう」場合はあるかもしれません。
でも、街中でこんなスカーフを着けている人を見かけたら、思わず目で追ってしまうのではないでしょうか。

実はこのスカーフ、知的障がいがあるアーティスト・小林覚さんが描いた「数字」でデザインされているのです。

自閉症やダウン症の人たちのなかには、強いこだわりや集中力を特性として持ち、自由で独創的な表現を生み出す人が多くいます。
こうした、知的障がいのあるアーティストの作品を落とし込んだ商品を提案しているのが、アートメゾンブランド「HERALBONY」(外部サイト)。運営しているのは、福祉実験ユニット「ヘラルボニー」を立ち上げた双子、松田崇弥(まつだ・たかみね)・文登(ふみと)さんです。2人は『Forbes JAPAN』誌が選ぶ世界を変える30歳未満の30人「30 UNDER 30 JAPAN 2019」に選ばれるなど、未来を担う若者として注目されています。

2人が、めざす未来は、「知的障がいがある人たちが、“普通”に暮らせるようになる社会」。
……ではなく、「知的障がいがある人たちの、“普通ではない“ 個性に彩られた社会」なのだそう。
いったいそれは、どんな未来なのでしょう?
【この記事で想像できる未来】
理想:
知的障がいがある人の特徴を個性だと捉え、彼ら・彼女らの個性で鮮やかに彩られる社会。
実現:
知的障がいがあるアーティストの作品を落とし込んだブランドが広く知られ、知的障がいがある人との接点が日常にできている。
もしかしたらの未来:
知的障がいがあるアーティストたちが世界中で誕生し、一人ひとりに多くのファンがついている。
プロフィール
松田崇弥
1991年生まれ。双子の弟。小山薫堂率いるオレンジ・アンド・パートナーズを経て、ヘラルボニーを設立。代表取締役社長。クリエイティブ担当。
松田文登
1991年生まれ。双子の兄。大手ゼネコンで被災地再建に従事。その後、ヘラルボニー代表取締役副社長。マネージメント担当。
「福祉」という切り口で、社会実験に取り組む
——株式会社ヘラルボニーでは、どのような取り組みをしているのでしょうか?
文登:ヘラルボニーは「福祉」という切り口で、商品づくりやイベントの企画・運営をする自社事業と、企業や自治体、施設とコラボレーションする受託事業を展開しています。自社事業で取り組んでいるのは、アートメゾンブランド「HERALBONY」の運営です。
——オンラインストアを見ましたが、どれも見たこともないようなデザインで驚きました。
崇弥:ああ、それは嬉しいですね。僕は、知的障がいは絵画における「絵筆」のようなものだと思っているんです。絵画は、どんな絵筆を使うかで作品の魅力が変わる。同じように、知的障がいのある人が持つそれぞれの特徴によって、作品の魅力が変わるんです。

崇弥:知的障がいがある人は、日常生活で強いこだわりがあります。例えば、ものすごい集中力で数字をノートに書き続けるとか、丸を書き続けるとか。そうした特徴を個性と捉えて、作品に反映しているので、見たことのないような商品ができあがるんです。
——ほかにはどのようなことを?
文登:例えば最近取り組んでいるのは、「#福祉現場にもマスクを」というプロジェクトです。新型コロナウイルス感染症の影響でマスクが必需品になるなかで、福祉現場はマスクが圧倒的に不足しています。
そうした状況をふまえ、株式会社ヘラルボニーは様々な福祉関連団体と連携し、マスクや寄付を募り、福祉現場に届けるプロジェクトを始めました。株式会社中部日本プラスチックと共同で行った、「おすそわけしマスク」というキャンペーンもその一環です。プロジェクトを通して、これまでに500,000枚以上のマスクを福祉現場にお届けしています。

——クリエイティブな発想で、福祉領域の課題を解決している印象を受けます。
崇弥:たしかに、福祉とアートやデザインをかけ合わせることで解決できる課題は多いと思っています。2020年5月には、福祉施設における感染拡大をコミュニケーションの力で防ぐことをめざす「GRAM PROJECT」も始めました。
知的障がいのある方に、手洗い・うがいの重要さを言葉で伝えることってなかなか難しいんです。そこで、標識のようなツールを使うことで、視覚的に行動を促すことができるんじゃないかと考えて。このツールは今、全国の福祉施設でテスト運用を開始しています。

障がいは「絵筆」である
——おふたりはどんな思いでヘラルボニーの活動に取り組んでいるんでしょうか?
崇弥:「普通じゃないことは、同時に可能性である」と伝えたいんですよね。
「障がい=欠落」っていうイメージが、世の中にまだあると思うんです。僕ら双子には、自閉症という先天性の知的障がいがある4つ上の兄がいるんですけど、福祉に関わる会社を立ち上げたとき、まわりから「お兄ちゃんの分まで頑張れよ」って言われました。

崇弥:「兄はなにか欠落していて、それを僕らが背負っている」みたいなイメージがあったのかもしれません。でも兄は何か欠けているわけじゃないし、僕らが福祉に関わる会社を立ち上げたのも、自分たちが居心地の良い社会を作るという意味で、部屋の掃除と同じくらい自然なことなのにな、と。
文登:なかには優生思想のような考えを持っている方もいるんです。僕らのもとにも3ヵ月に1回ぐらい、「障がいのある人たちが生きている意味を教えてください」みたいな連絡が来ますから。
そういった極端な考えでなくても、「知的障がい者はかわいそうで、守ってあげなきゃいけない」というイメージは広く浸透している気がします。
——……正直、私も障がいのある方とどう接して良いか分からなかった経験があります。
崇弥:とまどうことがあるのは当然なんです。僕だって障がいがある人のなかに、苦手な人はいますから。でもそれは障がいの有無は関係がない。普段、人と接していて、好きになれる人もいれば、そうじゃない人もいるじゃないですか。障がいがある人に対してだって同じで良いと思うんですよ。
「みんな普通だよね」と思ったり、「好きになろう」と思う必要はなくて。普通じゃないことを面白がれたら良いですよね。
——普通じゃないことを面白がる?
崇弥:この前新潟のグループホームに行ったら、施設内にところどころちぎれた段ボールが張り巡らされていました。「これ、なんですか?」って聞いたら、壁を噛んじゃう利用者さんがいるんだと。直接壁を噛んだら歯がボロボロになるから、その人が全力で噛めるように、施設の職員が厚手の段ボールを壁に貼ったらしくて。
そこで段ボールを利用者さんがガンガン噛んでる光景を目の当たりにした時に、「面白いな」って思って。自分は絶対噛まないですからね(笑)。知的障がいがある人って、そういうふうに強烈なこだわりがある。そのこだわりを、絵画における絵筆のように個性だと捉えられたら良いなと思うんですよね。
自閉性の兄を「かわいそう」と言われることに違和感があった

——おふたりが「“普通”じゃないことが可能性だ」と考えるようになった背景には、どのような経験があったのでしょうか?
文登:兄の存在は大きいですね。実は会社名の「ヘラルボニー」も、兄が7歳の頃に自由帳に記した謎の言葉からとっているんです。
崇弥:兄の存在もあって福祉施設に出入りすることがあたり前の生活だったので、僕は、いつか福祉領域の仕事をするって自然と思っていました。文登は「銀行員になりたい」って言ってたんですけど(笑)。
文登:そうだったね(笑)。でも、僕も知的障がいに対するイメージを変えたいっていう気持ちは持っていました。
小学校までは、兄も含めて友達とみんなで遊んでいたんですけど、中学校になると知的障がいがある兄を馬鹿にするような人たちも出てきたんです。それで僕自身、兄の存在を隠すようになってしまったのですが、「それっておかしいよな?」と思って。

文登:高校からは隠すことはなくなりましたけど、それ以降も「障がいがある人はかわいそう」っていうイメージを持っている人と出会うことがありました。兄だって僕らと同じように楽しそうに生きているのに、「かわいそう」って思われることに違和感があったんですよね。
そういう違和感があったので、「知的障がい=かわいそう」っていうイメージをどうしたら変えていけるのか、ということに興味を持つようになりました。
——そこから、アートと福祉を融合させた活動はどのように生まれたのでしょう?
崇弥:僕が東京にある広告の企画会社に就職して2年ほど経った頃、お盆に岩手の実家に帰省していたとき、母に「『るんびにい美術館』に行かないか」と誘われて。
行ってみたら、もう衝撃を受けてしまったんです。障がいのある人たちによる美術作品を中心に展示してあるんですけど、予想以上にクオリティが高い作品ばかりで、「こんな世界があるのか!」って。
「これは、アートと福祉を掛け合わせたら、障がいのある方へのイメージを変えることができるかもしれないぞ!」と思って、夢中で文登に電話したんです。
文登:「この世界やばい!」って電話をかけてきたよな。 たしかに、アートと福祉を掛け合わせたら、知的障がいに対する世の中のイメージを変えていける可能性がある。そう思って、「よし、一緒にやろう!」と、活動を始めました。
崇弥:はじめは僕ら双子と、それぞれ大学時代に仲の良かった友達などの有志で集まって、みんな会社勤めをしながら副業でブランドを育てていきました。するとありがたいことにだんだんとブランドが評価されて、2018年に会社設立に至ったんです。
アーティストのファンが増えたら、知的障がいへのイメージも変わる

——おふたりはどんな未来を目指していますか?
崇弥:今、僕らがめざしているのは、知的障がいのあるアーティストに、あたり前にたくさんのファンがいる未来です。
障がいに対して「かわいそう」というイメージを持つのって、普段障がいがある人と接する機会がないからだと思うんですよね。だから、例えば作品に惹かれて知ったアーティストと握手をする機会があったら、イメージが変わるんじゃないかと思うんです。
文登:なので、ヘラルボニーでは商品名はアーティスト名にしたり、プロフィールもしっかり記載したりすることにこだわっています。「ヘラルボニーのファン」ではなくて、まるでジャニーズ事務所のアイドルみたいに、「佐々木早苗さんのファンなんです!」っていう人を増やしていきたいので。

崇弥:実際に最近、「私、この人のファンなんです!」っていう人があらわれてきましたね。今後はアーティストにファンが生まれる流れを加速させるために、アーティストを紹介するWebサイトを2021年ぐらいまでに作ろうと考えています。まずは日本からですけど、ゆくゆくは「ヘラルボニーChina」や「ヘラルボニーUS」など、海外のアーティストも紹介していきたいですね。
——おふたりのお話を聞いていて、「未来は変えられる」という自信を持っているように感じました。
文登:それは、「未来を変えることができた」っていう手応えを得る機会がちゃんとあるからかもしれないです。
本当に嬉しい連絡がくることがあるんですよね。 この前も印象的な人がいました。妊娠したあとの検査で、子どもがダウン症であることが分かって、堕ろそうと思っていたそうなんです。だけど、「ヘラルボニーの活動を見て障がいのイメージが変わったので、産むことに決めました」って。そういう時に、「未来は変えられる」って感覚を持てるのかもしれない。
——社会という範囲ではないけれど、ある個人のなかで世界を一変させたエピソードですね……。大きな社会の変化は、そういった個人の変化の積み重ねで起きるのかもしれない。
崇弥:そう思います。でも一方で、 僕らがやっていることはもっと社会に認められるはずだっていうもどかしさもあるんですよ。ありがたいことに、福祉業界の人たちが共感してくださることは多い。でも、それではまだ業界の内輪での話ですからね。
福祉業界っていう枠を超えて、「バーバリー良いよね」「ポールスミス良いよね」っていうのと同じように、「ヘラルボニーって良いよね」っていう会話が、日常会話で起きるぐらいの知名度になりたいです。
——パリコレに出て話題をさらったアイテムが、実は知的障がいがある人のアートを用いたものだった、みたいなことも起こるかもしれませんね。
文登:それは良いですね(笑)。「障がいがある人が作ったから好き」じゃなくて、「好きなものが、たまたま障がいがある人が作ったものだった」という順番が大事。そうやってヘラルボニーがより愛されるブランドになったら、世の中の知的障がいに対するイメージが変わる。僕らはそう信じています。
<ライタープロフィール>

生き方編集者。生き方をテーマに、編集、執筆、ワークショップデザイン、キャリアカウンセリングに取り組む。関心領域はキャリア、ライフスタイル、ソーシャル、ローカル。関わっている取り組みは、「グリーンズ求人」「Proff Magazine」など。
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