世間を騒がした「卒母宣言」
同作は、タイトルに「かあさん」とあるように、西原さん(かあさん)の実体験を基に、子育てや日常生活を生き生きと描き出しています。2009年にはアニメ化、2011年には女優・小泉今日子を主演に実写映画化もされた大人気漫画作品です。2017年6月、16年の長きに渡る連載が惜しまれつつ完結しました。
連載終了の理由として世間を騒がしたのが、西原さんの「“卒母”(そつはは)宣言」です。“卒母”とは言葉のとおり母親を卒業する、いわゆる「子離れ」のこと。西原さんは『卒母のススメ』(毎日新聞出版)という書籍を出版。当時、“卒母”がテレビ番組にも取り上げられたため、大きな話題となりました。
宣言当時、西原さんの息子さんは大学生で、娘さんも高校生。「『母親』ではなく、ひとりの『私』として生きていいんだ」という肯定的な意見が多数あった一方で、「子育て放棄とは何事だ」という否定的な意見もあり、賛否両論に分かれました。しかし、
「母ってなんだろう?」
「親っていつまで親なんだろう?」
というテーマを世の中に投げかけたのは間違いありません。
「母親は一生子どもの面倒をみるもの」という、これまでの固定観念を覆すような考え方はどういった経緯で生まれたのでしょうか。また、西原さんの考える「卒母実践方法」や「卒母に向いている家庭」はあるのでしょうか? 西原さんに「卒母」について直接、お聞きしました。
「家族は仲良くなくても良い」西原さんが“卒母”をしたきっかけとは

――まず西原さんが“卒母”をした理由について、説明をお願いします。
西原理恵子さん(以下、西原):「今まで一生懸命やったから、もういいじゃん私」というのが本音です。子どもが反抗期でどんなに“クソババア”と言われても、細かな対応をして、話し合わなきゃとみんなが言うけど、そんな体力はもうないの。
――反抗期の子育ては大変ですよね。
西原:息子は16歳でアメリカに行ってしまったし、娘は私が嫌いと言い出した。反抗期もやりたいことのひとつだとしたら、干渉しなくてもいいかなと。うちの家は母子家庭で、仕事も家事もワンオペだからそんな余裕はないですし。だから、子どもたちには一切口を出さずに「やりたいことをやりなさい」と。「今日のあなたの態度は……」と怒ることはパス。自分自身も家にお金が全然ないのに無理して美大に行かせてもらう贅沢をさせてもらってましたし。
――自分の子どもが変な方向に行かないか心配ではなかったですか?
西原:周りの人やお母さん友達にうちの子どもはどんな様子か聞いたら、意外とうちの子どもは外ではしっかりやっているんですよ。だったら、このままでいいかなと。長いこと暮らしていればどんなに仲が良い家族でも腹立たしいこともあるでしょうし、私自身も変えられない部分があるので距離を置いてみました。
――お子さん達と仲が悪かったわけではないですよね?
西原:私は「家族は仲良くなくても良い」派。家族は「正月に集まらなければいけない」とか、「わかり合わなきゃいけない」とか無理ですよ。最終的には個人個人だから。私が母親としてかなりいい加減だったという面もありますが、いっぱい働いて、おいしいごはん食べさせたし、大学にも行かせたし、あんまり怒らなかったし……がんばったじゃん、という感じ(笑)
身体が壊れたら元も子もない。“卒母”を決断したもうひとつの理由

――“卒母”をしたあとに、「今まで子育てしてきた」という母のアイデンティティを失うことはなかったですか?
西原:それはありました。子どもが二人ともいなくなって、おばあちゃんも実家に帰して、広い家で私ひとりになったとき、なんともいえないむなしさを感じました。でもこれは“いい悲しさ”です。
――どういった意味で「いい」と捉えたのでしょうか。
西原:50代を迎えて仕事にならないくらい心と身体が同時に悪くなったんですよ。「更年期かな?」と思って病院で検査をしたら原因不明だった。更年期障害なら治し方はあるのに、更年期じゃないということは、治療法がない。今、仕事がなくなるということは子どもの学費、家のローン、親の介護費用、全部なくなるということ。働けなくなった後の生活設計をシミュレーションすると、家も売る必要がある。具合いが悪いまま100歳まで生きるとなると、まずお金が足りないんです。だからここで絶対に治さないといけない。だから“卒母”して、運動するとか、早く寝て早く起きるとか、人として身体を直すという行為をはじめました。必死でした。1年半くらい続けていますが、今やっと長年の疲れが取れ始めたかなという感じです。
――自分の身体を労るためにも、卒母の年齢としては50歳くらいがふさわしい、ということでしょうか。
西原:人生100年時代と聞いてます。これから40年、50年生きなきゃならないときに、女性は40~50歳くらいでガタがくると聞いてましたが、本当でした。子どもが小さいうちは育てるのに必死でわからないんですよ。けど、あっちこっちのお母さんも50歳くらいになってひっくり返っていまして、気づいたときには、20年くらいの子育てや仕事の疲れでボロボロだし、ちょうど良い時期だなと思う。
「お母さん自身が幸せじゃないと、家庭も幸せにならない」 “卒母”をするための西原さん流の方法とは
――お母さんが我慢しなくて良いと。
西原:お母さん自身が幸せじゃないと、家庭も幸せにならないと思います。昔は母親が「あんたたちのために我慢しているんだよ、あんたがいなかったら離婚しているんだよ」と子どもたちを不幸の理由にできていました。けど今はそんな時代じゃない。
――割り切れない方もいると思います。アドバイスなどはありますか?
西原:自分がしたいようにすればいいんです。どうやって接しても子どもは自然と離れていきます。老親は死ぬんです。考えたって答えなんて一つも出ない。悩む時間も無駄です。これから介護も、もしかしたら離婚も待っているのに、そんなこと考えている暇があったら老後に子どもに迷惑をかけないために貯金しておいたほうがいいと思います。
――西原さんにとって“母親”とはどういう存在でしょうか。
西原:子どもがひとり立ちするまでサポートする人です。でもあまり干渉しないというのが私のスタンス。私の人生は私のものだし、子どもの人生は子どものもの。
――娘さんや息子さんは“卒母”を受け入れましたか?
西原:受け入れるというよりも、子どもは勝手に離れていきます。ママ友のひとりなんか参観日に学校来たくらいで怒られたり、三者面談で「帰れ」とか言われたり、“卒母”するなというほうがおかしいですよ(笑)。「ババア」とかそんなことを言われて、なんでお母さんは耐えないといけないの?“いまこそ一緒に寄り添うとき”というタイミングで「ふざけんなよ」って言われたり(笑)
――“卒母”後は自分の時間を持てるようになったとのことですが、これからの人生はどう歩もうと考えていますか?
西原:私も聞きたい。唯一の楽しみが酒を飲むことでしたけど、もうそんな飲んじゃいけないし。例えばラグビーだったら南アフリカから日本に来たり、ゲーム好きならポケモン追いかけて台湾にいったり、そういう「好きなことで世界中どこでもおいかけていく“推し”や“萌え”」を今から見つけないとって焦っています。お金を稼ぐことばかり目がいって、お金を楽しく使う方法を知らない。
――パートナーの高須さんは“推し”や“萌え”ではない?
西原:ダーリン(高須さん)は大好きだから“萌え”の対象ですよ。けど、お金を使うときがない(笑)。一日中ホテルで寝ているダーリンの爪や鼻毛切ったり、着替えさせてごはん食べさせたり、これは介護?と(笑)。そういえばこの間、ダーリンがプロレスのスポンサーになったので、プロレスを見に行ったらちょっと萌えました。昔の全日本プロレスみたいなベタベタなノリがたまらなく面白かったです。
すべての母親が“卒母”をめざすべきなのか

――「家族は仲良しじゃなくてもいい」とおっしゃっていましたが、どういう雰囲気であれば大丈夫なのでしょうか?
西原:家族が元気だったらなんでもいいです。この歳まで生きていると、あちこちで知り合いが亡くなっている。人って急に死んじゃうんです。元気でみんなが外にいるならそれで構いません。
――“卒母”をうまく行うためには、元から良好な関係性ができていなければいけないということはありますか。
西原:仲が良い家庭は卒母せずに、そのままでいいんじゃないですか。うちの家庭は、子どもが話しかけてくれれば、こっちからは話しますが、こっちからは子どもに話しかけない。何か頼まれれば対応はしますが、子どもがお願いしてこないのなら、何もしません。
――ということは、ほとんど今はお子さんと連絡を取りあっていないんですね。
西原:私も大学にいったときのことを覚えていますが、新しい環境に必死で、親や家のことを思い出すわけがないんです。そんなときにとやかく口を出すこともない。けど、台風のときに娘に「アパートでひとりだと危ないから、帰ってきなさい」と連絡したら素直に帰ってきて、帰り際に1万円あげたら「ありがとう」と一言だけ残して去っていきました(笑)。あとは、「インフルエンザワクチン打ちなさい」とか予防のときはきっちり言います。
――せっかく西原さんから連絡したのに、そっけないですね(笑)。しかし、西原さんのお子さんはしっかりと自立している印象があります。性格上、自立することが難しいお子さんがいる家庭の場合も“卒母”はすっぱりとできると思いますか?
西原:もちろん、心の弱いお子さんで、お母さんがサポートし続けないといけない家庭もあります。例えば20歳なんて、ついこの間まで高校生だった年齢。それで急に「大人になれ」とか、「良い男を選べ」とか、世間は無茶を言うんです。30歳くらいでやっと大人だと私は思いますよ。でも、きちんと決めたことを守って優秀になれる子もいる。だから、“卒母”はお母さんの機嫌次第で良いんじゃないですか?「このタイミング」って決めたって、できるわけじゃないから。その時のお母さんの虫の居所で“家庭の法律”は変わっていいと思います。
西原さんから垣間見えたお子さんへの愛情

インタビューが終わり、西原さんの事務所を出ようと、ふと階段の手すりが目にとまりました。強烈なインパクトと愛嬌のあるキャラクターがこちらを見ているのです。
「これはなんですか?」とお伺いすると、「『びんこちゃん』です。息子が小さい頃、あまりにも漢字を覚えられないので、私が手作りした書き取りテストをやらせようと机に座らせました。そしたら、第一問目の解答欄に、この絵を描いて逃げていった。びんこちゃんは人の首を切る妖怪で、嫌なテストを受けさせられて、どれほど息子が怒ったかを表現したものだそうです。あまりにも可愛いからこの家を建てたときに、頼んで装飾にしてもらいました」と嬉しそうに話してくれた西原さん。“卒母”後も、お子さんへの愛情は抱き続けています。
つまり“卒母”は、お子さんとの関係を完全に断ち切るわけではなく、それぞれの個人の価値観や人生を尊重するということかもしれません。
現在の親子関係に悩んでいる方は、自身のためにも、お子さんのためにも、“卒母”に挑戦してみてはいかがでしょうか。
(記事提供元:サムライト株式会社、撮影:岡田晃奈)
<この人に聞きました>

1964年、高知県高知市生まれ。武蔵野美術大学卒。1988年、週刊ヤングサンデー『ちくろ幼稚園』でデビュー。2004年、『毎日かあさん(カニ母編)』で文化庁メディア芸術祭漫画部門優秀賞、2005年、『毎日かあさん』『上京ものがたり』で手塚治虫文化賞短編賞、2011年、『毎日かあさん』で日本漫画家協会賞参議院議長賞を受賞。パートナーは美容外科「高須クリニック」院長の高須克弥氏。
公式サイト「鳥頭の城 : 漫画家 西原理恵子 公式サイト(外部サイト)」
ライタープロフィール

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