ヤフー社員が海から考える「手の届く範囲の未来」

ヤフー社員が海から考える「手の届く範囲の未来」

ヤフー社員が海から考える「手の届く範囲の未来」

インターネット企業「ヤフー」の社員でありながら、石巻の漁師団体「フィッシャーマンジャパン」の運営に携わっている長谷川琢也さん。“アフター震災”の石巻を築き上げてきた一人です。課題を正しく捉え、挑んでいくには何が大事なのでしょうか。

“漁師団体を立ち上げたヤフー社員”

そんな変わった肩書きを持つ、長谷川琢也(はせがわ・たくや)さん。石巻を拠点とした漁師団体「フィッシャーマンジャパン」の運営に携わり、3K=「きつい、汚い、危険」のイメージが根強かった漁師を、新3K=「カッコいい、稼げる、革新的」へ変えていく活動をしています。

また、ヤフーが運営するウェブメディア「Gyoppy!」では、海に関する取り組みを自ら取材することも。

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Gyoppy!で九州にある藍島を取材した際の写真

東京と石巻を往復する長谷川さんですが、石巻との縁ができたのは、東日本大震災のあとにボランティアとして訪れたことがきっかけ。「インターネット企業の社員だからこそできること」を考えた末に、石巻に拠点をつくることになり、そのうえで漁業の課題に取り組んでいったのです。

スケールの大きいことをしている長谷川さんですが、お話を聞いていくと、「手の届く範囲の未来」を変えることに注力し続けてきたことが分かります。それが業界の未来を変え、ひいては日本の未来を変えていくことにつながるのかもしれません。

半径5mから始まる未来の変え方について、長谷川さんにお話をうかがいました。

【この記事で想像できる未来】

理想:
漁師を「カッコいい、稼げる、革新的」な“新3K”の理想の職業に。

実現:
漁業団体のフィッシャーマンジャパンを立ち上げ、漁師や漁業の魅力をPR。

もしかしたらの未来:
地域の産業が盛り上がることで、田舎に誇りを持つ人が増える未来。

プロフィール

ヤフー社員、フィッシャーマンジャパン
長谷川琢也さん
ヤフー株式会社CSR推進室東北共創に勤務。一般社団法人フィッシャーマンジャパン立ち上げ人。日本における漁業の課題解決に取り組む

東日本大震災を機に石巻へ

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——ヤフー社員である長谷川さんが、漁業に関する取り組みを始めたのはなぜですか?

長谷川:東日本大震災の翌年、ヤフーで「復興支援室」を立ち上げることになり、「石巻復興ベース」という事務所をつくらせてもらったんです。石巻に拠点を移して、一人の漁師と出会いました。今では「フィッシャーマンジャパン」の代表をしている、当時26歳の阿部勝太という若者です。

それまで漁師に出会ったことがなかったんですけど、彼は一次産業を解像度高く語るし、「漁業に疑問を感じていて、変えていきたい」ってキラキラしなから言うんですよ。こういう若者がいっぱいいるんだったら、何かできないかと思ったのが始まりですね。

——漁業には、どんな課題があるのでしょう。

長谷川:漁師の人口は、1980年代の最盛期に比べると半分以下になっています。その背景には、獲りすぎて魚が減っていることや、日本人が魚を食べなくなっていること、魚屋というキュレーターが街から消えていることなど、あげだすとキリがない。そのなかで知ったんですが、市場や漁協の仕組みって70年変わっていないんですよ。

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——時代は変わっているのに、戦後まもなくできた仕組みを使い続けていたんですね……。

長谷川:はい。でも、震災によって東北の漁業の仕組みが崩壊してしまったので、これを逆手にとって新たな例をつくれるのではと考えました。良いものだったらほかの地域の人も真似してくれるだろうし、震災で失ったものは大きいけれど、せめて「こういうのが生まれたことだけは良かったね」って思えるものをつくれたらと。

ヤフーとして何かできないかと考えていた当時は「東北にコールセンターをつくればいい」とか、「家にいる時間が増えたおばあちゃんの手芸作品を売ればいい」と言われていたんです。それは一時的な支援としては良いかもしれないけど、ずっと続けることはできないなと思っていました。

——その先のことを考えていかなければいけないと。

長谷川:そうです。あのとき石巻は被災地だったけど、“アフター震災”を考えたときに、拡張性があって継続性があるのは、漁師だと思ったんですよね。それで、若い世代の漁師が「今、立ち上がらないでいつ立ち上がるんだ」ってくすぶっていたから、フィッシャーマンジャパンを結成しました。

一次産業を盛り上げて、地域に誇りを持つ

——フィッシャーマンジャパンの具体的な活動は?

長谷川:魚の卸売から直営の飲食店、海外への輸出など、漁業系のこと全般ですね。

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長谷川:バトンを渡しあえる良いチームをつくるために、未来の漁業をつくる職種をフィッシャーマンと呼んで、1,000人集めることを目標にしました。漁師も加工業者も魚屋も、インターネット企業の社員も含めてフィッシャーマンです。

また、漁師になりたい人が出てきたら、漁業権や移住などの問題も解決することをめざして活動しています。

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フィッシャーマンジャパンが運営する事務所「TRITON SENGOKU」では、漁師と、漁師になりたい人をマッチングするサポートも行う

——地域の漁業が盛り上がることには、どんな意味があるでしょうか。

長谷川:地域の産業が盛り上がると、その土地に誇りを持てるようになるんです。そして、その誇りは、いろんなところに波及します。「石巻、盛り上がってるらしいじゃないですか」とほかの地域の人が来てくれて、ローカル同士がつながって、競争して、石巻もますます良くなっていく。

そうしていくうちに、いつのまにかローカルが都会を抜いていて、都会の人が羨ましがる、みたいな世界をつくりたいですね。

——実際、ローカルが都会を抜くことってできそうですか?

長谷川:全部は無理でしょうけど、生産と消費の循環はローカルのほうが強いです。都会と地域の役割はそれぞれにあるのに、どこかで「都会のほうがすごい」って意識があったり、「田舎者」って蔑むような言葉が生まれたりしていました。

でも、今回のコロナ禍で思い知った人は多いと思うけど、「消費すること」と「生産すること」ってつながっているので、都会が上で田舎が下、みたいな序列はないはずなんですよ。

大量生産・大量消費・大量廃棄から離れようとする「循環型社会」をめざそうとしたときに、手で届く範囲の循環は、もはや都会だけではできないと思うんです。都会にいると流通が途絶えたときに食べ物を得ることが困難になるけれど、ローカルだと生産者とともに生きているから、食べ物に困ることが少ない。

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——それを自覚できるか、できないかで、地域への意識が大きく変わりそうですね。

長谷川:そう、未来をつくるのは都会の若者だけじゃない。人間の経済活動を持続しながら地球とともに生きていくときに、地方の若者も重要です。

フィッシャーマンジャパンの仲間たちは既にそうだけど、「俺らがいるから、皆さんが魚を食べられるんだ」と思えています。上から目線ではないけれど、少なくとも対等だよねって。

もちろん、なんでも田舎が良いとは思わないですよ。時代の変化には対応しつつも、情報に流されすぎず、自分で考える力が必要だと思います。

未来を想像するために大事なのは、「正しく触りにいく」こと

——若い人たちが自分で考え、未来を想像するために、何を学ぶと良いでしょうか。

長谷川:「正しく触りにいく」ってことじゃないでしょうか。石巻に来る前は、天気も気温も分からないコンクリートのビルの中で、被災地の商品をネット販売していたんですけど、どこかバーチャルで。都会だと、自分が持っている五感を使いきれないことが増えていると思います。

東京で生まれて神奈川で育っていますが、海も魚も苦手でした。それでも、海や、魚や、情報に正しく触れて、自分の持っている感覚を全部使っていくうちに、どうしたいかを考えることができたんです。

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那智勝浦の海を正しく触りにいったときの長谷川さん

——長谷川さんは、あらかじめ漁業の問題を解決するつもりで東北に行ったわけではなく、行った先で問題に気づいて解決しようとしてきたわけですよね。もし出会っていたのが漁師でなければ、別の課題に向き合っていたのかなという印象を持ちました。

長谷川:実際そうで、震災のあとは出会う人がいるたび一緒に何かやりたくて、伝統工芸のプロデュースや、農業のこともやってみたんです。

でも、「未来をつくる」ことを意識したときに、全部のジャンルの未来をつくるのは自分には無理だなと。関わるなら腹を据えて、その人たちと何か成し遂げたい。しばらくは海のことだけやろうと思っています。

「課題解決」っていうとカッコイイけど、手の届くところでの惚れたもん負けですよね。一番惚れ込んだのが漁師だったんです。強烈にいちご農家に惚れていたら、今ごろいちごをつくっていたかもしれない(笑)。

——手の届く範囲での課題を正しく捉えて、解決策につなげていくにはどうすれば良いでしょう。

長谷川:これは上司の受け売りだけど、「正しく消費者でいる」こと。「自分が買ったことないくせに売るな、インチキじゃん」と言われたことがありました。

「本当にそれを課題だと思っているの?」「解決したら良くなるの?」って、きちんと捉えていくのが大事だと思います。それで、気付いちゃったから「やってこ」ってのが、超本質的だと思いますね。

まとめ

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漁師が減っていることに対して、長谷川さんはこう話していました。

「仕事の選択肢も増えているなかで、収入が不安定で命の危険もある仕事を、親が子供にやらせたがらないんです。地方創生の課題で『都市部への若者の流出』といわれているけど、親が率先して若者を都会に出してしまう。『田舎はダメ』『漁業はダメ』と、子供が小さいころから刷り込まれてしまうのでしょう」

もちろん、若者が都会に出ること自体が悪いことではありません。でも、自分の故郷を「ダメ」だと言ってしまうのは、なんだか悲しいものです。地域を支える産業が盛り上がることで、誇りにつながっていくのは良いことだと感じました。

また、お話を聞いていくうちに気づいたのは、今、私たちが生きているのが“アフター震災”の世界なのだということ。震災で失ったものを嘆くだけでなく、失ったからこそ新しいものを立て直そうと積み上げてきた結果が今につながっています。それは、きっと手の届く範囲にあった課題について、それぞれの人が取り組んできたということなのでしょう。

これから私たちが生きるのは、“アフターコロナ”や“ウィズコロナ”と呼ばれる世界。それを良くしていくためのヒントは、もしかしたら、“アフター震災”をポジティブに築きあげてきた東北にあるのかもしれません。

ライタープロフィール
栗本千尋
栗本 千尋
1986年生まれ。青森県八戸市出身(だけど実家は仙台に引っ越しました)。3人兄弟の真ん中、2人の男児の母。旅行会社、編集プロダクション、映像制作会社のOLを経て2011年に独立し、フリーライター/エディターに。関心分野は家族、子育て、地方など。2020年に地元・八戸へUターン予定。
Twitter
https://twitter.com/ChihiroKurimoto(外部サイト)

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