Minimal創業者がチョコレートづくりで発信する日本人の「美意識」

Minimal創業者がチョコレートづくりで発信する日本人の「美意識」

Minimal創業者がチョコレートづくりで発信する日本人の「美意識」

カカオ豆からチョコレートバーになるまで一貫して製造を行う“Bean to Bar”チョコレート。先駆け的存在である「Minimal-Bean to Bar Chocolate-」創業者の山下さんにMinimalが発信するメッセージについて聞きました。

世界が注目する日本発の“Bean to Bar”チョコレート

世界が注目する日本発の“Bean to Bar”チョコレート
Minimalのチョコレートはクールなパッケージデザインも魅力

“Bean to Bar”という言葉を聞いたことはありますか?チョコレート業界の専門用語で、直訳すると「豆から板へ」。つまり、カカオ豆の選定からチョコレートの製造まで一貫して手がける工程、もしくはそれを手がけるメーカーを指します。

今、日本発の“Bean to Bar”チョコレートメーカーが世界的に注目を集めています。その先駆け的存在なのが、渋谷区富ヶ谷に本店を構える「Minimal-Bean to Bar Chocolate-」(ミニマル-ビーントゥバーチョコレート、以下Minimal)。同社のチョコレート製品は、世界最高峰国際品評会であるインターナショナルチョコレートアワード2019で部門別最高賞である金賞を受賞しました。このMinimalブランドを率いるのが株式会社βace代表の山下 貴嗣(たかつぐ)さん。慶應義塾大学商学部卒業後、コンサルティング会社勤務を経て、起業したという経歴の持ち主です。

やりたいことが見つからなかった20代前半

「経歴は目立つかもしれませんが、新卒で入社したリンク・アンド・モチベーションという会社では、完全な落ちこぼれでしたから。それなのに、仕事は大好きで、今ではなかなかいないくらいのモーレツサラリーマンでしたね。20代半ばくらいで少しずつ成果が上がってくるとコンサルの仕事がすごく面白くて、ひたすら熱中していました。ただ、振り返ると20代前半って、やりたいことが良く分からなかったんですよね。20代後半になって、チームで大きい仕事ができるようになってきた頃、組織の力で社会課題を解決するようなことができたらいいなと思うようになって……その時に、起業という選択肢が夢の実現に近いと考えたんです。やっぱりコンサルより当事者になりたいと」

前職では、当時、官民あげてブームだったグローバル人材育成に携わっていたという山下さん。国際的な会議などに出席した際、これからの社会を生きていくうえで、日本のプレゼンス(存在感)とは何なのかを考えさせられたといいます。少子高齢化、労働人口減、GDP減が進むと言われる日本。このままでは今の豊かさを享受し続けることは難しい可能性があります。そこで、日本のために、自分に何ができるのかと真剣に考えた結論が起業でした。

日本のプロダクトを世界に発信したい

「これまでの様々な仕事の経験を通して、可能性を感じたのは“日本人らしいものづくり”でした。日本人のきめ細かさ、器用さ、空気を読む力……国際会議の席上ではなかなか評価されない日本人の魅力をもっと世界に発信すべきだと思いました。日本人の美意識でしかつくれないプロダクトが必ずある。では、なぜ日本の製品はもっと高く売れないのか?これをライフクエスチョンとして、自分の人生を通して、世の中にアンチテーゼを示したいと思ったんです。そこで、日本のプロダクトが世界市場で高く売れることを証明するために、未経験のままものづくりの世界に飛び込みました」

日本のプロダクトを世界に発信するために起業を決意した山下さん。働き盛りの自分の時間を捧げるビジネスを構想するタイミングでたまたま出会ったのが、“Bean to Bar”チョコレートでした。

初めて食べたBean to Barチョコレートの衝撃

初めて食べたBean to Barチョコレートの衝撃
ギフト用パッケージなど様々な商品を展開している

きっかけは、当時コーヒーショップを開いていた、その後のMinimalの製造責任者となる方との出会いでした。知り合いの紹介で通い始めたその店で、ある日たまたまカカオ豆と砂糖だけで作った手づくりチョコレートを食べて衝撃を受けたといいます。

「カカオ豆と砂糖しか使ってないのに、まるでオレンジのような香りがして……。その感動は今でも忘れません。これを日本人ならではの繊細な感性で作り、世界に発信したらスゴいことになる。そこからすぐにアメリカ、中南米、ヨーロッパの“Bean to Bar”の生産者を片っ端から調べて足を運び、帰国してから4ヵ月後の2014年12月にMinimalを立ち上げました」

これが現在に続く、クラフトチョコレートブームの黎明期と重なり、Minimalは一気に注目を集めます。コンサルティング会社で鍛えたブランディングの手腕を活かし、パッケージデザインやストーリーづくりを展開。そのメッセージに雑誌やウェブメディアが飛びつきました。

あれから5年。今や都内に5店舗を構えるMinimalは、流行の移り変わりが激しい飲食業界において、揺るがない存在感を放っています。その背景には、ブランディングだけでは語りきれないものづくりへのこだわりがありました。

“Bean to Bar”は職人をつなぐプラットフォーム

“Bean to Bar”は職人をつなぐプラットフォーム
年間約4ヵ月は、赤道直下のカカオ農家に足を運んでいる

「この5年っていうのは、ものづくりをひたすらストイックにやってきた時間でした。私個人はぜんぜん成功したなんて思ってないです。とにかく愚直に世界中の生産者の畑を回って、直接交渉して豆を仕入れて、いいチョコレートを作るということの繰り返しです。フェアトレードなんていうと響きは良いですが、生産者はそんなこと気にしません。1円でも高く買ってくれる人が偉いのが経済の原則ですから。だから、まずは関係づくりです。1年目にまず挨拶をして、一定量のカカオ豆を買って、2年目、3年目と続けて訪れるとやっと顔を覚えてもらえるのが現場のコミュニケーションの基本です。そこで、私は前年に買ったその畑で穫れたカカオ豆で作ったシングルオリジン(1品種のみ)のチョコレートを食べてもらうということをしています。するとマスの取引しか経験していない生産者って、自分の畑のカカオの味なんて知らないから、その味わいに驚いて、すごく喜んでくれるんですよね。そこでやっと信頼関係ができて、また次もという話になる。つまり、“Bean to Bar”って、プロのカカオ豆生産者とプロのチョコレート職人をつなぐプラットフォームなんです。僕はそこに相乗りしてるだけ。このプラットフォームを使って、みんなでもっと違う景色を見たいんです」

山下さんが描くプラットフォームの軸になるのはもちろん「日本らしさ」。これを具体的に語るうえで、山下さんが参考にしているのが、谷崎潤一郎の随筆『陰翳礼讃』。西洋化で部屋が明るくなったことを憂い、まだ電灯がなかった時代の日本らしい陰影の美しさを論じた谷崎の美意識にシンパシーを感じるといいます。そんな日本人の繊細さをチョコレートづくりの参考にしています。

「同じ畑でも年によってカカオ豆の味は変わります。その繊細な違いに生産者さえも気づいていない現状があります。たった5年ですが、現場でカカオ豆と向き合った結果見えてきたことがあります。クラフトチョコレートって、ワインやコーヒーと同じで、原材料→発酵→乾燥→製造→パッケージに至るまでの総合芸術なんですよね。どの工程を深掘りしても違いが出せる。本当に日本人に向いていると思います」

この世界に新しい選択肢を提示する

この世界に新しい選択肢を提示する
カカオ農家と協力して品質改善にも取り組んでいる

Minimalのチョコレートを口に含むとカカオのザクザクとした食感の向こうで繊細に変化する味のニュアンスに驚かされます。同じチョコレートでここまでの違いが出せるのか……。ただ、Minimalの商品はコンビニの最高級板チョコのさらに3倍以上の値段がします。「ものがたり消費」という言葉もやや食傷気味に感じる昨今、「生産者のこだわり」や「フェアトレードの社会貢献」でビジネスを継続していくことは本当にできるのでしょうか?

「それは、むしろ僕が教えてもらいたい(笑)。というのは置いておいて、真面目に答えますと長く続ける“粘り腰”があればうまくいく手応えを感じています。やはり生産者に自分の農園のカカオでつくったチョコレートを食べてもらうと、もっと良いものを作ろうという好循環が生まれます。僕は彼ら生産者に高品質・小ロットという新しい選択肢を提示できたことが価値だと思っています。このように世界に新しい選択肢を提示していくことができれば、Minimalのビジネスは継続していけると考えています」

「チョコレートを新しくする」をコンセプトにスタートしたMinimalは、消費者に1枚1,000円以上するまったく質の違うチョコレートを食べる贅沢という新しい選択肢を提示し、市場をつくり上げました。5年かけて、やっと生産者とのフェアな信頼関係ができあがってきたと語る山下さん。この先の未来にどのようなビジョンを描いているのでしょう?

「僕は、“タンジブル”という言葉が好きなんですね。これは、“手ざわり”みたいな意味なんです。僕たちの現場には、“生”のカカオがあって、この手で触ることができる。真摯に向き合うと色々なことが分かってくる。本気を出せば世界一をめざすこともできる。こんな面白い仕事ないですよね。実をいうと、ほかの業態にもチャレンジしないかなどと声をかけられることもあります。でもチョコ沼が深すぎて、ここからまったく抜け出せません」

この人に聞きました
山下 貴嗣
山下 貴嗣(やました たかつぐ)さん
1984年岐阜県生まれ。チョコレートを豆から製造する“Bean to Bar”との出会いをきっかけに、世の中に新しい価値を提供できる可能性を見出し、2014年に渋谷区・富ヶ谷にクラフトチョコレートブランドの「Minimal -Bean to Bar Chocolate-」を設立。年間約4ヵ月は、赤道直下のカカオ農園に実際に足を運び、良質なカカオ豆の買付を行う一方、農家と協力して毎年の品質改善に取り組んでいる。
ライタープロフィール
丸茂 健一
丸茂 健一
編集者・ライター。1973年生まれ。青山学院大学経営学部卒業後、旅行雑誌編集部勤務を経て、広告制作会社で教育系・企業系の媒体制作を手がける。2010年に独立し、株式会社ミニマルを設立。ビジネス全般、大学教育、海外旅行の取材が多い。

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