日本の美を未来へ~切り絵画家・久保 修の挑戦

日本の美を未来へ~切り絵画家・久保 修の挑戦

出典 : 潮騒食堂/久保 修
日本の美を未来へ~切り絵画家・久保 修の挑戦

失われつつある日本ならではの風景や風物を独自の切り絵で描き、その魅力を発信する切り絵画家・久保 修(くぼ しゅう)さん。最近は海外でも切り絵の制作・普及活動に取り組む久保さんに、作品にかける想いを聞きました。

1枚の切り絵に、日本の美意識を凝縮

1枚の切り絵に、日本の美意識を凝縮
エラム庭園(イラン)/久保 修

繊細な線で細部まで見事に描かれた美しい街並みや庭園。実はいずれも、切り絵で描かれたものです。

手掛けたのは、切り絵画家として国内外で活躍する久保 修(しゅう)さん。建築を学んでいた大学時代に紙を切る面白さに目覚めた久保さんは、独学で切り絵の技法を習得。これまで48年間にわたって、切り絵を描き続けてきました。
今も、各地に出かけては印象に残った風景や植物などをスケッチし、都内のアトリエで切り絵に描く日々を送っています。

久保 修さん。都内のアトリエにて
久保 修さん。都内のアトリエにて

久保さんが切り絵を描くのに使うのは、基本的に紙とアートナイフのみ。まずスケッチを基に下絵を書き、下絵を黒い紙に固定、下絵の黒い線の部分がすべて繋がるように注意しながら、白い部分を切り抜いていきます。

菖蒲の花の下絵
菖蒲の花の下絵
黒い部分を残して切り抜いていく
黒い部分を残して切り抜いていく

「とにかく細い線を切り抜くことを良しとする考え方もありますが、今の私はそこにこだわっていません。重視しているのは、紙と色です。素晴らしい風合いの日本の和紙を使うことと、日本ならではの繊細な色づかいで描くことによって、日本の美しさ、伝統の奥深さを表現したいと思っています」と久保さん。
海外の風景を描くときも、あえて和紙を使い、日本らしい色づかいで日本の美意識を作品に凝縮していきます。

職人から和紙を取り寄せ、自ら好みの色に染める
職人から和紙を取り寄せ、自ら好みの色に染める
染めた和紙で桜の微妙な色合いを表現
染めた和紙で桜の微妙な色合いを表現

日本の美しさは「移ろい」にあり

久保さんが日本を意識した作品づくりをするようになったのは、1995年の阪神・淡路大震災がきっかけでした。当時、兵庫県に住んでいた久保さんは自らも被災者となり、大地震の脅威を目の当たりに。「昨日まであたり前のようにあった風景が一瞬にして失われたことに、大きなショックを受けました。古くからの街並みが崩れ去り、瓦礫の中に日本の伝統的な工芸品が打ち捨てられているのを見て、古き良き日本がなくなっていくような不安にかられました。今、自分の見ている風景は明日にはないかもしれない、未来には残らないかもしれない。だったら、今のうちに自分の目で日本の風景を見ておきたい、そして切り絵で描いておきたい。そう思って、旅に出ることにしたのです」(久保さん)

この旅で47都道府県をすべてまわり、改めて日本の風景に向き合った久保さんは、ある発見をします。

「日本の風景の美しさは、『移ろい』にあることを知りました。特に心を奪われたのは、季節の変わり目の風景です。例えば木々が芽吹く早春。山々が一斉に緑に染まり始めますが、その緑は決して一色ではなく、薄い緑、濃い緑、黄色っぽい緑など様々な緑が混ざり合っています。桜の花にしても同じです。ピンク一色ではなく、白に近い淡いピンクもあれば紅色のような濃い色のものもありますよね。風景の中に数え切れないほどの色があり、しかも季節の移ろいにあわせて、一刻一刻と変化を続けています。この、日本ならではの『移ろいの美』を切り絵で描きたい。そう強く願うようになりました」(久保さん)

日本の美しさは「移ろい」にあり
カルスト台地(山口県・秋吉台)/久保 修

こうして日本の風景を描いた一連の作品は「紙のジャポニスム」と題して発表されると、大きな反響を呼び、1999年には「ふるさと切手」のデザインに、2005年と2006年には年賀はがきのデザインに、久保さんの作品が採用されました。

菜の花/久保 修。身近な花々もよく描く題材の1つ
菜の花/久保 修。身近な花々もよく描く題材の1つ

切り絵の技を世界へ

切り絵の技を世界へ
ジョージアでの文化交流

切り絵を通じて日本の魅力を発信する久保さんの取り組みは、海外にも広がっています。2009年には文化庁文化交流使に指名され、ニューヨークを拠点に文化交流活動を展開。以降、創作活動の傍ら、イランや中国、ロシアやジョージア、アメリカやヨーロッパ各国で展覧会やワークショップを開催し、切り絵を通じて日本の文化を発信する活動にも力を入れています。

アメリカ・フィラデルフィアでのワークショップ

「どの国でも、みんな興味津々で熱心に切り絵の話を聞いてくれますし、実際に切り絵をやってみたいという人も多いです。切り絵を通じて日本という国に興味を持ち、好きになってくれたら嬉しいですね」と久保さん。2019年12月には、これまでの功績が認められ、文化庁長官表彰を受けました。

文化庁長官表彰式にて、宮田亮平文化庁長官(左)と

目標は北斎。未来の子どもたちへのメッセージを切り絵で

目標は北斎。未来の子どもたちへのメッセージを切り絵で
金魚/久保 修)

久保さんの夢は、今後も命続く限り作品を描き続けること。「まだまだ描きたいものがたくさんあって、寝る間も惜しいくらいです。今、68歳ですが、できれば葛飾北斎のように長生きして、ずっと切り絵を描いていたいですね。そして、未来の子どもたちが私の作品を見て、日本という国の美しさ・素晴らしさを知ってくれたら嬉しいです。その意味では、今、せっせと描いている切り絵は、未来の子どもたちへのメッセージなのかもしれません」と久保さん。「実は私の作品を最初に認めてくれて世に送り出してくれたのは、SF作家の故・小松左京さんでした。小松さんとの出会いがなかったら、今の私はなかったでしょう。小松さんへのご恩返しの意味でも、私自身も誰かが未来へ1歩を踏み出すのを後押しするような、そんな存在でありたいと願っています」。

今後は、何らかの形で後進の育成にも取り組んでみたいという久保さん。日本が失いつつある美しい風景や季節の風物詩を描き続ける久保さんの作品は、未来の子どもたちだけでなく、今を生きる私たちにも大切なメッセージを伝えてくれているようです。

この人に聞きました
久保 修さん
久保 修さん
切り絵画家。1951年山口県美祢市生まれ。大学在学中に切り絵に出会う。1977年に個展を開催し、切り絵画家として本格的に活動を開始。以来、日本の風景を描いた作品を多く発表。2009年度に文化庁文化交流使に指名されたのを機に、海外でも活動の場を広げている。2018年大阪府豊中市に「久保修 切り絵ミュージアム」がオープン。2019年文化庁長官表彰を受賞。久保修紹介ページ(外部サイト)
ライタープロフィール
相山 華子
相山 華子
慶應義塾大学卒業後、民放テレビ局の報道部記者を経てフリーランスのライターに。雑誌や企業誌、ウェブサイトなどで主にインタビュー記事を手掛ける。

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