プライム市場とは?東証再編の狙いとその影響を解説

プライム市場とは?東証再編の狙いとその影響を解説

プライム市場とは?東証再編の狙いとその影響を解説

2022年4月より東証一部などから構成されていた東京証券取引所の市場区分が、「プライム」「スタンダード」「グロース」の3つに再編されました。再編の狙いや株価への影響について、エコノミストの崔真淑(さい ますみ)さんに伺いました。

市場再編でどのような市場区分になるのか?

市場再編でどのような市場区分になるのか?

2022年4月の市場再編以前は、東証第一部、東証第二部、マザーズおよびJASDAQ(ジャスダック)の4つに市場が分けられていました。はじめに、以前の各市場の特徴と今回の市場再編の概要を見ていきましょう。

市場区分が4つから3つの分類に

東京証券取引所の市場区分は、これまで東証一部、東証二部、マザーズ、JASDAQの4つに分類されていました。各市場の特徴は以下の通りです。

東証一部:知名度の高い大企業が多い。上場基準が厳しいため社会的信用度が高い
東証二部:中堅企業が多い。東証一部上場の企業に比べ知名度が低い場合が多い
マザーズ:将来、東証一部・東証二部への上場をめざしているベンチャー企業が多い
JASDAQ:スタンダードとグロースで構成される。今後成長が期待される新興企業が多い

そして2022年4月からは、上記4つの市場が「プライム」「スタンダード」「グロース」の3つに整理・再編されました。新しい市場区分の特徴は、以下の通りです。

プライム:東証一部の大部分(約84パーセント)の企業が移行
スタンダード:東証一部の残りと東証二部、JASDAQスタンダードの企業が移行
グロース:マザーズ、JASDAQグロースの企業が移行

崔さんは、今回の再編で注目すべきはプライム市場の上場基準だといいます。ここに大きな狙いがあるようです。プライム市場をはじめとした各市場のコンセプトや上場基準などから紐解いていきましょう。

新市場のコンセプトと上場基準とは?

新市場のコンセプトと上場基準とは?

まず、各市場の主な上場基準は以下になります。

プライム市場スタンダード市場グロース市場
株主数800人以上400人以上150人以上
流通株式数20,000単位以上2,000単位以上1,000単位以上
流通株式時価総額100億円以上10億円以上5億円以上
売買代金時価総額250億円以上

参照:日本取引所グループ「市場区分見直しの概要」(外部リンク)

プライム市場とは?

プライム市場とは、海外の投資家を含めた大口投資家の投資対象となる大企業が属する市場です。

その上場基準には、これまでは明記されていなかった以下の条件(コーポレートガバナンス・コード※1)が定められています。
※1:コーポレート・ガバナンス実現の助けとなる主要な原則を取りまとめたもの

・独立社外取締役(※2)の3分の1以上の選任
・英語での企業概要および業績の情報開示
・気候変動に関する情報開示

※2:一般株主と利益相反が生じるおそれのない社外取締役または社外監査役

よりグローバル市場の水準に近づけた上場基準を設けることで、海外投資家の興味・関心を引き、市場を活性化させていくことが大きな狙いとしてあるようです。

崔さんによると、これらは欧米で加速するESG投資を意識したものだといいます。ESGとは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を合わせた言葉で、企業は短期的な利益だけではなく中長期的な経営戦略のもと、持続可能な社会作りに貢献することが求められるようになっています。

投資家の間では、このESGが重要視されるようになってきており、その中でも全世界共通の課題とされる環境問題に配慮した活動が、これからの企業経営に欠かせない要素とされています。

株主数や時価総額の基準は、東証一部・二部の区分と大きな変更はありませんが、プライム市場に上場するためには、新たに高い水準のコーポレート・ガバナンスの条件を満たすことが必要となります。そのため、東証一部の企業はその水準を満たし、残留できるかが再度見直されることになりました。

スタンダード市場とは?

流通株式時価総額が10億円以上と、プライム市場に比べハードルが低くなっています。また、英語による業績などの情報開示や気候変動に関する取り組みなどは求められず、社外取締役の数も2人以上と少ないですが、上場企業として適切な株式の流動性・ガバナンスが求められています。上場基準は基本的に東証二部の内容が踏襲されています。

グロース市場とは?

グロース市場の上場基準は、ガバナンス・コードも含め、再編前のマザーズ市場やJASDAQ市場と同等になります。最先端技術の開発を行っているなど、今は赤字でもその事業計画から将来性のある成長企業、ベンチャー企業などが上場する市場です。

流通株式時価総額は5億円以上とハードルが低く設定されていますが、一方で高い成長性のある企業しか上場できないという条件があるのが特徴です。

東証市場再編の理由と狙いとは?

東証市場再編の理由と狙いとは?

東京証券取引所はなぜ市場を再編したのでしょうか。最大の理由は、「より多くの海外投資家の投資を呼び込むこと」だと崔さんはいいます。

金融市場のグローバル化が急速に進展し、国境をまたいでの投資が活発化する中で、投資マネーの奪い合いが加速してきました。そのような状況下でも、日本の市場は海外投資家にとって魅力が乏しく、あまり投資対象としたい市場ではなかったのです。

旧東証一部には海外からの投資対象になりうる企業が少なかった

本来東証一部は、海外投資家からの投資対象になりうる基準を満たす企業が集まっているはずです。ところが上場企業は2,185社(2022年3月3日現在)と数は揃っていますが、大型ファンドを運営する海外投資家から投資される企業は限られていました。

例えば、海外のニューヨーク市場、NASDAQ、ロンドンの株式市場などに比べると東京証券取引所の東証一部への上場基準は低く、そのため他国の基準では大企業といえない企業も東証一部に含まれていたといいます。

海外投資家の投資を呼び込めるようになる?

そもそも海外投資家が積極的に投資するのは、どのような企業なのでしょうか。その基準として、崔さんは大きく2つのポイントをあげます。

1つ目は、企業の評価基準として一般的には「時価総額1,000億円以上」であることとされています。時価総額が小さい企業の株ほど株価は上下しやすく、投資家にとってはそれだけリスクが大きくなります。

旧東証一部の上場企業2,185社中、時価総額が1,000億円以上の企業は、700社程度と約3分の1しかありませんでした(2022年3月3日時点)。日本の市場に海外の投資家からの資金を呼び込む必要がある中で、海外の投資家からすると投資するのは難しいとされる企業が東証一部でも多かったのです。

しかし、今回プライム市場の上場維持基準として時価総額は設定されていません。そのため、もっと厳しい上場維持基準を設けるべきとの声もあり、今後の課題として残っていると崔さんはいいます。

2つ目は株式に流動性があることです。

企業同士が株式の持ち合いをしていたり、オーナー経営者が株式のほとんどを持っていたりする企業の場合、その株式は市場でほとんど売買されないことになります。

市場再編では、東証一部に代わるプライム市場の上場維持基準は引き続き「流通株式時価総額100億円以上」と定められました。今回から、経営の安定化を目的に企業同士が株式を持ちあう「政策保有株式」についても、流通株式と認められず、より厳しい基準に変更されています。

3つ目は、今回の市場再編で大きな変更点としてあげられた、コーポレートガバナンス・コードの水準です。コーポレート・ガバナンスの強化によって経営戦略・経営課題、リスクやガバナンスに係る情報等の非財務情報の公開性が高められたことで、海外投資家にとっても投資がしやすい市場になったといえるでしょう。

市場再編で何が変わる?私たちの生活に影響は?

市場再編で何が変わる?私たちの生活に影響は?

東証再編は、各企業や株価にどのような影響を与えるのでしょうか。

企業への影響

市場再編が企業に与える影響について、崔さんは4つのポイントをあげます。

各企業は株式の流動性をあげる施策を迫られる

プライム市場では、株式の流動性がより重視されるようになりました。そのためオーナー株主や大株主が株式のほとんどを所有しているような企業は、プライム市場に上場することができません。そのような企業は、株式の流動性をあげるために株式を売却または増資するなどの施策を迫られることになります。

英語でも業績の開示をしなければならなくなる

プライム市場に上場する企業は、海外投資家の利便性の向上のため、英語の有価証券報告書などが必要になります。プライム市場への上場をめざす場合は、こうした英語での開示書類の作成コストが発生することになります。

気候変動をはじめ、ESGに関する情報開示が求められる

アメリカの市場では、気候変動やESGに関しての情報開示が義務付けられています。プライム市場に上場する企業には同じように、気候変動やESGに関しての情報開示が求められるようになりました。

SDGsの広がりから、既に多くの企業が環境に配慮する活動や経営に取り組んでいますが、上場基準に明記されることはありませんでした。全世界的にESG経営がスタンダードになる中で、日本の大企業も世界水準にあわせるべく、今回の市場再編を機に上場基準に明記されることになったのです。そのため、各企業はビジネス面だけでなく、環境や社会貢献に対する明確な指針を打ち出すことが必要になってきます。

社外取締役の登用コストがかかる

ESGの情報開示と関連し、プライム市場に上場する企業は、社外取締役を3分の1以上入れることが基準とされます。社外取締役は、企業の業務に従事することはありませんが、経営者の独善を防ぐなど経営を監視し、経営の透明性や企業統治を強化する役割を担います。

アメリカでは、取締役の半数以上が社外と規定されるほど社外取締役は健全な経営を行うためには重要な存在で、日本でもガバナンス強化を目的に、プライム市場に上場する企業には3分の1以上を社外取締役で構成することが求められています。

社外取締役に就くのは、一般的に弁護士や公認会計士、税理士、識者など様々ですが、プライム市場への上場をめざす企業や、東証一部から移行する企業で社外取締役が3分の1に満たない企業はその登用コストがかかることになります。

投資家や株価への影響は?

では、今回の市場再編によって株価への影響はあるのでしょうか。

プライム市場では、英語での情報開示や流動性の向上が義務付けられるようになります。企業がこれから英語での情報開示をするようになった場合、所有する株がより多くの投資家の関心を引くことにつながり、株価が上昇する可能性もあるということができます。

今回の東証再編の大きな目的は、日本の株式市場に対し海外投資家により関心を持ってもらい、流動性を高めて市場を活性化させることにあります。このことは企業だけでなく、国内の個人投資家にとってもメリットがありそうです。

私たちの生活に影響はある?

株価の上昇が期待できる他に、上場企業に勤務している場合、勤めている企業がプライム市場なのか、スタンダード市場なのかによって、働き方や業務面で少なからず影響は出てくる可能性があると崔さんはいいます。

例えば、厳しくなるガバナンスに対応するため、社内規定がより徹底されることなどが想定されます。また、プライム市場の上場企業はより海外市場を意識した経営になるため、新規事業などが検討される場合もあるでしょう。企業としても、個々のビジネスパーソンとしても、今回の東証再編をきっかけに、より大きなチャンスを得る可能性が期待されるのです。

まとめ

今回の東証再編によって、これまでの東証一部にあたるプライム市場には、より厳しい上場基準が設けられることになりました。プライム市場への上場をめざす企業にとってはハードルが高くなりますが、市場がよりグローバルに開かれる分、市場全体の株式の流動性も高まり、企業にも投資家にとってもメリットになり得るでしょう。

しかし、そのグローバル市場での大企業の水準とされる「時価総額1,000億円以上」の基準変更は、今回見送られました。崔さんはこの点について、「東京証券取引所の改革は、今回だけでは終わらず、今後も続けていく必要がある」といいます。

明確に再編の効果が現れるのには、少し時間がかかるかもしれません。もし効果があれば、投資をしていてもしていなくても、人々の生活に何らかの影響があるでしょう。東証再編後の変化は、私たちも引き続き注視していく必要がありそうです。

この人に聞きました
崔真淑さん
崔真淑さん
エコノミスト(MBA in Finance)、一橋大学大学院博士後期課程在籍、東証マザーズ カオナビ社外取締役、東京証券取引所 特任講師、日経CNBC 経済解説委員会コメンテーター、昭和女子大学 現代ビジネス研究所研究員
2008年神戸大学卒。2016年に一橋大学大学院にてMBA in Financeを取得。2018年より同大学の博士後期課程に在籍。研究分野はコーポレートファイナンス。2008年に大和証券SMBC金融証券研究所に入社し、アナリスト等を経験したのち独立。多数メディアで経済解説を行う。
ライタープロフィール
杉浦 直樹
杉浦 直樹
元歌舞伎役者・ファイナンシャルプランナー・ソムリエという異色の経歴を持つ。大学卒業後、広告代理店制作部のコピーライターとして職に就くも一転、人間国宝四世中村雀右衛門に入門。15年間歌舞伎座・国立劇場などの舞台に立つ。AFP・住宅ローンアドバイザー・JSA認定ソムリエの資格を取得し、金融・伝統芸能・自動車・ワインなどのコラムを執筆。

杉浦 直樹の記事一覧はこちら

RECOMMEND
オススメ情報

RANKING
ランキング