晩ご飯からマイホーム購入まで、行動経済学で分かる買い物のクセ

晩ご飯からマイホーム購入まで、行動経済学で分かる買い物のクセ

晩ご飯からマイホーム購入まで、行動経済学で分かる買い物のクセ

節約のために格安店に来たのについ予定より多く買ってしまうなど、人間のお金の使い方は必ずしも合理的ではありません。数式では説明ができない、人の心と経済との不思議な関係が分かる「行動経済学」について、身近な例を用いて紹介していきます。

行動経済学とはなにか

行動経済学とは、経済活動に関わる人間の不思議な行動パターンを考察し、より正確な経済学を構築しようとする経済学の一分野のこと。

一見、非合理とも受け取れる心理学的な側面も踏まえて解説している点が学会でも評価され、直近の約20年間で3人もの同分野の研究者がノーベル経済学賞を受賞しています。

「経済学」と聞くとなんだか難しそうと思われる人も多いかもしれませんが、行動経済学で説明されるものは日常に深く関係したものばかりです。さっそく事例をみていきましょう。

「上」を売るために「特上」を作る:極端回避性

「上」を売るために「特上」を作る:極端回避性

【例】売店で500円の「並」と、1,000円の「上」のうなぎ弁当があったとします。そこでAさんは「1,000円は高いからコスパの良い500円でいいや」と「並」の方を選びました。しかし別の日、1,500円の「特上」が販売されているのをみたAさんは、なんとなく真ん中の値段の「上」を手に取りました。

【解説】「松・竹・梅」の3つの選択肢がある場合、「真ん中の竹を選ぶ」という人は多いのではないでしょうか。これは行動経済学では「極端回避性」と呼ばれ、「安すぎるとおいしくないかも」「高すぎると価格に見合わないかも」というなるべく損をしたくないという感情に起因しています。さらに今回紹介した行動事例では、2種類の時は安い方を選んでいたのに、3種類になると真ん中を選んでしまう、というところに面白さがあります。お店側からすれば、より高い商品を売りたいときは、あえて「価格が上の選択肢を作る」という戦略が有効であるとも考えられます。

最終価格より最初の価格から割安感を判断する:アンカリング効果

最終価格より最初の価格から割安感を判断する:アンカリング効果

【例】Aさんはスマートフォンを買い換えようとしたところ、5万円の製品と、4万円の製品のどちらにするか迷っていました。性能の違いも、それに応じた相場もよく分かりません。ただ、5万円の製品は10万円で売っていたところ、5万円に値下がりしたことはネット広告を見て知っていました。最終的にAさんは5万円のその製品を選びました。

【解説】人間はあまり知らない情報について、最初に認知した数字に判断が左右されるという傾向があります。Aさんは5万円のスマートフォンが以前10万円で販売されていたことを知っていたので、5万円に値下がりしたことを「お買い得になった」と判断し、購買に結びついたと考えられます。4万円の製品の方が安く、性能の違いも分からないのに、値下がり額をみて買い物に影響を与えるこの現象を行動経済学では「アンカリング効果」と呼びます。この例えは不動産価格でも、スーパーで買う野菜でも金額の大小問わず置き換えることができます。

あと1点買うと1点無料:選好の逆転

あと1点買うと1点無料:選好の逆転

【例】靴下が破れたAさんはなるべく節約しようと、格安の衣服量販店にやって来ました。新品の靴下を1足だけ持ってレジに向かおうとしたところ、「3点で1,000円」のポップがふと目につきました。とくにそれ以上靴下が不足しているわけではないのですが、せっかくの機会だと思って追加で2点靴下をカゴに入れました。また店員さんから「あと500円で駐車料金が無料」と案内され、1,000円のシャツを1枚買うことにしました。帰りに駐車場で本来払うはずだった駐車料金の金額をみると400円でした。

【解説】節約するために低価格のお店を選んだはずなのに、目先の割引や特典に意識が向いて予定より多くの買い物をしてしまったこのパターン。「送料無料の特典を受けるために送料以上の商品を買い足す」「ポイント2倍の日に付与ポイント以上の不要な商品を買う」など、目的が本末転倒となるこの行動は「選好の逆転」と呼ばれます。タダでもらえるものには注意しておきたいものですね。

安くても携帯電話のプラン変更が面倒:現状維持のバイアス

【例】妻が携帯電話のプランを変えたところ、毎月の料金が大幅に安くなった話を聞いたAさん。自分も変更してみるかと一度は思ったのですが、結局検討しないまま時間が過ぎました。後日、今度は電気やガスの会社を変更することで料金が安くなる可能性を知ったAさんですが、また何もすることもなく月日が流れました。さらに別の日、ネットで住宅ローンの借り換えで返済額が安くなるかもしれないことを知ったAさんですが、やはりいつまで経っても金融機関の窓口に足を運ぶことはありませんでした。

【解説】ほぼ明らかに経済的なメリットを得られるにもかかわらず、なかなか行動に移さない現象は珍しいことではないようです。行動経済学では人間は習慣や環境が変わることに対して抵抗感があり、変化を望まない性向があると指摘されています。「現状維持のバイアス」といわれるこの傾向は、「携帯電話のプランを変更したところ機種料金が上がった」「契約会社変更で光熱費はかえって高くなるかもしれない」など、予期せずデメリットが上回るリスクを避ける無意識の思考から生じているともいわれています。

売りたい価格と買いたい価格は違う:保有効果

売りたい価格と買いたい価格は違う:保有効果

【例】Aさんは転勤が決まり、1年前に通勤用に買った自転車を友人に販売することにしました。12万円で購入した商品だったので、「1年しか乗っていないし8万円くらいが妥当かな」と考えていたAさんでしたが、友人は「4万円くらいなら買ってもいいけど……」と悩んでいる様子でした。もちろん12万円で購入したことは友人に伝えていましたが、両者が考える適正価格には2倍もの隔たりがありました。

【解説】行動経済学の検証では、同じ物であっても、売り手と買い手の立場の違いで妥当だと考える価格が異なるケースがあることが分かっています。理由についてはいくつか説がありますが、広く知られているのが「人間は得るときの喜びよりも、失うときの悲しみの方が感情が大きい」という心の働きを前提とした、「保有効果」と呼ばれる理論です。物について保有している間に愛着が湧き、売り手と買い手の感じる価値は等価にならないといわれています。

割引額ではなく割引率で判断する:感応度逓減

【例】家電量販店にやって来たAさんは、気になる冷蔵庫が25万円から24万円に割引されているのをみて少し心が動きましたが、結局売り場を離れました。その後、別のフロアで炊飯器が2万円から1万円に値引きされているのを見たAさんは、「これはお得だ!」と思い買って帰ることにしました。

【解説】冷蔵庫も炊飯器も割引額は1万円です。当然、Aさんが値引きによって得られる経済的なメリットも1万円です。にもかかわらず、Aさんは炊飯器の「割引率」に反応し、ほとんど衝動買いに近い状態で購入を決めました。割引についてのお金の価値判断は、母数によって簡単に変わってしまうこの現象を「感応度逓減」といいます。

報酬を与えることがかえってやる気を奪う:アンダーマイニング効果

報酬を与えることがかえってやる気を奪う:アンダーマイニング効果

【例】Aさんは自身のビジネススキル向上のために、自費でスクールに通い、資格取得に向けて学習を続けていました。ある日、そのことを知った同僚が働きかけ、資格取得について報奨金がもらえる社内制度が導入されることになりました。その後社内で資格取得者が続出したのですが、1年後に予算縮小のために制度が廃止されました。もともとAさんは自分のスキルアップのために取り組んでいたのですが、報奨金がなくなると、なぜか途端にモチベーションが低下し、気づけば周囲の同僚たちも学習をストップしていました。

【解説】これは買い物の例ではありませんが番外編として紹介します。会社で人事評価制度や福利厚生制度の管理に携わる方は、一度は耳にしたことがある事例かもしれません。これはモチベーションがいつの間にかお金に代わってしまっていたことで、本来の目的や意志が失われてしまう行動パターンの一例です。「アンダーマイニング(undermining、徐々に弱っていく、傷つける)」と呼ばれるこの現象は「ビジネススキルを高めたい」という内発的な動機付けが、報酬や社内評価アップなど外発的な動機付けに置き換わることを指し、一概に報酬を与えれば良いものではないことを教えてくれます。

お金との付き合い方は必ずしも合理的ではない

今回紹介した行動パターンはいずれも行動経済学では有名な学説ばかりですが、経済行動ではまだまだ非合理で解明されていない現象が多いようです。なぜそれを安いと感じ、なぜ購入しようと思ったのか。日々の買い物でも、今回あげた例を頭に浮かべながら考えてみるのも楽しいかもしれません。

ライタープロフィール
田中 雅大
田中 雅大
主にマネー系コンテンツ、広告ツールを制作する株式会社ペロンパワークス・プロダクション代表。関西学院大学卒業後、編プロ、マネー系雑誌等の編集記者を経て2014年設立。AFP認定者。

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