認知症になるとどんなことに困る?

認知症とは
認知症は、脳の一部が萎縮したり、障害が起きたりすることによって理解、判断、論理などの知的機能、いわゆる認知機能が低下し、生活に支障をきたす状態をいいます。
物忘れがひどくなる、理解力・判断力が低下するなどの症状が起こり、お金の管理ができなくなる、家事や洗面、入浴など身の回りのことができなくなるなどの事態が生じる可能性があります。
認知症は、65歳以上になると発症する確率があがります。厚生労働省のホームページによると、日本での65歳以上の認知症患者数は約600万人(2020年時点)と推計されており、2025年には約700万人(高齢者の約5人に1人)が認知症になると予測されています。
認知症になるとできなくなること
井戸さんによると、認知症の症状・進行には個人差があるものの、認知症と診断されると、法律行為として主に契約ができなくなってしまうこともあるといいます。
民法では「法律行為の当事者が意思表示をしたときに意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする」と記されています。認知症になり、法律行為に対する自身の行為の結果や意味を判断する能力(意思能力)がないと判断された場合には、法律に関わる行為が無効となります。
預金口座の解約、預金の引き出しや遺言書の作成、生前贈与などの行為ができなくなる可能性があり、状況によっては本人や家族が金融機関で預金を引き出すことが難しくなってしまいます。
認知症になるとかかる可能性がある費用
認知症が進行すると、自力での生活が困難になるため、医療費の他に介護費用がかかってきます。公益財団法人生命保険文化センターの「生命保険に関する全国実態調査2021年度」によると、介護費用は月額平均8.3万円で、介護期間は平均5年1ヵ月です。
その他にも、初期費用として介護しやすいように住宅をリフォームする費用や、介護用ベッドの購入費用などがかかるケースもあります。これらを合計すると、認知症になるとかかる可能性がある費用として約580万円の備えが必要だと井戸さんはいいます。
また、元々同居していた親族が認知症になった場合、施設など別の場所で生活することになる場合もあるため、施設利用料や光熱費など生活費の負担が増します。
費用面では、認知症になった本人の年金受給額と貯蓄が重要となります。万が一のときに備え、「いくら年金を受け取っているのか(または受け取る予定か)」「貯蓄は何をどのくらい持っているか」などを配偶者や子供、頼れる親族に伝えておくと良いでしょう。
認知症になる前に知っておきたい制度のこと

認知症になってしまった場合に、相続に関する取り決めや福祉サービス利用などの契約をスムーズに行ったり、介護費用や治療費などの負担を減らしたりするために活用できる様々な制度があります。事前にどのようなものがあるのか、知っておきましょう。
自立した生活をするための制度
成年後見制度
認知症になった場合などに、「成年後見人」が本人の代わりに医療・福祉サービスの契約や財産管理などを行う成年後見制度があります。一度契約すると本人が亡くなるまで終了できない仕組みになっているので、柔軟な活用が難しい面があります。弁護士・司法書士等専門家に成年後見人を依頼する場合には、報酬として月に数万円を支払い続けることになります。
家族信託
家族信託は、特定の目的(例:家を売却したい、介護サービスを契約したいなど)に対して家族・親族に財産の管理や処分できる権限を付与する制度です。
例えば、親名義の家を長男が売却し、長女が売却代金を受け取れるようにする場合、親が「委託者(委託する人)」、長男が「受託者(受託する人)」、長女が「受益者(利益を受け取る権利を持つ人)」となる契約を結びます。
日常生活自立支援事業
日常生活自立支援事業は、認知症などで判断能力が不十分な高齢者の方が、地域の社会福祉協議会と契約することによって、福祉サービスを利用する際の手続きや契約、金銭管理や重要書類の保管の手伝いを行ってもらえるものです。
契約前の初期相談や生活保護受給世帯の利用は無料で、福祉サービスの手続きや金銭管理のサービスなどは社会福祉協議会が利用料金を定めています。
訪問1回あたりの利用料は平均1,200円と、金銭的負担の少ない制度といえるでしょう。
医療費や介護費に関する制度
高額療養費制度
医療費の負担を軽減する制度として、「高額療養費制度」があります。高額療養費制度は、医療機関と薬局で支払う医療費が1ヵ月(1日から末日まで)で上限額を超えたときに、超えた金額が支給されます。上限額は年齢や所得に応じて設定され、入院時の食費や差額ベッド代などは含まれません。
複数回の受診や、同じ世帯で同じ医療保険に加入している方がいる場合は、それらを1ヵ月ごとで合算することも可能です。
さらに過去12ヵ月以内に3回以上、上限額に達した場合は、4回目から「多数回」該当となり、上限額が下がる仕組みとなっています。入院時などは特に医療費が高額になるので、このような制度があることを知っておくと良いでしょう。
高額介護サービス費
高額介護サービス費とは、市区町村(地域包括支援センターでも可)に申請を行い「要支援1・2」または「要介護1~5」に該当すると判断された際に、自己負担の上限額を超えた部分が払い戻される制度です。
自己負担の上限額は世帯の所得に応じて定められており、例えば年収約770万円未満の場合は、負担上限額は44,400円となっています。
対象となるのは、居宅サービス、施設サービス、介護予防訪問サービス、介護予防通所サービスなどの利用者負担額です。福祉用具購入、住宅改修、数ヵ月にわたって施設に入居するミドルステイ、食費や日常生活費は対象外です。
一度申請書を提出すれば、2回目以降は自治体から自動的に支給されるため、手続き面での負担も少ないといえます。
高額介護合算療養費制度
高額介護合算療養費制度とは、1年間(8月1日~翌年7月31日)の世帯の医療保険と介護保険の自己負担の合算額が基準額を超える場合に、自己負担額を軽減する制度です。
基準額は、年齢や所得に応じて設定され、例えば年収156~370万円の世帯における月の上限額は57,600円です。
高額介護サービス費制度、高額療養費制度、高額介護合算療養費制度の3つは、ぜひ知っておくと良いでしょう。
認知症になる前に伝えておくと良いことリスト

制度を利用するために家族に伝えておくべき情報や考えておくべきことを書き出しておくと、いざというときのためにスムーズに対応ができます。その際に有効なのが「エンディングノート」です。
エンディングノートは、毎月の収入・支出、保有資産や、万一のときの治療方針、葬儀やお墓などについての自身の意向を記しておくものです。法的な拘束力はありませんが、本人の意思を家族や周りの人に示すことができます。
各種制度申請の窓口についても、高額介護サービス費は市区町村の窓口(または地域包括支援センター)、高額療養費制度は健康保険の保険者(後期高齢者は後期高齢者医療広域連合)、高額介護合算療養費制度は介護保険者(地方自治体)や健康保険組合など、リストにまとめておくと良いでしょう。どのサービスを利用するか、利用頻度は週に何回かなども加えて、自身の希望を記しておきます。
相談先は、介護に関してはケアマネージャーや介護施設などになりますが、お金に関する相談はファイナンシャルプランナーや信託銀行などになります。相談した専門家や取引のある金融機関・証券会社・不動産会社などの連絡先や担当者もあわせてまとめておくと良いでしょう。
エンディングノートに定まったフォーマットはありませんが、地方自治体や法務局、民間の金融機関や保険会社などが発行しており、地方自治体や法務局では以下のようなウェブサイトからダウンロードできます。
未来につなぐ私のエンディングノート(PDF/5.1MB、外部サイト)
また、エンディングノートは書いて終わりではなく、定期的に見直すことも大切です。家族から「ここを変えておく?」といった声かけが必要になることもあるでしょう。普通のノートに必要事項をまとめておくだけでも家族の負担が軽減されますので、よく話し合ってみてください。
ここではエンディングノートに記しておくと良いリストを紹介します。
病気になった場合
・会いたい人、知らせてほしい人の連絡先(入院時・葬儀連絡)
・延命治療をするか否か
・痛み、苦痛を緩和するケアを希望するか
葬儀・お墓に関して
・葬儀をしてほしいか、してほしくないか
・葬儀費用の予算
・葬儀の演出やお別れのメッセージ
・互助会に入っていないか
・お墓はどこに入りたいか
ペット・遺品に関して
・万が一のときのペットの引き取り先
・手紙や日記帳は誰がどうやって処分するか
・PCのプロバイダや携帯電話の契約先
・遺してほしいもの、譲りたいもの
資産に関して
・通帳・印鑑・証書の保管先
・財産をリスト化、取引先や資産の種類
その他
・ペットの名前や生年月日・かかりつけ医
・加入しているサークル・有志の集まりの連絡先
・年金手続きのための基礎年金番号・職歴(手続時に確認される)
認知症や介護については、知らないことが多く不安になる方が多いですが、制度や費用について知っておくことで気持ちが楽になるはずです。
社会福祉協議会のホームページや自治体の広報誌には、介護支援に関する制度・サービスの最新情報が掲載されています。まずはこうしたホームページや広報誌の存在を知っておきましょう。
エンディングノートの活用法について、こちらの記事でも詳しく紹介しています。
人生の最後を自分らしく自由に綴る、「エンディングノート」活用法
まとめ
親の面倒を看る子供や配偶者、兄弟にも、身体や環境の変化があります。例えば、一般的に親が70~80代の場合、子供は50代前後で、病気にかかるリスクが高くなってくる年代です。他にも子供の離婚や転職など、ライフイベントの予測は難しく、看る側の状況が変わっていくことも念頭に置いておく必要があります。
万が一に備えて、高額介護サービス費制度や高額療養費制度などの負担軽減制度について知り、活用できるようにしておくことが重要です。日ごろから介護やお金について家族とコミュニケーションをとり、情報を共有しておきましょう。
この人に聞きました

ファイナンシャルプランナー ・社会保険労務士
経済エッセイスト。1990年に社会保険労務士資格を取得、神戸市内に事務所を設立し1996年にはCFP認定者となり業務を拡大。ファイナンシャルプランナー・社会保険労務士・産業カウンセラーとして、多くの人々の相談を受けながら、『残念な介護楽になる介護』(日経プレミアシリーズ)を始め自身の体験を基にしたお金や介護に関する書籍を多数出版、講演活動を行う。2021年からは国民年金基金連合会の理事(非常勤)に就任。
ライタープロフィール

金融系ライター。大学在学中にFP資格を取得し、卒業後は会社員を経て独立。現在はフリーライターとしてメディアや企業サイトなどで金融系・不動産テック・DXなどの記事を執筆する。2級ファイナンシャル・プランニング技能士。
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