漠然とした不安
誰しも歳を取り、やがて働けなくなる未来がやってくる。そうなったときに、働いていた頃のような暮らしを継続できるか、と考えるとぼんやりとした不安を感じる方も多いのではないだろうか。企業年金の制度がある企業も少ないと聞くし。

私は自営業なので、当然企業年金などはなく、将来もらえるのは国から支給される「公的年金」だけだ。退職金なども当然ない。会社で働いている方々も、漠然とした不安を抱えている方が多いと思う。老後2,000万円問題などがたびたび話題になるのは、そういうことだろう。

そんな不安を解消する方法の一つが「iDeCo(イデコ)」だ。既存の年金に自分で上乗せすることができる制度である。今回お話を聞くファイナンシャルプランナーの大江加代さんは、「公的年金に厚生年金部分がない自営業の方や、会社の退職金・企業年金がない方は老後資金をしっかり準備することが必要になります」という。

そもそもiDeCoってなんですか?
私が一人で将来の不安を抱えていても答えが見つからないので、ファイナンシャルプランナーの大江加代さんにiDeCoについてお話を聞く。そもそも私はiDeCoが何かもあまり理解していないレベルなのだ。

地主:そもそもなんですが、定年後、公的年金だけで生活するのはやっぱり難しいですか?
大江:どんな暮らしをするかで、その質問への答えは変わると思うんですよ。だって東京での住居費と田舎とでは違いますよね。月に15万円くらいあれば悠々暮らせる方もいるし、35万円あっても「足りないよ〜」という方もいます。
地主:確かに!じゃ、私は大丈夫だと信じたい!
大江:一般的な話としていえば、食べて寝るということであれば、公的年金だけでもまかなえると思います。だけど、おいしいものを食べたい、孫にお小遣いをあげたいなどのように、ちょっとした贅沢や生活費以外の支出をするには、公的年金だけでは難しいかもしれません。
地主:ちょっと前に話題になった「老後2,000万円問題」っていう話があったじゃないですか?あれはなんですか?聞かなかったフリをしても大丈夫ですか?そんな夢のような金額!
大江:2,000万円という数字が出回ってしまったので、みんなの中で「老後資金=2,000万円」となっているのかもしれませんが、さっきの話でいえば2,000万円で足りない人もいるし、足りる人もいる。
地主:じゃ、やっぱり2,000万円は最低ライン?
大江:現在の高齢者の方々は、平均で2,000万円くらい貯蓄を持っているんですよ。それを取り崩して余裕のある暮らしをしている。直近でいうと、新型コロナウイルス感染症の影響もあって旅行とかに行きづらいじゃないですか。さらに給付金もあって、高齢者の中には、家計が黒字なんて方もいらっしゃいます。2021年は「老後70万円問題」なんていわれたくらい ですよ。
地主:減った、すごい減った!いま希望が見えた!
大江:だから結局、旅行とかそういう大きな出費がなければ、取り崩す額が小さく済む。だけど、一般的にはちょっと備えがあった方が安心だし、楽しみもあった方が良いよねという話だと思うんです。

地主:老後を楽しく過ごすために登場するのがiDeCoなんですか?
大江:まさしく!老後のお金を現役の内からコツコツ積み立てていく制度がiDeCoです。
地主:貯金みたいなことですか?
大江:そうです。ただ、貯金と違って、積み立てたお金が増えることもあれば、減ることもあります。iDeCoは、定期預金・保険などの「元本確保型」と、投資信託などの「元本確保型以外」の商品からご自身で選んで運用する仕組みで、受取額はその運用成果に影響を受けるからです。
また、iDeCoは貯める目的が老後資金に限定されています。そして、老後にむけた準備を国も税制面から色々応援してくれているのが魅力。
既に利用している皆さんが一番メリットを感じているのは、積立時の「掛金の全額所得控除」。掛金額の分、課税所得が小さくなるので、所得税と住民税が軽減されます。それが積み立てている間、ずっと続きます。
しかも、運用益・利息がでた場合、普通はそこから税金が差し引かれますが、iDeCoは運用益非課税(※)なのでまるっとご自身のものになります。
地主:積立や運用する期間が長ければ、長いほどお得じゃないですか!メリットしかない!
大江:ただ、これは老後資金目的の資産形成だからこんな税金メリットがあるわけで、早くても60歳までは受け取れないんですよ。
旅行したいとか、カメラ買いたいとか、お子さんの大学入学金でとか、60歳前にまとまったお金が必要になっても使えないので、老後に回せるお金で積み立てることがポイントかなと。
地主:確かに60歳まで受け取れないのは困りますけど、所得税と住民税の軽減は魅力ですね。例えば60歳でもらうときに元本が割れているってことはないんですか?
大江:それはですね、積み立てをするときの運用商品によるかと。定期預金のような、「元本は割れないけれど、あまり増えない」というような商品もあれば、投資信託は価格が動くので、マーケットの状況が悪いときに受け取ってしまうと元本割れすることはありえます。
地主:長期で積み立てると、そのリスクを軽減できるわけですよね。「つみたてNISA」※のときに学びました!
大江:そういうことです!
※地主さんが積立投資の仕組みやメリットなどを学んだ記事はこちらからお読みいただけます。
あの頃から毎月1万円投資してたらどうなってた?最も初歩的な「積立投資」入門
〈ポイント〉
・「掛金の全額所得控除」による所得税と住民税の軽減が大きなメリット
・運用益が出ても非課税(※)
・60歳まで給付金を受け取れないので、掛金は老後に回しても問題ない金額で
・長期運用すれば、投資のリスクを軽減できる
※運用中の年金資産には1.173%の特別法人税がかかりますが、現在は課税が凍結されています。

いつからiDeCoを始めたらいいですか?
iDeCoとは老後のお金を準備する方法で、積み立てしている間の所得税と住民税の軽減があるとわかった。また預金などで安定的に貯める方法もあれば、投資信託という方法もある。では、いつから始めたら良いのだろうか。
大江:私の感覚では20歳でいきなり老後のお金を貯めるのは実感が湧かないと思うんです。40歳ぐらいに近づいて老後が他人事でなくなってきたときに、「ちょっと老後用にお金貯めといた方が良いかな」って感じ始めたら、iDeCoを始めれば良いんじゃないかと思います。
地主:40歳の誕生日を記念して始めるみたいな?
大江:良いですね。そうすると20年ありますから無理せず貯められます。例外もあるのですが、基本的に60歳までしか積み立てできないので、50歳になってからだと期間が短いし、毎月積み立てることができる金額に上限もあるので、まとまった額を準備することが難しいかもしれません。

地主:その上限の金額ってどのくらいなんですか?
大江:働き方によって異なります。元々公的年金に上乗せする老後のお金を作る制度なので、例えばみんなが入っている国民年金に加えて、サラリーマンだと厚生年金ももらえますよね。さらに公務員には公務員用の年金がある場合も。そういった年金制度が充実している職場で働いている人は、iDeCoの枠が月額12,000円などと低めに設定されています。
地主:月額12,000円もなかなかの金額ですけどね!
大江:だけどフリーランスの人だと月額68,000円も枠があるんですよ。自分で備えた方が良い人は高く、そうでもない人は低くという感じになっています。
地主:私の場合は、月額68,000円だ!無理無理無理!
大江:さっきの話に戻ると50代になってから気合を入れて貯めるぞと思っても、月額の上限枠があるので限界があるんです。iDeCoは無理して気合を入れて、短期で積み立てるものではなく、老後に向けてコツコツ時間をかけて積み立てるものです。そうすれば長期の運用にもなるし、税負担軽減のメリットもずっと受けられるわけですから。
地主:月に68,000円か…。
大江:安心してください。月額68,000円を積み立てなくてはいけないわけではなく、月額5,000円からできますから!今iDeCoの積立をしている方々の平均は月額16,000円です。だから月に10,000円、15,000円ぐらいでもできたら良いよねってそんな感じだと思います。
地主:途中で掛金額は変えられるんですよね?
大江:年に1回1,000円単位で変えられるので、無理しないで、5,000円から始めて、余裕がありそうならば翌年は7,000円にするということもできます。あと商品もいつでも変えられるんですよ。スマホとかで。

地主:その商品はどう選べば良いんですかね?定期預金的なのは別として、投資信託だと、日本で買えるものって6,000本くらいありますよね?
大江:よく覚えてましたね、その通り。ただ、iDeCoは金融機関が老後資産形成に向いた商品をあらかじめセレクトしてくれているんですよ。iDeCo用に並んでいる商品は、金融機関全部合わせると600本を超えるくらいだと思うので、6,000本の内から1割ぐらいまで絞り込まれます。さらに、各金融機関が扱う商品数は、法令で3本~35本までとすることになっています(※)。ですので、自分が買いたいと思う商品を扱っている金融機関で申し込むのも良いですし、金融機関が決まっているなら、その中から選ぶことになりますね。
※平成30年5月1日時点において提示している商品数が35を上回っている場合、5年間は平成30年5月1日時点の商品数が上限。
地主:それはかなり絞れて便利!
大江:1円でも減ったら嫌だという人は投資信託での運用はしないほうが良いけれど、ある程度増やしたいならiDeCoの運用では投資信託を活用した方が良いと思います。ちなみに、投資信託の「少額で多くの対象に投資が可能になる商品性」を最大限いかして、私は世界中に分散するような投資信託で運用してます。
世界情勢が不安定な中でも、世の中に必要とされるサービスやモノを作りだすことができた会社は成長しますよね。世界中の企業に投資しておけば、私が投資したお金もいくらかはそういう企業に回って、ゆっくり育っていくと考えています。
地主:長期分散投資ですね!
大江:そうです!ただ、株式というのは国内株式も外国株式も1年の間に3割ぐらい値上がりすることもありますが、3割下がるってこともよくあるんです。そうすると100万円が130万円になることもあるかもしれないけど、70万円になるかもしれない。一時的に30万円が元本割れしている状態が起こるかもしれないということです。
それで自分が夜眠れなくなるようなタイプだと思うのであれば、投資する金額や割合を調整する必要があります。例えば、半分預金、半分投資信託にすれば、運用益も15万円になりますが、下がるのも15万円になります。
地主:iDeCoの中で分けることができるんですね!
大江:できます。自分の1万円を50パーセントは定期預金、50パーセントは投資信託というような買い方ができます。また、翌月の積立分から割合を変えることもできます。

地主:始めたくなりますね!
大江:例えば、40歳で年収が400万円として、月に16,000円積み立てて、運用益が年3%だとすると、60歳までの減税額の累計は576,000 円にもなります。そして、運用益が1,412,832円で、積立元金が3,840,000円なので、受け取れる額は5,252,832円となります。
地主:なかなか良いですね!
大江:でしょ!
〈ポイント〉
・基本的に始められるのは 60歳まで。老後を見据え始めたら検討を
・毎月積み立てることができる金額には上限がある
・掛金は月5,000円から始めることができ、年に1回1,000円単位で変えられる
・掛金を運用する商品も、どのような配分で振り分けるか含め自分で選べる

受け取り方は?
地主:iDeCoの給付金の受け取り方はどんな感じなんですか?
大江:積立金額をすべて一括で受け取る「一時金」、一定の金額を定期的に受け取る「年金」、あとはその併用ですね。どう受け取るかは、自身の老後の暮らしにとっていつ、どれくらいの額の給付金が必要かによりますよね。
例えば住宅ローンがあって、定年退職のときに一括で返済するのに使いたいということであれば一時金。長生きをした場合のリスクに備えて、公的年金の受取開始を後ろにずらし、引退後の生活費を穴埋めするために何年間かに分けて受け取りたいというのだったら5年分割して受け取るという方法もあります。いずれにしても、今決める必要はないです。
地主:そのときになって初めて悩めば良いんですね!
大江:60歳あたりで今後のお金のことを考えて、自分に合った方法で受け取るのが良いと思います!

地主:万が一ですよ、60歳になる前に死んでしまったら、損しません?iDeCoは60歳まではもらえないので。
大江:重い障がいや死亡は考えたくないことだけど、万が一そうなった場合は60歳より前でも受け取れます。死亡の場合は遺族が一時金でもらうことになります。
地主:良かった。うちは母が60歳前に亡くなっているので。
大江:そうでしたか。iDeCoはお亡くなりになったらご遺族に、生きていたら老後に自分が使えるお金の備えになります。
地主:受取のことは考えずに、とりあえずは積み立てた方が良いよねって話ですね。その時々で状況は変わるから。
大江:年を取ってからの人生の選択肢を広げるためにも、積み立てておいた方が良いと思います。やっぱり働いている間しかお金を貯められないですからね。
地主:あの…なんかiDeCo、良い話ばかりな気がして、落とし穴というか、デメリットってないんですかね?
大江:先にいったように60歳までもらえない、という点と、スタートする時に金融機関を決めて、商品を決めてっていうところがちょっと手間ですね。
それと会社員の方は勤務先の証明書が必要です。iDeCoは職業や勤務先の年金制度によって積み立てられる金額が変わるからです。あと国民年金を払ってない人は入れません!
地主:払ってます、自分、年金払ってます!
大江:なら、入れます。地主さんは会社員ではないので、勤務先の証明書も必要ないですし!
地主:やった!!!
〈ポイント〉
・積立金の受け取り方は「一時金」「年金」とその併用
・一定の障がいや死亡の場合は、60歳前の受け取りや、遺族が一時金で受け取ることも可能

2022年4月の法改正の内容は?
地主:そういえば、2022年4月から年金制度って色々と変わったんですよね。
大江:変わりましたね。iDeCoも4月から少しずつ変わっていきます。加入条件の「60歳未満」という年齢制限が撤廃されて「国民年金に加入していること(任意加入を含む)」だけになります。これによって、60歳以上でも会社員や公務員として働いていれば、65歳までiDeCoに加入、つまり積立ができるようになりました。
地主:やった!!!
大江:ただ、地主さんは自営業なので60歳になると国民年金の積立が終了しますから、60歳以降はiDeCoに加入できません!
地主:オーノー!!!
大江:ただし、国民年金保険料の納付期間が国民年金を満額受け取れる40年に達していない場合は、60歳以降でも任意で国民年金の加入者になって納付を継続でき、この期間はiDeCoに加入することができます!
地主:やったー、なのかな…。
大江:加入できる期間は加入して税金メリットを受けつつ、老後資金を貯めた方が良いと思います。注意点としては、公的年金やiDeCoを受け取りながら、iDeCoには加入できないということです。会社の退職金や企業年金を受け取ることはiDeCoには影響しません。
地主:どちらにしろ、40歳くらいからは入っておいた方が良いですね。
大江:そうですね!

地主:最後になりますが、落とし穴は?
大江:さっきもいいましたよね!よっぽど心配なんだ!
地主:はい!
大江:始めるときの書類が面倒ってことですよ。
地主:それくらいなら始めるべきかな…。
大江:年々60歳までの期間は減っていくんです!なんで始めないの?と思いますよ。積み立てできる期間を、自分のチャンスを捨ててしまっているようなものですよ。
地主:確定申告が面倒になることはないですか?
大江:保険料控除と変わらないです。書く欄がありますから。落とし穴は、申告しないと税金が軽減されないことですね。
地主:会社員の人は年末調整のときに会社に出せば良いんですよね?
大江:年末調整を申告するときに、保険料などと一緒に申告すれば良いです!10月末から11月頭にはがきが届きますから、それを捨てないことです!
地主:健康保険証を捨てちゃったことあるんです…気を付けます!
〈ポイント〉
・加入条件の「60歳未満」という年齢制限が撤廃され、「国民年金に加入していること(任意加入を含む)」のみに(2022年5月より)
・確定申告や年末調整の際に申請を忘れない!!!!!

iDeCoは良いぞ、たぶん!
iDeCoについてお話を聞いた。老後は誰しもやってくることなので、それに備える良い方法だということが分かった。月に5,000円から始めることができるので気軽だ。つみたてNISAとの併用も良いけれど、「私がどちらか一つをまず始めてみるのであればiDeCo」と大江さんはお話していた。私も始めようかと本気で考えている。40歳も近いしね。

・本コンテンツは一般的な情報提供を目的とするものであり、証券投資取引の推奨・勧誘を目的とするものではありません。
・iDeCo(個人型確定拠出年金)は、原則60歳まで途中のお引出、脱退はできません。運用商品はご自身でご選択いただきます。運用の結果によっては、損失が生じる可能性があります。加入から受取が終了するまでの間、所定の手数料がかかります。
この人に聞きました

確定拠出年金アナリスト
大手証券会社にて22年間勤務、一貫して「サラリーマンの資産形成ビジネス」に携わり、企業や官公庁での講演多数。確定拠出年金には制度スタート前から関わり、iDeCoの普及活動も行っている。株式会社オフィス・リベルタス取締役 NPO法人確定拠出年金教育協会理事 厚生労働省社会保障審議会 企業年金・個人年金部会委員。【主な著書】「図解 知識ゼロからはじめるiDeCoの入門書」(ソシム社)
ライタープロフィール

ライターなど。1985年、福岡県生まれ。基本的には運だけで生きているが、取材日はだいたい雨になる。2014年より東京農業大学非常勤講師。いつもオレンジ色の服を着ているが、同じ服を何枚も持っているので、毎日洗濯した綺麗なものを着ている。洗濯せずに同じ服を着続けているわけではない。著書に『妄想彼女』(鉄人社)、『ひとりぼっちを全力で楽しむ』(すばる舎)がある。
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