ウッドショックの主な原因

2021年からその様相を見せはじめた「ウッドショック」とは、住宅用などの木材需要が高まる一方で、供給不足によって輸入量が大きく減り、木材の価格があがる事態のことです。様々な事象が複雑に絡み合って起きたものですが、田中さんは主な原因は以下の4つだといいます。
主な原因1:コロナ禍におけるアメリカの住宅バブル
コロナ禍によってリモートワークを余儀なくされた多くのアメリカ国民は、郊外に住宅を購入したり、住宅のリフォームを盛んに行ったりしました。
この「住宅バブル」といわれる現象により、住宅用木材の需要が供給量を大幅に上回るようになり、木材が不足するとともに価格が上昇する事態になったのです。
主な原因2:木材取引市場におけるマネーゲーム
コロナ禍で落ち込んだ経済を下支えするために、アメリカのバイデン政権は、一般家庭や企業に補助金や支援金を支出する莫大な財政出動を行いました。
その結果、資金の一部は木材取引市場にも流れ込み、世界中の木材を高値で買い付け、それをさらに高値で転売するという「マネーゲーム」を引き起こしました。また、同様のマネーゲームは中国でも起こっており、それらがウッドショックを加速させたといわれています。
主な原因3:害虫被害や山火事による木材の供給不足
北米の木材業界では、数年前から害虫被害や相次ぐ山火事によって木材の供給量が減りつつありました。さらに、コロナ禍で木材需要は落ち込むと考えられていたために、生産量を大幅に絞りました。ところが、その予想に反して住宅バブルが起こってしまったため、供給不足に拍車をかけることになったのです。
主な原因4:コロナ禍やスエズ運河コンテナ船座礁事故による流通の停滞
コロナ禍により、世界的に流通が停滞。さらに、2021年3月に起きたスエズ運河コンテナ船座礁事故によって、海運流通に大きな影響が及びました。つまり、「木材があっても届けることができない」状態に陥ってしまったのです。
では、こうした原因が重なり発生したウッドショックは、私たちの生活にどのような影響を及ぼしたのでしょうか?
私たちの生活におけるウッドショックの影響

ウッドショックの影響は消費者である私たちにも確実に及び始めているようです。田中さんは、「住宅の施工スケジュールの遅延、オーダー家具の納期遅延や価格の高騰などが起きている」といいます。また、製品によっては、納期などが読めない状況になっているそうです。
ウッドショックだからといって国産木材の供給量をすぐには増やせない

ウッドショックによって海外の木材が高騰し、日本に輸入木材が入ってこないとなると、国内の林業にとってはチャンスになる可能性もあります。しかし、田中さんは、国産の木材はすぐに増産することができず、その需要にはほとんど応えることができないといいます。
なぜ、需要が高まって価格が高騰しているのに、国産木材の供給量を増やせないのでしょうか?
日本の林業における構造上の問題
田中さんは、「日本の林業には、生産から供給まで工程によって業者が異なるという構造上の問題があるため、国産木材の供給量をすぐに急増させることはできない」と指摘します。
一般的に、山主(森林の所有者)と木材を切り出す伐採業者は別で、そのため伐採業者は、山主と契約して木を伐採し、さらに、伐採された原木は製材業者によって製材された後、工務店などに渡ります。工程によって業者が異なることにそれぞれの思惑も重なり、すぐに需要に応えることが難しくなっているのです。
人手不足や公的補助への依存といった問題
田中さんは、その他の大きな問題として、林業は長く慢性的な人手不足が続いていること、林業が国や自治体からの公的補助に依存していることも指摘します。
補助金は、伐採や搬出といった事業だけでなく、作業道の整備などにも支給されます。そのため、生産コストや木材の価格は補助金ありきで計算されます。しかし、公的補助の予算はあらかじめ年間で決まっているため、ウッドショックが生じたからといって急には増額されないことから、結局、生産量を増やす動きを取りづらいのです。
日本の林業の重要性とこれから

長年、日本の林業が抱えてきた問題はウッドショックによって改めて浮き彫りとなりました。田中さんは、「林業の未来に向け、構造上の溝を埋めて各工程間の信頼関係を築き、情報交換の場を持ち、生産から供給までのスムーズなプロセスを実現することが大切になってくる」といいます。さらに、林業を持続可能な業界として発展させていくためにも、「SDGs(持続可能な開発目標)」の観点も求められるでしょう。
林業とSDGs
持続可能な社会を作るために国連が採択した国際的な目標であるSDGsには、17の目標が定められ、「目標13 気候変動及びその影響を軽減するための緊急対策を講じる」「目標15 陸域生態系の保護、回復、持続可能な利用の推進、持続可能な森林の経営、砂漠化への対処ならびに土地の劣化の阻止・回復及び生物多様性の損失を阻止する」という林業にも関わる目標があります。
森林は、木を育み、水を蓄え、CO2を吸収して、地球温暖化や山地災害の防止など、私たちの社会に多くの恵みをもたらします。その森林を「仕事場」とする林業は、同時に、森林が持つ恵みを守り、整備・保全して森林を育成するという役割も担っているのです。つまり、林業は、木材を供給するだけでなく、SDGsの観点から見ても重要な産業なのです。
そのような背景を踏まえ、日本の林業では新しい試みが始まっています。その一部を紹介しましょう。
静岡県浜松市「アイジーコンサルティング」のケース
静岡県浜松市にある株式会社アイジーコンサルティングでは、山主や伐採事業者、製材業者、建具・家具会社と組んで、「JAPAN WOOD PROJECT(ジャパンウッドプロジェクト)」を立ちあげ、1本の木材を無駄なく使うサプライチェーンを実現しました。
事前に住宅建築の予定を山主や伐採業者に伝え、木材生産を計画的に行います。そうすることで、一本の木から、柱や梁といった大きな木材だけではなく、内装や家具に使うような細かい木材まで無駄なく取ることができるのです。
山主や伐採業者といった「川上」から工務店などの「川下」までが計画的に動くため、川上は安定した価格を維持することができ、川下は安定して木材を仕入れることができるというWin-Winの関係を築くことに成功しています。
東京都「伊佐ホームズ」のケース
東京都にある伊佐ホームズ株式会社では、埼玉県秩父の山主や伐採業者、製材業者やプレカット工場(木材をあらかじめ切断、加工する工場)とともに、森林パートナーズ株式会社を設立し、工務店が原木を直接購入する「産直システム」を確立しました。木材を市場価格の1.5〜2倍に設定し、川上側が安心して計画的に木材生産を行えるようにしています。
一方、消費者に対しては、流通過程にICT(情報通信技術)を導入して無駄を省くことで住宅の価格を抑制。さらにはその木材がいつ、どこで誰によって作られたのかということを明らかにする仕組み(トレーサビリティ)も確保しているのが特徴です。
まとめ

ウッドショックは、私たちの生活にも影響を及ぼすだけでなく、日本の林業が抱える問題を浮き彫りにしたといえます。それらの問題に対応し、かつ、持続可能な林業の実現をめざすためにも、山主や伐採業者、工務店などが情報を共有し、それぞれが経営感覚を持つことが重要だと田中さんはいいます。
ウッドショックは様々な事象が複雑に絡み合い、すぐに状況が改善されるというわけにはいかないでしょう。一方で、上記のような新しい試みがさらに進み、日本の林業が長く抱えてきた問題を解決する良いチャンスになるかもしれません。
この人に聞きました

森林ジャーナリスト。自然と人の交わるところに真の社会が見えてくるという考えのもと、森林、林業、そして山村をメインフィールドに自然界と科学研究の現場を扱う。著書に、独自の視点から森の常識に異論を突きつけた『虚構の森』(新泉社)の他、『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)、『絶望の林業』(新泉社)、『獣害列島』(イースト新書)などがある。
ライタープロフィール

元歌舞伎役者・ファイナンシャルプランナー・ソムリエという異色の経歴を持つ。大学卒業後、広告代理店制作部のコピーライターとして職に就くも一転、人間国宝四世中村雀右衛門に入門。15年間歌舞伎座・国立劇場などの舞台に立つ。AFP・住宅ローンアドバイザー・JSA認定ソムリエの資格を取得し、金融・伝統芸能・自動車・ワインなどのコラムを執筆。
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