「地方に移住して起業」もキャリアの選択肢に?実践者に聞いてみた

「地方に移住して起業」もキャリアの選択肢に?実践者に聞いてみた

「地方に移住して起業」もキャリアの選択肢に?実践者に聞いてみた

新型コロナウイルス感染症の影響による働き方の変化などに伴って、都市部以外での生活への関心が高まりつつあるといいます。その選択肢の一つになるかもしれない地方に移住して起業することについて、実践者の安達鷹矢さんに聞きました。

コロナ禍で高まった地方移住への関心

内閣府が2021年6月に公表した生活意識調査によると、地方移住に関心のある東京圏居住者(全年齢)は25.1パーセント(2019年12月調査)から33.2パーセント(2021年4〜5月に渡った調査)と、その割合が高まっています。これは、新型コロナウイルス感染症の影響があるとみられています。

とはいえ、いざ移住を検討するとなると不安や懸念はつきもの。同調査では、移住にあたっての懸念事項も調査されており、最も回答が多かったのは「仕事や収入」でした。

そんな「地方に移住して、自分が求める仕事はあるのか。収入は得られるのか」といった不安を抱えながらも、地方に移住して起業するという道を選んだ、株式会社Local PR Plan代表の安達鷹矢(あだち・たかや)さん。そこに至る思いや実情などをお聞きしました。

兵庫県丹波篠山市へ移住して起業

安達さんが代表を務める株式会社Local PR Planは、兵庫県丹波篠山市に拠点を置きます。行政のPR支援や地域の事業者が創る製品のマーケティング支援、それら製品を取り扱うセレクトショップや一棟貸し宿の経営など、多角的に事業を展開しています。

フォトギャラリーを準備中のアーティスト夫妻と相談している様子
フォトギャラリーを準備中のアーティスト夫妻と相談している様子

安達さんは、学生時代から地方の行政やビジネスに関心があり、「地方のビジネスを支えるにはITしかない」と考え、大手EC企業でECコンサルタントの職に就きました。とはいえ、業務は地方とは関わりのない仕事。東京と大阪での勤務を経験しましたが、休日は喧噪を離れて地方で過ごす生活を続けていたそうです。

そして、「仕事も休暇も自分の好きな地方で完結したい」という思いが日に日に強くなっていく中、丹波篠山市で古民家再生事業を展開する、一般社団法人ノオトという組織を知ったのです。地方の魅力を伝える仕事を身をもって知るため、仕事を辞めて移住。同法人で半年間の有期契約を得て働き始めました。

そこで「地方で起業し生計を立て、さらに、地方経済に貢献するためにはゼロから仕事をつくっていく能力が必要だと感じた」と安達さんはいいます。そして、それが自分にはまだ足りていないのではないかと考え、その経験を積むために、契約満了後も同市に定住して起業することにしたそうです。

多角的経営は「地方で食べていくため」の手段

最初に計画した事業は飲食業。ただ、開業のための資金がなかったため、週4日は地域のPRに携わるNPOで、週3日は温泉旅館で働き、そこで貯めた資金と金融機関からの借入を合わせて、計画から1年後に日本酒バーを開いたそう。

とはいえ、開業後もバーの売上だけで生計は立てられず、これまでのキャリアを活かして、地元の事業者のウェブマーケティングやPRを手伝っていました。そこから人づてに行政とつながり、「既にPR支援の実績がある人なら」と、PR冊子の製作やウェブサイトでの情報発信などについて相談が来るようになったのです。

だんだんと様々な依頼が来るようになり、それらをこなしていくうちに、扱う仕事の幅は広がっていきました。そして、そのことが地方での起業を成功させる大きな要因になったと、安達さんは考えています。

「収益が一つの事業に偏らないということは、それぞれの事業規模が小さくても、また一つが上手くいかなくなっても、全体の収益をある程度は確保できます。日本酒バーだけにこだわらなかったことが、結果的に多くの仕事や人とつながるきっかけになりました」

地方に移住して起業する際のポイント

事業を多角的に展開する中で、多くの学びを得たという安達さん。地方に移住して起業するポイントについて教えてもらいました。

同じエリアに住んで関係を築く

同じエリアに住んで関係を築く
地元の神社の奉納祭で小鼓(こつづみ)を演奏する安達さん

あくまで個人的な印象だと前置きしたうえで、安達さんは、地方の事業者は感情に基づいた意思決定をすることが多いと話しました。

地方では、きちんと会って挨拶を交わしたうえで、「あいつは好きだからお願いしたい」「個人的な信頼関係がある」といった理由で、ビジネス上の物事を決める人が多いと感じているそう。

例えば、安達さんが手がけるPR支援におけるウェブサイト制作は、ほとんどが人づての依頼。そのため、価格や品質だけを訴求する都市部の事業者とは、そもそも競合しないといいます。

では、安達さん自身はどのように地域の方々と信頼関係を構築してきたのでしょうか。

地域に合わせることと、そうでないところを区別する

「郷に入っては郷に従え」ということわざがありますが、安達さんは、自身のやりたいことを優先するために、このことわざに従う時と従わない時を適宜使い分けているそうです。

「地域の商習慣やビジネスは、ITに馴染みのある世代とそうでない世代で前提条件が違ってくるので取り入れず、自分の考えを優先しました。その一方、地域の行事ごとや、清掃活動などみんなでやるべきことは率先して参加してきました」

地元のお祭りや運動会など地域の行事ごとに楽しんで参加する安達さんを見て、「彼は地域に馴染んで良くやっているな」と、良好な人間関係を築くことができたといいます。その甲斐もあって今では、事業を応援してもらえたり、地域の活性化について意見交換などもできたりするそうです。

固定費を抑える

固定費を抑える
開店した日本酒バーでお客さんと一緒に(一番奥が安達さん)

「地方の魅力を伝える」という自分が本当にやりたい仕事に取り組む一方で、生活していくためには、まだまだそれ以外の仕事にも携わる必要があった、と安達さんはいいます。

そのような状況では、最低限必要となる月々の固定費を抑えることは必須。最初に開業した日本酒バーは、賃貸だった自分の住居の一室を改装したもの。そのおかげで維持費を大きく抑えることができました。

さらに、開業して数ヵ月で完全予約制としたこともあり、賃料や人件費に加えて仕入れや在庫面のランニングコストも抑えることに成功。こうした経験を通して、固定費を抑える必要性と手段を学んでいったそうです。

食材や自然のある景観など、地方ならではの特色を生かす

食材や自然のある景観など、地方ならではの特色を生かす
広いスペースを活用した地元のカフェ兼焙煎所。後ろで談笑しているのは安達さん(左)

安達さんは、地方にいれば生産者との距離が近く、その土地の良い食材を扱いやすいといいます。飲食店や旅館が、高品質の地元食材をメニューに取り入れるなど、地方ならではのサービスを提供しやすい環境なのです。

また、都会と比べて広いスペースを活用できることも大きなポイントです。これまで安達さんが支援してきたプロジェクトを振り返っても、吹きガラスアーティストの工房、自転車店や天然酵母のパン屋、自家培養した酵母でビール作りをするクラフトブルワーなど、広い敷地を活用した施設を備えた店舗が多くあります。

さらに、景観や広さを生かした店舗空間、地元食材をメニューに活かすことなどで利用者の満足度を高め、高単価のサービスを維持しているという例もあるようです。

自治体の支援制度を活用する

多くの地方自治体で、移住や起業に関わる支援制度があります。例えば丹波篠山市では、空き家情報を集約して希望者に提供する「空き家バンク」に登録された物件を、住宅用に改修する場合は、上限50万円を補助。住居や事業所として10年以上利用するのであれば、条件によって上限200万円程度の改修費用が補助されます。

「起業したいと相談に来た方に対しては、補助制度や『制度が使える、こういう家(物件)がある』といったことを紹介する」という安達さん。近年は空き家を把握して、地方で事業を行いたい事業者の開業までのサポートも行っているそうです。

支援制度をより有効に活用したいと考えているならば、自治体の他に安達さんのような民間のコーディネーターに相談することも、一つの手段になるでしょう。

一つのことだけの事業に特化しにくい

安達さんは、都会に比べると、地方ではその土地が起点となって発生する仕事が絶対的に少ないと話します。量が少ない分、一つのことに特化したプロフェッショナルなスキルは磨きにくく、かつ単一のスキルだけで生計を立てるのが難しいそうです。

それでも生計が立てられる人は、「スキルの他に、その土地ならではの要素をかけあわせて仕事をしている」とのこと。

例えば、安達さんの地方活動の原点となった古民家再生事業を行う社団法人で現代表を務める藤原岳史さんもその一人です。丹波篠山市出身で、関西の都市部での勤務を経て丹波篠山市にUターン。地域の事業者や行政と粘り強く関係を構築して、行政のウェブサイト改修、特産品の産地情報を管理するクラウドサービス、古民家ホテル事業などを手掛けてきました。現在では集落再生への取り組みが注目され、日本全国に展開する大きなプロジェクトになっています。

地方でビジネスを始めるのに向いている人とは?

地方でビジネスを始めるのに向いている人とは?
地元の方々と移住者の受け入れやサポートについて協議している様子(一番右が安達さん)

以上のことを踏まえつつ、地方へ移住してビジネスを始めるのに向いている人について答えてくれました。

自分でゼロから仕事を積みあげていける人

仕事のボリュームが少ないこと、また、移住当初に働いた社団法人での経験から「ゼロから仕事を積みあげていける人」を安達さんはあげます。

社団法人では全く仕事ができず、「あなたは仕事の基礎ができていないから、段階を踏みなさい」といわれたという安達さん。ゼロからビジネスを積みあげていく力の必要性を痛感したとともに、今振り返ると大きな分岐点だったようです。

目先の結果ではなく、長い目で事業に取り組める人

「すぐに結果を求め、地域の感情を置き去りにして突き進んでいくような人」がたしなめられる場面を、これまでにたくさん見てきたと語る安達さん。

また、都会での勤務と比較して感じた、緩やかな地方の時間感覚にも言及しました。「今年起案したプロジェクトが、再来年にやっと立ちあがる」ということもあるそうです。そのため、長く物事に取り組む粘り強さが必要だといいます。

地域のイベントや活動への参加が苦にならない人

お祭りなど地域の行事はもちろん、水路や家の周りの草刈り、獣害柵の点検まですべて参加すると、安達さんは力強く話します。

当然、仕事関連の催しにも参加します。例えば、活動拠点から少し離れた、家が7軒しかない小さな集落での宿の経営においては、集落の住人ではありませんが、毎月開かれる集まりに参加して、宿の運営状況をその都度報告しているそうです。

まずはやりたいことを少しずつ形にしていく

移住当初に比べ、年収は10倍程度に増え、結婚して家族を持ったという安達さん。「ただ、今でも生活費は移住当初から少し増えた程度です」と話す笑顔からは、工夫と考え方次第でお金をかけずとも快適に暮らせる、地方の魅力が伝わってきます。

地方へ移住して起業するにあたり大切なことは、最初から多くを求めすぎないこと。そして、小さなことでも、自分のやりたいことを少しずつ叶えていくことが大切だといいます。

安達さんは、やりたいことを段階的に実現していくため、期間とともに具体的な数値目標を設定しているそうです。それにより、どこまで達成できているのか自分で把握するとともに、周りの人にも伝えやすくしているのです。ちなみに、当面の目標は「都市部から人を集められるスキルを持った人を、50人集めること」。それが達成できれば、また次の目標を設定すると話します。

安達さんのように、自分が本当に大切にしたい仕事や暮らしに比重を置き、自分の価値観と向き合いながら生きていく。その姿には、これまでと違った働き方や生き方、ワークライフバランスの在り方を考えるヒントがあるように感じました。地方に移住して起業することは、今後、充実した人生を送るため、キャリアと生活の選択肢として定着していくかもしれません。

人生100年時代の地方都市移住については、こちらの記事でもご紹介しています。
ゆとりある老後のための地方都市移住という選択肢

転職を伴うキャリア形成については、こちらの記事でもご紹介しています。
人生100年時代の転職は“時間を投資する”のもアリ。チャレンジ転職の成功例

この人に聞きました
安達鷹矢さん
安達鷹矢さん

1987年生まれ。株式会社Local PR Plan代表。丹波篠山市を拠点に、行政のPR支援、地域事業者のプロダクト発信、自社事業としてセレクトショップや一棟貸しの宿を営むなど、仕事を多角的に展開している。兵庫県戦略的移住モデル推進事業/福住地区移住コーディネーター、2拠点居住推進事業/委員、丹波市移住定住相談有限事業組合/共同代表としても活動。
ライタープロフィール
藤田 陽司
藤田 陽司
ペロンパワークス・プロダクション所属。地方整備局公務員、業界新聞編集記者などを経て入社。建設関連の取材記事の企画、コンテンツ編集を多数手がける。

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