キャリア・アンカーって何?

キャリア・アンカーとは、仕事と人生を考えるうえで譲れない軸となるセルフイメージや価値観のことです。
例えば、勤めている会社から海外への転勤を打診されたとします。受諾すれば、さらなるキャリアアップが見込めるかもしれません。しかし、ともに暮らす家族から「今まで通りに暮らしたい」といわれ、今の生活や家族の意思が一番大事だと判断して転勤を断った場合、それは「家族としての意思を優先する」という価値観に基づくキャリア選択といえます。
こうした経験、能力や動機などに基づいて、自分が優先している価値観をはっきりと認識できたとき、それが自身のキャリア・アンカーになるのです。そして、キャリア・アンカーが満たされるということは、自分の仕事にやりがいや納得感、誇りを持つことにもつながります。
次に、キャリア・アンカーの成り立ちを見ていきましょう。
キャリア・アンカーの成り立ち
キャリア・アンカーはマサチューセッツ工科大学ビジネススクールの組織心理学者、エドガー・シャイン博士が提唱した考え方です。
キャリア形成について研究していた博士は、ある調査結果において、多くの調査対象者による「自分に適したキャリアに引き戻されているように感じた」という表現からインスピレーションを受け、キャリア形成における大切な軸を船のいかり(アンカー)に例えたといいます。
船のいかりには海上の一点に船体を留め置くという機能の他にも、船の針路(舵取り)に関して多様な役割があります。つまり、キャリアにおいて訪れる転勤や転職など、その進路を熟考する際の舵取りを担うものがキャリア・アンカーというわけです。
キャリア・アンカーを示す8つの分類

シャイン博士はさらに、数百人を対象に「自分のやり方、自分のスケジュール通りに、自由に仕事ができるキャリアをめざしているか」「家族と仕事の両立をめざしているか」など、キャリアに関するインタビューを行っています。その結果、ほとんどの人のキャリア・アンカーは、次の8つに大別できると判断しました。
それぞれに「これだけはあきらめたくない」という重要な領域があり、その領域がキャリア形成における最優先事項になります。
<専門・職能別能力>
「自分が志向する仕事の領域におけるスキルを高いレベルにあげること」を最優先事項とする人。例えば、営業職なら自身のセールス能力、エンジニアなら技術力。そのようなスキルが身につくことに喜びを感じる傾向があります。逆に、志向しない仕事に移されると満足感が低下する傾向があります。
<全般管理能力>
「組織としての成果に責任を持つこと」を最優先事項とする人。キャリアを積むにつれて、経営そのものに関心を持つことが多いです。そのため、専門的な仕事に特化しすぎることを好ましくないと感じることがあります。
<自立・独立>
「仕事を、自分のやり方で進めていくこと」を最優先事項とする人。組織の規律を非合理だと感じ、独立したキャリアを志向する傾向があります。また、組織内にいる場合は、研究開発職や独立採算制をとる支店の管理職など、比較的自立した仕事ができるところに落ち着こうとします。
<保障・安定>
「組織に紐づく雇用保障」を最優先事項とする人。終身雇用の確約、不況に左右されることなく解雇などのリスクが少ない組織に所属することを志向し、結果的に公的機関に所属したいという人が多い傾向にあります。
<起業家的独創性>
「自分自身で事業を興す、製品やサービスを創造すること」を最優先事項とする人。人生の早い時期からがむしゃらに夢を追いかけている人が多いです。自分の可能性をとにかく試したいという点において、自立・独立のカテゴリーと一線を画します。
<奉仕・社会貢献>
「社会的に価値のある仕事を成し遂げること」を最優先事項とする人。自分の才能や有利な分野を優先するのではなく、世の中をより良くしたいという欲求を優先します。医療・看護・社会福祉事業・教育・聖職など、人を助ける専門家に多いです。
<純粋な挑戦>
「問題解決や難しい障壁を乗り越えること」を最優先事項とする人。高度な戦略や経営コンサルタント、スポーツ選手などがこの範疇に入ることが多いです。常に自分を試す機会がないと退屈してしまいます。
<生活様式>
「ビジネスのキャリアと私生活のバランスをとること」を最優先事項とする人。組織で働くことに前向きですが、自分の都合に合わせた働き方ができるという点を組織に求めます。必要ならば生活スタイルに合わせて勤務形態を変えたり、出張や転勤は家族が許す範囲に限定することを組織に求めたりします。
次は、自分のキャリア・アンカーが分類できたら、どう活用していくのか紹介します。
組織と個人、両者にとっての判断材料にする

自分のキャリア・アンカーが分類できたら、次の3ステップでキャリア形成を考えます。
ステップ1:現在の仕事と自身の分類を照らし合わせる
自身の現在就いている仕事と、前途した自身の分類を照らし合わせます。その結果、今の仕事が自分の分類と一致していると認識できれば、「自分がやりたい仕事ができている」といった前向きな気持ちで仕事に取り組めるでしょう。必然的にパフォーマンスの向上も期待できるはずです。
また、今の仕事でキャリアを積んでいきたいという見通しが立てば、達成したい目的や組織内での長期的なキャリアプラン、さらに、私生活の計画も描きやすくなります。
一方、自身の分類と現在の仕事を照らし合わせた結果、今の仕事が自分の分類と一致していない場合もあるでしょう。その場合、組織内の転属や転職を検討しても良いかもしれません。
ステップ2:キャリア・アンカーを基に将来を検討する
これから就く可能性や就きたい仕事がある、また、今の仕事でさらなるキャリアを積みたいといった場合も、自身の分類とその仕事を照らし合わせて分析し、将来の検討や意思決定の材料にしていくと良いでしょう。その際は、自分が選択できる領域がどこまでなのかを見極めることが大切です。
選択できる領域とは、組織内の転属や転職、さらなるキャリアを積むために求められている条件を自身がクリアしているかどうかで変わってきます。そのため、将来に向けて必要となるのであれば、自己学習をしたり、組織でキャリアを積んだりといったことも検討する必要があります。
ステップ3:組織と双方向のコミュニケーションをとる
組織が、個々人に最適なキャリアを提供するとは限りません。そこで大切なのが、自分の分類を意識して、「こういうキャリアを歩みたい」という意思を周囲に伝え、コミュニケーションをとることです。
そうすることで、組織と個人の要望のミスマッチを防ぐことにつながります。組織は、個人の意思や要望を踏まえ、それに足る能力があるのかを検討したうえで、その意欲を汲み取る、もしくは方向性を示すことができます。その結果、個人は納得感をもって仕事に取り組むことができるのです。
また、そのような双方向のコミュニケーションは、組織側から見ても、人材の定着やパフォーマンス向上につながるので、大きなメリットがあるといえるでしょう。
まとめ

キャリア・アンカーで大切なのは、該当した分類を基に「本当に満足できる仕事や私生活とは?」と考えを深めていくことです。
自分は現在のキャリアで良いのか、あるいは転属や転職も含めて別の道を進むべきなのか。報酬や役職を重視する人もいれば、仕事内容や福利厚生などの労働環境を重視する人もいるでしょう。例えば、転職活動中に思わぬ好条件の提示があったとしても、キャリア・アンカーに照らし合わせれば、冷静に考えることができるはずです。
また、現在の仕事が本当に望んでいることだと認識できれば、さらに前向きな気持ちで仕事に携わることができます。より充実したキャリア形成を行うために、キャリア・アンカーで自己分析を深め、可能なら、自身の希望や考えを組織側と共有してみることも良いかもしれません。
参考:
『キャリア・アンカー ー自分のほんとうの価値を発見しようー』(白桃書房)エドガー・H・シャイン著
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