ゆとりある老後のための地方都市移住という選択肢

ゆとりある老後のための地方都市移住という選択肢

ゆとりある老後のための地方都市移住という選択肢

人生100年といわれる時代、老後の家計が気になりますよね?そこで知っておきたいのが「地方都市へ移住する」という選択肢。高齢世代における資産活用の専門家に、地方都市移住のメリットや検討のポイント、候補都市などについて聞きました。

老後の生活は現役時の生活水準を考慮する必要がある

老後の生活は現役時の生活水準を考慮する必要がある

厚生労働省が発表した簡易生命表(2019年版)によると、60歳の平均余命は、男性が約24年、女性が約29年。老後を安心して過ごすためには、この間の家計をどうやり繰りするかが大切になってきます。

その点について、高齢世代の資産活用を研究・発信している合同会社フィンウェル研究所の野尻哲史さんは、「現役時の生活水準が、老後の生活に大きく影響を与える」ことを念頭に、支出を見直すことが大切だといいます。

ゆとりのある生活を見据えた地方都市移住

ゆとりのある生活を見据えた地方都市移住

支出の見直しにおいては様々な方法がありますが、「現役時の生活水準」を保つことを踏まえると、「生活コストの低い地方都市に移住して、ゆとりのある家計で暮らす」という選択肢もあります。ここからは、野尻さんの解説とともに、地方都市移住について詳しく見ていきましょう。

地方都市移住によって生活コストが下がる

医療や介護にかかる費用、税金や社会保険料などは、自分の思い通りに抑えることができるものではありません。また、衣食を極端に減らすことは我慢を強いられ、場合によっては生活水準を下げることにもなります。

一方で、地方都市での住居費用や食費は、東京と比べて総じて低い傾向にあります。参考として、総務省統計局が発表する「消費者物価地域差指数」と「家賃指数」を見てみましょう。なお、地方都市移住という観点から、「東京都23区から首都圏1都3県以外への60歳以上の転出者」が多かった都市を比較対象としています。

都道府県都市名消費者物価地域差指数家賃指数
東京都23区100(基準値)100(基準値)
北海道札幌市97.243.3
群馬県前橋市94.139.0
京都府京都市97.668.8
茨城県水戸市95.945.9
栃木県宇都宮市96.444.2
福岡県福岡市94.850.2
新潟県新潟市95.846.1
大阪府大阪市96.165.4
宮城県仙台市96.753.3
沖縄県那覇市97.050.1
鹿児島県鹿児島市94.647.4
山梨県甲府市96.643.2
長野県長野市95.641.2
愛媛県松山市95.540.5

提供:フィンウェル研究所。総務省統計局住民基本台帳人口移動報告(2020年)の東京都23区からの純転出者数(60歳以上)の多い都市順。消費者物価地域指数は総務省統計局小売物価統計調査(2019年、構造編・家賃除く総合)より、家賃指数は総務省統計局小売物価統計調査(2020年、動向編)の民営家賃より

両指数とも、東京23区を基準値100として、それぞれの地域が東京23区と比べてどのくらいの割合になるかを示しています。例えば、長野県の家賃指数は41.2なので、東京の家賃の4割程度と捉えることができます。

つまり長野県で、東京23区の家賃10万円と同等レベルの賃貸に住んだ場合、月6万円減、1年で72万円減、10年で720万円減、20年で1,440万円減になります。また、消費者物価地域差指数の算出には「持ち家の場合の住居費」も考慮されているため、持ち家の場合も賃貸同様に、東京23区より地方都市の方が住宅費用は低いといえるでしょう。

このように広さや間取りが同じ家に4割程度の費用で住めるとすれば、生活コストは下がっても生活水準は下がりにくいと考えられます。もちろん、生活水準の定義は人によって異なるため、家の大きさだけで測ることはできませんが、重要なポイントになるはずです。

さらに、2021年3月にフィンウェル研究所が行った、東京都23区、大阪府大阪市、愛知県名古屋市の3大都市圏から地方都市へ移住した方へのアンケート調査(回答数269人)では、「移住して良かった」と回答した約73パーセントのうち、約52パーセントが「生活コストが削減された」ことを理由にあげています。一方で、「移住は思っていたほど良くなかった」と回答した残りの約27パーセントのうち、約49パーセントが「考えていたほど生活コストが下がらなかった」と回答。この結果から、地方都市移住の満足度には、生活コストが大きく影響していると推察できます。

暮らしやすい生活圏を確保することが重要

買い物の手間や移動などを鑑みれば、老後の生活圏は、利便性を保ったままコンパクトであることが「暮らしやすさ」につながりやすいため、「地方移住」ではなく「地方都市移住」であることも重要になってくるでしょう。具体的には、歩いて行ける範囲に商店街や病院、行政施設や公園などがあることで生活の利便性は向上し、生活の質に直結しやすくなると考えられます。

例えば、アメリカでは高齢者の生活環境に配慮した「リタイアメントコミュニティ」と呼ばれる街が作られています。ゴルフ場などのレジャー施設や行政施設だけでなく、生涯学習を目的として大学の近くの立地が選ばれることもあるそうです。基本的には55歳以上に入居資格が与えられ、全米で2,000以上のコミュニティがあります。快適な老後生活を見据えた都市設計であり、「豊かな老後を暮らす」という目的は日本の地方都市移住とも共通しているのではないでしょうか。

一方、日本では行政によるコンパクトシティ形成が様々な都市で進んでいます。例えば、人口約50万人の栃木県宇都宮市では、電車やバスなど交通ネットワークの整備とともに公共交通機関沿線に居住してもらえるような施策を行い、医療や福祉、商業サービスへのアクセス向上による都市機能の集約をめざしています。また、国土交通省は、2019年の段階で20以上のコンパクトシティモデル都市を選定しており、生活圏に必要なサービスや施設を集約して快適な暮らしを実現するという動きは、今後も拡大していくでしょう。

暮らしやすい生活圏を確保することが重要

自家用車は必ずしも必要ではない

地方都市は車社会のイメージが根強い一方で、前述のようなコンパクトシティ形成により、公共交通機関の再構築も進んでいます。交通機関の再構築とともに、生活機能が地方の都市部に集約されれば、生活圏はおのずとコンパクトになり自家用車の必要性が薄まっていくことも予想されます。

例えば富山県富山市では、ライトレールという振動や騒音が少ない路面電車の整備・区間延長を進め、市街地でのアクセス改善を推進しています。愛媛県松山市の場合、中心部の徒歩圏内に複数の大型商業施設があり、近くには西日本最大級といわれる飲食街(大街道)もあります。市の中心にある松山城にのぼってみると、市内中心部が極めてコンパクトにできていることが分かります。そのような環境のもとであれば、自家用車を持たない選択は、生活コストの削減だけでなく、運転技術の衰えによる事故などを未然に防ぐといったことも期待されているのです。

家族交流の新しいあり方を考える

孫の成長を間近で見たり、子供と落ち着いた時間を過ごしたりすることが老後の楽しみになっている方は多いのではないでしょうか。そのため、地方都市移住により家族と離れることで、交流機会の減少を懸念する方もいます。

ただ、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、オンラインによる交流が身近なものとして認識された2020年には、オンラインコミュニケーションの積極的な利用によって、むしろ交流機会が増えたという方もいるようです。野尻さんも、「ビデオ通話で父親と手軽にコミュニケーションを取れるようになり、むしろ、会話の機会は増えましたね」と話します。このように、家族の交流のあり方も多様化しているのです。

地方都市移住の候補先

地方都市移住の候補先

地方都市移住を検討するにあたって、野尻さんは、「ほどよく都会である」ことをキーワードとし、さらに以下4つを都市選びの基準としてあげます。

基準1:東京など都心部と比べて物価や住居費が安い
基準2:人口100万人未満
基準3:人口密度が1,000人/平方キロメートル以上
基準4:近くに空港や新幹線などのターミナル駅がある

「基準1は、生活コストに直結する重視すべきポイントです。基準2は、人口100万人以上の都市は中心地が広範である可能性に注意しておきたいところ。社会インフラが集約された場所でコンパクトに暮らすという観点では人口密度が基準になり、全国の政令指定都市などを比較すると、基準3の1,000人/平方キロメートルが境界線になりそうです。また、空港やターミナル駅は必須条件ではないものの、家族や移住前に住んでいた場所の友人との交流を持ちやすく、安心や繋がりを感じるためにプラスとなる要素だと思います」

以上の基準を踏まえ、野尻さんがピックアップした都市が以下です。あくまで参考ですが、定年後のセカンドライフの移住先として検討してみてはいかがでしょうか。

都道府県都市名人口(人)人口密度
(人/平方キロメートル)
消費者物価
地域差指数
家賃指数
熊本県熊本市733,7211,879.896.042.7
栃木県宇都宮市521,7541,251.796.444.2
愛媛県松山市511,3101,190.895.540.5
香川県高松市427,1311,137.896.341.4
岐阜県岐阜市408,8042,007.995.642.3

提供:フィンウェル研究所。人口順。人口は総務省統計局都市別人口(2020年)、人口密度は総務省統計局データ(2018年度)の都市面積データより算出。消費者物価地域指数は小売物価統計調査(2019年、構造編)、家賃指数は小売物価統計(2020年、動向編)民営家賃より

地方都市移住は、ゆとりのある家計を実現できるだけでなく、コンパクトシティなどの条件が満たされることで、より豊かな老後を送れる選択肢の一つといえるでしょう。現役時代を踏まえ、気持ち的にも物理的にも、どうすればベストの選択になるのか。地方都市移住にそのヒントがないのか、一度検討してみてはいかがでしょうか。


参考:
厚生労働省『家計調査報告 2020年平均結果の概要』(外部サイト)
厚生労働省「令和元年簡易生命表の概況」(外部サイト)
政府統計「住民基本台帳人口移動報告(2020年)」(外部サイト)
国土交通省「モデル都市の形成・横展開」(外部サイト)
総務省統計局「日本の統計>第2章人口・世帯」(外部サイト)
総務省統計局「小売物価統計調査(動向編)」(外部サイト)
総務省統計局「小売物価統計調査(構造編)」(外部サイト)

この人に聞きました
野尻 哲史
フィンウェル研究所所長
野尻 哲史
合同会社フィンウェル研究所 代表。内外の証券会社調査部、運用会社投資教育部門を経て、2019年5月、合同会社フィンウェル研究所を設立。資産形成を終えた世代向けに資産の取り崩し、地方都市移住、勤労の継続などに特化した啓発活動をスタート。日本証券アナリスト協会検定会員、証券経済学会、生活経済学会、日本FP学会、行動経済学会などの会員。2018年9月より金融審議会市場ワーキング・グループ委員。著書に『IFAとは何者か』、『老後難民』他多数。
ライタープロフィール
田中 雅大
田中 雅大
主にマネー系コンテンツ、広告ツールを制作する株式会社ペロンパワークス・プロダクション代表。関西学院大学卒業後、編プロ、マネー系雑誌等の編集記者を経て2014年設立。AFP認定者。

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