婚前契約とは

ハリウッドスターなど海外の有名人が結婚・離婚するときに、必ずといっていいほど話題にあがる「プレナップ」。正確には「プレナプシャル・アグリーメント(prenuptial agreement)」と書きます。日本語に訳すと「婚前契約書」です。
日本では、まだあまり馴染みのない婚前契約書ですが、結婚生活をスムーズに送る一つの手段として、流行に敏感なカップルを中心に注目され始めています。
婚前契約に定める内容は、基本的に制限がありません。そのため、結婚前に不安に思っていることや、特にこだわりのある事項について、結婚前にお互いに話し合い、その結果を婚前契約書に定めておくと安心です。
よく定められる事項としては、結婚後の家計の管理や、育児・家事の負担、夫婦のいずれかが浮気をした場合の制裁、別居をすることになった場合の生活、離婚に至った場合の財産分与・慰謝料・ローンの清算方法などがあります。
婚前契約のメリット

海外の有名人が婚前契約を作成するのは、一定のメリットがあるためです。ここでは、婚前契約にどのようなメリットがあるのか見ていきましょう。
お互いの価値観を事前に認識・共有できる
婚前契約を作成する際は、結婚後の具体的なシチュエーションを想定しながら話し合いをすることになります。
例えば、家事の負担について話し合う際には、家事のどのような部分にこだわりがあるのかが話題にあがるでしょう。「自分は、食事の栄養バランスにこだわりがあるから料理を担当する」とか、「風呂掃除とトイレ掃除は毎日したいから、当番は一日ごとに交代しよう」などといった話し合いも想定されます。
家事など日常の生活に関する事項は、生まれ育った家庭環境の影響などにより、驚くほど考え方に違いがあります。このため、結婚前にお互いの価値観を知らないと、結婚後に「こんなはずじゃなかった」となりがちです。
婚前契約を作成するために互いの日常生活に関する考えを話し合えば、お互いの価値観を事前に認識することができ、スムーズに結婚生活に入ることが期待できます。
結婚後の自分の財産を守る
海外で婚前契約が作成される主な目的は、お互いの財産を守る点にあるといわれています。ハリウッドスターなどの有名人は多大な財産を持っており、万が一離婚することになったときには、財産の分け方をめぐって泥沼の争いとなるリスクがあるからです。
このような、夫婦間の財産に関する契約は、「夫婦財産契約」として民法上定められています。婚前契約のなかに、お互いの財産に関する内容が含まれている場合には、夫婦財産契約にもあたることになります。
なお民法上は、結婚前から有する財産は原則として、離婚時に財産分与の対象となりません。このため、結婚前の資産が結婚相手に取られてしまうことはありません。ただし、後から争いになることを避けるために、どの財産が財産分与の対象となるのかを婚前契約で特定しておくことにはメリットがあります。
また、結婚してから夫婦の双方が築いた財産は、原則として財産分与の対象となります。夫婦の一方が事業などにより多額の収入がある場合には、単純に半分に財産分与とすると不公平になることもあるでしょう。そのため、婚前契約のなかで、財産分与の対象とする財産の種類や分け方について、あらかじめ決めておくべきケースも存在します。
離婚、浮気防止
婚前契約により、浮気防止に一定の効果が期待できることがあります。単に「浮気をしない」ということを婚前契約に定めておくだけでなく、浮気をした場合の制裁となる、慰謝料の金額を婚前契約に定めておくことも一つの方法です。
浮気のペナルティーが決められていれば、浮気を踏みとどまる可能性が高まりますし、浮気を原因とする離婚の歯止めにもなります。
相手の浮気が不安なカップルはもちろん、そうではない場合であっても、婚前契約書に浮気をした場合のペナルティーを定めておけば、これまで以上に「お互いを大切にしよう」という動機付けになることもあるでしょう。
婚前契約書作成時におさえるポイント

カップル間で婚前契約書を作成しようという話になったら、お互いに結婚後の生活や財産について具体的な話し合いを進めたうえで、婚前契約書を作成する流れとなります。ここでは、婚前契約書を作成する際のポイントについて解説していきましょう。
夫婦財産契約は婚姻届の前に登記
婚前契約書のなかに夫婦の財産に関する内容が含まれている場合、民法上の夫婦財産契約にあたることは前述の通りです。夫婦財産契約は、婚姻届の前に締結する必要があります。また、夫婦財産契約は契約内容を登記することで初めて、第三者に対して契約の内容を主張することができます。
このため、婚前契約が夫婦財産契約を含む場合には、婚姻届を提出する前に婚前契約を作成し、登記まで済ませておく必要があります。反対に、夫婦財産契約を含まない婚前契約であれば、作成のタイミングにはそれほどこだわる必要はありません。
登記申請には、書類の用意など時間と手間がかかります。婚姻届を提出する日取りが決まっている場合には、間に合うように登記まで済ませておく必要があるでしょう。
夫婦財産契約の登記は、夫婦の住所地を管轄する法務局に申請します。登記するためには、所定の手数料が必要です。また、夫婦財産契約書の原本に加え、戸籍謄本や住民票、印鑑証明書などの書類を用意する必要があります。詳しい手続きについては、時間に余裕を持って管轄の法務局に確認しておきましょう。
契約内容は変更できない
婚前契約に夫婦財産契約の内容が含まれている場合、財産に関する部分は結婚後に変更することができません。なぜなら、結婚後は夫婦の一方がもう一方に対して、自分の有利な内容に変更するよう迫ることがあり得るためです。
ただし、夫婦の一方がもう一方の財産を管理している場合に、管理している側の浪費などによって財産が不当に減少する危険が生じたようなときは、管理者を変更するよう家庭裁判所に請求できるとされています。
このように、夫婦財産契約については、契約内容を変更できる場合が非常に限定されています。したがって、婚前契約でお互いの財産に関して定める場合には、事前に内容を十分に検討しておくことが大切です。
収入、資産が将来的にどのくらい増えているか想定してプランを練っておく
夫婦間の財産について婚前契約で定める場合、結婚前から持っている財産のほか、結婚後に増える財産のことも視野に入れて、契約内容を決める必要があります。
夫婦の両方が会社員である場合には、将来的な収入の伸びや老後に受け取れる年金額は、勤務先の賃金テーブルなどからある程度推計できるでしょう。将来の自宅や自動車の購入、子供の教育費などといった支出の見込みを試算し、どのタイミングでどの程度の支出があるか、子供は何人欲しいかなど、お互いの人生プランをすり合わせておくことがポイントです。このような話し合いの過程で、お互いの人生観などを深く理解できることは、婚前契約を作成することのメリットの一つでもあります。
これに対して、夫婦のいずれかが会社経営者であるとか、不動産や株式などの投資家であるような場合には、これらの資産が結婚後に増大した場合、婚前契約がないと離婚時に財産分与の対象となることがあります。
厳密には、夫婦の一方の特別な才覚により得た財産は、結婚後に取得したものであっても財産分与の対象とならないと判断される余地もあるでしょう。しかし、離婚時に大きな争いになることは間違いありません。
万が一、経営する会社の株式や投資対象である資産が財産分与の対象となれば、その後、事業の継続にマイナスの影響が生じるかもしれません。このため、会社経営者や投資家の場合には、事業に関わる財産は、財産分与の対象としないという婚前契約を締結する必要があるでしょう。
ファイナンシャルアドバイザーや弁護士など、仲介者を立てながら作成する

財産に関する話し合いは、時に感情的な対立を生むこともあります。婚前契約は、あくまでも幸せな結婚生活のために作成するものです。婚前契約の作成で関係がこじれては元も子もありません。
そこで提案したいのが、ファイナンシャルアドバイザーや弁護士など、中立となる第三者の関与の元で作成することです。財産がからむ契約ですから、お互いに納得のいく話し合いができるよう、より良い環境で話し合いを行っていきましょう。
ライタープロフィール

松浦綜合法律事務所代表弁護士。京都大学法学部、一橋大学法科大学院出身。東京弁護士会所属(登録番号49705)。法律事務所や大手不動産会社での勤務経験を経て独立。不動産に関する法律相談への対応や、不動産が関わる相続・離婚事件等に注力している。
松浦綜合法律事務所ウェブサイト(外部サイト)
松浦 絢子の記事一覧はこちら