交通の未来を考える。Luup・岡井大輝がめざす新しい交通インフラと高齢化社会の形

交通の未来を考える。Luup・岡井大輝がめざす新しい交通インフラと高齢化社会の形

交通の未来を考える。Luup・岡井大輝がめざす新しい交通インフラと高齢化社会の形

新たな事業を創出し、その分野から社会を変えようとしている起業家にインタビュー。電動キックボードと電動アシスト自転車のシェアリングサービス「LUUP」を提供する株式会社Luup。代表の岡井大輝さんに、事業に込めた思いと展望について伺いました。

高齢化社会には新しい交通インフラが必要

高齢化社会には新しい交通インフラが必要

——岡井さんは2018年、25歳のときに、岡田直道さん(現・最高技術責任者)、牧田涼太郎さん(現・最高製品責任者)と起業したと伺っています。

はい。社会における何かしらの課題を解決するための事業や、僕たちの仕事によって「人類が前進した」と思えるようなインパクトのある事業を手掛けたいと考え、日本が抱えている課題であり、かつ今後グローバルにおいても課題となるであろう、社会の人口減少と高齢化に着目して起業しました。

僕自身、祖母が認知症で介護問題に直面した経験から、創業当初は、数時間だけ介護の手を借りたい家庭と数時間だけ働きたい介護士をつなぐ、介護版Uberのような事業に取り組みました。しかし、そもそも家から家へ移動する際の手段が不足していることに気が付きました。

その次に取り組んだのが今の事業です。高齢化社会において、まず必要なのは、駅やバス停が起点ではない新しい交通インフラであると考えたのです。試行錯誤しながら現在の形にたどり着きました。

——なぜ、高齢化社会には新しいインフラが必要だと考えたのでしょうか。

日本は、交通インフラ、特に都市部は鉄道網が街を形づくっています。一般的に、駅の徒歩圏内にはお店がたくさんあって便利で資産価値は高く、家を探すときも「駅から徒歩何分か」で価値を判断することが多い。一方、駅から離れると不便になり、資産価値は下がります。

そこでは、高齢者が駅前のスーパーまで自ら自動車を運転して事故を起こしてしまったり、移動手段がないから引きこもりがちになってしまったりといった課題も生じています。新しい交通インフラがあれば、駅から離れた場所でも人の行き来が容易になり、利便性が増すとともに街全体の価値も上げられると考えました。そのために、私たちLuupは「街じゅうを『駅前化』するインフラをつくる」というミッションを掲げて事業を進めてきました。

とはいえ、既存の交通インフラを変えていくことは、既に事業を行っているような大企業でないと難しい。莫大な資本が必要で、僕たちのようなスタートアップには向いていません。ですが、例えばUber Taxiのように、すでにある交通手段と人をマッチングさせるようなサービスであれば、スタートアップも参入の余地があります。むしろ、新しい事業を行うために最適な組織をゼロから作りあげるという強みがあるため、地域の人々や自治体、モビリティのメーカーなどの企業、自治体、警察など各組織の間に立ってつなぐ役にも適しているでしょう。

安全性と利便性、公共性、すべてが成り立つプロダクト

安全性と利便性、公共性、すべてが成り立つプロダクト

——交通インフラは、私たちの生活に密接に関わる以上、法令も関わってきますし、求められる安全性も高くなります。そのような点はどのようにクリアしてきたのでしょうか。

安全性は、求められる水準が非常に高いので“大変”ではありました。ただ、その印象が強すぎた結果、日本の交通インフラは数十年変わってこなかったとも言えます。テクノロジーが進化し、世代の分布も変化しているのだから、都市の形も変わるべきですよね。モビリティの形を変えることで交通を変えていこう、僕たちの力で変えていこう、と考えています。

例えば、適切なルール整備に向けて関係省庁との議論を効率的に進めるために、国内で電動キックボード事業を手掛ける複数社が組んで「マイクロモビリティ推進協議会」を設立し、「安全ガイドライン」も発表しました。経済産業省が主催する「多様なモビリティ普及推進会議」などの検討会にも参加しました。法令にまつわる関係省庁などとのコミュニケーションは、今後、IT産業と実態の関係性がより密接になる産業、例えば宇宙産業や医療産業などにおいても必要になるはずです。

電動キックボードのルール整備については、こちらの記事でも紹介しています。
免許不要になった電動キックボード。日本のモビリティはどう変わる?

——特に記憶に残っている、大変だったことなどはありますか。

ローンチまでの2年間は大変なことばかりでした(笑)。一般的なプロジェクトであれば、利用者が使いやすいプロダクトを作ることが最重要命題だと思います。しかし、新しいモビリティやそれを使うためのソフトウェアを作る際は、利用者の利便性や安全性以外にも、他の歩行者やドライバーに対しての安全性、交通の妨げにならないという観点も内包させなくてはなりません。関係者が多く利害関係も複雑なので、関係省庁や自治体、地域の方々と何度も対話を重ねましたし、その過程で門前払いされたこともあります。

LUUPは、目的地を先に決める仕様になっています。これは、ポート(電動キックボードなどを停めておくステーション)から車両が溢れて歩行者の妨げや不動産所有者の迷惑にならないようにする工夫です。安全性については、警察や政府や、出資いただいている東京海上日動ホールディングスさんからフィードバックをもらい、地道に実証実験を実施してきました。さらに、利用者は、関係省庁が監修した交通ルールテストに全問連続正解しないと乗れないようにしつつ、UI※は利便性に留意しています。交通インフラとしての安全性と公共性、そして利便性、すべてが成り立つサービスにすること自体が大変なことでしたね。

※UIとは、ユーザーインターフェイス(User Interface)の略称。ユーザー(利用者)と製品やサービスとのインターフェース(接点)すべてのことを意味する。
例えばWebサイトのUIは、デザインや文字のフォント、メニュー、ボタンの操作性などユーザーが目にするもの・操作するものすべてを含む。

地域の課題にあったモビリティを社会に実装する

地域の課題にあったモビリティを社会に実装する

——2024年までには改正道路交通法が施行され、16歳以上であれば免許がなくても電動キックボードが乗れるようになります。今後、電動・小型・一人乗りのマイクロモビリティやMaaS(複数の交通サービスを最適に組み合わせて移動の検索・予約・決済などを一括で行えるサービス)の領域はどんどん変化していくと思われます。LUUPも変わっていくのでしょうか。

LUUPは高密度でポートを設置することでより使いやすくなるサービスです。東京であっても、まだまだやるべきことはたくさんあるでしょう。一方で、「Luup=電動キックボードの会社」とは自己定義していませんし、電動キックボードだけだと僕たちが作りたい未来は作れません。将来的には自動運転など新しい電動小型モビリティが出てくるはずで、それらを個別で所有するのではなく、社会に実装させる役割を担っていける会社だと考えています。

また、もともとは、高齢化社会における課題を解決したいというところから起業したわけですから、そこの利便性は引き続き追求していきます。高齢化社会が抱える課題の解決に少しでも貢献していきたいです。例えば、二輪の電動キックボードや電動アシスト自転車は、足腰が安定している方向きですが、ゆくゆくは、自動運転で四輪や椅子があって低速なモビリティなど、高齢者により適した車両も提供していくつもりです。

——都市部と地方といった地域によっても課題は変わってくると思います。となると、地域によってめざす未来も違うということになるのでしょうか。

電動小型モビリティがソフトウェアによって街中に配置されるという点においての違いはありませんが、その完成像はまったく違うと考えています。なぜなら、地域によって住んでいる方の年齢層も違うし、1人が1回に移動する距離も、移動にまつわる課題もまったく違うからです。

例えば、すでに高齢者向けに使われている時速6キロで走行する電動車椅子があります。しかし、地方によっては、時速6キロだと一番近いスーパーまでたどり着くのに1時間以上かかることも珍しくなく、買い物用としては現実的ではありません。また、電動キックボードと電動アシスト自転車では使われ方が違います。観光やちょっとした買い物はキックボード、仕事で1時間くらい乗りたい場合は座って移動できる自転車が好まれる傾向にあります。

一方で、小型モビリティには、1台1台がそこまで高価ではなく、IoT(モノをインターネットにつなげる仕組み)によって中央管理できるという利点もあります。さまざまな要因や利点を踏まえて、今後、それぞれの地域の課題にあった形でどう実装していくかが重要になってくるでしょう。

MaaSについては、こちらの記事でも詳しく紹介しています。
移動手段の統合が進むと、未来の生活はどうなるのか?

「どんな困難があっても」ミッション達成のために

「どんな困難があっても」ミッション達成のために

——新しい交通インフラということで、先にお聞きした何十何百もの困難を乗り越えてきたと推察します。困難を乗り越え、起業や夢を叶えるために必要なマインドについてお聞かせください。

私は2つあると思います。まず「何が起ころうとやり遂げる」という気持ち。この「何が起ころうと」という次元は、人によって捉え方が全く違うのですが、多くの人が「すごいハードだ」「疲れる」というものでも、「絶対何とかしてやるぞ!」と思えるかどうかということです。

実際、そんな困難は800個くらい余裕で出てきます(笑)。私は、チームのメンバーとは、今後もどんな困難が生じてもこれまでと同じように解決できる自信があります。大変なのは当たり前です。これまで未処理のまま課題として社会に残ってきたものに対する解決策をアウトプットしようとするわけですから。その意味では、課題への耐性も求められるかもしれませんね。

2つ目は、これは起業に関わらず、あらゆるビジネスに共通すると思いますが「自分1人でできる」と思わず、最適なメンタリティやスキルを持ったメンバーを集めようとする思考です。例えば私たちは、「この人がいなければ今月は回らなかったね」という事案が、毎月、別々の人で発生します。

前述した「どんな困難があってもなんとかしてやるぞ」と思い込みすぎると、間違った方向に全能感を持って自分1人ですべてやろうとしたり、一緒にやっているチームが代替可能であるかのように考えてしまったりする危険性があります。実際はそんなことないのにも関わらずです。チーム全体で課題を解決していく意識が大切になってきます。だから「採用が大事」といった話ではありません。チームを成熟させていくことを大事にするということですね。

——Luupの創業メンバーである、岡井さん、岡田さん、牧田さんはそれぞれの強みや弱みを補いあって事業を進めてきたということですね。

はい。私たちは、「街じゅうを『駅前化』するインフラをつくる」というミッション達成のために最善を尽くしてきました。そのために最適なチームを集めることも重要であると、創業した日から認識していました。ミッションに対する共感度や行動の次元が誰よりも高いという意味においては、共同創業者は代えがたい存在です。

ただし、スキル的な話になると少し変わってきます。創業当初は、彼らを含め数人で「100点に近いチーム」と考えていましたが、分野によっては、もっと優れたスキルを持った人が現れたり、育ったりするものです。そのため、共同創業者であっても役職や役割が適宜変わってきました。一般的に、そのような変化においてはプライドが邪魔になるものですが、自分より相応しい人がいるのなら築いてきたポジションを率先して譲り、自分は、自分のスキルが活かされる役割を担う。その姿を見て、他のメンバーも「こうした姿こそがLuupだ」と理解してくれていると思います。

——社員の方にお伺いすると、岡井さんは「ミッションファーストが絶対にぶれない人」「愛され力がある人」「日本が抱える課題を解決したいと常に言っている人」のようです。ご自身では自分の魅力についてどう思われますか。

そうですね、仮に「僕の下で働きたい」と盲目的に思っている社員がいるとしたら、採用を間違えたかなと思います。Luupは、僕よりもミッションの力が強い会社で、ミッションは、もううんざりするぐらいみんなが聞いているはずです。入社してからはもちろん、採用の時点から何度もお伝えしていますから。

Luupにはミッションに忠実な人が集まってほしいし、先ほどの話にも通じますが、今後、ミッション実現のために僕より適任者が現れたら代表を代わっても構わない、その覚悟を持って事業に向き合っています。一方で、ミッションは不変ではなく、社会背景や事業の段階などに伴ってアップデートされていくものだと思います。アップデートさせながら、社内外にどんどん発信していきたいですね。上場でも時価総額でもなく、もちろん僕でもなく、「街じゅうを『駅前化』するインフラをつくる」というミッションを実現させていくことが、すべての上にある会社として進んでいくつもりです。

この人に聞きました
岡井大輝さん
岡井大輝さん
1993年、東京都生まれ。東京大学農学部を卒業。戦略系コンサルティングファームにて、主に上場企業のPMI(M&A後の統合プロセス)や、PEファンドのビジネスDD(M&Aの対象となる企業の評価)を担当。2018年、株式会社Luupを創業し、代表取締役社長兼CEOを務める。2019年5月には国内の主要電動キックボード事業者を中心に、新たなマイクロモビリティ技術の社会実装促進を目的とする「マイクロモビリティ推進協議会」を設立し、会長に就任。
ライタープロフィール
未来想像WEBマガジン
安楽 由紀子
1973年、千葉県生まれ。大学卒業後、編集プロダクション勤務を経てフリーランスのライター、編集者に。ウェブ媒体や雑誌、広報誌で芸能人、スポーツ選手、文化人、ビジネスパーソンへのインタビューを行うほか、単行本の編集やライティングも行う。

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