アスリートを支えるコンディショニングやプロダクツの知見を日常生活へ
――会社のミッションで掲げている「健康に前向きな会社を創り、人類のポテンシャルを引き出す」に込めた思いをお聞かせください。
中西:私自身、プロサッカー選手をめざしていましたが、高校3年生の進路を決める大切な時期に心臓系の疾患で入院してしまいました。いくら挑戦したいという気持ちがあっても、体の動きを制限される状況下では満足のいく挑戦ができない。悔しい思いをすると同時に、健康であることの大切さを痛感したことが、ビジネスを始めるときに「誰かの健康をサポートすることをしよう」と考えたきっかけです。
知人にスポーツ選手やトレーナーが多く、彼らのコンディショニングやプロダクツに関する知見を、もっと日常的に多くの人の健康のためにいかせるのではないかと考え、2018年にスポーツや健康に関する情報を発信するメディアサイト「SPOSHIRU」を立ち上げました。

メディアサイトは順調にアクセス数を伸ばし、月間150万人が訪れるサイトに成長しました。すると読者の方から、「足が痛い」「肩こりに悩んでいる」「仕事に集中できない」という相談を受けるようになったのです。ストレッチやマッサージの方法は定期的に紹介していましたが、それだけではなく、体の課題を解決する具体的な「ツール」を提供する必要性を感じました。
そこで、スポーツ用ではなく、日常生活で足の痛みや腰痛を軽減する商品を開発。2019年に「TENTIAL」というブランド事業を立ち上げ、モノを作る会社にシフトしていきました。「TENTIAL」という社名には、人類のポテンシャルを信じ、前向きに挑戦する社会を創りたいという気持ちを込めています。
――そうして、足裏から体のバランスを支えるヒット商品「インソール」など数々の商品が誕生していったのですね。
中西:「インソール」は、最初に発売した商品です。膝の痛みや肩こり、頭痛は、歩くときに指の付け根部分やかかとに重心が偏り、上半身が前傾姿勢になる「浮き指」による体のバランスの崩れに起因することがあります。そこでインソールにより、指先・指の付け根・かかとの3点でバランスを取ることで体の重心を適切な位置に戻し、正しい姿勢で疲れづらい体づくりをサポートできるのではと考え開発されました。

「インソール」からスタートしたブランド事業は、「歩く」「寝る」「働く」という生活シーン別に健康をサポートする商品の開発を進めてきました。現在、ウェルネスブランド「TENTIAL」のほか、自社製品だけでなく健康をサポートする様々な商品を扱うECプラットフォーム「KENCOCO」の運営を行っています。
拡大するマーケット×デジタルを強みにしたプロダクト開発
――順調に事業が展開していますが、今まで苦労したのはどのようなことですか?
中西:ベンチャー企業やIT企業で事業開発を手掛けた経験はありましたが、健康領域でモノを作ったことはありませんでした。そもそもどこの工場で商品を製造できるか知りませんし、材料調達から製造、販売という一連のサプライチェーンを通じたリアルビジネスの経験値はゼロでした。
未経験領域に参入する新参者が、20〜30年、安定したサプライチェーンを確立しているメーカーの方たちとどうしたら同じ経験値になれるのか。スポットコンサルティングを提供するサービスを活用して、とにかく業界の経験者に会ってたくさんお話を聞きました。
――資金調達など起業時に苦労されたことはありましたか?
中西:起業時は資金がなく、マンションの一室で事業をしていたという「おきまり」のエピソードはあります(笑)。資金調達の方法は投資家の方にお会いし、僕たちがやりたいことを伝えて、信頼を獲得していくという地道なものです。創業1年目でまだメディア事業しかないときに、「BtoCで商品を売る」というプランだけで何の実績もない若い会社に、1億円を超える投資をしていただくなど投資家の方の理解に恵まれたと思います。弊社に投資をしてくださった投資家の皆さまには本当に感謝しています。
――スタートアップ企業として注目されている要因をどう分析していますか?
中西:そうですね、まずは社会的に「健康ニーズが高まっている」ということがあると思います。ここ数年、新型コロナウイルス感染症の影響もあり、病気を予防するという意識が一層強まりました。マッサージを受ける、ジムに通うなど自分の体と向き合い、ケアするためにお金を使う動きが先進国で増加しています。この傾向は一過性ではなく、今後も増加すると予想されています。

そして、拡大するマーケットの中で多くの既存メーカーが、店舗販売を中心に「いいモノを作れば売れる」というビジネスモデルを展開し、デジタル化が遅れている傾向があったことです。デジタル化が急速に進む環境下で、顧客ニーズをとらえ、いかに早く求められる商品を提供するかという弊社の戦略が時流をとらえたのだと思います。
――なるほど。拡大する市場にデジタルを駆使したスピード感で挑戦したのですね。
中西:競合他社のEC比率が低い状況で、弊社はECをメインにした販売戦略に打って出ました。エンジニアが多く、デジタルを活用した事業をやっていたメンバーが多いので、モノを製造して販売するというリアルビジネスの裏では、市場や顧客データを徹底的に分析して、商品開発を進めることが可能でした。
ただ、デジタルに強いメンバーだけではなく、元々スポーツをやっていた社員も多く、アスリートや医師とのネットワークや信頼関係を築いていることも競合他社と差別化できている要因だと思います。
さらに、現時点では他社商品が優位だとしても、顧客ニーズに応じて商品を短期間で改善していくことで、1年後や2年後には、弊社商品がよりお客さまに支持される商品になっている可能性が高いことも強みです。
――既存商品の改善スピードや新商品開発が他社より速いのは何故ですか?
中西:商品のブラッシュアップは、早い商品で3ヵ月、遅くても1年単位で実施しています。店舗販売を主軸にしていると、新旧商品の入れ替えのために全商品を回収したり、配送、陳列する工数がかかるので、一旦製造したら2年くらいはそのまま販売する戦略になりがちです。私たちはECが販売の中心なので、フットワーク軽く商品のリニューアルができるメリットがあります。

自社調べですが、大手メーカーが新商品発売に3年かかるところを、弊社は半年、1年という短期で実現しています。検索ワードや各種ECでヒットしているモノをピックアップして分析することで、ウェブ上で何が求められているかが見えてきます。実店舗でトライアル販売をしなくても、発売時にどれくらいの売上が見込めるかのシミュレーションができるのが、デジタルに特化した事業展開をしている強みですね。
体を壊してからではなく、日常的に体をいたわりチャージする
――経営をする中で、大切にしているマインドを教えてください。
中西:シンプルに、会社のミッションやビジョンです。「ビジョンに雇われている」「カルチャーに雇われている」と言われるような会社風土にしたいです。
ビジョンは「身体を充電するツールで、生涯を通じて挑戦する人を支え続ける」です。
本来、体はモバイル製品のように使った分だけチャージしなくてはいけないのに、使ったままにしがち。無限に電池があるように使い続けていたら、トラブルが発生するのは当たり前です。いざ頑張りたいときに体を動かせるように、しっかり休ませてメンテナンスをする考え方や商品を提供していきたいです。

弊社はビジョンの下に、「Dynamic(変化を恐れない)」「Essential(本質を捉える)」「Buddy(共に歩む)」という、3つのバリューを定めています。このように会社の使命や方向性を示すことで、仮に代表の僕がいなくなっても会社のミッションに向かい、今まで通り機能すると思っています。
――創業者がいなくなった先のことまで考えているのですね。
中西:「分離」という表現が適切かわかりませんが、会社や組織のカルチャーを育てることを意識しています。主要メンバーがいなくなっても、「TENTIALらしさ」を存続できるようにすることは個人的なテーマです。
ビジョンを達成してしまったら会社を解散するか、新しいビジョンを掲げるかは今のところわかりません。これ以上、日常生活において体を整えられる商品が生み出せないとなった瞬間に区切りを迎えるのかもしれませんが、まだまだ改善、提案できる商品がたくさんあります。もちろん、売上目標や株式上場を最終的なゴールに掲げることもできますが、それよりもビジョン達成へ向けてできる限りやり尽くすことに重きを置いています!
――「身体を充電する」という価値観が浸透すると、社会はどのように変化するのでしょうか?
中西:そもそも日本は、健康や医療に関する正しい情報を入手し、理解して活用する能力「ヘルスリテラシー」が低いと言われています。自らの健康に関心を持ち、社会全体としてこのリテラシーが高まることを期待しています。
日本では、医療機関等を受診したときの自己負担額が助成される「医療補助制度」が充実しているので、不調になったら病院に行くカルチャーが根付いています。一方、アメリカなど海外の一部の国では医療費の個人負担割合が大きく、ちょっと病院に行くだけでも数万円かかることがあるので、そもそも病気になることをリスクととらえます。企業も同じで、日本は健康保険組合によって従業員の医療費が補助されますが、海外では法人も医療費の連帯責任を負う国もあるので、各個人がヘルスケアに真剣に取り組まざるを得ないんです。
――日本と海外では健康に対する意識の違いがあるのですね。
中西:日本人はどこか調子が悪くなったら病院に行きますが、それは病気になってしまった「マイナス10」の状態を「マイナス20」まで悪化させないためのアプローチ。「マイナス10」の健康状態になってしまったらすでに医療の領域です。僕たちは、健康である「0の状態」をいかにキープすることができるかに挑戦しています。僕たちの介在価値は健康時にあると思っています。

地球環境問題と同じように、「健康」が社会課題になってくる
――今後、ビジネスを展開するウェルネスの領域はどのような未来がくると予想しますか?
中西:間違いなく2極化が進むと思います。健康に対してお金をかけることができるのは、「マズローの欲求5段階説」で表現される、安全に生活することができて、精神的な欲求がある程度満たされる先進国の人たち。その中で、ブランド品を買っていた人が、機能的でおしゃれな商品を選択するような消費行動の変化が起こると思います。
しかし世界に目を向けると、「健康増進」の前に、状況によっては生き延びることすら難しい人がいます。人の体は同じなのに、住む国や場所によって寿命や健康に明らかな差があるという不平等にどう向き合うか。世界的な視点で健康をサポートしなくてはいけない人たちにどうリーチするかは、社会課題としてあると思います。
――ビジネスとして海外進出を考えているのですか?
中西:国内だけではなくグローバル展開もゆくゆくは考えていますが、現時点でターゲットとなるのはウェルネスの関心が高まっている先進国の人々。テクノロジーの急速な発展で、パソコンなどのデジタル機器を日常的に使うことによる健康トラブルが増えているからです。
「自然の中で生活すると現代病はなくなる」という説があります。ウェルネスに重きを置いて、自然と共存する生活が体には良いのかもしれませんが、あまり現実的ではありません。現代生活の中で健康のバランスを取ることは難しいからこそ、私たちがより良いプロダクトを提供する価値を発揮できる部分であり、挑戦しがいがあります。
そうして蓄積した知見やナレッジを、今後途上国が発展し、デジタルに囲まれたワークスタイルになる過程でどのようにいかすか。そういったことも、これから私たちが取り組むべき重要なテーマになると考えています。
ウェルネス領域のこれから
「Well-being(ウェルビーイング)」という言葉の潮流に見られるように、ただ単に病気がなく「健康である」というだけでなく、一人ひとりがいきいきと活躍できる社会がめざされています。今後、VR技術の発達やリモートワークなどの働き方の変化に伴う、新たな健康問題が増える可能性もあります。そのような時代に、社会の変化や市場、顧客データに寄り添った商品開発を続けるTENTIALの強みがいかされていくのではないでしょうか。
この人に聞きました

株式会社TENTIAL代表取締役CEO。高校時代はサッカーでインターハイに出場。心疾患のためにプロを断念し、プログラミング学習サービス「WEBCAMP」を手掛けるインフラトップの創業メンバーとして参画。リクルートで新規サービスの事業開発を経て、2018年2月にTENTIALを創業。
ライタープロフィール

フリーランスライター/キャリアコンサルタント
日系客室乗務員(CA)として勤務した後、大手監査法人でCO2排出量の審査やCSRコンサルタント業務に携わる。CA時代に培った接客マナーと、監査法人時代のビジネス知識、またキャリアコンサルタントの傾聴スキルでインタビュー記事を中心に幅広く執筆活動を行う。一児の母として、教育問題にも関心が高い。旅行と本が読める場所をこよなく愛する。
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