地政学とは?専門家が教える国際情勢を理解するためのキーワード

地政学とは?専門家が教える国際情勢を理解するためのキーワード

地政学とは?専門家が教える国際情勢を理解するためのキーワード

世界情勢が日々変化する中で注目されている「地政学」。地理的な条件を基に世界を俯瞰することで、国同士の関係性や各国の戦略を「なるほど!」と理解することができます。「地政学(新星出版社)」の著者、奥山真司さんに地政学的な視点を伺いました。

地政学とはどのような考え方?

地政学は「学」とついていますが、「経済学」や「社会学」のように体系的に確立された学問ではなく、世界を理解するための「概念」や「視点」、「アプローチ」です。

例えば、海に囲まれて敵国が攻めてくるリスクが少ない日本のような国と、内陸で他国に囲まれて常に敵が押し寄せるリスクがある国では防衛戦略は異なります。地理という、人間の力で変えられないものを前提に、世界の国々の戦略を俯瞰することに地政学の本質があります。

歴史をさかのぼると、最初に地政学が注目されたのは19世紀後半のこと。地理や地形を徹底的に分析したプロイセン王国(現在のドイツ)が、普仏戦争(1870〜71年)で当時の大帝国フランスに勝利をしたことに始まります。

地理的な条件に基づき、人・物資が動くルートや抑えるべき要所を見出して戦略にいかす考え方は、その後、植民地政策を進めるヨーロッパで盛んに研究されるようになり、アメリカが覇権国となり続けている戦略にも見ることができます。

地政学が注目されている背景

第二次世界大戦後、地政学は「大国が世界を支配するための考え方」で、上から目線で高圧的だと敬遠された時期がありました。しかし、中国の台頭や中東情勢の混乱、そして2022年2月末のロシアのウクライナへの軍事侵攻などにより、世界情勢が緊迫化し、国際政治がややこしくなる中で、改めて地政学的な観点から世界の動きを読み解こうというニーズが高まっています。

インターネットが急速に普及、グローバル化が進み、宇宙開発によって人工衛星を活用した事業も拡大している時代に、地理的な条件に左右されることは少ないのではないかとも思われるかもしれません。

それでもなお、世界の物流は「海運」が中心で、現在も生活に欠かせない小麦や石油などの物や資源は、船で運ばれているのです。日本においても、海運の割合はトン数ベースで輸出入合計の99.6%を占めています(2015年時点)。

地政学が注目されている背景

新型コロナウイルス感染症の影響による供給網の混乱によって、食料品やエネルギー資源、原材料の輸入が滞り、日本においても物価が上昇する事態に陥っています。

航空貨物輸送に切り替える方法もありますが、情勢が不安定な地域の上空を避けての輸送ルートに切り替える必要性があります。飛行距離・時間の増大によって、燃料費が余計にかかり、航空貨物の運賃上昇につながります。

物価上昇の原因は供給網の混乱だけではありませんが、このように、地理的な要因が私たちの生活に影響を与えています。地政学的な視点は、ますます重要になってきているのです。

国際情勢を理解するための6つの概念

地政学にはベースとなる考え方があります。聞き慣れない言葉もありますが、次の6つの概念を押さえれば地政学的な視点から各国の動きを理解することができます。

〈地政学の基本概念〉
概念1:相手国を「コントロール」する
概念2:「バランス・オブ・パワー」戦略
概念3:「チョーク・ポイント」をおさえる
概念4:「ランドパワー」と「シーパワー」のせめぎ合い
概念5:領域を表す「ハートランド」と「リムランド」
概念6:「拠点」の重要性

それぞれがどのような考え方なのか、歴史をひもときながら解説します。

概念1:相手国を「コントロール」する

戦略理論では、戦争に勝利した後、いかに継続して支配するかに主眼が置かれます。そのために、その国の地理的な条件をもとに、「自国を優位な状況に置きながら、相手国をコントロールする」地政学のアプローチが活用されます。

例えばアメリカは、軍隊を常駐させる「完全支配」や重要なエリアにのみ軍隊を駐留させる「選択的関与」というように関与のレベルを分けて、相手国との関係性を上手にコントロールしたり、重要な拠点を抑えたりすることで、覇権国であり続けています。

概念2:「バランス・オブ・パワー」戦略

勢力を増してきた2位の国に対し、1位の国が3位以下の国と協力して、力をつけてきた2位の国力を削ぐという、上位の国が下位の国に仕掛ける戦略で「猿山理論」に似ています。

例えば、アメリカは冷戦時代にソ連と敵対関係にあったときは、GDP3位の日本と協力してソ連を牽制します。その後、日本が2位に台頭すると今度は日本を敵視。2010年代になり中国が2位になると、3位の日本と協力して今度は中国を敵視するというように、「バランス・オブ・パワー」を巧みに使った対外戦略を展開しながら1位の座をキープしているのです。

概念3:「チョーク・ポイント」をおさえる

前述の通り、現在も物流の大半を海運が担っています。そのため、船の通り道である「ルート」の確保が国家にとって肝要です。そして、そのルートで必ず通過する海峡や、補給拠点が「チョーク・ポイント」です。

世界には重要なチョーク・ポイントが10数箇所あるといわれ、例えば、マレー半島とスマトラ島の間にある「マラッカ海峡」や産油国が面するペルシア湾の「ホルムズ海峡」は、日本にとっても大切なチョーク・ポイントです。チョーク・ポイントを抑えることで周辺国に大きな影響力を与えることができるので、チョーク・ポイントは各国が支配したい場所といえます。

概念4:「ランドパワー」と「シーパワー」のせめぎ合い

「ランドパワー」とはユーラシア大陸にある「大陸国家」で、陸上における経済拠点や交通網などを重視する国々です。中国やロシア、ヨーロッパ諸国が該当します。

一方の「シーパワー」は国境の多くを海に囲まれた「海洋国家」のことで、資源を外に求め、海上の交通路や経済拠点の確保を重視する国々です。日本やイギリス、アメリカなどが分類されます。

実は、大きな国際紛争は、ランドパワーとシーパワーのせめぎ合いで起きています。15〜19世紀にシーパワーのイギリスやスペインが世界を制覇した後、19〜20世紀にドイツやロシアというランドパワーが優位となり、20世紀後半からアメリカと日本というシーパワーが台頭したように、歴史的にランドパワーとシーパワーは互いに対立しがちです。

また、「ランドパワーとシーパワーは両立できない」が地政学の定説になっています。日本は太平洋の支配に加え中国内陸部の進出を目論んで失敗したと地政学では考えます。現在、中国は「一帯一路」構想のもと、ランドパワーとシーパワーの両方を手に入れることをめざしている構図があり、今後のゆくえが地政学の定説からも注目されています。

国際情勢を理解するための6つの概念

概念5:領域を表す「ハートランド」と「リムランド」

「ハートランド」とは、ユーラシア大陸の心臓部、ロシアのあたりです。一方の「リムランド」とは、ユーラシア大陸の海岸線に沿った沿岸部で、ヨーロッパや中東、中央アジア、東南アジア、東アジアなどが含まれます。

ハートランドの国は、経済活動が盛んで世界の大都市がある豊かなリムランドに侵攻する歴史があります。ハートランドのランドパワーと、周辺のシーパワーの勢力が衝突するエリアがリムランドです。

概念6:「拠点」の重要性

それぞれの国がどこに拠点を置いているのかを俯瞰することも、国際情勢を見る際にとても重要です。

例えば、沖縄の米軍基地は、アメリカが海の勢力として中国や北朝鮮に影響力を持つための場所であるように、コントロールしたいエリアの近くに拠点をつくり軍隊を駐屯させるのは、地政学ではお決まりのパターンです。

2014年にロシアとウクライナが対立したクリミア併合は、両国の拠点を巡る争いでもありました。急成長している中国は、アメリカと対立するために、アフリカ大陸のジブチ共和国や南シナ海に拠点を築き、対抗勢力を監視する動きを強化しています。

地政学リスクと相場の関係性

地政学リスクと相場の関係性

2002年、当時アメリカの連邦準備制度理事会(FRB)議長を務めたアラン・グリーンスパンが、アメリカのマーケットが低迷している理由を「geopolitical risk(地政学リスク)」という言葉で説明しました。

2001年9月11日に発生したアメリカでの同時多発テロ事件の1年後で、アメリカがイラクをいつ攻撃してもおかしくないという不安が広がっており、米国のマーケットは非常に不安定な状況にありました。この不確実性を「geopolitical risk」と表現したことで、地理的な要因による政治的や軍事的、社会的な緊張の高まりが経済や市場に影響を与えるというニュアンスが伝わりました。

2003年にアメリカがイラクを攻撃して戦争が始まると、株価は上昇しマーケットは安定します。歴史を見ると、戦争がいつ起きるかわからない「不確実性」のリスクがあるときに市場が混乱し株価が下がることが多いですが、一旦戦争が始まるとある程度はリスクが計算できるので、市場は落ち着きます。

2022年2月末にロシアがウクライナを侵攻した時に、ロシアの通貨(ルーブル)が下落しましたが、その後回復しています。

地政学リスクが高まるときに、投資家が取るべき対策はこれだと明言することは難しいですが、基本的には保守的姿勢を取り、現金だけでなく、価格変動の影響を受けにくい金や石油などの現物資産も所有するようにするのは一つのリスク回避の手段になります。

世界情勢を俯瞰的な視点で見ることの重要性

ロシアのウクライナ侵攻により、原油や穀物の価格が高騰し、特に欧州経済が打撃を受けています。日本を含めて世界的な物価高(インフレ)は今後も続くと予測されています。まさに地政学リスクが現実化しているのです。

必要以上に不安に思うことはないですが、心構えをし、できる範囲で備えておくことは大切です。日本では急速に円安も進み、原材料が高騰している中で、この先どうすべきかを考えることは今からでもできます。

これからの世界情勢を考えるうえで、ランドパワー・シーパワーの概念はヒントになります。ランドパワーは独裁者が支配する傾向で、シーパワーはオープンなシステムを構築して民主的に統治する傾向があります。地理的にアメリカと中国という大国が対立する場所に位置する日本が、どう立ち振る舞うべきかが今後ますます問われることになります。

忙しく生活していると、目の前で起きていることに気持ちを奪われがちですが、地政学的な視点で一步引いて世界を俯瞰すると「こういう大きな流れの中で動いている」と客観的な見方をすることができます。

個人レベルでどうこうできる話ではないですが、いたずらに不安になるより、地球全体を眺め、近代史以降の歴史を重ねることで、各国の動きの理解を深めることができます。また、何よりも俯瞰的な視点で見ることでまるで映画を見たり物語を読んだりするような面白さもあります。ビジネスにおいても、ご紹介した地政学の6つの概念は参考になるのではないでしょうか。

この人に聞きました
奥山真司さん
奥山真司さん
地政学・戦略学者・戦略学Ph.D.
地政学者の旗手として期待され、ブログ「地政学を英国で学んだ」は、国内外を問わず多くの専門家からも注目され、最新の国家戦略論を紹介している。現在、政府機関などで地政学や戦略論を教え、また、国際関係論、戦略学などの翻訳を中心に、企業などで国際政治や戦略論を教えている。
ライタープロフィール
小林 純子
小林 純子
フリーランスライター/キャリアコンサルタント
日系客室乗務員(CA)として勤務した後、大手監査法人でCO2排出量の審査やCSRコンサルタント業務に携わる。CA時代に培った接客マナーと、監査法人時代のビジネス知識、またキャリアコンサルタントの傾聴スキルでインタビュー記事を中心に幅広く執筆活動を行う。一児の母として、教育問題にも関心が高い。旅行と本が読める場所をこよなく愛する。

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