電動キックボードの普及、日本の現状は?

世界を見渡すと、アメリカをはじめフランス、ドイツ、インドネシア、韓国など多くの国で普及している電動キックボード。シェアリングサービスを行っている国もあります。
アメリカにおけるマイクロモビリティに関する研究機関「New Urban Mobility Alliance(NUMO)」によると、電動キックボードのシェアリングサービスは、計57ヵ国、609の都市で導入されています(2021年9月)。自転車と比較して半分程度の体積(自転車5台分の駐輪スペースに10台駐輪可能)といった手軽さや、地域によっては自転車専用道路や歩道を走れることから、ここ数年で急激に成長しました。
一方、日本では普及が進んでいません。G20の国々を見渡すと、普及が進んでいないのは日本だけです。その大きな理由として、日本の法令上、電動キックボードは「原動機付自転車(以下、原付)」に分類されていることがあげられます。最高速度が時速20キロメートル程度にもかかわらず、車道を走らなければならず、歩道はもちろん自転車専用道路を走ることもできません。狭い道路が多い日本の道路事情を踏まえると、安全性などに課題があるのです。
法改正でどう変わる?免許は?ヘルメットは?

そんな日本の電動キックボード事情が大きく変わろうとしています。2022年4月、新たな交通ルールなどを定めた改正道路交通法が成立、今後2年以内に施行されることになりました。
これにより電動キックボードは、「原付」から「特定小型原動機付自転車(以下、特定小型原付)」という新たな区分に変更になります。特定小型原付の車両は、長さ190センチメートル×幅60センチメートル以内、最高速度は一般的な自転車利用者の速度(時速20キロメートル)以下と定義されています。では、特定小型原付になると何が変わるのでしょうか。
免許が不要になる
原付は運転免許が必要でしたが、特定小型原付は16歳以上であれば免許がなくても乗ることができます。
ヘルメットの着用は努力義務
原付はヘルメットを着用しなければなりませんでしたが、特定小型原付では、ヘルメットの着用は必須ではなくなり、努力義務となります。
車両区分の切替によって歩道走行が可能になる
特定小型原付も原付と同様、歩道走行は認められていません。ただし、1台の車両で「特定小型原付(最高速度時速20キロメートル)」と「歩道通行車(最高速度時速6キロメートル)」という、2つの車両区分の切替が認められるようになりました。つまり、時速6キロメートル以下で走行しているときは、歩道を走行できるのです。
歩道を走行する際は、歩行者への安全配慮はもちろん、これまでの電動キックボードの運転者に対する交通違反・指導警告を踏まえると、整備不良や信号無視などに対するより一層の規範意識が求められるでしょう。さらに、通常走行・歩道走行どちらの状態かが分かるような、識別点滅灯火の設置も義務づけられています。また、交通反則通告制度及び放置違反金制度の対象とし、悪質・危険な違反行為を繰り返す者には講習の受講が命令(命令違反には罰則)されます。
社会における電動キックボードの活用

運転免許が必要なくなることで、電動キックボードは気楽に行動範囲を広げることができる移動手段となり、「通勤や通学、買い物といった日常生活」「観光やシェアリングといった事業」「密を避けることができる移動手段」などにおける活用が見込まれています。さらに、電動キックボードはCO2の排出量が小さいため、環境問題にも貢献することができます。
通勤や通学、買い物といった日常生活において
電動キックボードは自転車と違い足でまたぐ必要がないため、服装を選ばないという特徴があります。スカートでは乗りにくいなどと敬遠されることも少ないでしょう。ビジネスパーソンの通勤や学生の通学、免許返納後の高齢者の買い物など、多くの人に利用機会が広がることが期待されています。
観光やシェアリングといった事業において
国内の観光客だけでなく、インバウンドの交通手段としても活用が期待されています。バスや電車、タクシーに頼ることなく、歩くにはちょっと遠い距離もラクに回遊できるため、観光スポットめぐりに最適です。さらに、既に電動キックボードが普及している国・地域からの訪日観光客にとっては、日本の既存交通よりもなじみ深い電動キックボードのほうが、自由度の高い移動手段となるでしょう。
また、シェアリング事業においては、車両の体積が小さくコンパクトな車体のため、街中への配置や回収が簡単にできます。そのため、地域のニーズに合わせて台数や置き場所などの最適化が可能です。人口が集中し、電車やバスが混雑する都市部の移動手段としても期待できます。
密を避けることができる移動手段として
コロナ禍のような状況においては、開放された空間で1人で移動できる電動キックボードは有効な移動手段になります。海外の反応を見ても、今後さらに需要は増えることが予想されます。
環境問題への貢献
電動キックボードのCO2排出量は、自動車の約40分の1(1キロメートルあたり)です。例えば、ラストワンマイル(移動や物流における最後の一区間)の移動手段が自動車から置き換わることで、環境問題の一つの解決策として期待できます。
なお、海外で普及している電動キックボードシェアリングサービスの提供方法は、シェアリング事業者の専用アプリまたは自治体の「MaaS(マース:Mobility as a Service)」アプリから予約する方法が主流です。
MaaSとは、一人ひとりの移動ニーズに対応して、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせ、検索・予約・決済などが一括で行えるサービスのこと。日本のMaaS構想においても、電動キックボードは、シームレスな移動手段の一つとして考えられています。
MaaSについては、こちらの記事でも詳しく紹介しています。
移動手段の統合が進むと、未来の生活はどうなるのか?
マナー違反や事故の懸念など、課題も残されている

一方で、日本での普及には課題もあります。利用者の増加にともない、マナー違反や事故が増加することが懸念されているのです。警視庁によると、東京都内では2021年1~12月に68件の電動キックボードにかかわる事故が発生し、内18件は人身事故でした。また、歩道通行や整備不良車両の運転といった交通違反も207件あり、内152件が個人所有の車両によるものでした。
例えば2021年5月には、大阪府で歩道を通行していた電動キックボードが歩行者に衝突し、そのまま逃走するというひき逃げ重傷事故が起きています。
これまでは運転免許を取得することで、交通ルールの理解やルールを守る意識の向上を図っていました。今後、免許が不要になった際には、ルールを理解するための講習や安全教室などの啓発活動が必要になるかもしれません。
新たな交通手段としての未来

電動キックボードが普及すれば、日本の課題解決にも一役買いそうです。その一つが、買い物難民対策。高齢化・過疎化が進行した地域では買い物難⺠は年々増加し、800万人を超えるといわれています。そのような地域では移動手段が自動車しかないため、高齢者の運転による自動車事故も懸念されます。電動キックボードの普及は、それらの課題解決の糸口となるでしょう。4輪モデルのキックボードなど、高齢者が運転しやすい車体の開発も進んでおり、今後の普及が予想されます。
都市部においても、通勤・通学などに電動キックボードが利用されることで、電車や道路の混雑緩和が見込まれます。さらに、ラストワンマイルの課題が解消されることで、将来的には駅やバス停から離れた土地の活用、空き家対策、商店街の売上増加などにもつながると考えられています。電動キックボードが日本のモビリティを変え、日本の未来を変えるものとなるのか。これからの動きに期待が高まります。
ライタープロフィール

1973年、千葉県生まれ。大学卒業後、編集プロダクション勤務を経てフリーランスのライター、編集者に。ウェブ媒体や雑誌、広報誌で芸能人、スポーツ選手、文化人、ビジネスパーソンへのインタビューを行うほか、単行本の編集やライティングも行う。
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