「ウェルビーイング」を尊重した組織がなぜ必要か
――今回は、経営者やマネージャー層に、組織のメンバーを育ていかすためのメソッドを教えているコーチェットの立山さんにお話を伺います。チーム運営においては今、各メンバーの幸せ、つまり「ウェルビーイング」が大事だといわれ始めているそうですね。それはなぜでしょうか?
立山:そもそも私たちはなぜ、がむしゃらに働き、利益を出し続け、GDPを成長させることに躍起になってきたのでしょうか?それは、その先に「より満たされた状態、つまり幸福=ウェルビーイング」があると信じていたからではないでしょうか。しかし、GDPがあがり物質的に豊かになっても、人々は心の豊かさを実感できていない。物質的な量を求めるのではなく、精神的な質、つまりウェルビーイングに向き合うタイミングにきています。そのような背景の中で、自分ではない誰かが掲げた画一的な幸福論を盲目的に信じて生きるのではなく、「自分の人生に対して主体性を発揮して生きること」が求められる社会になったことが、現在のウェルビーイングへの注目度の高さに大きく関係していると考えています。
――ではビジネスの現場においても主体性の発揮が求められるようになったのはなぜでしょうか?
立山:大きくは、三つの理由があると考えています。

一つ目は、時代の変化による、人々の生き方や働き方に対する価値観の変化です。例えば高度経済成長期における終身雇用や年功序列などの日本型雇用慣行のような、大きな権威や画一的な価値観にすがっていた予定調和の時代から、バブル崩壊を経て、価値観の多様化の時代に入ったことがあげられます。結果として「当然こうあるべき」というようなステレオタイプな考え方が衰退し、「自分で考え、決めて、行動する」ことがすべての局面で必要になりました。つまり、どう働き、どう生きるのか?ということに対して、個人が主体性を発揮する必要が出てきているのです。
二つ目は、経営環境の変化です。基本的に右肩あがりだった時代と違って、今は情報化やグローバル化、急速な技術革新によって競争が激化しているので、非連続な変化、つまりこれまでの延長線上にない変化に合わせて自分たちも臨機応変に変化・成長しないと戦えません。絶えず革新し続ける組織になるには、組織の最小単位である“人”が一人ひとり自分の頭で主体的に考えて動く必要があります。
三つ目は、組織と個人の関係性の変化です。個人の生き方や働き方の多様化を認める社会になってきたと同時に、二つ目の経営環境の変化とも関係して、不確実なビジネス環境においては会社に頼るよりも自分の能力を伸ばそうとする人が増えてきました。高度経済成長期は、生活の安定を得るには個人よりも会社の安定が重要だったので、会社の大きさや、終身雇用や保証が大事だと思われていました。でも今は、同業他社や異業種など働く環境を問わずに、どんな会社でもやっていける専門性を持っていることが、自分を安定させるのだと皆が気付き始めてきました。つまり企業側は、経営環境の変化に伴い、保証ではなく「主体的に働き、成果が出せる人材」になるように能力開発の機会を用意する必要も出てきたのです。
――なるほど。でも私たち現役世代は、世代としてはパラダイムシフトの過渡期にあたるため、あまり「自分で考えて動く」ということに慣れていない気がします。
立山:その通りです。日本の教育ではこれまで、一つの正解を導き出す問題が多く扱われてきました。今の組織に必要な「自分で考えて動ける人」を育てる教育とは、実は正反対ですね。だから、自分も経験していないしお手本もない「主体的な人の育て方」が、リーダーに求められているわけです。
「ウェルビーイング」を尊重した組織作りのためには
――メンバーのウェルビーイングを尊重する組織作りのためには、どんなことを実践したら良いのでしょうか?
立山:私たちは、リーダーが「相手に気付きを与え、自発的な行動を促すコミュニケーションを行うこと」が大切なのではと考えています。そのための手法の一つが「コーチング」という手法です。
――「コーチング」とは、どのようなものなのでしょうか?
立山:コーチングの語源は「COACH=馬車」からきており、『大切な人を、その人が望むところまで安心安全に最速で送り届ける』という意味が込められています。コーチという言葉自体には、指導する、率いるといったイメージがあるかもしれませんが、コーチングでは「答えは相手の中にある」という考え方のもと、ティーチングやアドバイス等はせずに、相手を主体として関わっていきます。

コーチは相手が望んでいる場所や、そこにたどり着くための道筋などを「相手が自ら気づき、行動・実現できる」ように問いの力を通じて、相手の力を引き出していきます。
この関わり方を、必要に応じて企業の組織やチームマネジメントの現場でいかすことにより、リーダーはコーチとしてメンバーの主体性を引き出し、その人らしさや強みをいかす組織作りができるのです。
――どのようにメンバーの主体性を引き出していくのでしょうか?
立山:リーダーもコーチされるメンバーも、まずメンバー自身の目的地(人生で向かいたい方向)を明確にする必要があります。メンバーの目的地が曖昧なままだと、リーダーの行きたい目的地を押し付けてしまい、結果、メンバーの主体性を引き出せなくなってしまいます。
また、過去の成功事例や失敗事例による思い込みや、リーダーや周囲からの期待値に捕らわれていると、メンバーが素直に「ここに行きたい」といえなかったりします。
だからこそ、リーダーはメンバーの心身の状態にも注目する必要があります。
――つまり、メンバーの性格や心身の状態を理解したうえで、自分の意見や意思を示すことができる環境を作り、メンバーの主体性を引き出すことがウェルビーイングを尊重した組織作りにつながるのですね。

立山:そう感じます。メンバーの主体性を引き出すことは、そのメンバーが人生を「どう生きたいのか?何を幸せだと感じるのか?」に向き合うことにつながります。人生における幸せとは、分解すると「身体的・精神的・社会的に良好な状態」だといわれています。これら3点において満足している状態=ウェルビーイングを前提とすると、主体性を引き出すことこそ、その人らしさや強みをいかす組織作りに役立つのです。
―― 一人ひとりの主体性を引き出すこと=個人の幸せを尊重した組織作りにつながることが分かりました。ただ、一人ひとりに合わせてコミュニケーションを変えるとなるとリーダーの負担が大きいように思います。
立山:たしかに短期的には、負担が増えるように思えるかもしれないですね。ただ、その人の主体性を引き出すことができれば、あとは自分で考えながら主体的に行動してくれるようになります。
個人が主体性を発揮している状態とは、「私はこういうことがしたい」「こういうときに幸せ」「こうなるともっとよく動ける」と分かっていて、それに向かって進めることです。そうなるまでにはちょっと時間が必要ですし、関わる方もパワーが必要ですが、メンバー全員が主体的に動き始めればより良い組織になっていきます!
――主体性を引き出す具体的な方法として、定期的に1on1ミーティングを行うなども良いのでしょうか?
立山:そうですね、1on1の時間もとても大切です。ただ、1on1は業務報告だけの場になりやすいのも事実ですので、仕事の進捗を確認するという目的だけで1on1をするのではなく、相手を“観る”、相手の話を“聴く”など、相手の内面に目を向けることが主体性を引き出していくうえで大切です。
言葉や表情から感情やエネルギーが感じられるような話は、本人の価値観や動機とつながっている可能性が高いので、そこをうまくキャッチして話を広げたり深ぼりできると良いですね。本人の主体性を引き出すヒントになることが多々あるので、意識しておくと良いと思います。

一人ひとりの個人を見ることから、関係構築が始まる
最近、1on1ミーティングを取り入れる会社も増えてきましたが、すぐにメンバーの主体性を引き出すのはなかなか難しいそうです。まずはメンバーの話にじっくりと耳を傾け、よく観察することから始めてみてはいかがでしょうか?
新・組織論vol.2「ウェルビーイング」な組織作りに必要なリーダーシップとは
この人に聞きました

CoachEd CCO/Coach
大学卒業後、広告代理店での営業経験を経て、 2013年に株式会社アカツキに入社。マーケティング部部長、新規事業開発を担当。経営者向けのエグゼクティブコーチとしても豊富な経験を持つ。2020年9月に株式会社コーチェット入社。CCO就任。マーケティングやサービス内の体験設計を含む、社内外のコミュニケーションの責任を担う。
ライタープロフィール

編集者、ライター。広告・マーケティング系出版社の雑誌編集者を経て、2010年よりフリーランス。マーケティング領域を中心に書籍やWebメディアで活動。最近興味があるのは「サービスドミナントロジック」「街づくりと顧客体験」「主婦の“自分のための消費”の背中を押す訴求」「将来モラハラをしない男児の育て方」「メダカの飼い方」です。
高島 知子 紹介ページ(外部サイト)
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