書斎のある家。一級建築士に聞いたニューノーマルに対応する住まいのあり方

書斎のある家。一級建築士に聞いたニューノーマルに対応する住まいのあり方

書斎のある家。一級建築士に聞いたニューノーマルに対応する住まいのあり方

コロナ禍で在宅勤務が浸透したことにより、集中できる作業環境を求めて書斎(ワークスペース)が再注目されています。理想の書斎をつくるときのポイントは何か。一級建築士で、これまで4,000人以上もの住環境を見てきた八納啓創さんに話を聞きました。

これまで「物置」だった書斎の活用方法がコロナ禍で明確に

これまで「物置」だった書斎の活用方法がコロナ禍で明確に

八納さんによると、書斎の定義はコロナ禍でこれまでとはガラッと変わったといいます。

「今回のコロナ禍に限らず、一人になれる空間として書斎を持つことに憧れる方はやはり多いといえます。ただ残念なことに、私が見てきた住宅では、せっかく作った書斎が使われずに物置になってしまうケースがほとんどです。

考えられる理由としては、書斎で何をしたいのか、はっきりとした目的がないため。使わなくなった空白の部屋が生まれると、『それなら物置にしてしまおう』ということになってしまうのです。また仕事や資格の勉強といった目的があれば、奥さんや子供の理解も得られるかもしれません。しかし、理由もなく一人で書斎にこもると家族は阻害された気持ちになり、関係性がギクシャクしてしまうケースもあるのです。

ただ、コロナ禍における在宅勤務の普及で『書斎で仕事を行う』という明確な目的が生まれた方も多いでしょう。このようにコロナウイルスの感染前と比べると、現在は書斎の活用方法が明確に定義されたといえます」

あくまでも、書斎を設けるのであれば仕事や資格の勉強を行うなど、家族に応援されるような目的を持つことが大事だと話す、八納さん。もともと書斎として作った部屋があるものの現在は物置として使用されているのであれば、まずは断捨離から始める必要があります。

「個室=書斎」とは限らない

「個室=書斎」とは限らない

書斎と聞くと、扉付きの個室をイメージする方も多いかもしれません。とはいえ、すでに部屋数が決まっており、リフォームでもしない限り個室が設置できない方もいるでしょう。しかし、八納さんは特に個室を持っていない場合でも、書斎をつくることは可能だといいます。

「最も手っ取り早いのはリビングの一角などに、自分専用の机を置いて、ワークスペースとする方法ですね。壁や扉の仕切りはありませんが、自分のやりたい作業に取り組みながらも、家族ともゆるやかにつながることができます。用意する設備も、机や椅子だけで済むはずです。

もし家にワークスペースを設けるのが難しい場合は、コワーキングスペースやシェアオフィスを活用する手もありますね。また、都市の方では金額的に難しいかもしれませんが、地方だとワンルームマンションが3万円程度で借りられるケースもあります。完全な個室が欲しい場合は、選択肢の一つになるかもしれません」

個室のイメージが強い書斎ですが、人によっては仕切りがあると息苦しさを感じて逆に集中できないケースもあるといいます。またオープンなスペースだと周囲の音や気配が気になるという場合でも、ノイズキャンセリング機能を搭載したヘッドホンなどを購入すれば、雑音を遮断して自分だけの空間を確保することも可能です。

リフォームでいきなり個室を設けるよりも、まずはリビングなどのスペースの一部に自分専用の机を設置するところから始めてみると、良いのではないでしょうか。

書斎で作業を行う前に家族とのルールを決めておく

書斎で作業を行う前に家族とのルールを決めておく

家族と暮らす自宅に書斎を設けるとなると、パートナーや子供からの理解も必要となります。それゆえに「家族と相談して事前にルールを決めておくことも大切」だと、八納さんは話します。

「例えば『〇時から〇時までは自分の机で仕事をするからこの時間は話しかけないで欲しい』など、事前にルールをつくっておきましょう。ルールを決めることで、仕事とプライベートの区別もつきやすくなります。

また、家族と過ごす時間と仕事とのメリハリをつけるために、例えばダイニングテーブルはあくまでも家族とのコミュニケーションをする場と決め、仕事は自分専用の机だけで行うといった区別も大切です」

自分専用のデスクとダイニングテーブルの使い分けで、家族との関係性が良好になったという話もあるそうです。

「私にはビジネスはうまくいっているのに、家族との関係がぎくしゃくしている友人がいました。仕事熱心な友人は、家にも仕事を持ち帰り、家族との会話そっちのけでダイニングテーブルで仕事をしていました。ただ、あるとき話を上の空で聞いていたその友人に、とうとうパートナーが怒って、大喧嘩。それがきっかけとなり友人は、家族と仕事とのメリハリをつけようと、自分専用の小さなデスクを購入しました。

そして、いつも仕事をしていたダイニングテーブルはあくまでも家族とのコミュニケーションの場とし、そこにいる間はパートナーや子供の話に耳を傾けるようにしたそうです。最初は、家族と話している間も仕事のことを考えていたようですが、『ダイニングテーブル=家族と会話する場』という環境に徐々に慣れていき、純粋に家族との時間が楽しめるようになってきたといいます。おかげでこの友人は、最終的に仕事が終わって家に帰るのが楽しみになったと話してくれました」

家のなかは当然ですが、仕事だけでなく家族との時間を過ごす場。仕事を行いながら家族との関係を良好に保つために、事前にルールを設定しておくことも検討したいですね。

書斎設置のリフォーム費用は? どんな効果があるの?

書斎設置のリフォーム費用は? どんな効果があるの?

書斎を設ける際には、費用も気になるところ。ただ前述したように個室ではなく、リビングの一角などに書斎を設ける場合は基本的に自分専用の机と椅子のみで済みます。

「このなかで、最もお金をかけたくなるのが椅子ですよね。ただ、座り心地が良く、比較的高価な椅子が必ずしも良いとは限らないと考えています。快適な椅子だと、平気で長時間、座り続けることができる。自ずと立って歩く機会は減りますから、身体にはあまり良くないですよね。とくに在宅勤務は通勤などがないため、普段よりも歩いたり外出したりする機会は減るでしょうから、ますます運動不足になってしまいます。

そのため、座り心地の良い椅子を買うにしても、1時間に1回は必ず立ったり座ったりするようにする。もしくは、長時間座れないようなちょっと固めの椅子を買っても良いのではないか、と個人的には思いますね」

またどうしても個室が欲しくてリフォームを行う場合、今後完全に在宅勤務になるという方であれば、検討の余地があると話します。

「コロナが収束して、再び会社に出社する生活があたり前になったら、せっかくリフォームして設置した書斎も活用しなくなる可能性があります。書斎を設置するためのリフォーム費用は、あくまでも目安ですが、50万円から100万円ぐらい。そのお金が無駄になってしまうかもしれません。それならば、在宅勤務の期間のみシェアオフィスなどを借りるほうが安く済むでしょう。基本的にリフォームについては、この先長期的に、リモートワークを実施するという方のみ選択肢に入ってくるのではないでしょうか」

とはいえ、もし仮にリフォームなどを通じて個室の書斎を設置した場合、どのような効果があるのでしょうか。八納さんは、自身が設計に携わったある方のエピソードを話してくれました。

「その方は年に数回、昇給のための試験がある方でした。『昇級するために試験勉強をしなきゃ』とは思いつつも、家族と同じ部屋にいる間はどうしてもできなかったそうです。そのため試験勉強を行うために、一人で集中できる場所が欲しいということで書斎部屋をつくりました。『試験勉強のための部屋』という明確な目的がありましたし、作ったからには絶対に試験に通らなきゃいけないというプレッシャーが良い方向に働き、その後どんどん昇進を重ねていきましたね」

冒頭でも紹介しましたが、漠然と「一人の空間が欲しい」というよりも「〇〇をする部屋」と書斎の活用方法を明確に定義したほうが、八納さんの話すエピソードのように書斎に投資する価値はありそうです。

書斎で仕事をする父母の背中を子供は見て育つ

書斎で仕事をする父母の背中を子供は見て育つ

在宅勤務などがあたり前になれば、これからは父母が仕事を行う様子も、子供には見えるようになります。

「例えば、親がパソコン越しで打ち合わせをしている様子だけでなく、内容まで子供は聞くことになるかもしれません。普段の親との会話や、学校では聞かないような情報を子供が聞くことで、子供の将来の方向性が変わるみたいなこともあるかもしれません」

在宅勤務ではないですが、家で親が外部の人たちと話す機会が増えることで子供にも影響があった例として、次のようなエピソードもあったそうです。

「私が住宅の設計を行ったあるご家族は、家に人を招くのが好きで、リビングルームでは両親以外の色々な人たちとの会話が行われていました。その家庭は、1階のリビングルームと2階の子供が勉強する部屋が吹き抜けでつながっている設計。勉強しながらも、リビングルームでの会話が子供に自然と聞こえてくる仕組みです。またそのご家庭の姉妹は、休憩がてら1階に降りてきて、両親以外の大人と話をする機会もあったといいます。親や学校では得られない情報を、多くの大人から吸収できる環境にあったわけですね。

お父さんは大手の製造企業に勤務していましたが、両親以外の大人から情報を吸収できる環境にあった姉妹のうち上のお姉ちゃんは栄養士、そして下の妹はお店を開いて経営者になると将来の方向性を決めました。どちらもそれから十数年経った現在では、上の子は本当に栄養士になっており、下の妹はお店を開くために必要な接客や営業のセンスを磨くために営業員になっています」

このように在宅勤務なども含めて、家で親がほかの人と会話する機会が増えると、子供はその内容を聞くことになります。単なる一人でこもる部屋という目的だけでなく、家族への影響なども考慮しながら理想の書斎を考えてみたほうが良さそうですね。

参考:
『なぜ一流の人は自分の部屋にこだわるのか?』(KADOKAWA)

この人に聞きました
八納 啓創
八納 啓創
「孫の代に誇れる建築環境を作り続ける」をビジョンに、一般建築では、デザイン性と省エネ性能、快適性を追求。住宅設計では「笑顔が溢れる住環境の提供」というコンセプトをもとに、20代から80代、会社員から経営者、作家など幅広い層の住宅や施設設計に携わる。設計・講演・執筆活動を通じて、全国に「住む人が幸せになる家づくり」を展開中。著書に『わが子を天才に育てる家』(PHP 研究所)、『住む人が幸せになる家のつくり方』(サンマーク出版)、『なぜ一流の人は自分の部屋にこだわるのか?』(KADOKAWA)がある。
ライタープロフィール
吉田 祐基
吉田 祐基
AFP認定者(2級FP技能士)。タウン誌、編集デザインファーム、大手不動産情報サイト編集記者を経て入社。これまでコンテンツマーケティングや、ミレニアム世代向けビジネスメディア、不動産広告の取材&ライティングなどを手がける。

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