意外と古い、日本の「サテライトオフィス」の始まり
「サテライトオフィス」とは企業の本社や団体の本拠地から離れた所に設置された小規模なオフィスのことです。衛星(サテライト)のように存在するオフィス、との意味から命名されました。
実は日本におけるサテライトオフィスの歴史は意外と古く、1988年に埼玉県志木市に実験オフィスとして開設された「志木サテライトオフィス」が本格的な始まりとされています。その後バブル崩壊とともにサテライトオフィスを設置する企業も減り、この流れは下火となりましたが、昨今働き方改革の一環として、都心とは離れた場所へサテライトオフィスを設置する動きは再び活発化しています。
サテライトオフィスには地方の企業が都心に拠点を設ける「都市型」、都心に本社を構える企業が社員の通勤時間の負担を軽減させるために設置する「郊外型」、さらに遠く離れた地方に設置をする「地方型」の3種類があります。
中でも地方型サテライトオフィスは、地方における新たなビジネスの拡大や地方創生の観点からも将来性に期待する声が多く、さらにコロナ禍で都心部での通勤を避ける傾向にあることから、今大きな注目を集めています。
では実際に既に地方型サテライトオフィスを設置している企業は、どのような運用がされているのでしょうか?代表的な2つの事例で紐解いていきます。
地方創生の成功例・神山モデルのきっかけ、「Sansan神山ラボ」の場合
徳島県名西郡神山町、四方を山に囲まれた小さな町に株式会社Sansanがサテライトオフィス1号となる「神山ラボ」を設立したのは2010年。「出会いからイノベーションを生み出す」をミッションに掲げ、名刺を軸としたビジネスを展開している同社。ミッション実現に向けて重要視しているのは、個々のメンバーの役割やパフォーマンスです。メンバーの生産性向上のために社内制度の設計など様々なアプローチで取り組んでおり、サテライトオフィスはその一環として設置されました。
きっかけは、代表取締役の寺田親弘氏が三井物産勤務時代にシリコンバレーで目にしたエンジニアたちの姿。彼らの生産性高く働く様子が強く印象に残っており、寺田氏は自社でも環境の面からそのようなアプローチができないか、という構想を抱いていたそうです。そんな中、神山町への企業誘致を主導するNPO法人との出会いがあり、静かで集中できる環境、整ったITインフラという条件が揃ったことから、「Sansan神山ラボ」の設立が決定されました。
神山ラボには2020年10月時点で、プロダクト開発エンジニアが1名常駐し、その他に新卒の入社研修、チーム単位の集中議論などの合宿、個人が短期集中でタスクに取り組みたい場合など、他拠点の社員も活用しています。
設立して約10年が経ち、実際に常駐して働いた社員たちからは、「通勤など本質的ではない時間やそれにかかるストレスが減少したことにより、心身共に健康で、効率よく働けるようになり、業務のパフォーマンス向上につながった」との声が多く上がっているそうです。
コロナ禍で現在常駐社員以外の利用ができない状況ではあるものの、状況が落ち着けば、以前のように研修や合宿に積極的に活用していく方針は変わらないとのこと。
また同社では2018年、神山ラボの他にAI技術者が常駐する「Sansan Innovation Lab」という町家をリノベーションしたサテライトオフィスを京都に開設しました。こちらはワークスペースだけではなく、イベントスペースも設け、地元の技術開発界隈のコミュニケーションの拠点として、外部と合同で勉強会を開催するなどの活用もされています。

サテライトオフィスができたことで及ぼした地域への影響とは?
神山町は徳島県のほぼ中央に位置し、スダチなど果実の生産が盛んな地域。1999年より町内の事業家を中心に芸術家を招へいする「神山アーティスト・イン・レジデンス」事業が開始され、2004年からはNPO法人による移住支援事業や緊急人材育成支援事業が始まりました。地域にある古民家を改装し、都心に本社がある企業に貸し出し、衛星拠点として活用してもらう仕組みを実施。光ケーブルを整備し、全戸で高速インターネット回線の使用を可能にしました。
2010年のSansanのサテライトオフィス設立をきっかけに、神山町へのIT企業のサテライトオフィスの進出が相次ぎ、2011年には町が誕生して初めて社会動態人口が増加に転じました。2012年にはNPO法人が元縫製工場だった施設を改装し、コワーキングスペースをオープン。企業やフリーランス、スタートアップなどに活用されています。
神山町のこの試みはオフィス環境を変えたい企業と過疎化に悩む地方、それぞれの課題を解決できた成功例として広く知れ渡ることとなりました。

サテライトオフィスを活用してワーケーションを推進する「あしたのチーム」の場合
人材評価サービスを提供する「あしたのチーム」では、現在4箇所のサテライトオフィスを設置しています。最初のサテライトオフィスは2013年に開設された徳島県三好市の「三好ランド」。当時社内で支店の立ち上げを検討していたところ、取引のある県出身者の勧めで訪れた三好市の地域の人々の人柄や自然環境が決め手となり、アシスタント業務を行うサテライトオフィスをこの地に設置することとなりました。現在4箇所のサテライトオフィスにはそれぞれ2~5名程度の社員が勤務、主にカスタマー業務を行なっています。
あしたのチームのサテライトオフィスの大きな特徴の一つが地元雇用。地方拠点の人員はほぼ地元で採用し、育成しています。現地で採用をすることで、人材の確保ができると共に、賃料の高い都心部オフィスの逼迫防止の観点からも多くのメリットをもたらしました。
コロナ以前もリモートワークを実践していた同社ですが、緊急事態宣言をきっかけにフルリモート、フレックス可という形式に就業形態を変更。2020年10月時点での全社のリモート就業率は50%を超えるほどにまで拡大しました。ITツールの活用もあり、サテライトオフィスと通常のオフィスの就業環境の差がほとんどなくなってきている今、さらにサテライトオフィスを活用したワーケーションの促進への取り組みを始めました。
ワーケーションの目的は戦力社員の長期離脱を防ぎながら、有給休暇の取得向上や健康経営、生産性アップにつなげることとされていますが、行う場所によっては、リラックスタイムと仕事の境目が曖昧になってしまう可能性もあります。その課題を解消すべく同社が取り組んでいるのがワーケーションの仕事環境としてのサテライトオフィスの活用です。サテライトオフィスでワーケーションを行うことで、例えば午前中はサテライトオフィスで仕事、午後から観光を楽しむ、などオンとオフをきちんと区切ることができます。さらにこの取り組みを進めることでこれまでの地元雇用だけではなく、都市部からの労働者への呼び込み、長期的な展望としては移住者の増加につながるのではないか、と同社では考えています。
まとめ
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、リモートワークという新しい働き方が一気に広がりました。ネット環境さえ整えば、多くの仕事はどこでもできる、ということが実証され、地方でのワーケーションという働き方が以前よりも身近になりました。
地方型サテライトオフィスは、単に働く場所を変えるというだけではなく、オフィスを構えることで地元との交流も深まり、その土地への愛着も高まります。さらにその気持ちが地域貢献となり結果的に活性化へとつながります。Withコロナ時代の地方創生は、サテライトオフィスの存在が鍵となりそうです。
ライタープロフィール

“金融”を専門とする編集・制作プロダクション。お金に関する記事を企画・取材から執筆、制作まで一手に引き受ける。マネー誌以外にも、育児雑誌や女性誌健康関連記事などのライフスタイル分野も幅広く手掛ける。近著に「貯められない人のための手取り『10分の1』貯金術」「J-REIT金メダル投資術」(株式会社秀和システム 著者酒井富士子)、「NISA120%活用術」(日本経済出版社)、「めちゃくちゃ売れてるマネー誌ZAiが作った世界で一番わかりやすいニッポンの論点10」(株式会社ダイヤモンド社)など。
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