「3密」を防ぐビュッフェの配膳ロボット
「13番テーブルのお客さま、お料理をお持ちしました」。お店に入り、席に着くと配膳型のロボット「ハル」君が、ランプを点滅させながら、サラダとフルーツをテーブルまで運んでくれました。東京・世田谷の玉川高島屋ショッピングセンターに昨年7月に開店したシーフードレストラン「ザ・ギャレイ」の売りは、このロボットによるサービスです。客が料理を取ると、「楽しんでくださいね」と明るい声でおしゃべりして去っていきました。お昼時など、子連れの家族客に大人気。もう1台のロボット「エリザベス」さんとともにフル稼働です。

実はこのレストラン、メイン料理以外はビュッフェスタイルなのですが、新型コロナウイルスの感染拡大で、どう3密を避けた営業ができるかを思案した結果、配膳型ロボットを導入したのです。客は好みの料理をテーブルに備えた端末で好きなだけ注文できます。「顧客の安心安全と従業員の負担軽減のためロボットを導入した」(運営する三笠会館)そうですが、「非接触」「非対面」でのビュッフェ営業という新しい試みです。
ラーメンチェーンの幸楽苑ホールディングスも8月、客のテーブルに料理を自動で届けるロボットを2台、本宮店(福島県本宮市)に導入しました。二子玉川の「ザ・ギャレイ」と同じ、中国キーンオンロボティクス製で、「K-1号(ケー・イチゴウ)」という名前。配膳の標準的な動線の6~7メートルを30秒ほどで届けるそうです。「国内ラーメンチェーンで配膳ロボットを導入するのは初めて」というこの施策、東北や関東のロードサイドにある同規模の約20店を導入候補に、客の反応をみながら対象店を増やす方針です。
ソフトバンクグループも最新技術で配膳型ロボット業界に参入
客との接触を避けることが難しい飲食店での配膳は、新型コロナウイルス感染症対策では悩みの種でしたが、配膳型ロボットは一つの解決策になるかもしれません。ここに商機を見出したのがソフトバンクグループです。傘下のソフトバンクロボティクス(東京・港)は9月、飲食店の配膳などを自動化するロボット「Servi(サービィ)」を2021年1月に発売すると発表しました。3年間のレンタルで月額の利用料金は税別9万9,800円だそうですから、アルバイト一人の人件費より安いかもしれません。既に飲食店経営の十数社から1,000台を受注しており、3年以内には数百億円の売上をめざすと意気込んでいます。
配膳ロボットで気になるのは客や従業員が行きかう店内でスムーズに動けるか、ということです。この「Servi」は3次元レーダーセンサー「LiDAR(ライダー)」と3Dカメラを搭載し、独自のソフトウェアも活用して、人や物を避けながら、人混みのなかでもなめらかに移動できるとしています。最新技術がロボットをより安全に進化させているわけです。
カウンター接客は「分身」ロボットで
カウンターでの接客でもロボットの活躍が広がっています。小型ロボットが客からの注文を受ける実証実験を行ったのは、モスバーガーです。身の丈23cmほどのヒト型ロボット「オリヒメ」を使って、2020年7月27日から約1ヵ月間、東京都品川区にある「モスバーガー大崎店」で実施しました。このオリヒメは人が遠隔でロボットを操作して、来店客の注文を聞き取り、スマートフォンやパソコンを通じて店内のスタッフに内容を伝える仕組みです。実はこのロボットの「中の人」は、身体に障がいのある関西地方の男女二人。外出が難しい障がいを持つ人達に働く機会を提供し、社会参加につなげることも狙いなのです。
このオリヒメは人工知能が搭載されたAIロボとは違い、ロボットを操作する「パイロット」が必要です。いわば、ヒトの分身。開発したオリィ研究所(東京・港)代表の吉藤健太朗さんは、日経電子版の特集記事で「ロボットを通じて人々の孤独をなくしたい」と語っています。確かにモスバーガーの例でも、外出が難しい障がいを持つ人達と外の世界を結びつけたわけです。
筆者はこのオリヒメを企業の集合研修で使ったことがあります。遠隔地に勤務し、研修に参加できない社員に、オリヒメを分身にして参加してもらいました。首をくるくる回したり、羽根型の腕を上下させたりして、意見への賛成・反対といった意見を表現できますし、もちろん内蔵スピーカーで声も聞け、テレビ会議とは違った臨場感がありました。これから、接客以外でも利用の場が広がりそうです。
カウンターでの接客ロボットでは旅行会社のエイチ・アイ・エスが展開する「変なホテル」が有名です。2015年に長崎県のテーマパーク「ハウステンボス」に隣接して開業したのが1号店。筆者は2017年にこのホテルに宿泊したことがありますが、フロントには恐竜型と若い女性型の2体のロボットがいるだけで従業員の人影が全くなく、驚いたことを覚えています。バーも無人で、小型ロボットが音声認識で注文を取ってくれました。その後、「変なホテル」は全国展開し、2020年10月に開業した「変なホテル 奈良」(奈良市)で17店を数えます。
コンビニでは陳列作業を肩代わり
コンビニエンスストアでも人手不足対策で、ロボット導入の動きが加速しています。特に手間がかかる店舗での陳列作業の肩代わりです。ファミリーマートは2020年6月、ロボット開発ベンチャーのTelexistence(テレイグジスタンス、東京・港)と提携し、遠隔操作で店舗の商品を陳列できるロボットを導入すると発表しました。離れた場所で操作できるため、一人で複数店舗の陳列ができるそうです。都内の店舗で実証実験を始めており、作業効率や人件費の削減効果などを検証し、2022年以降に全店で利用できるようにする方針です。ローソンも2020年9月に東京ポートシティ竹芝(東京・港)でテレイグ社の遠隔操作ロボットを導入した店舗を開きました。商品の陳列のほか、今後はレジカウンターで販売している揚げ物の調理などにもロボットを導入する計画です。
一方、セブン-イレブン・ジャパンは自動走行ロボットによる商品配達サービスの実験を、2021年1月に東京・港区の複合施設「東京ポートシティ竹芝」で始める予定です。専用サイトからスマートフォンで注文すると、施設内ならロボットが商品を積んで運んでくれる仕組みです。ロボットは障害物や通行人をよけながら、商品を配送。到着後は注文者の携帯に通知して、商品を引き渡します。
世界の市場規模は2025年に2.5倍へ
このように様々な業種や場面で活用が広がっているロボット。市場調査会社の富士経済(東京・中央)によれば、2019年の業務・サービスロボットの世界市場規模は1兆9,819億円にのぼるとみられます。今後も、少子高齢化の進む日本をはじめ世界各国で人手不足が深刻となっており、単純労働や身体的負荷の大きな作業をロボットが代替するであろうことから、2025年の市場規模は19年比2.5倍の4兆6,569億円まで拡大すると同社は予測しています。
ただ、冒頭で紹介したキーンオンロボティクス製の配膳ロボットで、導入の初期コストは1台200万円と、ロボットは決して安くはありません。単純に人手不足対策で導入しても、話題性を抜きにすれば採算を取ることは簡単ではないでしょう。例えば接客や陳列用のロボットの規格を統一して導入コストを下げ、小売りや飲食チェーンが導入しやすくするなどの施策が求められます。
一方で、ロボットの数が拡大すると人の仕事を奪いかねないという懸念もあります。米マッキンゼー・アンド・カンパニーは2030年までに日本で27%の業務がロボットやAIなどに代替される可能性があると試算しています。小売り・サービス業が雇用の相当部分を引き受けている日本の労働市場を考えると、新たな問題を生む可能性もあります。
それでも同社によると、16年に約6,650万人だった日本の労働力人口は30年までに6,080万人まで減る見通し。自動化による業務の減少分を差し引いて、新たに創出される雇用などを加えると同年には150万人分の労働力が不足する計算になるといいます。
単調な動作の繰り返しといった仕事はロボットに任せ、生産性の高い仕事に人材を振り向けられれば、小売り・サービス業の生産性を底上げできます。新型コロナ禍のなかで求められる「非接触性」で存在感を高めたロボットは、労働力不足という長期の課題に応えられる存在であることは疑いありません。
ライタープロフィール

流通ジャーナリスト。経済紙・誌の記者、編集者などを経て、現在は経済関係の講演やセミナー、大学などの講師として活動。流通業や食品、旅行、ホテル、マーケティングなどが得意分野。
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